馬渡 (ひたちなか市)
馬渡(まわたり)は、茨城県ひたちなか市の大字。郵便番号は 312-0012[2]。
馬渡 | |
|---|---|
![]() 馬渡 馬渡の位置 | |
| 北緯36度23分53.22秒 東経140度33分49.85秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 8,352人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
312-0012[2] |
| 市外局番 | 029[3] |
| ナンバープレート | 水戸 |
概要
国営ひたち海浜公園、国指定史跡の馬渡埴輪製作遺跡(5世紀末〜6世紀)がある[4]。本郷川上流域に位置し、干しいも(乾燥芋)の畑が多く存在する。
地名は源義家が奥州遠征の途中馬を引き連れて川を渡ったことに由来するという伝承がある[5][6]。鎌倉時代に見える地名。常陸国吉田郷のうち。文禄3年の太閤検地を機に那珂郡に属した。1889年(明治22年)から1954年(昭和29年)までは、前渡村の大字であった。
馬渡は、もと川が二又に流れていたので、二又という地名だったが、八幡太郎義家が奥州征伐のとき数十頭の軍馬を引き連れてこの川を渡ったので、馬渡というようになった。軍馬が馬を洗ったところを「馬洗い」という。また「馬洗所」が「マアレド」となまり、「マワタリ」になったといわれている。--勝田市史編さん委員会(編)1987年 『勝田市史 民俗編 p745』
歴史
寺社
- 酒列神社 - 馬渡は、本郷・下宿・ 中宿・上宿で構成され、酒列神社を鎮守の神としている。本郷は古くからあった部落で、俗に馬渡本郷とか本馬渡と呼ばれていて、沢田の海岸からの移住者とは歴史的な背景の格差があったことを暗示している。鎮守の祭りも本郷の人々が参加しない限り、宿だけでは執行できなかった。これは、宿の人々が後から移住したからであると考える[9]。
参考文献
脚注
- “ひたちなか市の人口と世帯数(常住人口)”. ひたちなか市 (2023年4月30日). 2023年5月17日閲覧。
- 日本郵便 - 馬渡の郵便番号
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- 講談社. “日本の地名がわかる事典”. 〔茨城県〕馬渡. 朝日新聞社(コトバンク). 2017年3月19日閲覧。
- 勝田市史編さん委員会 編, 1987年, 『勝田市史 民俗編』p745
- “勝田市史編さん委員会 編, 1974年, 『勝田の昔話と伝説』”. 2018年3月25日閲覧。
- 平凡社(2002)、p.209
- 平凡社(2002)、p.867
- “教えて!!かたりべさん” (PDF). ひたちなか商工会議所報 No. 165: p. 6/10. (2017-12-10) 2018年1月4日閲覧。.
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