キシュウミカン
キシュウミカン(紀州蜜柑、学名:Citrus kinokuni)は、柑橘類の一種であり、西日本や中日本では小ミカン、東日本ではキシュウミカンと呼ばれる。鹿児島県のサクラジマミカンは品種的にはこれと同じものである。
| キシュウミカン | |||||||||||||||||||||
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| 分類 | |||||||||||||||||||||
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| 学名 | |||||||||||||||||||||
| Citrus kinokuni Hort. ex Tanaka | |||||||||||||||||||||
| 和名 | |||||||||||||||||||||
| キシュウミカン(紀州蜜柑) |
特徴
普段「みかん」と認識されているウンシュウミカンと違い各房に種があり、果実の直径は5 センチメートル程度、重さは30〜50 グラム内外と小ぶりである。また、種のない無核紀州蜜柑もある。かつてはみかんといえばこのキシュウミカンを指すのが普通であったが、小ぶりで種があり食べづらいこと、酸味が強いなどの理由が一般消費者に敬遠され、代わりに種がなく甘みが強い温州みかんに急速に取って代わり、現在では最盛期の頃と比べ作付面積は少ない。
歴史
ミカンとしては最初に日本に広まった種類である。中国との交易港として古くから栄えていた肥後国八代(現熊本県八代市)の徳渕津に中国浙江省から小ミカンが伝り、高田(こうだ)みかんとして栽培され肥後国司より朝廷にも献上されていた。15世紀〜16世紀頃には紀州有田(現和歌山県有田市・有田郡)に移植され一大産業に発展したことから「紀州」の名が付けられ東日本ではキシュウミカンと呼ばれるようになった。また江戸時代の豪商である紀伊國屋文左衛門が、当時江戸で高騰していた小ミカンを紀州から運搬し富を得たとされる伝説でも有名である。
脚注
- 国指定文化財等データベース
- 津久見市の文化財 津久見市
- 久子のコミカン原木(ひさごのこみかんげんぼく) 津奈木町 熊本県
- 静岡県指定天然記念物「徳川家康手植えみかん」の収穫・配布 @S[アットエス](静岡新聞社・静岡放送)
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