芝生町 (小松島市)

芝生町(しぼうちょう)は、徳島県小松島市町名郵便番号は773-0009。

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芝生町
字西居屋敷
字西居屋敷
芝生町の位置
芝生町の位置
芝生町の位置(徳島県内)
芝生町
芝生町
芝生町の位置
北緯33度59分41秒 東経134度34分53秒
日本の旗 日本
都道府県 徳島県の旗 徳島県
市町村 小松島市
地区 小松島地区
人口
2022年(令和4年)7月31日現在)[1]
  合計 1,306人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
773-0009[2]
市外局番 0885[3]
ナンバープレート 徳島

地理

小松島市の北西部中央寄りに位置する。芝生山麓にあって南は田野町に接し、西南部は芝生山地に囲まれており、北は芝生川を境として日開野町と相対している。

芝生山地の東部および北部の山麓微高地に集落が発達し、集落の北部と南部は水田地帯が広く展開している。集落の中央を旧土佐街道(現徳島県道136号宮倉徳島線)が南北に走って立江町に通じている。産業は主として農業で、米作のほか、ミカンおよびタケノコが生産されている。

弁慶の岩屋横穴式古墳で県史跡、また、旗山文治元年2月、治承・寿永の乱の時、源義経が摂津の渡辺の浜から荒海を渡海して屋島に向かう途次、小松島に上陸し、源氏の兵を集結するための目的として、白旗を掲げたところといわれている。

河川

芝生川

山岳

小字

  • 赤石
  • 網干
  • 内開
  • 萱久保
  • 西居屋敷
  • 西浦
  • 狭間
  • 花谷
  • 東居屋敷
  • 宮ノ後
  • 宮ノ前
  • 横須

歴史

芝生村

芝生村は江戸期から町村制が施行された(明治22年)にかけて勝浦郡に存在した村。徳島藩領。明治4年に徳島県、同年に名東県、明治9年に高知県を経て明治13年に再び徳島県に所属。

芝生

芝生は明治22年から昭和32年にかけて存在した大字名。はじめ小松島村、明治40年より小松島町、昭和26年からは小松島市の大字となる。

土佐街道に沿って集落が形成され、農業が主として行われている。水田による米作が卓越し、温州ミカン・タケノコも生産され、大正期から肥料および穀物用としての生産が行われた。

芝生町

昭和32年より名称が芝生町となる。昭和45年に一部が横須町となり、現在に至る。

世帯数と人口

2022年(令和4年)7月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
芝生町 547世帯 1,306人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

番地小学校中学校
全域(横須・網干を除く。)小松島市立芝田小学校小松島市立小松島中学校
網干、横須小松島市立南小松島小学校

交通

道路

国道
都道府県道

施設

旗山源義経像。騎馬像としては日本最大。

脚注

  1. 市の人口”. 小松島市 (2021年7月31日). 2022年8月19日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2022年8月19日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2022年8月19日閲覧。
  4. 小松島市小学校及び中学校の児童及び生徒の就学に関する学区制についての規則”. 小松島市. 2022年8月19日閲覧。

参考文献

外部リンク

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