馬込 (さいたま市)
馬込(まごめ)は、埼玉県さいたま市岩槻区の大字。郵便番号は339-0077[2]。
馬込 | |
|---|---|
![]() | |
![]() 馬込 馬込の位置 | |
| 北緯35度57分58.96秒 東経139度40分04.21秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 岩槻区 |
| 地域 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 1,091人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
339-0077[2] |
| 市外局番 | 048[3] |
| ナンバープレート | 大宮 |
地理
さいたま市岩槻区の北部、蓮田市の南部の大宮台地(岩槻支台)上に位置する。綾瀬川が南部を流れる。国道122号を中心に集住し、田畑が目立つ[4]。また、旧岩槻市時代に蓮田市(当時は蓮田町)に大字馬込の一部を編入した経緯から、隣接して同名の町丁および大字(馬込)がある。もとは江戸期より存在したひとつの馬込村であった。
- 赤坂沼(一部)
歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する馬込村、古くは戦国期より見出せる埼玉郡のうちの馬籠であった[5]。
- 初めは岩槻藩領、1756年(宝暦6年)より幕府領[5]。検地は1628年(寛永5年)に実施[6]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、岩槻藩領[7]。
- 1871年(明治4年)
- 1875年(明治8年):満蔵寺を仮用して馬込学校(現・さいたま市立河合小学校)が開設される[5]。
- 1879年(明治12年)3月17日:郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行により、掛、金重、本宿、箕輪、馬込、川島、平林寺の7箇村新田が合併し、河合村が成立[5]。河合村の大字馬込となる。
- 1924年(大正13年)10月19日:地内に武州鉄道が開業する。
- 1931年(昭和6年)2月1日:地内に武州鉄道の馬込駅が開設される。
- 1938年(昭和13年)9月3日:地内の武州鉄道および馬込駅が廃止される。
- 1954年(昭和29年)
- 1956年(昭和31年)1月1日:岩槻市の一部(大字川島および大字馬込の一部)が分離され、蓮田町に編入される[8][5]。
- 2005年(平成17年)4月1日:岩槻市がさいたま市に編入合併され、同市岩槻区の大字となる。
交通
脚注
出典
- “さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年10月5日). 2017年10月5日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月5日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』949頁。
- 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』788-789頁。
- 新編武蔵風土記稿 馬込村.
- 「旧高旧領取調帳データベース」の検索結果も参照。
- 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1428頁。
- 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』942頁。
- “さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。
- 武州鉄道跡 - 蓮田市観光協会. 2017年10月4日閲覧
- “文化財紹介 つかのこし古墳出土品”. さいたま市役所 (2016年8月31日). 2017年9月24日閲覧。
参考文献
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