護 (エンジン)
概要
1930年代後期に中島飛行機が開発を始めた航空機用大出力エンジン。
開発中にもかかわらず中島側の強い希望で天山や深山に搭載したものの、所定の出力が出なかった上、振動が大きく、信頼性に欠けて故障が続出したため、わずか200基で生産中止となった。
発展型として18気筒の「護改/ハ46」の計画もあったが、6基が製造されただけで中止となった。
主要諸元
参考文献
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