金磯町

金磯町(かないそちょう)は、徳島県小松島市町名郵便番号は773-0007。

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金磯町
金磯弁財天
金磯町の位置
金磯町の位置
金磯町の位置(徳島県内)
金磯町
金磯町
金磯町の位置
北緯33度59分28秒 東経134度36分13秒
日本の旗 日本
都道府県 徳島県の旗 徳島県
市町村 小松島市
地区 小松島地区
人口
2022年(令和4年)7月31日現在)[1]
  合計 2,413人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
773-0007[2]
市外局番 0885[3]

地理

小松島市の中心部に位置。市街地の南東方に位置し、北から東は小松島湾に臨み、西はJR牟岐線を境として田野町に、北西は市道を隔てて横須町に接している。

芝生川が中心部を東流して小松島湾に注ぎ、河口は金磯港となっている。海岸線に沿って旧道(市道)が東西に走り、中央部を徳島県道120号徳島小松島線(旧国道55号)はほぼ南北に貫通して県南地方に通じ、商店・住宅地が増加して、市街化しつつある。

金磯港は1959年昭和34年)、1万t岸壁の完成により鉄工団地が造成され、山本鉄工所をはじめ17の企業が進出し、海面の埋立地には日本青果包装や原木市場が立地している。

金磯町はもと海岸の干潟で、同地の豪農多田家によって新田の造成が行われ、宝暦12年、苦心の末、金磯新田村として成立した。戦前は農業が主産業であった。

河川

小字

  • 入江町
  • 土手町
  • 弁天前
  • 南弁天前

歴史

金磯新田村

金磯新田村は江戸時代から明治22年の勝浦郡の村名。江戸期は金磯新田と称した。当地はもと小松島浦・田野村・芝生村・日開野村の田地囲堤外の州先(潮干潟)で、元禄年間以後の新田開発により成立。徳島藩領。

明治4年に徳島県、同年に名東県、明治9年に高知県を経て明治13年に再び徳島県に所属。

金磯新田

明治22年から明治32年までの間は金磯新田という大字名であった。干潟であったところを水田に造成した新田地域で、湿田が多く稲作農業が営まれた。

金磯

明治32年から昭和32年までの間は金磯という大字名であった。はじめ小松島村、明治40年に小松島町、昭和26年には小松島市の大字となる。

昭和21年の南海大地震により、小松島市の海岸地帯は約60cm地盤沈下し、とりわけ金磯地区は被害が大きく、元来海抜0mの地帯であるために、水田は全部海面下に沈下して全地域にわたって壊滅した。

現在

昭和32年より現在の小松島市の町名となる。昭和45年に小松島市田野町の一部を編入。昭和34年、小松島港拡張計画により1万t岸壁の工事が完成し、1万t級の外国貿易船を受け入れることができるようになった。

世帯数と人口

2022年(令和4年)7月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
金磯町 1,189世帯 2,413人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

番地小学校中学校
全域小松島市立南小松島小学校小松島市立小松島中学校

交通

道路

都道府県道

施設

脚注

  1. 市の人口”. 小松島市 (2021年7月31日). 2022年8月19日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2022年8月19日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2022年8月19日閲覧。
  4. 小松島市小学校及び中学校の児童及び生徒の就学に関する学区制についての規則”. 小松島市. 2022年8月19日閲覧。

参考文献

外部リンク

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