西方駅
西方駅(にしかたえき)は、鹿児島県薩摩川内市西方町にある肥薩おれんじ鉄道線の駅である。駅番号はOR24。
| 西方駅 | |
|---|---|
![]() ホーム(中線(旧2番線)跡が残る) | |
|
にしかた Nishikata | |
| 所在地 | 鹿児島県薩摩川内市西方町3223番地 |
| 駅番号 | OR24 |
| 所属事業者 | 肥薩おれんじ鉄道 |
| 所属路線 | ■肥薩おれんじ鉄道線 |
| キロ程 |
99.6 km(八代起点) 門司港から331.9 km |
| 電報略号 | オレニカ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
10人/日(降車客含まず) -2019年- |
| 乗降人員 -統計年度- |
23人/日 -2019年- |
| 開業年月日 | 1922年(大正11年)7月1日[1] |
| 備考 | 無人駅 |
歴史
駅名の由来
「西方」の地名の由来ははっきりしていないが、一説にはこの地には古くから高城郡が置かれ、西方は高城郡西端にしていた事から「西ノ方(にしのかた)」や「西端、西肩(にしかた)」等と読まれており、それが「西方」に転化したと言う説や、古代の出水郡国形郷の「国形」が転訛したものに由来していると言う説もある[2]。
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。無人駅。上り方に保線用側線が設けられている。
旧国鉄時代は2面3線を有する有人駅でコンクリート製の大きな白い駅舎が立ち、上り方に貨物用側線と貨物ホーム、駅舎の両隣に国鉄官舎が設置されていた。ピーク時であった1970年代は夏休みや連休を中心に近隣の西方海水浴場への海水浴客や川内高城温泉への観光客、湯治客で大変賑わい、優等列車が臨時停車したり西鹿児島駅方面から当駅止まりの臨時列車も数本設定されていた。1983年に無人駅化され官舎等が撤去されて駅構内の規模は縮小していたが、駅舎が存在した1987年8月までは多客期となる夏季の夏休み期間中に海水浴客対応のため川内駅から応援の駅員が派遣され、上田浦駅や肥後二見駅、折口駅と同じように期間限定の終日有人駅になっていた。その後、1988年に駅舎が解体されるとともに簡易待合室が設置され、駅舎解体に伴い夏季有人営業も終了した。その後、2000年頃に中線が使用停止され実質2面2線となって現在に至る。使用停止となった中線はその後信号機と架線、本線に交わるポイントレール部分が撤去された状態で長年放置されていたが、2004年3月に肥薩おれんじ鉄道に移管された際に線路が完全に撤去された。
近隣に西方海水浴場があるため、夏休みを中心に海水浴客で賑わう。また、毎年8月上旬に開催される「海・ふれ愛in西方夏祭り納涼大会」の最寄り駅であるため、開催日は駅前やホームが大変混雑する。そのためJR九州から移管された後も2006年開催日までは当駅 - 川内間で臨時列車が1往復設定されていた。
利用状況
2019年度の1日平均乗車人員は10人である。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
1日平均 乗降人員 |
|---|---|---|
| 2007 | 22 | 45 |
| 2008 | 25 | 53 |
| 2009 | 18 | 39 |
| 2010 | 19 | 40 |
| 2011 | 16 | 34 |
| 2012 | 11 | 26 |
| 2013 | 7 | 19 |
| 2014 | 7 | 17 |
| 2015 | 8 | 19 |
| 2016 | 7 | 18 |
| 2017 | 7 | 17 |
| 2018 | 6 | 17 |
| 2019 | 10 | 23 |
脚注
- 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、688頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.495
- 『川内市史 下巻』 p.553 川内市
- 「熊鉄鹿鉄 営業近代化スタート」『交通新聞』交通協力会、1970年9月2日、1面。
- “「通報」●鹿児島本線西方駅ほか3駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 2. (1983年3月12日)
- “日本国有鉄道公示第217号”. 官報 (16831). (1983年3月12日)
- “車庫前⇔阿久根新港及び鶴翔高校 路線図”. 薩摩川内市 バス時刻表 | 南国交通株式会社. 南国交通. 2022年8月9日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 西方駅(各駅案内) - 肥薩おれんじ鉄道

