紀元前318年
紀元前318年(きげんぜん318ねん)は、ローマ暦の年である。
| 世紀 | 前5世紀 - 前4世紀 - 前3世紀 |
|---|---|
| 十年紀 |
前330年代 前320年代 前310年代 前300年代 前290年代 |
| 年 |
前321年 前320年 前319年 紀元前318年 前317年 前316年 前315年 |
当時は、「フラッキナトールとウェンノが共和政ローマ執政官に就任した年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元436年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前318年と表記されるのが一般的となった。
他の紀年法
できごと
マケドニア帝国
- アンティゴノスが、アジア全域の支配者になることを決意し、カッサンドロス、プトレマイオスと連合した。アンティゴノスはエウメネスにも連合を持ちかけたが、エウメネスは王家への忠誠を守った。エウメネスは決起し、東方のサトラップ(太守)たちと同盟を結んだ。次いで、エウメネスはアンティゴノス側からバビロンを奪取した。
- アンティゴノスはエウメネスに向かった進軍し、エウメネスは東方へ退き、チグリス川東岸のサトラップたちと合流した。
- プトレマイオス、アンティゴノスと結んだカッサンドロスは、帝国摂政ポリュペルコンに宣戦布告した。ギリシアのほとんどの都市国家は、アテナイを含め、カッサンドロス側についた。
- ポリュペルコンは、ギリシア諸都市に自由を保障することで、当初は影響力を保ったものの、ポリュペルコン方の艦隊は、アンティゴノスによって撃破された。
ギリシア
音楽
- アリストテレスの弟子のひとりで、ギリシアの逍遙学派(ペリパトス派)の哲学者であり、音楽やリズムについて記述を残したアリストクセノス (Aristoxenus) が、『ハルモニア原論』と題された論文を書いた。
脚注
注釈
出典
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