静岡鉄道袋井営業所

静岡鉄道袋井営業所(しずおかてつどうふくろいえいぎょうしょ)は、かつて静岡県袋井市に存在した静岡鉄道自動車部の事業所である。1996年(平成8年)に森町営業所を静岡鉄道の100%子会社の秋葉バスサービス株式会社に分社し、残る路線を静岡鉄道浜岡営業所に移管し廃止となった。

静岡鉄道 > 袋井営業所

所在地

概説

沿革

所管していた路線

袋井営業所の廃止直前には次の路線を所管していた。

秋葉線

  • 概説
  • 沿革
    • 1962年(昭和37年)9月20日 - 静岡鉄道秋葉線新袋井 - 遠州森町駅間)の営業廃止に伴い代行バス「秋葉線」の運行を開始した。森町支所が遠州森町駅跡地に移転し森町営業所が開設され、山梨駅跡地には山梨車庫が開設された。
    • 1960年代中盤 - 1970年代初頭 時期不詳 -「秋葉線」と「春野線」が統合され、気多 - 袋井駅系統が急行となった。
    • 1975年(昭和50年)11月の時刻表では次の系統が存在した。[44]
      • 普通 区間便:
        • 春野町役場 - 栗島 - 熊切 - 花鳥辻 - 田河内
        • 春野町役場 - 栗島 - 熊切
        • 気多 - 春野町役場 - 平尾 - 秋葉山下
        • 気多 - 春野町役場
        • 遠州森町 - 下宿 - 戸綿 - 飯田 - 山梨 - 可睡口 - 袋井駅
        • 山梨 - 可睡口 - 袋井駅
      • 急行停車停留所:
        • 気多 -(この間各駅停車)- 遠州森町 - 本町 - 下宿 - 戸綿 - 福田地 - 飯田 - 山梨 - 平宇 - 可睡口 - 一軒家 - 永楽町 - 中央町 - 袋井駅
    • 1979年(昭和54年)
    • 1981年(昭和56年)- 1982年(昭和57年)頃 - 静岡鉄道秋葉線の廃線跡の道路(現在の県道58号袋井春野線)の拡幅に伴い山梨車庫および停留所が約50m程北側の代替地に移転した。
    • 1984年(昭和59年)4月の路線図では次の経路を運行していた。[45]
      • 気多 - 気多中学校前 - 春野町役場前 - 河内 - 平尾 - 三倉 - 森林組合前 - 天の宮 - 慶長橋(←横町←)→遠州森町(←本町←・→河原町→)戸綿 - 山梨 - (横手橋・袋井市民病院)- パイオニア入口 - 袋井駅前
      • 気多 - 気多中学校前 - 春野町役場前 - 河内 - 平尾 - 春野南中学前 - 春野高校入口 - 秋葉山坂下
      • 春野町役場前 - 河内 - 熊切局前 - 区民会館前 - 田河内
      • 春野町役場前 - 河内 - 熊切局前 - 熊切
    • 1985年(昭和60年)4月5日 - 春野町役場・春野高校 - 熊切間および春野町役場 - 田河内間が春野町の貸切代替バスに転換され「熊切線」として運行を開始した。
    • 1993年(平成5年)の時刻表では次の系統が存在した。
      • 横手橋経由:
        • 遠州森町 - 山梨 - 横手橋 - 袋井駅前
        • 山梨 - 横手橋 - 袋井駅前
      • 袋井市民病院経由:
        • 気多 - 春野町役場前 -(春野高校入口)- 三倉(←横町←・→遠州森町→)山梨 - 可睡 - 袋井市民病院 - 可睡口 - 袋井駅前
        • 遠州森町 - 山梨 - 可睡 - 袋井市民病院 - 可睡口 - 袋井駅前
        • 山梨 - 可睡 - 袋井市民病院 - 可睡口 - 袋井駅前
        • 可睡 - 袋井市民病院 - 可睡口 - 袋井駅前
      • 森高校経由
        • 遠州森町 → 森高校 → 山梨 → 横手橋 → 袋井駅前
      • 区間便:
        • 気多 - 気多中学校前 - 春野町役場前 - 三倉(←横町・→遠州森町)
        • パイオニア入口 - 中央町 - 袋井駅前
    • 1996年(平成8年)4月 - 遠州森町以北が「秋葉線」として秋葉バスサービスに移管され、遠州森町 - 浜岡営業所間が「秋葉中遠線」として浜岡営業所に移管された。

中遠線

  • 概説
  • 沿革
    • 1967年(昭和42年)8月27日の運行を以って静岡鉄道駿遠線の袋井 - 新三俣間が廃止され、翌28日より「代行バス中遠線」が開設された。開設当初は1日24往復が運行され、「南遠線」「同笠線」「福田線」の重複区間では、定期券や回数券、普通乗車券の相互利用は不可であった。また、これらの路線が北口の袋井駅前停留所を発着するのに対して「代行バス」は袋井駅南側の社袋井発であった。代行バスの停車停留所(カッコ内旧駅名)は下記のとおり。[34][35]
      • 社袋井 - 柳原 - 諸井 - 芝 - 浅名 - 五十岡 - 新岡崎 - 三輪(新三輪)- 石津西(石津)- 七軒町 - 新横須賀 - 河原町 - 藤塚(野中) - 野賀 - 矢柄神社前(谷口)- 南大坂 - 新三俣
    • 1975年(昭和50年)の時刻表では「南遠線」への集約が進み、社袋井 - 新三俣間の運行は朝晩のみの運行で袋井行5本、新三俣行6本となっており、日中は社袋井 - 新横須賀間を毎時1本の運行であった。
    • 1978年(昭和53年) - 新横須賀バスターミナルが廃止され、横須賀車庫が開設された。[37] また大東町役場にもバスターミナルが整備された。[46]
    • 1984年(昭和59年) - 浅羽町役場竣工に伴い浅名および浅名南停留所を廃止し、浅羽町役場停留所を新設した。なお同年4月現在の路線図では「中遠線」の記載が残るが「南遠線」への集約が進み朝晩のみの運行となっていた。[45]
    • 1990年(平成2年)8月の路線図では、袋井駅南部から袋井市民病院袋井商業高校への乗り換え無しでの南北アクセス向上のため「可睡線」「南遠線」が整理統合され「中遠線」となった。運行系統および主要停留所は以下の通り。[47]
      • 山梨 - 可睡 - 袋井市民病院前 - 袋井商業高校前 - パイオニア入口 - 袋井駅前 - 柳原 - 諸井 - 芝 - 浅羽町役場前 - 五十岡 - 新岡崎 - 三輪 - 石津西 - 新横須賀 - 静鉄横須賀車庫 - 野賀 - 矢柄神社前 - 新三俣 - 大東町役場 - 国安 - 千浜 - 合戸 - 浜岡町 - 浜岡営業所
      • パイオニア前 - パイオニア入口 - 袋井駅前
    • 1993年(平成4年)の時刻表では「中遠線・秋葉線」として気多 - 浜岡営業所間がひとつの時刻表に纏められているが、「大坂線」の浜岡営業所延伸に伴い大東町役場前 - 浜岡営業所間は「横須賀線」の流れを汲む平日のみ朝晩運行の新横須賀 - 浜岡営業所の区間系統のみとなっている。[48]
    • 1996年(平成8年)4月 - 秋葉バスサービス株式会社の設立と袋井営業所の廃止に伴い、気多 - 遠州森町間を「秋葉線」として秋葉バスサービスに、遠州森町 - 大東町役場 - (浜岡営業所)間を「秋葉中遠線」として浜岡営業所に移管した。

磐田線

今井線

  • 概説
  • 沿革
    • 1972年(昭和47年)の路線図では次の経路を運行していた。[50]
      • 山梨 - 上町 - 牛飼 - 深見西 - 深見東 - 太田 - 徳光 - 袋井駅
    • 1975年(昭和50年)の時刻表では深見東 - 袋井駅間に路線を縮小しており、平日11往復、日祝日上り10本、下り11本が運行されていた。[52]
    • 1977年(昭和52年)の路線図では次の経路を運行していた。[38]
      • 深見東 - 太田 - 徳光 - 延久 - 土橋 - 家畜市場前 - ボーリング場前 - 河原町 - 中央町 - 袋井駅前
    • 1984年(昭和59年)の路線図でも停車停留所に特に変化は無い。[45]
    • 1993年(平成5年)の時刻表では平日、日祝日共に1日2往復の運行となっている。[53]
      • 深見東 - 太田 - 徳光 - 延久 - 土橋 - 家畜市場前 - ボウリング場前 - 河原町 - 中央町 - 袋井駅前
    • 1996年(平成8年)袋井営業所廃止に伴い浜岡営業所に移管された。
    • 2007年(平成19年)4月、しずてつジャストライン浜岡営業所から秋葉バスサービスに移管された。

吉川線

  • 概説
    • 1950年代後半に開設された路線であり、開設当初は既存路線とつなげ「敷地・吉川線」としていた。
    • 1960年代に入ると敷地から一の宮に区間短縮の上、一の宮駅と小国神社への系統がまとめられ「吉川小国神社線」となったが、静岡鉄道秋葉線の廃止に伴い遠州森町で系統分離され「吉川線」となった。
    • 1970年代後半以降は過疎地域路線維持の取り組みとしてフリー乗降方式を導入するなど、沿線自治体と協議をしながら路線を維持し、1990年代には秋葉バスサービスに移管され森町病院への乗り入れを開始したが採算は厳しく、森町の自主運行バスに転換された。
    • 主に天方小学校児童の通学と森町病院の通院を担っていたため、2000年代には森町町営バスに移管され系統が維持された。
  • 沿革
    • 1958年(昭和33年)1月 - 天宮 - 落合間に「吉川線」を開設し、天宮 - 敷地間の既存路線と併せて「敷地・吉川線」とした。[54]
    • 1962年(昭和37年)9月20日 - 静岡鉄道秋葉線の廃止と森町営業所の開設に伴い路線の再編が行われ、遠州森町を起終点に「吉川線」と「天龍線」に分離された。
    • 1966年(昭和41年)の時刻表では1日6往復の運行であった。
    • 1975年(昭和50年)の時刻表では次の経路を平日6往復、日祝日5往復していた。
      • 遠州森町 - 元開橋 - 下田 - 落合
    • 1977年(昭和52年)2月現在の路線図では次の経路を運行していた。[38]
      • 遠州森町 - 慶長橋 - 天の宮 - 元開橋 - 天方小学校前 - 下田 - 落合
    • 1979年(昭和54年)6月 - 過疎地域路線維持の取り組みとしてフリー乗降方式を導入した。[40]
    • 1993年(平成5年)の時刻表では平日6往復、日祝日4往復が維持されていた。
    • 1996年(平成8年)4月 - 秋葉バスサービスに移管された。
    • 1997年(平成9年)3月24日 - 森町病院が新築移転し、遠州森町から森町病院に路線を延伸した。
      • 森町病院 - JA遠州森町支店 - 遠州森駅前 - 森高校 - 森町役場前 - 下宿 - 森川橋 - 川原町 - 遠州森町 - 慶長橋 - 天の宮 - 城下下 - 城下 - 城下上 - 元開橋 - 天方小学校前 - 大鳥居 - 松島 - 身代島 - アクティー森 - 問詰 - 下田 - 栗の島 - 日月神社前 - 鍛冶島 - 川島 - 落合下 - 落合
    • 1999年(平成11年)森町自主運行バスとして運行を開始した。
    • 2008年(平成20年)森町町営バスに移管され廃止となった。

杉・川上線

  • 概説
    • 気多から国道362号473号重複区間)、杉川に沿って川上地区に至る路線である。
    • 秋葉バスサービス発足時に同社に移管され、2010年代には春野町ふれあいバスに移管された。
    • 沿革
      • 1969年(昭和44年)4月26日 - 気多 - 川上間の運行を開始した。
      • 1975年(昭和50年)の時刻表では次の経路を1日4往復運行していた。[55]
        • 気多 - 小石間 - 平城 - 門島 - 大村 - 川上
      • 1978年(昭和53年)6月30日 - 川竹まで路線を延伸した。
      • 1979年(昭和54年)6月1日 - 過疎地域路線維持の取り組みとしてフリー乗降方式を導入した。[40]
      • 1985年(昭和60年)4月5日 - 春野町貸切代替バス「やまびこ号」として運行を開始した。
      • 1993年(平成5年)4月1日 - 同日改正の時刻表では次の系統が存在した。また、春野北小学校の通学路線であったため、夏季休業ダイヤが別に設けられていた。[56]
        • 気多 - 春野北小 - 川上
        • 気多 - 春野北小 - 川上 - 川竹
        • 春野町役場 - 気多 - 春野北小 - 川上 - 川竹
        • 春野町役場 - 気多 - 春野北小 - 川上
      • 1996年(平成8年)秋葉バスサービスに移管された。
      • 2013年(平成25年)3月 - 春野ふれあいバスに移管された。

    熊切線

    • 概説
    • 沿革
      • 1985年(昭和60年)4月5日 - 春野町の代替バス「熊切線」として運行を開始した。
        • 春野町役場 - 栗島 - 熊切 - 花鳥辻 - 田河内
        • 春野町役場 - 栗島 - 熊切診療所・熊切
        • 春野高校 - 栗島 - 熊切 - 花鳥辻 - 田河内
      • 1995年(平成7年)には次の系統が存在した。
        • 春野高校 - 河内 - 熊切局前 - 賀々沢 - 田河内
        • 春野町役場 - 河内 - 熊切局前 - 賀々沢 - 田河内
        • 春野町役場 - 河内 - 熊切局前 - 熊切診療所
        • 春野町役場→河内→熊切局前→熊切
        • 熊切→熊切局前→河内→春野高校
      • 1996年(平成8年)秋葉バスサービスに移管され、2005年(平成17年)3月の運行を以って廃止された。

    上野平線、大河内線

    • 概説
      • 秋葉自動車運輸商会が運行していた三倉 - 上野平間の路線を静岡電気鉄道が買収した路線である。
      • 戦後の開設は遅く、1960年代に「上野平線」として遠州森町 - 上野平間で運行を開始し、道路整備と共に下島まで延伸した。
      • 小中学生の通学路線であることから、秋葉バスサービス移管後も自主運行バスとして系統が維持された。
    • 沿革
      • 1931年(昭和6年)8月21日 - 秋葉自動車運輸商会が天宮 - 犬居線の支線として三倉 - 上野平間の営業免許を取得し、天宮 - 上野平間の運行を開始した。[6]
      • 1935年(昭和10年)1月1日 - 静岡電気鉄道が路線を買収した。
      • 1963年(昭和38年)10月 - 「上野平線」として、遠州森町から上の平までの路線が開設された。[54]
        • 遠州森町 - 三倉 - 上の平
      • 1966年(昭和41年)の時刻表では大河内まで延伸している。
        • 遠州森町 - 三倉 - 上の平 - 開郷 - 大河内
      • 1967年(昭和42年)3月 - 大河内地区住民の強い要望によって下島まで延伸した。[57]
        • 遠州森町 - 三倉 - 上の平 - 開郷 - 大河内 - 下島
      • 1975年(昭和50年)の時刻表では「大河内線」として平日5往復半、日祝休校日5往復が運行されていた。
        • 遠州森町 - 元開橋 - 西俣 - 森林組合前 - 三倉 - 上の平 - 開郷 - 大河内 - 下島
      • 1977年(昭和52年)の路線図では次の区間を運行していた。[38]
        • 森林組合前 - 三倉 - 中村下 - 中村公会堂前 - 中村上 - 上の平下 - 上の平 - 鳥居下 - 甚沢 - 間藤 - 開郷 - 大河内 - 中の在家 - 下島
        • 1993年(平成5年)の時刻表では平日5往復、日祝日4往復が運行されていた。[58]
          • 遠州森町 - 元開橋 - 西俣 - 三倉 - 上の平 - 下島
        • 1996年(平成8年)秋葉バスサービスに移管された。

      休廃止路線

      国道本線

      西部国道本線

      西部国道線

      • 概説
      • 沿革
        • 1974年(昭和49年)
        • 1975年(昭和50年)の掛川 - 菊川間の時刻表では「掛川妻恋線」がひとつにまとめられており、掛川 - 菊川間が平日1日16往復、「掛川妻恋線」が平日1日9往復運行されていた。また、袋井 - 掛川間は北門経由、十王経由の2系統が存在し、平日1日22往復が運行されていた。[67]
          • 菊川 - 掛川線: 掛川駅 - 葛川 - 成滝 - 満水 - 西方 - 菊川駅
          • つま恋線:掛川駅 - 葛川 - 成滝 - 妻恋
          • 袋井 - 掛川線:袋井駅前 - 久津部 - 原川 - 沢田 - 和光橋 - 鳥居町 -(北門・十王) - 掛川駅前
        • 1977年(昭和52年)2月の路線図では、日本楽器(現ヤマハ)掛川工場系統が袋井 - 掛川線に存在している。また、和光橋 - 掛川駅間が併行する「法多線」が梅橋に区間を短縮し「梅橋線」となっている。[38]
        • 1982年(昭和57年)袋井市役所の新築移転に伴い天橋停留所が袋井市役所となった。
        • 1985年(昭和60年)4月の時刻表では、掛川 - 菊川間は9時代から16時代の上下線をつま恋経由とすることで「掛川妻恋線」を吸収し本数を維持しており、平日1日13往復、日祝日11往復が運行されていた。袋井 - 掛川間は北門経由が平日17.5往復、十王経由が1.5往復、日楽系統が朝晩1往復ずつの合計20往復、日祝日は1日17往復で袋井発掛川行最終のみ1本が十王経由であった。なお、日楽系統は旧国道(現 県道253号)経由ではなく、永楽町から国道1号沿いを経由する「掛川浜松線」のルートを踏襲していた。
          • 菊川 - 掛川線
            • 掛川駅前 - 仁藤 - 喜町 - 新町 - 葛川 - 宮脇入口 - 成滝 - 西山口幼稚園前 - 西満水 - 満水 - つま恋 - 田ヶ谷 - 西方 - 堀の内小学校前 - 宇東 - 西通り - 菊川駅前
          • 袋井 - 掛川線
            • 北門経由:袋井駅前 - 新町 - 袋井市役所 - 西新屋 - 津久部 - 名栗 - 原川 - 日楽入口 - 沢田 - 和光橋 - 西掛川駅前 - 鳥居町 - 北門 - 掛川駅前
            • 十王経由:袋井駅前 - 新町 - 袋井市役所 - 西新屋 - 津久部 - 名栗 - 原川 - 日楽入口 - 沢田 - 和光橋 - 西掛川駅前 - 鳥居町 - 十王 - 掛川駅前
            • 日楽系統:袋井駅前 - 中央町 - 永楽町 - 西新屋 - 管ヶ谷入口 - 不入斗入口 - 名栗 - 原川 - 日楽入口 - 日楽前
        • 1987年(昭和62年)- 日本楽器製造の社名変更に伴い、日楽入口停留所および日楽前停留所がヤマハ入口、ヤマハ前に名称変更された。
        • 1991年(平成3年)7月現在の路線図では、国道1号の国本 - 沢田間の袋井バイパス開設を機に工業団地を経由するルートに変更されている。[68]
          • 菊川 - 掛川線
            • 掛川駅前 - 仁藤 - 喜町 - 新町 - 葛川 - 宮脇入口 - 成滝 - 西山口幼稚園前 - 西満水 - 満水 - つま恋 - 田ヶ谷 - 西方 - 堀の内小学校前 - 宇東 - 西通り - 菊川駅前
          • 袋井 - 掛川線
            • 北門経由:袋井駅前 - 新町 - 市役所前 - 方丈 - 工業団地前 - 下貫名 - 久津部 - 名栗 - 原川 - ヤマハ入口 - 沢田 - 和光橋 - 西掛川駅 - 鳥居町 - 北門 - 掛川駅前
            • 十王経由:袋井駅前 - 新町 - 市役所前 - 方丈 - 工業団地前 - 下貫名 - 久津部 - 名栗 - 原川 - ヤマハ入口 - 沢田 - 和光橋 - 西掛川駅 - 鳥居町 - 十王 - 掛川駅前
            • ヤマハ系統:袋井駅前 - 中央町 - 西新屋 - 管ヶ谷入口 - 不入斗入口 - 名栗 - 原川 - ヤマハ入口 - ヤマハ前
        • 1993年(平成5年)4月 - 掛川 - 菊川間が休止され、袋井営業所の管轄する袋井 - 掛川間のみとなった。[69] ヤマハ前止まりが廃止され、ヤマハ前経由として平日朝晩1往復づつの運行となった。また、平日7.5往復(内ヤマハ経由2往復)、日祝日8往復にまで減便されている。[48]
          • 袋井駅前 - 西通り - 新町 - 市役所前 - 方丈 - 工業団地前 - 下貫名 - 久津部 - 名栗 - 原川 - ヤマハ前 - 沢田 - 和光橋 - 西掛川駅 - 鳥居町 -(北門・十王)- 掛川駅前
        • 1994年(平成6年)7月 - 名栗 - 掛川駅間を休止し、袋井駅 - 名栗間を「名栗線」として存続した。これを以って「西部国道線」という路線名は消滅した。

      名栗線

      • 概説
        • 1994年(平成6年)7月 -「西部国道線」名栗 - 掛川駅間の休止に伴い開設された。7月10日現在の路線図では次の経路を運行していた。 [70]
          • 袋井駅前 - 西通り - 新町 - 市役所前 - 夢見観音前 - 方丈 - 方丈東 - 工業団地前 - 下貫名 - 久津部西 - 久津部 - 久津部学校前 - 赤鳥居 - 名栗
        • 1995年(平成7年)3月31日 - 利用者減少により廃止された。[69]
        • 2013年(平成25年)5月に袋井市自主運行バス「袋井駅・中東遠総合医療センター線」として袋井駅前 - 上貫名間に路線が復活した。

      森・掛川線

      • 概説
      • 沿革
        • 1923年(大正12年)8月 - 秋葉自動車運輸商会が天宮 - 掛川間に路線を申請した。[4]
        • 1924年(大正13年)[6][71][72]
          • 3月26日 - 天宮 - 掛川間の認可を得た。
          • 7月10日 - 天宮 - 掛川間の運行を開始した。
        • 1935年(昭和10年)1月1日 - 静岡電気鉄道が秋葉自動車運輸商会の路線を買収した。
        • 1953年(昭和28年)静岡鉄道の時刻表では1日10往復が運行されており、内2往復は天ノ宮 - 本郷間の運行であった。また、本郷 - 掛川間は掛川営業区が管轄する「原泉循環線」が併行していた。[49]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では天ノ宮 - 本郷区間便は廃止され、1日8往復となっている。系統および主要停留所は次の通り。また、「原泉循環線」は丹間 - 掛川駅間が分離され「原野谷線」(のちに原の谷線)となっている。[27]
          • 森・掛川線
            • 天の宮 - 慶長橋 - 遠州森町 - 下宿 - 戸綿 - 板ヶ谷 - 本郷 - 細谷 - 富部 - 鳥居町 - 二瀬川東 - 十王 - 仲町 - 掛川駅前
          • 原野谷線
            • 丹間 - 板ヶ谷 - 本郷 - 細谷 - 富部 - 鳥居町 - 二瀬川東 - 十王 - 仲町 - 掛川駅前
        • 1972年(昭和47年)の路線図では十王 - 掛川駅間の経路が仲町経由から中電前経由に変更されている。
        • 1975年(昭和50年)の時刻表では1日9往復が運行されていた。
          • 遠州森町 - 戸綿 - 板ヶ谷 - 本郷 - 細谷 - 富部 - 鳥居町 - 掛川駅前
        • 1976年(昭和51年)幡鎌 - 本郷上間に加茂花菖蒲園が開園し、花菖蒲園への季節運行を開始した。また記念乗車券も販売された。
        • 1984年(昭和59年)4月現在の路線図では次の経路を運行していた。[45]
          • 遠州森町 - 河原町 - 森川橋 - 戸綿 - 板ヶ谷 - 幡鎌 - 本郷上 - 本郷 - 西山入口 - 下本郷 - 細谷上 - 細谷 - いこいの広場入口 - 富部上 - PS工場前 - 富部西 - 富部 - 桜木団地入口 - 養鶏場入口 - 桜木入口 - 鳥居町 - 二瀬川 - 二瀬川東 - 下俣 - 十王 - 西町入口 - 中電前 - 掛川駅前
          • 季節運行
            • 花菖蒲園 - 本郷 - 西山入口 - 下本郷 - 細谷上 - 細谷 - いこいの広場入口 - 富部上 - PS工場前 - 富部西 - 富部 - 桜木団地入口 - 養鶏場入口 - 桜木入口 - 鳥居町 - 二瀬川 - 二瀬川東 - 下俣 - 十王 - 西町入口 - 中電前 - 掛川駅前
        • 1990年(平成2年)- 掛川営業所との共管から袋井営業所の管轄路線となった。
        • 1991年(平成3年)7月現在の路線図では次の経路を運行していた。「原の谷線」の廃止を受けて花菖蒲園への経路が変更されており、掛川市内の経路も中電前経由から仲町経由に変更されている[73]
          • 遠州森町 - 河原町 - 森川橋 - 戸綿 - 睦実 - 板ヶ谷 - 幡鎌 - 加茂花菖蒲園 - 本郷上 - 本郷 - 西山入口 - 下本郷 - 細谷上 - 細谷 - いこいの広場入口 - 昭和パックス - 富部上 - 富部西 - 富部 - 桜木団地入口 - 桜木入口 - 鳥居町 - 二瀬川 - 二瀬川東 - 下俣 - 十王 - 仲町 - 掛川駅前
        • 1992年(平成4年)静岡鉄道から掛川市、森町に廃止の申し出が行われた。[74]
        • 1993年(平成5年)4月現在の路線図からは消滅している。(廃止時期不詳)[48]

      葛川南線

      • 概説
        • 掛川営業所の路線バスが掛川バスサービスに移管された際に「森・掛川線」と共に袋井営業所に移管された入出庫系統であった。

      今井磐田線

      • 概説
      • 沿革
        • 1956年(昭和31年)の時刻表では1日4往復が運行されていた。[25]
        • 1958年(昭和33年)の時刻表では次の経路を運行していた。[75]
          • 磐田駅前 - 東映劇場前 - 市役所前 - 南高校前 - 見付 - 磐田原 - 笠梅 - 深見西 - 深見東 - 太田 - 徳光 - 延久 - 土橋 - 河原町 - 中央町 - 袋井駅前
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では磐田 - 袋井間が1日4往復に加え、朝晩には深見 - 袋井間に一往復づつ区間便が運行されていた。[27]
        • 1960年代 時期不詳 -「今井線」に整理縮小され消滅した。

      今井・敷地線

      • 概説
        • 戦後、天宮 - 敷地間を結ぶ「敷地線」と、円田から山梨、深見を経由し袋井に至る「今井線」をつないだ「今井・敷地線」として開設された。戦後の限られた車両数のなかで効率的な運用を図るため、天宮 - 袋井間を結ぶ系統は敷地 - 円田間を往復する運用であった。
        • 1960年代前半には、二俣駅前まで延伸し「天竜線」と「吉川小国神社線」に整理された。
      • 沿革
        • 1953年(昭和28年)の時刻表では次の3つの系統が存在した。[49]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では「今井・敷地線」は敷地 - 袋井駅間の系統のみとなっており、天宮 - 敷地間は「敷地・吉川線」に分離されている。[27]
          • 敷地 - 一の宮駐在所前 - 一の宮 - 円田 - 山梨 - 深見西 - 深見東 - 太田 - 徳光 - 延久 - 土橋 - 河原町 - 中央町 - 袋井駅前
        • 1961年(昭和36)の時刻表では「吉川小国神社線」と「天竜線」に整理されている。

      天龍線

      • 概説
      • 沿革
        • 1923年(大正12年)8月 - 秋葉自動車運輸商会が天宮 - 二俣間の免許を申請した。[4]
        • 1924年(大正13年)10月11日 - 天宮 - 二俣間の営業運行を開始した。[6]
          • 二俣 - 敷地 - 円田 - 天宮
        • 1953年(昭和28年)9月の静岡鉄道の時刻表では、敷地 - 円田間を天宮 - 円田 - 袋井間と接続して「今井・敷地線」としている。[49]
          • 天宮 - 円田 - 敷地 - 円田 - 山梨 - 深見 - 袋井
          • 敷地 - 円田 - 山梨 - 深見 - 袋井
        • 1958年(昭和33年)1月 - 天宮 - 落合間に「吉川線」を開設し、「敷地・吉川線」として敷地 - 落合間の直通運行を開始した。 「今井敷地線」の天宮 - 円田間は「敷地・吉川線」に整理された。
          • 敷地・吉川線
            • 敷地 - 一の宮駐在所前 - 一の宮 - 円田 - 遠江森駅前 - 下宿 - 遠州森町 - 天宮 - 元開橋 - 問詰公民館前 - 落合
          • 今井敷地線
            • 敷地 - 一の宮駐在所前 - 一の宮 - 円田 - 山梨 - 深見西 - 深見東 - 太田 - 徳光 - 延久 - 土橋 - 河原町 - 中央町 - 袋井駅前
        • 1960年(昭和35年)12月1日 - 同日現在の時刻表では、「今井敷地線」が二俣駅前まで延伸し「天竜線」となっている。
        • 1961年(昭和36年)- 「敷地・吉川線」は一の宮駅前 - 落合間に区間を縮小し、小国神社への支線系統を開設し「吉川小国神社線」となっている。
          • 吉川小国神社線
            • 小国神社 - 一の宮駐在所前 - 一の宮駅前 - 一の宮 - 円田 - 下宿 - 天の宮 - 元開橋 - 落合
          • 天竜線
        • 1966年(昭和41年)3月25日 - 同日改正の時刻表ではの時刻表で「吉川小国神社線」は「天龍線」と「吉川線」に整理され、円田 - 袋井駅前間は深見を経由せずに山梨から秋葉線を経由して小国神社袋井を結ぶ「小国神社線」と、山梨を起点に深見を経由して袋井を結ぶ「今井線」に再編されている。同年3月現在の時刻表では「天竜線」は二俣 - 森町間が1日2往復、小国神社 - 森町間が1日3往復の運行であった。[76]
          • 天龍線
            • 二俣 - 敷地 - 一の宮駐在所 - 円田 - 遠州森町
            • 小国神社 - 一の宮駅 - 一の宮駐在所 - 円田 - 遠州森町
          • 吉川線
            • 遠州森町 - 元開橋 - 落合
          • 小国神社線
          • 今井線
        • 1972年(昭和47年)11月現在の路線図では、敷地まで区間を縮小している。[50]
          • 敷地 - 一の宮駐在所 - 円田 - 遠州森町
          • 小国神社前 - 一の宮駅 - 一の宮駐在所 - 円田 - 遠州森町
        • 1973年(昭和48年)「小国神社線」に統合され廃止となった。

      敷地・吉川線、吉川小国神社線

      • 概説
        • 1958年(昭和33年)1月 - 天宮 - 落合間に「吉川線」を開設し、それまで「今井・敷地線」として運行していた「敷地線」(敷地 - 天宮間)とをつないで「敷地・吉川線」として営業運行を開始した。[54]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では次の3系統が存在し、敷地 - 落合間が1日3往復、一宮駐在所 - 落合間が1日2往復、天宮 - 落合間が1日1往復の合計6往復が運行されていた。[27]
          • 敷地 - 一の宮駐在所前 - 一の宮 - 円田 - 遠江森駅前 - 下宿 - 遠州森町 - 天宮 - 元開橋 - 問詰公民館前 - 落合
          • 一の宮駐在所前 - 一の宮 - 円田 - 遠江森駅前 - 下宿 - 遠州森町 - 天宮 - 元開橋 - 問詰公民館前 - 落合
          • 天宮 - 元開橋 - 問詰公民館前 - 落合
        • 1961年(昭和36年)11月16日 - 同日現在の時刻表では、敷地 - 一の宮間は「天竜線」に整理し、一の宮駅前 - 落合間に区間を縮小し、一の宮駅前から小国神社への支線系統を開設し「吉川小国神社線」となっている。
        • 1964年(昭和39年)5月1日 - 地元住民の要望により小国神社 - 袋井駅前間の新系統の運行を開始した。
        • 1966年(昭和41年)の時刻表では「天竜線」と「小国神社線」「吉川線」に整理されている。

      小国神社線

      • 概説
      • 沿革
        • 1964年(昭和39年)5月1日 - 地元住民の要望により運行を開始した。
        • 1966年(昭和41年)3月25日 - 同日改正の時刻表では1日3往復の運行であった。
        • 1969年(昭和44年)の時刻表でも変わらず1日3往復の運行であった。
        • 1972年(昭和47年)の路線図では円田 - 袋井駅間が廃止され、「天龍線」の敷地 - 一の宮駅間を廃止の上で「小国神社線」に統合し、小国神社 - 遠州森町間の運行に変更されている。[50]
        • 1973年(昭和48年)の時刻表では円田 - 袋井駅間が廃止され、「天龍線」の敷地 - 一の宮駅間を廃止の上で「小国神社線」に統合し、小国神社 - 遠州森町間の運行となっている。また、県道81号沿いの宮園小学校と県道279号沿いの谷中、旭ヶ丘中学入口を経由するルートに変更されている。
          • 小国神社 - 一の宮駐在所 - 一の宮駅 - 赤根 - 宮園小学校 - 谷中 - 旭ヶ丘中学入口 - 円田 - 草ヶ谷 - 遠州森町
        • 1975年(昭和50年)11月の時刻表では1日3往復が運行されていた。
          • 小国神社 - 一の宮駅 - 谷中 - 草ヶ谷 - 遠州森町
        • 1977年(昭和52年)2月現在の路線図からは消滅している。(廃止時期不詳)[38]

      奥線、春野線

      • 概説
      • 沿革
        • 1902年(明治35年)11月 - 秋葉馬車鉄道が設立され、12月18日に森町 - 袋井間に馬車軌道が開業した。[7]
        • 1911年(明治44年)12月28日 - 秋葉馬車鉄道が可睡斎への参詣需要に応じて可睡支線を開通させた。
        • 1919年(大正8年)12月 - 駿遠電気(のちの静岡電気鉄道)の役員によって秋葉鉄道株式会社が設立された。
        • 1922年(大正11年)
          • 3月13日 - 周智郡森町天宮の一木粂吉が天宮 - 袋井駅間に乗合路線を開業した。[4][6]
          • 5月 - 秋葉自動車株式会社(翌年8月に秋葉自動車運輸商会に改称)を設立し、天宮 - 犬居間の免許を申請した。[4]
          • 8月2日 - 秋葉自動車が天宮 - 犬居間の営業運行を開始した。[6]
            • 袋井駅前 - 可睡口 - 山梨 - 天宮
            • 天宮 - 三倉 - 犬居
          • 11月 - 秋葉鉄道が秋葉自動車に急速に乗客を奪われた秋葉馬車鉄道を吸収し、電化に着手した。[8]
        • 1923年(大正12年)8月 - 秋葉自動車が秋葉自動車運輸商会に改称した。[4]
        • 1924年(大正13年)
          • 1月25日 - 裕仁親王(のちの昭和天皇)御成婚の記念事業として沿線村民700人によって犬居 - 気多間の道路拡張工事が行われ、これを受けて秋葉自動車運輸商会が犬居 - 気多間の路線の免許を申請した。[77]
          • 11月25日 - 秋葉自動車運輸商会が犬居 - 気田間の営業免許を取得し、天宮 - 気田間の運行を開始。周智郡気多村気田に出張所を開設した。[6]
            • 袋井駅前 - 可睡口 - 山梨 - 天宮 - 三倉 - 犬居 - 気田
        • 1928年(昭和3年)4月19日 - 支線として犬居 - (秋葉山)坂下間の営業を開始した。
          • 袋井駅前 - 可睡口 - 山梨 - 天宮 - 三倉 - 犬居 - 気田
          • 犬居 - 坂下
        • 1934年(昭和9年)5月8日 -  坂下から領家まで延伸した。
          • 袋井駅前 - 可睡口 - 山梨 - 天宮 - 三倉 - 犬居 - 気田
          • 犬居 - 坂下 - 領家
        • 1935年(昭和10年)1月1日 - 静岡電気鉄道が秋葉自動車運輸商会から路線を買収した。
        • 1953年(昭和28年)9月の静岡鉄道の時刻表では「奥線」として次の系統が存在した。河内 - 気田の区間便は河内で袋井 - 熊切系統と接続していた。[49]
          • 袋井 - 山梨 - 森町 - 三倉 - 堀割 - 犬居 - 秋葉山 - 犬居 - 河内 - 熊切
          • 袋井 - 山梨 - 森町 - 三倉 - 堀割 - 犬居 - 秋葉山 - 犬居 - 河内 - 気田
          • 袋井 - 山梨 - 森町 - 三倉 - 堀割 - 犬居 - 河内 - 気田
          • 河内 - 気田
        • 1958年(昭和33年)の時刻表では「春野線」に路線名称が変更され、気田停留所が気多に名称変更されている。[75]
          • 袋井 - 山梨 - 天の宮 - 三倉 - 若身 - 秋葉山坂下 - 若身 - 河内 - 気多
          • 河内 - 熊切
        • 1959年(昭和34年)6月 - 県道58号新道に周智隧道が開通し、10月現在の時刻表では路線図では乙丸 - 不動橋間に田能経由と柿平(県道58号新道)経由が存在したが、「上沢橋が老朽の為、乙丸 - 不動橋間新道経由」との記載があり、運行は全て県道58号新道経由となっている。[27]
          • 旧道経由:(袋井)- 三倉 - 乙丸 - 大久保 - 田能 - 堀割 - 小奈良安 - 平野 - 不動橋 - 若身 -(気多・熊切)
          • 新道経由:(袋井)- 三倉 - 乙丸 - 船場入口 - 田能入口 - 柿平 - 堀割 - 平野公会堂前 - 不動橋 - 若身 -(気多・熊切)
        • 1962年(昭和37年)- 同年11月現在の時刻表では熊切から賀々沢まで延伸している。
          • 袋井 - 山梨 - 天の宮 - 三倉 - 若身 - 坂下 - 若身 - 河内 - 気多
          • 袋井 - 山梨 - 天の宮 - 三倉 - 若身 - 河内 - 熊切 - 賀々沢
        • 1964年(昭和39年)10月16日 - 熊切から田河内まで路線を延長した。[78]
          • 袋井 - 山梨 - 天の宮 - 三倉 - 若身 - 秋葉山坂下 - 若身 - 河内 - 気多
          • 河内 - 熊切 - 田河内
        • 1960年代中盤 - 1970年代初頭 時期不詳 -「秋葉線」に統合され、袋井 - 気多系統は急行となった。

      可睡線

      • 概説
      • 沿革
        • 1926年(大正15年・昭和元年)10月25日 - 静岡電気鉄道が、競合する秋葉自動車運輸商会への対抗策としてメーター付貸切自動車の営業を開始した。[12]
        • 1927年(昭和2年)11月 - 静岡電気鉄道袋井 - 可睡間の季節乗合自動車を開業した。[15]
        • 1930年(昭和5年)3月20日 - 袋井駅 - 可睡(久努西村久能 静岡電鉄停留所)間の営業運行を開始した。
        • 1945年(昭和20年)1月31日 - 前年12月7日に発生した昭和東南海地震により、静岡鉄道秋葉線の支線である可睡線(可睡口 - 可睡間)の運行が休止された。その後運行が再開される事なく廃止となり、以降は乗合路線のみとなった。[17]
        • 1953年(昭和28年)の時刻表では1日9往復が運行されていた。[49]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表でも1日9往復の運行であった。[27]
          • 袋井 - 西通り - 中央町 - 永楽町 - 一軒家 - 可睡口 - 可睡
        • 1975年(昭和50年)の時刻表では平日11往復、日祝日9往復の運行であった。[79]
        • 1977年(昭和52年)の路線図では次の区間を運行していた。[38]
        • 1979年(昭和54年)- 袋井市民病院の開設に伴い袋井市民病院前停留所が設置された。また「秋葉線」に可睡線を経由する系統が誕生している。
        • 1984年(昭和59年)の路線図では、次の2系統が存在していた。[45]
          • 袋井駅前 - 西通り - 中央町 - 永楽町 - 体育館前 - 一軒家 - パイオニア入口 - 可睡口 - 袋井商業高校前 - 袋井市民病院前 - 可睡 - 北町 - 平宇 - 周南中学校前 - 下山梨 - 月見町 - 山梨郵便局前 - 山梨
          • 袋井駅前 - 西通り - 中央町 - 永楽町 - 体育館前 - 一軒家 - パイオニア入口 - パイオニア前
        • 1992年(平成4年)の時刻表では「中遠線」に統合され「秋葉線・中遠線」としてひとつにまとめられており、「秋葉線」の横手橋経由は朝晩を中心とし、日中は殆どが可睡・病院経由となっている。[80]

      南遠線

      • 概説
      • 沿革
        • 1923年(大正12年)8月 - 中遠鉄道袋井駅構内 - 池新田間の定期自動車の営業許可を申請した。
        • 1924年(大正13年)
          • 1月 - 中遠鉄道が乗合自動車の兼営認可を申請した。
          • 4月17日 - 乗合自動車の営業認可を取得した。[10][11][71]
          • 7月25日 - 袋井駅 - 池新田間の定期乗合自動車の営業運行を開始した。袋井 - 横須賀間が1日5往復、横須賀 - 池新田間が1日4往復であった。[81][82]
        • 1931年(昭和6年)11月10日 - 池新田 - 雨垂間の認可を取得し路線を延伸した。[14]
        • 1934年(昭和9年)8月22日 - 河原町 - 野賀間の営業権を掛塚自動車(のちの遠州鉄道)に譲渡する契約を締結した。[83]
        • 1953年(昭和28年)の静岡鉄道の時刻表では、のちの「同笠線」も「南遠線」に含まれ、「南遠線・福田線」としてひとつに纏められていた。横須賀系統、同笠系統がそれぞれ1日3往復づつに対して「福田線」は1日4往復運行されていた。[49]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では同笠系統が「同笠線」として分離されている一方で、御前崎まで延伸し、袋井営業所と菊川営業所(浜岡支所)の共管路線となっており、袋井 - 御前崎直通便が1日9往復、袋井駅ー浜岡町間には急行が1日2往復設定されている。急行は駿遠線横須賀駅大坂駅には乗り入れず、それぞれの駅入口停車であった。運行系統および主要停留所は次の通り。[27]
          • 普通
            • 袋井駅前 - 諸井 - 芝 - 浅名 - 岡崎 - 石津 - 横須賀 - 大坂 - 大浜町役場 - 国安 - 成行 - 千浜 - 合戸 - 浜岡町 - 東町 - 堀野新田 - 白羽学校前 - 御前崎役場前 - 御前崎
          • 急行停車停留所
            • 袋井駅前 - 諸井 - 芝 - 浅名 - 岡崎 - 石津 - 横須賀駅入口 - 大坂駅入口 - 大浜町役場 - 国安 - 成行 - 千浜 - 合戸 - 高松 - 蒲池 - 浜岡
        • 1960年(昭和35年)12月1日 - 同日現在の時刻表では袋井 - 御前崎直通便が1日16往復に増回されている。
        • 1962年(昭和37年)11月25日 - 同日現在の時刻表では、新神子を経由する系統が開設されている。
        • 1964年(昭和39年)9月26日 - 静岡鉄道駿遠線の新三俣 - 堀野新田区間が廃止となり、翌27日より菊川営業所(浜岡支所)の管轄で新横須賀 - 浜岡町間に駿遠線代行バス「横須賀線」が開設された。なお、浜岡町 - 堀野新田区間の代行バスは「相良・浜岡線」として相良営業所が担当し、どちらも旧駿遠線浜岡町駅には停車しなかった。運行系統(カッコ内は鉄道線の駅名)は次のとおり。[84][85]
          • 横須賀(新横須賀)- 大坂駅前(南大坂)- 三俣(新三俣)- 千浜 - 合戸 - 塩原新田 - 浜岡町・本町(浜岡町停留所)
        • 1966年(昭和41年)10月1日改正の南大坂駅発の家庭掲示用の時刻表では御前崎までの直通便は1日6便に減少している。[86]
          • 袋井駅前 - 浅羽町役場前 - 新岡崎 - 石津西 - 新横須賀 - 南大坂 - 三俣 - 千浜 - 浜岡町 - 御前崎
        • 1967年(昭和42年)8月27日をもって静岡鉄道駿遠線袋井 - 新三俣間が廃止され、翌日より「代行バス中遠線」が開設された。なお、当初は「南遠線」「同笠線」「福田線」の重複区間では、定期券や回数券、普通乗車券の相互利用は不可であり、これらの既存路線が北口の袋井駅前停留所を発着するのに対して「代行バス」は袋井駅南側の社袋井発であった。また「横須賀線」の新横須賀 - 新三俣系統が「中遠線」に統合され、新横須賀 - 浜岡町系統は「南遠線」に統合された。代行バスの停車停留所(カッコ内旧駅名)は下記のとおり。
        • 1972年(昭和47年)11月 - 同月現在の路線図では浜岡町 - 御前崎間の運行は全て新神子経由となっており、堀野新田経由は「御前崎線」に整理統合されている。
        • 1975年(昭和50年)の時刻表では「南遠線」の浜岡町 - 御前崎間は「御前崎線」に整理統合され、浜岡営業所までの運行となっている。また「中遠線」は「南遠線」への集約が進むものの引き続き存在しており、社袋井 - 新三俣系統は朝晩のみの運行で袋井行5本、新三俣行6本となっており、日中は社袋井 - 新横須賀間に毎時1本が運行されていた。
        • 1977年(昭和52年)の路線図では、次の経路を運行していた。[38]
        • 1978年(昭和53年)- 新横須賀バスターミナルが廃止され、静鉄横須賀車庫が開設された。[37] また大東町役場にもバスターミナルが整備され、「大坂線」の起終点が新横須賀から大東町役場へ移ったことで、同線との接続ターミナルが大東町役場に移行した。[46]
        • 1984年(昭和59年)の路線図では、次の経路を運行していた。[45]
        • 1990年(平成2年)8月現在の路線図では、大東町役場 - 浜岡営業所間が朝晩の新横須賀 - 浜岡営業所間の通学便を除き「大坂線」に整理され、「可睡線」と共に「中遠線」に統合され消滅している。[87]

      横須賀・砂スキー場線

      同笠線

      • 概説
        • 昭和初期に中遠鉄道が開設した袋井 - 横須賀間の浅名から分岐し、(旧 浅羽町 現 袋井市浅羽)の同笠海岸を結ぶ系統で、戦後も「南遠線」の支線系統であったが1950年代後半に「同笠線」として系統が分離された。
      • 沿革
        • 1930年(昭和5年)6月 - 中遠鉄道が南遠線の支線として浅名 - 同笠間の営業認可を取得し、袋井 - 同笠間の運行を開始した。[14][82]
        • 1953年(昭和28年)の静岡鉄道の時刻表では「南遠線」の同笠系統として掲載されている。[49]
        • 1958年(昭和33年)の時刻表では「同笠線」として系統が分離されている。[75]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では1日5往復が運行されていた。主要停留所は次の通り。[27]
          • 袋井駅前 - 柳原 - 諸井 - 諸井床屋前 - 芝 - 浅名公会堂前 - 浅名 - 新堀 - 梅山 - 南遠中学前 - 同笠
        • 1967年(昭和42年)5月 - 袋井 - 諸井間の新道(現 県道41号)の建設工事が開始された。[89]
        • 1975年(昭和50年)の時刻表では1日6往復が運行されていた。
          • 袋井駅 - 柳原 - 諸井 - 浅名 - 同笠海岸
        • 1977年(昭和52年)の路線図では次の経路を運行していた。[38]
          • 袋井駅前 - 静鉄袋井営業所前 - アスベスト前 - 柳原 - 柳原南 - 諸井上 - 諸井 - 諸井下 - 芝八幡前 - 芝 - 大庭 - 浅名 - 浅名南 - 浅羽中学前 - 新堀 - 梅山 - 南小学校前 - 同笠 - 同笠海岸
        • 1984年(昭和59年)の路線図でも停車停留所に変化は無く路線は維持されていた。[45]
        • 1990年(平成2年)3月 - 利用者減少により、富里線と共に廃止された。[90]

      福田線(ふくでせん)

      • 概説
        • 中遠鉄道が開設した「南遠線」の支線として、諸井から分岐し現在の県道255号を経由し福田町(現 磐田市福田)へ至る路線であった。なお、磐田(見付)からは静岡電気鉄道が福田に路線を開設しており、夏季には福田海岸への臨時便を運行していた。
        • 1970年代には中野まで路線を縮小し、1980年代後半に廃止されている。
      • 沿革
        • 1926年(大正15年)
          • 4月23日 - 中遠鉄道が「南遠線」の諸井から分岐し、富里までの支線の認可を得た。[81][91]
          • 8月10日 - 袋井 - 富里間の運行を開始した。[81]
          • 9月16日 - 富里 - 中野間延長の認可を取得し営業を開始した。[14]
        • 1927年(昭和2年)7月8日 - 中野から福田まで延伸した。[81]
          • 袋井駅 - 諸井 - 富里 - 中野 - 福田
        • 1931年(昭和6年)4月22日 - 福田の終点変更が申請され5月10日に営業を開始した。(学校前より西に延長し、一色屋隣より1日8回発車)[81][82][91]
        • 1953年(昭和28年)の静岡鉄道の時刻表では「福田線」は「南遠線」の支線系統としてひとつの時刻表に纏められており、1日4往復が運行されていた。[49]
        • 1958年(昭和33年)の時刻表では1日7往復が運行されていた。また、夏季には豊浜海水浴場への臨時便が運行されていた。[75]
        • 1959年(昭和34年)の時刻表では1日8往復が運行されていた。運行系統および主要停留所は次の通り。[27]
          • 袋井駅前 - 柳原 - 諸井 - 諸井床屋前 - 中村 - 富里 - 中野 - 豊浜 - 丸五前 - 銀行前 - 福田
        • 1972年(昭和47年)11月の路線図では、諸井上~諸井下の区間が新道経由となっている。[50]
        • 1973年(昭和48年)の時刻表では1日9往復の運行であった。[92]
        • 1974年(昭和49年)中野 - 福田間が廃止され、袋井駅前 - 中野間に路線を縮小した。これに伴い福田車庫は廃止され、中野に反転地が整備された。[65]
        • 1975年(昭和50年)の時刻表では1日6往復の運行であった。[93]
        • 1977年(昭和52年)の路線図では次の経路を運行していた。[38]
          • 袋井駅前 - 静鉄袋井営業所前 - アスベスト前 - 柳原 - 柳原南 - 諸井 - 諸井下 - 長溝 - 中村 - 富里 - 下富里 - 中野上 - 中野
        • 1984年(昭和59年)の路線図でも停車停留所に変化は無く路線は維持されていた。[45]
        • 1980年代後半 時期不詳 富里 - 中野間が廃止され、袋井駅前 - 富里間に路線を縮小し、路線名が富里線に変更された。
        • 1990年(平成2年)3月 - 利用者減少により、同笠線と共に廃止された。[90]

      見付福田線

      • 概説
        • 1933年(昭和8年)3月21日 - 静岡電気鉄道光明電気鉄道の遠州見付駅から見付町で分岐し南北に2つの系統を開設した。[94]
        • 1935年(昭和10年)5月18日 - 静岡電気鉄道が現営業「見付福田線」の車両2両を以って、同年7月1日から8月31日までの期間、見付町 - 福田海岸間の臨時自動車運輸事業の免許を申請したという記録が残る。経路は「弊社福田線終点ヨリ右折シテ、仿僧川ニ出デ、川添ヒニ福田海水浴場ニ至ル」と記されている。なお、この年に光明電気鉄道は運行を休止している。[95]
          • 見付町 - 西貝 - 西ノ島 - 福田 - 福田海岸
        • 1937年(昭和12年)5月18日 - 静岡電気鉄道が見付 - 大藤間および見付 - 福田間の営業免許を掛塚自動車株式会社(のちに遠州鉄道に統合)に譲渡する契約を締結した。[96]

      松袋井線

      脚注

      注釈

      1. 1960年(昭和35年)から1963年(昭和38年)の「運賃改定申請書 諸届綴 稟議書」に綴られていた「静岡鉄道主要路線図」には、気多、遠州森町、福田に「自動車々庫」と記載されている。
      2. 1947年に貸切バス事業を開始して以降、1958年の機構改正が行われる迄の観光パンフレットの問合せ先に各営業所、営業区が記載されている。
      3. 1956年(昭和31年)の袋井地区バス時刻表の営業案内所一覧には、袋井営業所以下に菊川営業区、掛川営業区、森町営業区の電話番号が掲載されている。
      4. 1959年の時刻表の問合せ先電話案内には気多車庫の番号も掲載されている。

      出典

      1. 『写真アルバム 磐周・小笠の昭和』いき出版、2019年8月11日、134頁。ISBN 978-4-86672-038-8。
      2. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、165頁。
      3. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、263頁。
      4. 春野町史編さん委員会 編『春野町史 通史編 下巻』春野町、1999年、619頁。
      5. 武内 孝夫『遠州地方の交通発達史』遠州鉄道、1993年10月、134頁。
      6. 鉄道省編纂 編『全国乗合自動車総覧 静岡県』鉄道公論社、1934年12月29日、37頁。
      7. 武内 孝夫『遠州地方の交通発達史』遠州鉄道、1993年10月、142頁。
      8. 『<ポケット社史>静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、35頁。
      9. 『<ポケット社史>静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、36頁。
      10. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、57頁。
      11. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、288頁。
      12. 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道、1989年4月、160頁。
      13. 『<ポケット社史>静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、56頁。
      14. 浅羽町史編さん委員会 編『浅羽町史 通史編』浅羽町、2000年3月31日、840頁。
      15. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、38頁。
      16. 春野町史編さん委員会 編『春野町史 通史編 下巻』春野町、1999年、622頁。
      17. 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道、1989年4月、161頁。
      18. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、46頁。
      19. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、46-47頁。
      20. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、58-63頁。
      21. 『中部日本会社要覧 1948年版』中部経済新聞社、1948年、248頁。
      22. 総理府統計局 編『会社企業名鑑 昭和37年版』日本統計協会、1962年、998頁。
      23. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、65-70頁。
      24. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、85頁。
      25. 『袋井地区バス時刻表』静岡鉄道、1956年。
      26. 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道、1989年4月、162頁。
      27. 『バス時刻表 1959.10.16現在 静鉄バス』静岡鉄道。
      28. 『静苑 第七号』静岡鉄道、1961/9/31、3-4頁。
      29. 『静苑 第14号 1962年4月号』静岡鉄道、1962年4月30日、16頁。
      30. 総理府統計局 編『会社企業名鑑 昭和43年版』日本統計協会、1968年、1768頁。
      31. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、99頁。
      32. 『写真で綴る静岡鉄道70年の歩み』静岡鉄道、1989年4月、163頁。
      33. 『写真アルバム 磐周・小笠の昭和』いき出版、2019年8月11日、144頁。
      34. 『駿遠線袋井〜新三俣間鉄道営業廃止についてのお知らせ』静岡鉄道、1967年8月20日。
      35. 阿形 昭『歴史に残す静岡鉄道駿遠線 -日本一の軽便鉄道-』静岡新聞社、2015年3月19日、129頁。
      36. 記念誌編集委員会 編『写真でつづるふるさと大須賀』静岡県小笠郡大須賀町、1986年11月1日、131頁。
      37. 大須賀町誌編纂委員会 編『大須賀町誌』静岡県小笠郡大須賀町、1980年3月25日、753頁。
      38. 『静岡鉄道バス 全区間路線図 1977年2月現在』静岡鉄道。
      39. 『静岡鉄道全区間バス路線図』静岡鉄道、1981年。
      40. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、135頁。
      41. 『静岡鉄道百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、137頁。
      42. 『令和2年度 地域公共交通確保維持改善事業(地域間幹線系統)第三者評価委員会資料』静岡県生活交通確保対策協議会、2021年2月15日。
      43. 『令和2年度第1回公共交通会議資料(書面開催)』周智郡森町、2020年。
      44. 『静鉄バス時刻表 No.20 秋葉線 50.11.1現在』静岡鉄道、1975年11月1日。
      45. 『静岡鉄道バス 全区間路線図 1984年4月現在』静岡鉄道。
      46. 『大東町誌』静岡県小笠郡大東町、1984年3月、592頁。
      47. 『静鉄バス全路線ガイド』静岡鉄道、1990年8月、68頁。
      48. 『西部地区 バス路線図 1993.4現在』静岡鉄道、1993年。
      49. 『バス時刻表』静岡鉄道、1953年9月。
      50. 『バス路線図 静岡鉄道[全地区] 47.11現在』静岡鉄道、1972年。
      51. 『静鉄バス時刻表 No.20 磐田線 50.11.1現在』静岡鉄道、1975年。
      52. 『静鉄バス時刻表 No.20 今井線 50.11.1現在』静岡鉄道、1975年。
      53. 『静鉄バス時刻表 No.42 今井線 93.4.1現在』静岡鉄道、1993年。
      54. 森町制100周年記念誌編集委員会 編『町制施行100周年記念写真集 森町 むかしといま』静岡県周智郡森町、1989年11月11日、149頁。
      55. 『静鉄バス時刻表 No.20 杉・川上線 50.11.1』静岡鉄道、1975年。
      56. 『静鉄バス時刻表 No.42 杉・川上線 93.4.1』静岡鉄道、1993年。
      57. 森町制100周年記念誌編集委員会 編『町制施行100周年記念写真集 森町 むかしといま』静岡県周智郡森町、1989年11月11日、109頁。
      58. 『静鉄バス時刻表 No.42 大河内線 93.4.1』静岡鉄道、1993年。
      59. 鉄道省 編『全国乗合自動車総覧 静岡県』鉄道公論社、1934年12月29日、35頁。
      60. 『静鉄グループ百年史 過去から未来へのメッセージ』静岡鉄道、2020年3月、289頁。
      61. 『浜岡町史 通史編』御前崎市、2011年3月、757頁。
      62. 『運輸審議会半年報 昭和29年1-6月』運輸大臣官房審理官室、1955年、106頁。
      63. 『<ポケット社史>静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、127頁。
      64. 『冷暖房付急行バス 静岡と浜松を2時間で直結 路線開設チラシ』静岡鉄道、遠州鉄道、大井川鉄道、1963年。
      65. 『バス路線図 静岡鉄道 [全地区] 49.10現在』静岡鉄道、1974年。
      66. 遠州鉄道社史編纂委員会 編『遠州鉄道40年史』遠州鉄道、1984年12月1日、152頁。
      67. 『静鉄バス時刻表 No.19 西部国道線 50.11.1現在』静岡鉄道、1975年。
      68. 『静岡鉄道バス 全区間路線図 1991年7月現在』静岡鉄道、1991年。
      69. 菊川町五十周年記念誌編さん委員会 編『菊川町みのりの二十年(資料編)』菊川町、2004年10月31日、664頁。
      70. 『静鉄バス全路線ガイド BUS STOP GUIDE』静岡鉄道(株)自動車部、1994年7月10日。
      71. 武内 孝夫『遠州地方の交通発達史』遠州鉄道、1993年10月、136頁。
      72. 『中部日本の自動車運輸』名古屋鉄道局、1930年1月、93頁。
      73. 『静岡鉄道バス全区間路線図 1991年7月現在』静岡鉄道。
      74. 『掛川市議会 会議録 平成4年第6回定例会』掛川市、1992年12月14日。
      75. 『バス時刻表 附国鉄線 並 静鉄各鉄道線 1958.12.5改正』静岡鉄道、1958年。
      76. 『静鉄バス時刻表 1966年3月25日現在』静岡鉄道、1966年。
      77. 春野町史編さん委員会 編『春野町史 通史編 下巻』春野町、1999年3月31日、620頁。
      78. 『静岡年鑑 1964年版』郷土をよくする会、1964年、380頁。
      79. 『静鉄バス時刻表 可睡線 50.11.1現在』静岡鉄道、1975年。
      80. 『静鉄バス時刻表 No.44 中遠線・秋葉線 92.4.1現在』静岡鉄道、1992年。
      81. 鉄道省編纂 編『全国乗合自動車総覧 静岡県』鉄道公論社、1934年12月29日、24頁。
      82. 『<ポケット社史> 静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、72頁。
      83. 『創立60周年記念誌 遠州鉄道 最近10年史』遠州鉄道、2003年11月1日、141頁。
      84. 『駿遠線一部営業廃止並びに列車回数削減についてお知らせ』静岡鉄道、1964年9月20日。
      85. 阿形 昭『歴史に残す静岡鉄道駿遠線 -日本一の軽便鉄道-』静岡新聞社、2015年3月19日、128頁。
      86. 阿形 昭『歴史に残す静岡鉄道駿遠線』静岡新聞社、2015年3月19日、122頁。
      87. 『静鉄バス全路線ガイド BUS STOP GUIDE』静岡鉄道、1990年8月、60頁。
      88. 『<ポケット社史>静岡鉄道』ダイヤモンド社、1969年4月10日、72頁。
      89. 浅羽町史編さん委員会 編『浅羽町史 通史編』浅羽町、2000年3月31日、1045頁。
      90. 広報あさば1990年3月号
      91. 福田町史編さん委員会 編『福田町史 資料編V 近現代』福田町、2000年3月25日、443頁。
      92. 『静鉄バス時刻表 1973.11.15 現在』静岡鉄道、1973年11月15日。
      93. 『静鉄バス時刻表 No.20 福田線 50.11.1』静岡鉄道、1975年。
      94. 鉄道省編纂 編『全国乗合自動車総覧 静岡県』鉄道公論社、1934年12月29日、10頁。
      95. 福田町史編さん委員会 編『福田町史 資料編V 近現代』福田町、2000年3月25日、446頁。
      96. 武内 孝夫『遠州地方の交通発達史』遠州鉄道、1993年10月、137頁。
      97. 『静苑 第八号』静鉄事業団、1961年10月31日、24頁。
      98. 遠州鉄道社史編纂委員会 編『遠州鉄道40年史』遠州鉄道、1984年12月1日、140頁。
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