飛島新田
飛島新田(とびしましんでん)は、愛知県海部郡飛島村の地名(大字)である。13の字がある。また、南接して大字飛島新田番外地(以下、番外地と記す)が所在する[WEB 5]が、当項であわせて記述する。
飛島新田 | |
|---|---|
![]() 飛島新田 飛島新田の位置 | |
| 北緯35度4分36.5秒 東経136度48分26.2秒 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 郡 | 海部郡 |
| 市町村 |
|
| 面積 | |
| • 合計 | 1.45995344 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 586人 |
| • 密度 | 400人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
490-1437(元起之郷)[WEB 3] |
| 市外局番 | 0567(津島MA)[WEB 4] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
地理
飛島村の中央部に位置する。当地より別の大字が独立して編成された経緯があるため、まとまって存在せずバラバラに切り離された状態になっている。また、番外地は飛島新田から見て、川で区切られたような状態になっている。字名は、大きく梅之郷・竹之郷・元起之郷に分かれ、さらに方角・カタカナによって分けられている。東西に国道23号(名四国道)が横断し、当地を分断している恰好になっている。
字一覧
(配列は五十音順・読みはyahoo地図より[WEB 6])
- 梅之郷東ノ割(うめのごうひがしのわり)
- 梅之郷南ノ割(うめのごうみなみのわり)
- 竹之郷(たけのごう)
- 竹之郷イロノ割(たけのごういろのわり)
- 竹之郷トチノ割(たけのごうとちのわり)
- 竹之郷ハニノ割(たけのごうはにのわり)
- 竹之郷ホヘノ割(たけのごうほへのわり)
- 竹之郷ヨタレ北ノ割(たけのごうよたれきたのわり)
- 竹之郷ヨタレ南ノ割(たけのごうよたれみなみのわり)
- 竹之郷リヌノ割(たけのごうりぬのわり)
- 竹之郷ルヲノ割(たけのごうるおのわり)
- 竹之郷ワカノ割(たけのごうわかのわり)
- 元起之郷(もときのごう)
愛知県海部郡飛島村大字飛島新田字竹之郷ヨタレ南ノ割
当地内にかつて存在した地名。正式には「竹之郷ヨタレ南ノ割」が字名である。2015年2月23日、周囲の「竹之郷1〜8丁目」に編入され、この地名は消滅した[WEB 7]。
河川
歴史
- 1707年(宝永4年) - 新田の北半分にあたる箇所が大宝前新田として、神戸分左衛門により開発されるが、のち洪水により荒廃する[1]。
- 1801年(享和元年) - 尾張国海西郡の飛島新田として成立[2]。鳥ケ地新田庄屋佐野周平・鎌島新田庄屋木村徳右衛門が発起人となり、援助者6人を加え、熱田奉行津金文左衛門の指揮により、大宝前新田の再開発に成功したものである[1]。同時に元松神社を創建する[1]。
- 1806年(文化3年) - 服岡新田が独立する[1]。
- 1872年(明治5年) - 有年学校が設置される[1]。
- 1878年(明治11年) - 有年学校が飛島学校となる[1]。
- 1880年(明治13年) - 飛島学校が大谷学校となる[1]。
- 1887年(明治20年) - 大谷学校が尋常小学飛島学校となる[1]
- 1889年(明治22年) - 飛島新田・政成新田・服岡新田が合併し、飛島村が成立[2]。各新田はそれぞれ同村の大字となる[1]。
- 1899年(明治32年) - 天台宗善光寺創建[1]。
- 1925年(大正14年) - 飛島神社創建[1]。
- 1952年(昭和27年) - 一部が大字梅之郷として独立[1]。
- 1975年(昭和50年) - 一部が大字渚と大字松之郷として独立[1]。
- 1982年(昭和57年) - 字竹之郷に村役場をはじめとする総合庁舎建設[1]。
交通
- 国道23号(名四国道)
- 国道302号(名古屋環状2号線)
- 愛知県道103号境政成新田蟹江線
- 愛知県道104号新政成弥富線(筏川堤防道路)
脚注
WEB
- “愛知県海部郡飛島村の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年7月11日閲覧。
- 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- “飛島新田字元起之郷の郵便番号”. 日本郵便. 2019年6月24日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- yahoo地図2013年8月24日閲覧。
- yahoo地図2013年8月24日閲覧。
- 「珍名・長すぎ…地名を変えました 悩む住民が活動」朝日新聞デジタル 2015年5月4日07時58分配信
- 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。
書籍
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 894.
- 有限会社平凡社地方資料センター 1981, p. 456.
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年。ISBN 4-04-001230-5。
- 有限会社平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名体系第23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年。ISBN 4-582-49023-9。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
