関口雄大
関口 雄大(せきぐち ゆうた、1985年8月26日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | 栃木県宇都宮市 |
| 生年月日 | 1985年8月26日(38歳) |
| 身長 体重 |
177 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2007年 育成選手ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2009年7月19日 |
| 最終出場 | 2011年10月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴・人物
プロ入り前
宇都宮北高校卒業後、滋賀大学経済学部に進学。同大学では1年秋からベンチ入り。当初は大学で野球を続けるつもりはなく、プロ入りも意識していなかったが、3年春に京滋大学野球リーグの選抜チームに選ばれ、近畿大学の大隣憲司のプレーを見て、「自分も同じ5リーグ対抗戦の舞台に立っているのだから努力すればプロに入れるのではないか」と思い至ったことでプロ入りを目指す(但し大隣との対戦経験はない)。2007年春季京滋リーグ2部で打率.535、本塁打5、打点17で首位打者となり、最優秀選手、ベストナインに選出された。
2007年春季リーグ戦後に野球部を退部し、学籍を残したまま8月にアスリートブランド社主宰のアメリカ・カリフォルニア大学サマーリーグのモントレー・ベイソックスに参加。レギュラーとして43試合に出場し打率.309、本塁打4、盗塁8、打点28という成績でチームの主力選手として活躍。帰国後の2007年9月に行われた横浜ベイスターズ新人テストに参加し、打撃では柵越えを連発したほか50メートル走で5秒54、遠投で120メートルという好成績で合格。同年秋のプロ野球ドラフト会議にて横浜から育成選手部門1巡目指名を受けて入団。横浜球団初の育成選手となった。ドラフト制後の国立大学出身野手の入団は4人目、滋賀大学からは初めてのプロ野球選手となった。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 横浜 | 2 | 4 | 4 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .250 | .250 | .500 | .750 |
| 2010 | 日本ハム | 3 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2011 | 2 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 通算:3年 | 7 | 10 | 10 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .100 | .100 | .200 | .300 | |
記録
背番号
- 111 (2008年)
- 65 (2009年)
- 57 (2010年 - 2012年)
脚注
- 木田投手、加藤武投手、松家投手、関口外野手が入団会見
- “【日本ハム】関口 雄大外野手”. スポニチアネックス 惜別球人. (2012年12月21日) 2013年1月4日閲覧。
- “日本ハムがチーム統括本部人事を発表 戦力外の須永と大塚が職員で再出発”. Full-Count. (2017年1月5日) 2021年4月3日閲覧。
- “日本ハムが人事発表 元ロッテ代田建紀氏をプロスカウトとして新規採用”. 日刊スポーツ. (2022年1月5日) 2022年1月5日閲覧。
外部リンク
- 個人年度別成績 関口雄大 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube
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