菓子屋横丁
沿革
1796年(寛政8年)、養寿院の門前町として栄えていた当地に鈴木藤左衛門が、江戸っ子好みの 気取らない菓子を製造したことに始まる。その後、のれん分けで周囲に菓子屋が増えていった。関東大震災以後は被害を受けた東京に代わって千歳飴、金太郎飴、水ようかん、かりん糖など江戸菓子の製造供給を賄い全国に出荷していた。昭和初期には70軒以上の店があった。現在は20数件ではあるが、石畳の風情のある町には伝統的な手法で菓子を作り続けている店舗が並び、ノスタルジックな観光地となっている。 環境省の「かおり風景100選」に選定されている。
アクセス
関連項目
- 小江戸横丁 - 同じ川越市元町の施設(建物の通路内に店舗が立ち並ぶ)
外部リンク
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