髙萩洋次郎

髙萩 洋次郎(たかはぎ ようじろう、1986年8月2日 - )は、福島県いわき市出身[2]プロサッカー選手アルビレックス新潟シンガポール所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)[1]。元日本代表クラーク記念国際高等学校広島キャンパス卒業。

髙萩 洋次郎
名前
愛称 ヨウジ[1]、ヨージ
カタカナ タカハギ ヨウジロウ
ラテン文字 TAKAHAGI Yojiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-08-02) 1986年8月2日(37歳)
出身地 福島県いわき市
身長 183cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム シンガポールの旗 アルビレックス新潟シンガポール
ポジション MF
利き足 右足[1]
ユース
植田スポーツ少年団
いわき市立植田中学校
サンフレッチェ広島ユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2014 日本の旗 サンフレッチェ広島 226 (36)
2006 日本の旗 愛媛FC (loan) 44 (3)
2015 オーストラリアの旗 ウェスタン・シドニー 11 (2)
2015-2016 大韓民国の旗 FCソウル 46 (3)
2017-2022 日本の旗 FC東京 145 (4)
2022 日本の旗 栃木SC (loan) 15 (1)
2023 日本の旗 栃木SC 36 (1)
2024- シンガポールの旗アルビレックス新潟シンガポール
代表歴2
2013-2017 日本の旗 日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年10月23日現在。
2. 2017年12月9日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

Kリーグ時代の登録名は髙萩ハングル: 다카하기)[3]

来歴

プロ入り前

植田中学校入学と同時にJヴィレッジサッカースクールに通い、高田豊治[注 1] コーチから指導を受ける[4]。また、学校ではいわき市市大会で平一中に2対1で勝利し優勝に貢献した。U-15日本代表候補に選出される[5]

中学3年時に高田に誘われ[4][5]、2002年に[6]サンフレッチェ広島ユースに入団[注 2]。2003年高校2年生時には、高校年代のサッカー界に旋風を巻き起こした広島ユースの中心選手として活躍、チームをクラブユース選手権優勝、高円宮杯3位に導いた[4]

また2003年、前田俊介髙柳一誠佐藤昭大とともにトップチーム2種登録選手となる。小野剛に評価され、同年4月5日J2第4節湘南戦に初出場。16歳8ヶ月3日での出場となり、呉章銀が有していたJリーグ最年少出場記録を更新した[注 3][7][8]。同月29日J2第9節甲府戦には右サイドバックとしてフル出場した。同年11月1日、シーズン途中にユースから昇格しトップチームとプロ契約し[6]「クラブ史上初のプロの高校生Jリーガー[注 4]」となった[9]。それと平行して、広島県立吉田高等学校から通信制のクラーク記念国際高等学校へ転校し[6]卒業。

サンフレッチェ広島

トップチーム昇格後、一時は先発メンバーに抜擢されプロ初ゴールを決めたが[10]、度重なる怪我や病気に泣き、また守備面を課題視されたことから出場機会に恵まれなかった[9][10][11]

2006年、出場機会を求めて[12]田村祐基森脇良太とともに、望月一仁率いる愛媛FCへレンタル移籍。金守智哉に次ぐチーム2番目の出場時間を得[13]、中心選手として愛媛の躍進を支えた。

2007年、広島に復帰。当初コンディションがなかなか上がらなかったこともあり、同年はほぼ通年ベンチ入りを続けたものの出場機会は僅かだった[14]ミハイロ・ペトロヴィッチ監督から徐々に主力として評価されるようになり[15]、翌2008年には森﨑和幸柏木陽介ら主力MFに怪我人が続出したため[16]トップ下として先発メンバーに定着すると、前線でのキープ力と得点力を発揮して[17][18]終盤には1トップでも活躍[19]。攻撃のキーマンとして[18]J1昇格に貢献した[16]。以後、J1でもチーム屈指のテクニックと独特の感覚を活かしたチャンスメイクで[4] レギュラーに定着。2010年のナビスコカップではチーム躍進の原動力となった攻守の要と評価され[20] ニューヒーロー章を受賞。

2012年は自身初のリーグ戦全試合出場を達成。4得点に留まったがリーグ最多アシストを記録[注 5] して[21] 広島のリーグ初優勝に大きく貢献し、自身初のJリーグベストイレブンに選出された。

2013年、背番号を10に変更。同年7月、東アジアカップに臨むA代表に初選出され、同月21日の中国戦国際Aマッチ初出場を果たした。トップ下に入り[22] 攻撃にリズムを作ったが[23]、その後は候補入りするに留まり[24]翌年開催のワールドカップは選外となった。

2014年末、広島との契約更新を行わず[25]オーストラリアアメリカのクラブへの移籍を模索[26]

WSW

2015年1月、一番にオファーがあったという[27]Aリーグウェスタン・シドニー・ワンダラーズFC(WSW)へ完全移籍[28]同年のACLラウンド16終了時までの短期契約を結んだ[29][28]。2月1日、第15節メルボルン・シティ戦で移籍後初出場し、直接FKによる初得点を記録[30][31]。同月25日のACL第1節鹿島戦では自身の決勝点を含む1得点1アシストの活躍で[32] マン・オブ・ザ・マッチに選出された。

広島に選手としての在籍歴があるトニー・ポポヴィッチ監督の下、チームでは希少なゲームメイクのできる選手として重宝され[33]、ボランチ及びトップ下でプレー[32]。(前年のACLで優勝したWSWの)サッカーを肌で感じレベルアップしたいとの言葉通り[27]プレーの幅を広げることに成功した[34]。WSW残留も可能だったが[35]当初の契約通り半年足らずで退団[36]

FCソウル

WSW在籍時にACLグループリーグでKリーグ1FCソウルと対戦した際、ソウル監督の崔龍洙から高く評価され[37][35] 2015年6月に同クラブへ完全移籍。契約期間は2年6カ月、アジア枠での登録となった[38][39]

コンディション面でやや出遅れたものの[40]河大成以来となるチーム待望のゲームメイカーとしての期待は大きく[41]、8月19日の釜山戦で得点を挙げるなど調子を掴んでからは際立ったビルドアップ能力と[40] 広い視野、パスセンスを武器とする[42] 中盤の要として[40]定着。同年の韓国FAカップでは準決勝、決勝で連続得点を挙げる活躍で優勝に貢献[43]、特に決勝で決めたミドルシュートは幻想的とも評され大会MVPを獲得した[44][45][46]。韓国サッカー界の公式大会で日本人選手のMVP受賞は史上初[47]

加入当初は弱点と見なされていたフィジカルや競り合い、守備面を[46][48]格段に向上させ、球際での戦いやボール奪取でも力を発揮[34][49][50]。2016年は得点に絡む場面こそ減少したが中盤を牽引する働きで[48] リーグ優勝を果たした。

ソウルとは2017年末までの契約を結んでおり[38][39]、2017年初頭のキャンプにも帯同していた[51]。しかし、ソウルがFC東京所属の河大成を獲得を図ったところ、髙萩へのオファーが届いたため[52]、両クラブ間で事実上のトレードが成立した[53]

FC東京

2017年1月、FC東京へ完全移籍[54]。3年ぶりのJリーグ復帰となり[55] ドイスボランチの一角に配された。3月16日、日本代表のメンバー発表が行われ、3年8カ月ぶりに代表復帰を果たした。7月30日、第19節のアルビレックス新潟戦でJ1通算200試合を達成した。チームの大黒柱に成長した。

栃木SC

2022年7月、栃木SCへ期限付き移籍[56]

2023年より完全移籍[57]

エピソード

  • 福島県出身としては初の日本代表選手[58][59]と言われるが、実は1927年の日本代表主将・鈴木重義も福島県出身。
  • 2013年現在、広島における公式戦最年少出場記録保持者(16歳8ヶ月3日、2003年4月5日J2第4節対湘南ベルマーレ戦)。
  • 2010年7月に結婚[60]。夫人は音楽プロデューサーのRina Moon[61]。2女の父親である。
  • 想像豊かにパスを操るプレースタイルから、天才[1]、天才肌[60][34]ファンタジスタ[18] と形容されるが、自身では毎回閃かないしシンプルなプレーを心がけていると述べ、否定している[62]
  • 広島時代の2013年シーズン、高萩の個人チャントが作られた。以来、移籍したWSW、FCソウル、FC東京、栃木SCと広島時代と同じチャントメロディーが引き継がれる。

東日本大震災

髙萩の実家があるいわき市勿来地区は、太平洋の海岸線から約1キロメートル前後内陸に位置する[2]。2011年3月11日東北地方太平洋沖地震により発生した津波により、当時同市岩間町にあった実家は被災し1階部分は浚われていた[2][59]。両親は助かったものの祖母は2016年現在も行方不明のままである[63][2][60]。髙萩自身は広島の吉田サッカー公園で練習中だった[2]。なお2010年ナビスコカップニューヒーロー賞受賞の際に貰ったトロフィーは当時実家に置いており同様に被災したものの、後に家財に埋もれた状況で発見され補修復旧した実家に現在も飾ってある[64][63]

髙萩自身も福島代表としての決意を新たにし[65]、2011年5月に現役Jリーガーを中心に支援団体「東北人魂を持つJ選手の会」が発足されると髙萩も名を連ね、広島に避難した福島県民の支援など積極的な被災者支援活動を行なった[2]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003広島35J240-0040
200426J141000041
200500002020
2006愛媛25J2443-00443
2007広島15J1304040110
2008J23814-404214
2009J12754021336
20102245111286
20113122020352
20123445010404
2013103132162396
20143235010383
オーストラリア リーグ戦 リーグ杯FFA杯 期間通算
2014-15WSW10Aリーグ112-00112
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2015FCソウル2Kクラシック142-22164
2016321-50371
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017FC東京8J13015000350
20183402031391
20193328010422
202026120-281
202119010110301
202230401080
栃木J2151--151
2023361-30391
シンガポール リーグ戦 リーグ杯シンガポール杯 期間通算
2024新潟Sプレミア
通算日本J1 3292658325541234
日本J2 13719-7014419
オーストラリアAリーグ 112-00112
韓国Kクラシック 463-72535
総通算 5235058339762060
  • 2003年の試合出場時点では2種登録選手

その他の公式戦

  • 2008年
  • 2013年
    • XEROX SUPER CUP 1試合0得点
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2010広島1520-
2012-30
20131050-
201471-
2015WSW61-
2016FCソウル290-
2020FC東京870-
通算AFC 36230
その他の国際公式戦
出場歴

代表歴

出場大会など

試合数

  • 国際Aマッチ 3試合 0得点(2013年 - 2017年)
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201320
201710
通算 30

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2013年7月21日大韓民国の旗ソウルソウルワールドカップスタジアム中華人民共和国の旗 中国△3-3アルベルト・ザッケローニEAFF東アジアカップ2013
2. 2013年7月28日大韓民国の旗ソウル蚕室総合運動場大韓民国の旗 韓国○2-1アルベルト・ザッケローニEAFF東アジアカップ2013
3. 2017年12月9日日本の旗東京味の素スタジアム朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国○1-0ヴァイッド・ハリルホジッチEAFF E-1サッカー選手権2017

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島ユース
サンフレッチェ広島
FCソウル

FC東京

個人

  • ナビスコカップニューヒーロー賞(2010年)
  • Jリーグベストイレブン:1回(2012年)
  • 韓国FAカップMVP:1回(2015年)
  • Jリーグ・優秀選手賞(2019年)

注釈

  1. 東洋工業(現サンフレッチェ広島)選手。当時Jヴィレッジの副社長であり、JヴィレッジSS創設に尽力した。
  2. 同級生に前田俊介髙柳一誠桒田慎一朗佐藤昭大森脇良太藤井大輔大屋翼冨成慎司
  3. 呉は2002年に16歳8ヶ月20日でJ1に出場。2004年に森本貴幸がJ1最年少、2007年に菊池大介がJ2最年少記録をそれぞれ更新している。
  4. プロ未契約ながら公式戦出場を果たした初のケースは森崎和幸
  5. 非公式記録。Jリーグはアシストを集計していない。

脚注

  1. 選手データベース - ウェイバックマシン(2008年7月15日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2008年2月21日)
  2. 毎日新聞2012年3月11日付
  3. 다카하기”. K League. 2023年11月4日閲覧。
  4. Natural MF15 高萩洋次郎 - ウェイバックマシン(2010年8月30日アーカイブ分) サンフレッチェ広島公式 (2009年6月25日)
  5. 豪州、韓国を経て3年ぶりJ復帰。高萩洋次郎選手が15歳で決断した「越境」という選択 (1/5) ジュニアサッカーを応援しよう! (2017年1月25日)
  6. 高萩がプロ契約 - ウェイバックマシン(2003年11月21日アーカイブ分) 中国新聞 (2003年11月2日)
  7. らぶスポーツ いわき民報 (2011年1月5日)
  8. 髙萩 洋次郎選手(広島)J2リーグ戦 最年少出場記録更新 Jリーグ (2003年4月5日)
  9. 高萩、輝き戻る判断力 - ウェイバックマシン(2004年6月4日アーカイブ分) - 中国新聞 (2004年5月27日)
  10. 連敗止めた 初先発の高萩、決勝弾 - ウェイバックマシン(2006年8月27日アーカイブ分)中国新聞 (2004年8月21日)
  11. ゲストギャラリー 高萩洋次郎選手”. サンフレッチェ・ラジオ・サポーターズクラブ“GOA〜L” (2005年12月13日). 2010年1月28日閲覧。
  12. 「試合に出て、手にしたもの」 - ウェイバックマシン(2007年5月28日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2007年2月2日)
  13. 選手出場記録 Jリーグ (2006年12月2日)
  14. 選手出場記録 (1/2) , (2/2) (2007年12月1日)
  15. 紫熊倶楽部2008年8月号
  16. J2完全優勝の軌跡<上> 継続と成長 - ウェイバックマシン(2010年5月2日アーカイブ分) 中国新聞 (2008年10月2日)
  17. ゼロトップ連係に課題 佐藤寿不在で柏木ら奮起 - ウェイバックマシン(2013年12月19日アーカイブ分)中国新聞 (2008年9月4日)
  18. 選手情報 - ウェイバックマシン(2009年6月2日アーカイブ分)Number
  19. 広島MF高萩が1トップで活躍 / 天皇杯 日刊スポーツ (2008年11月15日)
  20. ニューヒーロー賞は広島・高萩、「僕でいいのかなと。“ニュー”ではないんで」 ゲキサカ (2010年11月2日)
  21. 広島高萩アシスト王 / 日刊アウォーズ 日刊スポーツ (2012年12月26日)
  22. 柿谷と好連係を見せた高萩 「もっともっとよくなる」 ゲキサカ (2013年7月22日)
  23. 高萩デビュー戦攻撃にリズム / 東アジア杯 日刊スポーツ (2013年7月22日)
  24. 高萩W杯メンバー滑り込みへ猛アピール 日刊スポーツ (2014年4月8日)
  25. 高萩、退団へ 海外への移籍目指す - ウェイバックマシン(2015年1月21日アーカイブ分)中国新聞 (2014年12月31日)
  26. 元日本代表MF高萩が広島退団へ 米、豪などの移籍先模索 スポーツニッポン (2014年12月31日)
  27. MF高萩「ベストの状態で挑戦」J1広島から豪クラブ移籍 デイリースポーツ (2015年1月15日)
  28. Wanderers sign Japanese International ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ (2015年1月14日)(英語)
  29. 広島MF高萩、短期契約で昨季ACL覇者のW・シドニーに加入決定 SOCCERKING (2015年1月14日)
  30. 高萩、Aリーグデビュー戦で直接FK弾! 田中とゴールパフォーマンスも披露 フットボールチャンネル (2015年2月1日)
  31. 高萩がAリーグデビューでFK弾…田中裕介と相撲パフォーマンス披露 SOCCERKING (2015年2月1日)
  32. オフ明けのJ、まさに完敗。だが、焦るな。まだ何も決まったわけではない J論 (2015年2月27日)
  33. Wシドニー、高萩と田中の退団発表。契約満了でフリートランスファーに フットボールチャンネル (2015年6月6日)
  34. ハリル、期待のソウルMF高萩を初視察…アジアで進化した司令塔は「候補の一人」 SOCCERKING (2016年5月19日)
  35. 現地取材(2)日本人Kリーガー高萩洋次郎が語る「日本と韓国の違い」 (archive) Yahoo!ニュース (2017年1月10日)
  36. Japanese duo depart Wanderers ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ (2015年6月6日)(英語)
  37. ACLで浦和がFCソウルに先勝。Kリーガー高萩洋次郎と日韓新時代。 Number (2016年5月19日)
  38. FCソウルが元日本代表MF高萩を獲得…6月までW・シドニーでプレー SOCCERKING (2015年6月16日)
  39. FCソウル、Wシドニー退団MF高萩を獲得。2017年シーズン終了までの2年半 フットボールチャンネル (2015年6月16日)
  40. 【韓国メディアの視点】株価急上昇のFCソウル・高萩洋次郎に「(韓国代表)キ・ソンヨンと比べても遜色ない」の評価 (1/2) webサッカーダイジェスト (2015年10月27日)
  41. 【韓国メディアの視点】高評価のカレンと“ソウルの救世主”と期待される高萩――。日本人Kリーガーの評価は? (2/2) webサッカーダイジェスト (2015年7月15日)
  42. 【韓国メディアの視点】株価急上昇のFCソウル・高萩洋次郎に「(韓国代表)キ・ソンヨンと比べても遜色ない」の評価 (2/2) webサッカーダイジェスト (2015年10月27日)
  43. FCソウルが韓国FA杯制覇! 高萩はスーパーゴールを挙げMOMに選出 フットボールチャンネル (2015年10月31日)
  44. FCソウルがFAカップ優勝、MVPに高萩洋次郎 - ウェイバックマシン(2015年11月5日アーカイブ分)中央日報 (2015年11月1日)
  45. 高萩洋次郎が手にしたWタイトル、韓国FA杯優勝とMVP。アジアを席巻する日本人司令塔の躍動と誇り フットボールチャンネル (2015年11月7日)
  46. 돌아온 '마에스트로' 하대성에 대한 기대와 불안 中央日報 (2017年1月20日)(朝鮮語)
  47. 現地取材(1)日本人Kリーガー高萩洋次郎が語る「韓国チャンピオンへの道のり」 (archive) Yahoo!ニュース (2017年1月10日)
  48. 高萩洋次郎、FC東京移籍に秘めた思い。愛する韓国で成功を収め、日本復帰を決意した背景 (3/3) フットボールチャンネル (2017年2月22日)
  49. ハリル監督、アジアの海外組・高萩初招集へ 岡崎世代の攻撃的MF スポーツニッポン (2016年5月6日)
  50. 櫛引、井手口、小川、高萩…ハリルが口にした未招集の代表候補 ゲキサカ (2016年3月3日)
  51. FC東京 完全移籍の高萩、26日からキャンプ合流 デイリースポーツ (2017年1月26日)
  52. 서울, 하대성 오고 다카하기 떠나고 スポーツ京郷 (2017年1月19日)(朝鮮語)
  53. 하대성 FC서울 복귀, 다카하기와 트레이드 スポーツ朝鮮 (2017年1月19日)(朝鮮語)
  54. 髙萩洋次郎選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)FC東京、2017年1月25日http://www.fctokyo.co.jp/255192/2017年1月25日閲覧
  55. 3年ぶりJ復帰戦で勝利のFC東京MF高萩「気持ち的にも楽になる」 ゲキサカ (2017年2月25日)
  56. 髙萩洋次郎選手 FC東京より期限付き移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)栃木SC、2022年7月11日https://www.tochigisc.jp/info/220711_topinfo2022年7月11日閲覧
  57. 髙萩洋次郎選手 FC東京より完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)栃木SC、2022年12月2日https://www.tochigisc.jp/info/2022_1302023年2月26日閲覧
  58. 福島県初の日本代表MF高萩「思いを届けられたらと常に思っている」 SOCCERKING (2013年7月22日)
  59. あぶくま抄(7月18日) - ウェイバックマシン(2013年10月2日アーカイブ分)福島民報 (2013年7月18日)
  60. 広島高萩祖母の安否不明「福島に勇気を」 日刊スポーツ (2011年4月23日)
  61. 韓国の楽曲を和訳・・・作詞家Rina moonさんインタビュー 日刊スポーツ (2012年4月13日)
  62. サッカーマガジン 1539号』ベースボール・マガジン社、2017年、56頁。
  63. 【広島vs湘南】ウォーミングアップコラム J's GOAL (2016年3月11日)
  64. htvgenkimaruの投稿(235510203293756) - Facebook (2014年1月13日)
  65. “福島県代表”高萩の被災地への思い 「いいニュースを届け続けたい」 ゲキサカ (2013年9月29日)
  66. 豪州、韓国を経て3年ぶりJ復帰。高萩洋次郎選手が15歳で決断した「越境」という選択 (2/5) ジュニアサッカーを応援しよう! (2017年1月25日)
  67. 東アジア杯の男子予備登録メンバーにFW大久保ら50人 スポーツニッポン (2015年7月10日)

参考資料

関連項目

外部リンク

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