1940年の名古屋金鯱軍
1940年の名古屋金鯱軍(1940ねんのなごやきんこぐん)では、1940年シーズンの名古屋金鯱軍の動向をまとめる。
| 1940年の名古屋金鯱軍 | |
|---|---|
| 成績 | |
|
日本野球連盟7位 34勝63敗7分 勝率.351[1] | |
| 本拠地 | |
| 都市 | 愛知県愛知郡鳴海町 |
| 球場 |
鳴海球場![]() |
| 球団組織 | |
| 経営母体 | 名古屋新聞社 |
| 監督 | 石本秀一 |
« 1939 | |
この年の名古屋金鯱軍は、石本秀一が1年だけ監督を務めたシーズンである。相次ぐ招集により選手不足に陥っていた名古屋金鯱軍は、この年のシーズンオフに翼軍と対等合併し、翌年から大洋軍になったため、名古屋金鯱軍として最後のシーズンである。
チーム成績
できごと
この年も中山がエースとして奮闘したが、次ぐ招集により選手不足により弱体化したこともあり、シーズン29敗のプロ野球記録を作ることとなった。
出典
- “年度別成績 1940年 日本野球連盟”. 日本野球機構. 2018年9月11日閲覧。
- ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 151
- 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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