藤沼亜衣

藤沼 亜衣(ふじぬま あい、1982年9月16日 - )は、栃木県宇都宮市出身の卓球選手。四天王寺中学校・高等学校を経てミキハウスへ入社。現姓は森田亜衣。

藤沼亜衣
基本情報
よみがな ふじぬま あい
ラテン文字 FUJINUMA Ai
出生名 森田亜衣
生年月日 (1982-09-16) 1982年9月16日(41歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県宇都宮市
選手情報
最高世界ランク 29位 (2003年10月)
段級位 6段
利き腕
グリップ シェークハンド
フォア面ラバー 裏ソフト
バック面ラバー 表ソフト
戦型 異質速攻型
ITTFサイト WTTプロフィール
経歴
学歴 四天王寺中学校・高等学校
ITTFワールドツアー戦歴
生涯成績 28試合 13勝 勝率46%
世界卓球選手権戦歴
出場大会数 9
初-最終出場 1999 - 2010
国内戦歴
ジャパントップ12 2003,2009
獲得メダル
日本の旗 日本
女子卓球
世界卓球選手権大会
2004 ドーハ女子団体
2006 ブレーメン女子団体
2010 モスクワ女子団体
アジア卓球選手権
2003 バンコク女子団体
2005 済州女子ダブルス
2005 済州女子団体
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

小学生の頃、栃木の城山クラブで卓球を学び、その後四天王寺中学校・高等学校に在籍し、高校時代は藤井寛子福岡春菜樋浦令子らとともにチームのインターハイ学校対抗6連覇に貢献する。高校時代から日本代表に入り、日本代表の中では数少ないサウスポーとして団体戦・シングルス・ダブルスと多くの種目で活躍する。高校卒業後はミキハウスに入社しITTFプロツアーを転戦。

2008年4月より日本実業団卓球リーグ1部の日立化成工業卓球部に加入した[1]

試合の際は感情を表に出さず、終始冷静にプレーをするスタイルである。サーブはほとんどの場合、トスを極めて高く投げ上げるハイトスサーブを使用する。

2000年シドニーオリンピック・女子ダブルス(ペア・小西杏)、2004年アテネオリンピック・女子シングルス・女子ダブルス(ペア・梅村礼)と2回のオリンピックに出場している[1]

2004年に行われた世界卓球選手権・ドーハ大会(団体戦)の決勝トーナメントで中国戦に3番で出場し、李菊を破って歴史的激戦となるこの試合(最終結果は2-3で日本が敗退)の立役者となった。

2011年1月の全日本卓球選手権では前年優勝の王輝が引退したため代わりに準優勝だった藤沼が選手宣誓を務めた[2]。3月16日から20日に行われる予定の東京卓球選手権大会が現役最後の大会となる予定であったが同年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により大会は中止となり[3]、3月31日に同僚の渡辺裕子と共に現役を引退した。

主な戦績

脚注

出典

  1. 当社卓球部 藤沼選手、渡辺選手が現役を引退”. 日立化成工業 (2011年3月31日). 2011年5月11日閲覧。
  2. 開会式、今年の選手宣誓は藤沼亜衣選手”. ミズノ (2011年1月18日). 2011年5月11日閲覧。
  3. 《TOKYO OPEN 2011 第63回東京卓球選手権大会》【重要】開催中止についてのお知らせ”. 東京都卓球連盟 (2011年3月15日). 2011年5月11日閲覧。
  4. 平成22年度全日本選手権大会のスーパーシードが決定”. バタフライ (2010年11月30日). 2011年5月11日閲覧。

外部リンク

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