さくら野百貨店

株式会社さくら野百貨店(さくらのひゃっかてん、: SAKURANO DEPARTMENTSTORE)は、青森県青森市に本社を置き、東北地方で展開している日本の百貨店である。

株式会社さくら野百貨店
SAKURANO DEPARTMENTSTORE CO.,LTD.
種類 株式会社
略称 さくら野
本社所在地 日本の旗 日本
030-8574
青森県青森市新町1丁目13-2
設立 2005年平成17年)4月1日
業種 小売業
法人番号 2420001004724
事業内容 百貨店業
代表者 石川 康宏(代表取締役社長)
資本金 1億円
売上高 182億3000万円
(2020年02月29日時点)[1]
営業利益 ▲9700万円
(2020年02月29日時点)[1]
経常利益 ▲1億2400万円
(2020年02月29日時点)[1]
純利益 ▲3億6600万円
(2022年02月28日時点)[2]
総資産 38億3300万円
(2022年02月28日時点)[2]
従業員数 151名 (2021年(令和3年)4月現在)
支店舗数 店舗を参照
決算期 2月末日
主要株主 武田株式会社 100%[3]
関係する人物 武田 隆一(取締役会長)
外部リンク https://sakurano-dept.jp/
特記事項:同名称法人としては3代目。設立日はさくら野東北から起算。

北上店を除き、日本百貨店協会に加盟している。

概要

さくら野百貨店は1978年(昭和53年)に設立された百貨店連合[4](後にダックビブレ、ダックシティとなる)を前身とした百貨店である。同名法人としては現在の法人は3代目にあたる。

百貨店連合及びニチイ(後にマイカル)グループ時代のダックビブレダックシティ、マイカルから独立した初代のさくら野百貨店についてはダックビブレを参照。

2005年(平成17年)4月に初代のさくら野百貨店を、仙台店を運営する2代目のさくら野百貨店(エマルシェ)、仙台店の資産管理をするさくら野DEPT仙台、仙台店以外の東北の店舗を運営するさくら野東北[5] に会社分割された[5]。このときに分割されたさくら野東北が後に改称して3代目のさくら野百貨店となる。さくら野東北時代は、2代目のさくら野百貨店との経営統合を目指した時期もあったものの実現しなかった。

2009年(平成21年)には、2代目のさくら野百貨店が経営再建策の一環として、さくら野東北の株式を不動産会社の武田とその関係者へ譲渡したことで、株式の持ち合いを解消[6]。(後に資本整理が行われ、エマルシェが倒産した際には、3代目のさくら野百貨店は『(エマルシェは)資本関係が一切ない別企業である』と説明している[3]。)

2代目のさくら野百貨店が2010年8月に法人名をエマルシェに改称[7] したのと時を同じくして[8]、さくら野東北が3代目となるさくら野百貨店へ改称[5] している。

さくら野百貨店として

3代目のさくら野百貨店となってからは、2010年(平成22年)9月に北上店で1階から4階まで直営売場であったものを、3階の4割と4階を外部テナントを導入する実質的な規模縮小を伴う大改装を実施[9]2012年(平成24年)2月期末に主要株主の不動産会社武田から約15億-20億円の債権放棄を受けて債務超過を解消し、2013年(平成25年)2月期中に食料品売り場を約2,600m2から約2,000m2に縮小して他の品目の売場に転換するなど弘前店の改装を行う[5] のを皮切りに、2014年(平成26年)2月期中には八戸店[5]2015年(平成27年)2月期中には青森店[5]2016年(平成28年)2月期中には北上店と順次各店の改装を進めて全店舗を改装して競争力を高め[5]、毎年20人前後の人材採用を行って人材育成も行うなど店舗と人材への前向きな投資を進め[10]、コスト削減と平行して進めることで売上高経常利益率3%を目指す事業成長の段階への移行を図っている[10]

沿革

2005年4月1日以前についてはダックビブレを参照。

  • 2005年(平成17年)4月1日 - 初代のさくら野百貨店の会社分割によりさくら野東北株式会社設立。青森店(青森本店)、弘前店、八戸店、北上店、石巻店の営業を引き継ぐ。屋号は「さくら野百貨店」を継続。仙台店は2代目のさくら野百貨店が営業を引き継ぐ。
  • 2008年(平成20年)4月27日 - 石巻店を閉店[11]
  • 2009年(平成21年) - 2代目のさくら野百貨店との株式の持ち合いを解消。
  • 2010年(平成22年)
    • 8月1日 - 社名を株式会社さくら野百貨店に改称。(2代目のさくら野百貨店は株式会社エマルシェに同日改称)
    • 9月 - 北上店で直営売場の縮小、テナント導入を伴う改装を実施。
  • 2012年(平成24年)2月期末 - 主要株主の不動産会社武田から約15億-20億円の債権放棄を受けて債務超過を解消[5]
  • 2013年(平成25年) - 弘前店で直営売場縮小を伴う改装を実施。
  • 2014年(平成26年) - 八戸店で改装を実施。
  • 2015年(平成27年) - 青森本店で改装を実施。
  • 2016年(平成28年) - 北上店で改装を実施。
  • 2023年(令和5年) - 北上店の経営を8月に設立する新会社『いわて北上リテールマネジメント』に承継させる新設分割を行う予定と発表。さくら野百貨店と新会社はライセンス契約を結び、営業を継続予定としている[12]。この経営継承により、北上店は日本百貨店協会非加盟となった。

店舗

青森本店

さくら野百貨店青森本店
店舗概要
所在地 030-0801
青森県青森市新町1丁目13-2[13]
座標 北緯40度49分35.2秒 東経140度44分20.9秒
開業日 1951年(昭和26年)6月[13]
正式名称 さくら野百貨店青森本店
施設所有者 武田株式会社
施設管理者 株式会社さくら野百貨店
商業施設面積 16,894 m²[14]
駐車台数 347[13]
前身 カネ長武田百貨店青森店[15]
ダックシティカネ長武田青森店[15]
青森ビブレ[15]
最寄駅 青森駅
最寄IC 青森自動車道青森中央IC
Sakurano

1951年6月にカネ長武田百貨店カネ長武田百貨店青森店[15] として開店[13]

経営母体の再編に伴って武田山田百貨店(カネ長武田百貨店と山田百貨店イチムラの合併)、百貨店連合(武田山田百貨店と丸光小美屋を吸収合併した元経営統合事業体)、ダックシティ、ダックビブレ(以上の4法人についてはダックビブレを参照)と経営が引き継がれ、店名も'ダックシティカネ長武田青森店[15]青森ビブレ[15] と変遷した。

マイカルグループの経営破綻により、ダックビブレがマイカルグループを離脱し(初代の)さくら野百貨店となった時点で、店名をさくら野百貨店青森店とした。経営再建計画の一環で、2005年4月に初代のさくら野百貨店からさくら野東北(3代目にあたる現在のさくら野百貨店)が分割[5] されると、さくら野東北へ経営が引き継がれ[5] た際に本社機能が置かれるようになり、さくら野百貨店青森本店を名乗るようになった。

1977年に開業したサンロード青森[15] をはじめとして、郊外型店の出店が相次いでモータリゼーションの進展と相俟って郊外への買い物客の流出が生じ[15]、2003年には青森県の地場百貨店である松木屋が閉店、2017年には青森市の第三セクターが運営する再開発ビルであるアウガが商業施設としての営業を終了、2019年には中三青森本店が閉店した事[16]から、主に青森市の中心市街地の核となっている[15]

青森本店の建物の所有者は、不動産業の武田株式会社。さくら野百貨店のルーツの一つであるカネ長武田百貨店の関連会社であり、現在も看板には、カネ長武田のロゴタイプが掲げられている。

八戸店

さくら野百貨店八戸店
2007年(平成19年)7月撮影
店舗概要
所在地 031-0032
青森県八戸市三日町[17]
座標 北緯40度30分36.8秒 東経141度29分27.8秒
開業日 1968年(昭和43年)6月28日[18]
正式名称 さくら野百貨店八戸店
施設管理者 さくら野百貨店
商業施設面積 13,423 m²[14]
前身 丸光八戸店
ダックシティ丸光八戸店
八戸ビブレ
最寄駅 本八戸駅
最寄IC 八戸自動車道八戸IC
Sakurano

1968年(昭和43年)6月28日に青森県八戸市三日町丸光八戸店として開店し[18]、開店2時間前から八戸駅[注釈 1] 前まで続くほどの集客力で開業初日に約5万人の買い物客を集め[18]、同日開業の緑屋八戸店と合せて祭り並みの人出となって八戸警察署が警察官42人を出して交通整理や警備に当たるほどの賑わいでスタートした[18][19]

経営母体の再編に伴って丸光小美屋、百貨店連合、ダックシティ、ダックビブレと経営が引き継がれ、店名も'ダックシティ丸光八戸店八戸ビブレと変遷した。マイカルグループの経営破綻により、ダックビブレがマイカルグループを離脱し(初代の)さくら野百貨店となった時点で、店名をさくら野百貨店八戸店とした。その後、経営再建計画の一環で、2005年4月に初代のさくら野百貨店からさくら野東北(3代目にあたる現在のさくら野百貨店)が分割[5] されると、さくら野東北へ経営が引き継がれた[5]

1969年(昭和44年)11月13日に以前から営業していた地場資本の百貨店丸美屋が閉店に追い込まれ[20]、隣接して衣料品店を経営していた三春屋が買収して[19] 百貨店としての営業に乗り出すなど当店の進出は大きな影響を与えた。

1970年(昭和45年)11月6日に開店した長崎屋八戸店[21]1971年(昭和46年)10月7日にニチイ八戸ショッピングプラザ[22] などと競争しながら共に中心街を代表する大型店として営業し、1978年(昭和53年)には地場資本の百貨店だった三春屋と共に大規模な増床をし[23]1980年(昭和55年)4月19日に開店したイトーヨーカドー八戸店[24] を含む大型店同士で激しい競争を繰り広げた。

近年はモータリゼーションの進展の影響で1995年(平成7年)に約33.2万人だった中心街の通行量が2005年(平成17年)に約18.1万人に減少して、1997年(平成9年)に合計約730億円あった中心街の売上高が2002年(平成14年)に合計約508億円と急激に落ち込んでラピア、イオン下田、ピアドゥなどの郊外型ショッピングセンターの売上が2002年(平成14年)に合計約440億円と匹敵するレベルに達するなど急激に進んだ中心街の空洞化の影響を受け[25]1985年(昭和60年)に開店したヴィアノヴァ[26] と同じくファッションビルチーノはちのへにおける債権が青森銀行から外資系ファンド[27]、さらに外資系ファンドから地元資本に売却され、2003年(平成15年)4月[28] に移転を理由にイトーヨーカドー八戸店が撤退する[29] など店舗周辺の商業環境は厳しくなっているものの、八戸市中心市街地における百貨店の営業を続けている[29]

現在も百貨店として展覧会などの各種催事も行われている[30][31]

1996年(平成8年)10月に地権者25人が設立した三日町番町地区市街地再開発準備組合の核店舗として当店が想定されていたが、ダックビブレの経営破綻で構想が宙に浮いて地権者全員の同意が得られなくなり、2004年(平成16年)4月に組合が解散して再開発構想自体が挫折した[28]

その後2007年(平成19年)1月に活性化策の一環として当店と近隣の金入や類家大学堂薬局を合せた敷地面積7,750m2を一体的に再開発する構想が浮上して再び店舗の再開発構想が進み始めている[32]

施設およびビル内に同居する他施設

  • 八戸店が建つ前の当地には三浦哲郎の生家があった。
  • さくら野ビルの正式名称は「大学堂ビル」である。入居する大学堂薬局が名称の由来となっている。
  • 丸光時代には地元八戸出身の菊地陽子が幼少期に描いた絵がシャッターに描かれていた(集英社発行のアイドル雑誌『明星』にも写真が掲載された)。
  • 地上6階・地下1階の構造で、屋上部にはかつての展望台(現在は閉鎖)も設置されている。
  • 4階 - 6階と地下1階部分については、1階 - 3階よりも天井が低くなっている。
  • エスカレーターについても、1階 - 3階方向では2人分のスペースであるが、3階 - 6階方向および1階 - 地下1階方向については1人分のスペースである。筐体そのものは丸光時代のからのものだが、上りの全てと下りの一部の機構が新しいものに更新されている。
  • ビル内のロッテリアの跡地に貴金属買取専門店が入居している。
  • ビル内の入口と独立したスペースに「街カフェみなと」が入居している[注釈 2]
  • 隣のさくら野駐車場はさくら野各階と連結している。
  • 隣の「カネイリビル」はさくら野に直接連結しており、相互連絡が可能である。
  • 隣の「はっち」は老朽化が進んださくら野の新築時に連絡通路を新設できる設計になっている。

弘前店

さくら野百貨店弘前店
店舗概要
所在地 036-8092
青森県弘前市城東北3丁目[33]
座標 北緯40度36分24秒 東経140度29分45.1秒
開業日 1993年(平成5年)10月1日[34]
カネ長武田百貨店弘前店:1971年(昭和46年)[35]
正式名称 さくら野百貨店弘前店[33]
施設管理者 さくら野百貨店
商業施設面積 24,491 m²[33]
駐車台数 2,200台
前身 カネ長武田百貨店弘前店[33]
ダックシティカネ長武田弘前店[33]
弘前ビブレ
最寄駅 弘前駅
最寄IC 東北自動車道大鰐弘前IC
Sakurano

弘前市の城東地区(JR弘南鉄道弘前駅からみて若干北東側の位置)に所在する郊外型店舗。地上4階建ての本館に加え、車道を挟んで斜め向かいに立体駐車場併設の別館「ラフォルテ」、また「ラフォルテ」に隣接する形でシネマコンプレックスイオンシネマ弘前(旧ワーナー・マイカル・シネマズ)があり、これらを総称して「弘前さくら野シティ」と呼ばれる場合がある。

沿革

1971年(昭和46年)3月6日に中三弘前店と隣接して土手町に開店したカネ長武田百貨店弘前店[35] が経営母体の再編に伴って百貨店連合、ダックシティ、ダックビブレに引継がれて店名もダックシティカネ長武田弘前店[33] へ変遷し営業を続けてきた。(ダックビブレ#ダックシティカネ長武田弘前店を参照)

1993年(平成5年)10月1日[34] に土手町の旧店舗を閉店して弘前市郊外(城東北)の現在地に弘前ビブレとして移転[33]

1994年(平成6年)9月に弘前ビブレと隣接する形でシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ弘前を開設[33]

2002年(平成14年)10月に経営母体のダックビブレの破綻とその後の再建に伴ってさくら野百貨店弘前店となり、その後運営する企業は初代さくら野百貨店からさくら野東北そして3代目さくら野百貨店と変遷している[5] ものの店名はこの間同一で営業している。

2013年(平成25年)2月に食料品売場を約2,600m2から約2,000m2に縮小して他の品目の売場に転換するなど改装を行う計画が進み、[5] 残った約600m2には現在、薬局(ドラッグストア)が入っている。

施設構成

  • 本館
    • 1階から3階がメインの売場であり、1階は食料品と銘店・服飾雑貨・化粧品・不二家ショップ・都市型ドラッグストアのスーパードラッグアサヒ、2階は紳士服・婦人服、3階は呉服・子供服・雑貨・生活用品とメガネ(富士メガネが運営)・文具・ヴィレッジヴァンガード・CD(バンダレコードが運営)・書籍(宮脇書店が運営)・サンキューマートセリアなどをそれぞれ主体としたフロアで構成されている。1階にはマクドナルド北の綿雪、2階にはカフェ、3階には和食レストランがあるほか、別館「ラフォルテ」内でも飲食店が営業している。ビブレ時代から28年間、熱帯魚などの観賞ができた「アクアリウム渡嘉敷水槽」という大型の水槽が存在していたが、2021年11月2日をもって展示を終了した[36]
    • 4階はゲームセンターソユーが運営)とレストラン・中華レストラン・ラーメン・そば・パキスタン料理のレストラン街のほか、天然温泉「岩木 天望の湯」や展示・イベントで使用可能な文化ホールで構成されている。かつては弘前ねぷたの展示コーナーと津軽地方各地の特産品・名産品を販売するスペース「津軽遊学館」、ホテルRICORSO HIROSAKI」も存在していた。
    • 岩木天望の湯
      • 天然温泉ホテル「RICORSO HIROSAKI」(リコルソ弘前)の跡地を改装、宿泊機能を廃止した温泉施設。新たに女性限定で岩盤浴、男性限定で高温サウナを備える。2022年4月22日に開業予定[37]
        • 利用料金
          • 450円 / 併設フィットネスジム「StyleFit弘前」会員:350円
        • 営業時間
          • 温泉入浴 10:00 - 23:00
      • 弘前ビブレ時代から本館4階にプール付きホテルの「RISONARE MELA」(リゾナーレ メラ)→「EXCCELENT MELA」(エクセラン メラ)が営業していたが、2004年2月ごろに閉鎖され、同年12月には「ホテルさくら野」 と「さくら野温泉」が開業した。開業当初「さくら野温泉」は24時間営業であったが、2005年秋より営業時間が10時から深夜1時、2006年(詳細時期不詳)には深夜0時までに短縮され、その後6時から9時までは早朝営業もしていた(早朝営業では岩盤浴の利用不可)。2006年ごろまでは利用料金1500円で岩盤浴も利用出来たが、1000円に値下げしてからは岩盤浴利用料金として700円が別途必要となっていた。その後、2009年3月をもって「ホテルさくら野」と「さくら野温泉」は閉店した。
      • 2009年4月、前月に閉店した「ホテルさくら野」と「さくら野温泉」に代わり、天然温泉ホテル「RICORSO HIROSAKI」が開業したが、2021年8月31日をもって営業を終了した[38]。その後温泉部分は改装を経て「岩木天望の湯」として存続したが、宿泊機能は失われた。「さくら野温泉」時代は入口で靴を脱ぐ方式であったが、「RICORSO HIROSAKI」では温泉入口(休憩室入口)で靴を脱ぐ方式に変更された。岩盤浴は安全性のため中学生以上の利用となっている。
  • ラフォルテ
    • 1階はかつて「ホビー館」の名称で主に雑貨などを取り扱う店舗であったが、現在はカジュアル衣料品を扱うRight-onモンベルSPCドトールコーヒーなどが入居。また2階では、当初「一兆Vボウル」(ボウリング場)が入居しており、その後「エスタディオVボウル弘前」→「マスターズVボウル弘前」→「Vボウルカフェ弘前」と名称が変わり、現在は「弘前ファミリーボウル」とソユーが運営していたゲームセンター(2017年8月31日閉店)跡地には2018年5月1日に「カラオケスタジアム」(カラオケボックス)がオープンし営業中。
  • イオンシネマ弘前
    • ワーナー・マイカル・シネマズ弘前」として1994年9月23日開館(6スクリーン、1297席)。2013年7月1日に「イオンシネマ弘前」へ改称した。
    • ワーナー・マイカル・シネマズとしては全国5番目かつ東北初の劇場かつ東北初のシネマコンプレックスであり、現存するイオンシネマの中では海老名(ワーナー・マイカル・シネマズ第1号館)に次いで古い[39][注釈 3]
    • ワーナー・マイカル・シネマズが初期に展開した劇場(海老名・東岸和田高岡宇多津)はすべて駅前型の立地であったが、当館は完全なる郊外型の劇場であり、郊外型シネマコンプレックスの先駆けとなった。

交通アクセス

北上店

TMさくら野
Twin Maill Sakurano Kitakami
店舗概要
所在地 024-0094
岩手県北上市本通りツインモールプラザ東館[40]
座標 北緯39度17分17.8秒 東経141度6分56.5秒
開業日 2000年(平成12年)3月3日[41]
正式名称 さくら野百貨店北上店[40]→ツインモールさくら野
施設所有者 北上都心開発[40]
施設管理者 いわて北上リテールマネジメント
北上都心開発[40]
商業施設面積 約28,000 m2[40]
駐車台数 1,600台
前身 北上ビブレ
最寄駅 北上駅[42]
最寄IC 東北自動車道北上江釣子IC
Sakurano

2000年(平成12年)3月に岩手県北上市本通りの市街地再開発事業で竣工した「ツインモールプラザ東館」にダックビブレが経営する北上ビブレとして開業し[43][41]、経営母体のダックビブレの破綻とその後の再建に伴って2002年(平成14年)10月にさくら野百貨店北上店となり、その後運営する企業は、初代さくら野百貨店からさくら野東北、そして3代目さくら野百貨店と変遷している[5] ものの、店名は2023年8月まで同一だった。なお、東北地方では新規出店最後発の百貨店である。

従来1 - 4階を賃借して売場としてきたうちの3階の40%と4階の売場での営業を終了させて2010年(平成22年)9月から衣料や雑貨、飲食などの外部テナントを導入するという北上店の大幅な規模縮小を伴う大改装を行い[9] 経営効率の改善を目指した[40]

この改装に伴ってビルを所有・管理している北上都心開発は賃貸が返上された約3,000m2の新たなテナントを募集を行う[40] など対応に追われると共に、国から借りている市街地再開発事業資金の返済を5年間先延ばしたため、その間北上市が肩代わりを余儀なくされるなどの影響が生じている[42]

2023年(令和5年)に賃料負担の重荷を理由に本社が家主の北上都心開発へ2024年3月の出店終了を申し入れたが、家主が店舗運営を引き取り、本社へロイヤリティを支払うフランチャイズ方式で継続することで合意したことが報じられた。同年8月にかつての仙台店と同様に新設分割会社「株式会社いわて北上リテールマネジメント」へ店舗の権利や従業員の承継とともに新会社の株式が家主に売却され、北上店から『TM(ツインモール)さくら野』の店名称に変更した。これにより日本百貨店協会非加盟となったが、全国百貨店共通商品券の利用(販売は終了)や、「さくら野カード《セゾン》」の共通利用は変更ない。

施設構成など

  • 岩手県北上市の中心部に位置する都市型ショッピングモール「ツインモールプラザ」の東館として営業している(北緯39度17分17.8秒 東経141度6分56.5秒)。
    • さくら野百貨店の売場は東館の1階から4階で、1階が食料品(生鮮・一般食品部門及びインストアベーカリーコーナーはいわて生活協同組合のスーパーマーケット『ベルフ北上』が運営[注釈 4])とファッショングッズ・婦人靴・化粧品・フラワーショップ・薬局(弘前店と同様都市型ドラッグストアのスーパードラッグアサヒが運営)・催事場、2階が婦人服・紳士服・子供服・下着・呉服・時計・宝石と軽食喫茶、3階がインテリア・生活用品とカジュアルウェア(ライトオンがテナントとして入居の上運営)・靴(紳士靴・スポーツシューズ・カジュアルシューズ。シュープラザが運営)・メガネ・100円ショップセリアが運営)・手芸用品(クラフトハートトーカイが運営)、4階は書籍・文具・雑貨とゲームコーナー(ソユーの運営)・レストラン街の各フロアで構成されている。
    • 1階のフラワーショップ、2階の呉服・時計・宝石売場、3階のメガネコーナー、4階の書籍売場はそれぞれ地元資本の専門店が入居し営業している。
    • 1階食料品売場には休憩・イートインスペースを兼ねたフードコートも併設され、サブウェイドトールコーヒー一口茶屋などの各種ファストフード店が入居している。
    • 5階には弘前・福島と同様にシネマコンプレックスのイオンシネマ北上(旧:ワーナー・マイカル・シネマズ)が入居している。
  • 東館2階と西館2階とは『りぼん橋』の愛称を持つ連絡通路で繋がっており、東館は北上市本通り二丁目・西館は新穀町一丁目のため番地が異なる。
  • 道路を挟んだツインモールプラザ西館はさくら野ではなく北上都心開発の管轄であり、1, 2階は2021年3月に北上市保健子育て複合施設hoKkoが開設。7,8階は北上都心開発がフランチャイズ経営するコナミスポーツクラブが入居している。3階から6階は市営立体駐車場となっている。
  • 1,600台収容の駐車場(収容台数は上述の市営/西館両立体駐車場の合計)を備え、国道4号北上バイパス国道107号との交差点や東北自動車道北上江釣子ICにも近い位置にあることから、中心市街地の都市型店舗ながらマイカーでも比較的スムーズにアクセスできる。このこともあって地元の岩手県内のみならず、隣接する秋田県南部からの買い物客の利用もある。百貨店としての機能だけでなく、郊外型ショッピング・モールとしての要素もあり、休日になると家族連れなどで賑わい、周辺道路が混雑する。
  • 2012年に2ヶ所のバス停が「まちなかターミナル」(本通り二、本石町一)として再整備され、基本的に道路の反対側へ渡る必要が無くなり、北上駅行きとそれ以外の各路線が隣接するバス停に停まるようになった。

かつて存在した店舗

かつて同グループに所属したさくら野百貨店仙台店(仙台市)についてはエマルシェを参照。

福島店

さくら野百貨店福島店
さくら野百貨店福島店が入居していた建物
(現在の曽根田ショッピングセンター(MAXふくしま))
店舗概要
所在地 960-8051
福島県福島市曾根田町(現:曽根田町[44]
座標 北緯37度45分31.8秒 東経140度27分36.3秒
開業日 初代店舗:1948年(昭和23年)[45]
2代目店舗:1973年(昭和48年)11月13日[45]
3代目店舗:1998年(平成10年)3月1日[44]
閉業日 2005年(平成17年)3月21日[46]
施設所有者 三井住友銀リース[44]
商業施設面積 16,261 m²[14]
店舗数 32店[44]
駐車台数 1,000[44]
前身 山田呉服店[46]
山田百貨店[44]
ダックシティ山田福島店
福島ビブレ[44]
後身 曽根田ショッピングセンターMAXふくしま[47]
最寄駅 曾根田駅
福島駅[44]
Sakurano

1930年(昭和5年)に山田呉服店として創業し[46]1948年(昭和23年)に福島県福島市の本町通に百貨店を開業し[45]1973年(昭和48年)11月13日にJR福島駅前の平和ビルに移転・増床した山田百貨店[45] が、経営母体の再編に伴って百貨店連合、ダックシティ、ダックビブレに引き継がれて、店名もダックシティ山田福島店[15]、福島ビブレ[15] と変遷しながら営業を続けた。

1985年(昭和60年)6月19日には同じ平和ビル内にあったハトヤストアの売り場を引継いで売場面積12,251m2を増床[45] して、東北新幹線開業に合わせて福島駅西口の昭栄製糸工場跡に進出したイトーヨーカ堂[45] などに対抗し続けた。

1993年平成5年)3月にマイカルの経営方針で同社の店舗ブランドであるビブレを用いることになって福島ビブレと改称し[44]山田百貨店の名称は完全に姿を消すこととなった。

1998年(平成10年)3月に山田百貨店から引き継いだJR福島駅東口の平和ビルの旧店舗を閉店し、1000台収容の立体駐車場や7館からなるシネマコンプレックスを持つJR福島駅北側の福島市曾根田町(現:曽根田町)の新店舗へ移転して[44] 営業を引き継ぎ、若い女性を主要顧客として2001年(平成13年)2月期には売上高約90億円[44] を上げた。

翌年2002年(平成14年)2004年(平成16年)2月期には売上高55億8300万円[44] に落ち込み、2002年(平成14年)3月から賃料の3割減免を受けて年間3億~4億円の負担軽減がされていた[44] にもかかわらず2億円弱の赤字[44] に陥った。

しかし同年9月14日、親会社のマイカルと同時にダックビブレも経営破綻[48]。経営母体の破綻の影響で、信用不安から売れ筋商品が1年近く入らなくなって一気に客足が遠のいた[44]。その後の再建策により、2002年(平成14年)3月から賃料の3割減免を受けて年間3億円から4億円の負担軽減がなされ[44]、9月にさくら野百貨店福島店に名称変更[8] して再スタートを切ったが、2001年(平成13年)2月の高速バスにおける規制緩和によって仙台 - 福島線にて増便・運賃値下げ競争が年々激しさを増し、仙台市に買物客が流出[49][50]2004年(平成16年)2月期には売上高55億8300万円[44] に落ち込み、2億円弱の赤字[44] に陥った。

賃料の減免は当初2年間とされていたため、2003年(平成15年)7月から三井住友銀リースと減免延長の交渉を行ったが決裂して、2004年(平成16年)10月28日に契約解除が決まった[44]。初代さくら野百貨店は2005年(平成17年)3月21日に福島店を閉店し、山田呉服店として創業して以来75年の歴史に終止符を打った[46]

閉店後は、JR福島駅前の福島駅前通りのニュー福ビルに贈答品や制服などを扱うサテライト店を開設して、一部業務を引き継いだが[46]、こちらも後に閉店した。

跡地には、閉店直前に福島商工会議所などの提案で福島市役所移転が検討された[51] が実現せず、2010年(平成22年)にビルを所有していた積水ハウスから、福島市の第三セクター福島まちづくりセンターが約9億円で土地と建物を取得し[52]、同年11月25日に同社が運営するダイユーエイトを核店舗とする曽根田ショッピングセンターMAXふくしまが開業している[47]

山田百貨店から福島ビブレ時代まで入居していた平和ビルは、福島ビブレが曾根田町へ移転後、旧福島ビブレに隣接していた中合が1998年に出店し、「中合福島店・2番館」として紳士服や食品などの売り場を開設した[53] が、後に耐震補強などの兼ね合いから2017年8月31日に閉店している[53][54]中合を参照)。

石巻店

前身である丸光石巻店(1955年 - 1967年、初代)、丸光石巻店(2代目)及びダックシティ丸光石巻店(1967年 - 1996年)についてはダックビブレ#ダックシティ丸光石巻店を参照。

さくら野百貨店石巻店
さくら野百貨店石巻店が入居していたビル
現在の 石巻市役所(2010年4月撮影)
店舗概要
所在地 986-0825
宮城県石巻市穀町[55]
座標 北緯38度26分3.3秒 東経141度18分9.5秒
開業日 1996年(平成8年)3月[56]
閉業日 2008年(平成20年)4月27日[11]
延床面積 約24,000 m2[55]
商業施設面積 14,592 m²[57]
前身 石巻ビブレ[56]
後身 エスタ[58]→イオン石巻駅前店
石巻市役所[59]
最寄駅 石巻駅[55]
最寄IC 三陸沿岸道路石巻河南IC
Sakurano

1955年(昭和30年)に宮城県石巻市の橋通りに丸光が開店した丸光石巻店[57] を前身とする店舗。丸光石巻店(初代)から数えて石巻店としては3代目にあたり、1996年3月にJR石巻駅前に新店舗が完成すると、2代目店舗であるダックシティ丸光石巻店から移転し、ダックビブレ運営の石巻ビブレとして開店した[56]

マイカル及びダックビブレの経営破綻とその再建により、ダックビブレがマイカルグループを離脱し、商号をさくら野百貨店(初代)と改称した2002年10月にさくら野百貨店石巻店と店名を変更した[57]。2005年4月にさくら野百貨店が民事再生計画に沿ってさくら野東北を分割した[6] 際には、さくら野東北運営となった[57]

開店当初、シネマコンプレックス(ワーナー・マイカル・シネマズ)が入居していた[55] が、2007年1月に郊外の蛇田地区に開業したイオン石巻ショッピングセンター(後のイオンモール石巻)へ移転する形で閉店[55][注釈 5]、前後して周辺に郊外型店の出店が相次ぐなどして顧客を奪われて[55]、売上高がピーク時の1998年の約89億円から2007年(平成19年)に約36億円に減少して2億円を超える赤字となった[55]。2004年から続く赤字が拡大する恐れがあるとして[55] 2008年4月27日に閉店して、1955年の丸光以来、石巻での同店の歴史に終止符を打った[11]

閉店後、さくら野百貨店は石巻店跡となる土地・建物及び現金2億円を石巻市に寄付し[60]、閉店から約2ヵ月後の2008年6月28日に1階部分がスーパーを含む複合商業施設エスタとして開業し[58]、2010年3月から石巻市役所が移転した。旧庁舎より市内各地からのバスが便が良く、高齢化時代にふさわしい立地と評価されている[59]

エスタは2011年3月11日に発生した東日本大震災により1階部分が浸水した為長期休業となった。その後、営業再開をしたものの震災後の中心市街地の人口減などの影響で経営不振となり、2017年5月に閉店。閉店後も営業を続けていたテナントゾーンも2018年中に全て閉店となった。2020年4月23日にイオン東北[注釈 6] が1階の跡地に居抜き出店し、イオン石巻駅前店をソフトオープン。エスタに出店していた食品スーパーのように直営売場を食料品や日用品などに特化したスーパーマーケット業態となり、100円ショップかまぼこ婦人服化粧品美容室整骨院印章といった専門店も出店し、100円ショップ以外は以前エスタにも出店していた地元店が中心となる。なお、本店舗がイオン東北発足後初の新規店舗となった[61][62]

プロ野球の優勝・応援セールの扱い

さくら野百貨店の前身の一つであるカネ長武田百貨店の創業者が、青森県内のヤクルトの営業拠点である青森ヤクルト販売を創業した経緯から、東京ヤクルトスワローズの優勝翌日や、クライマックスシリーズ日本シリーズ終了の翌日から数日間青森県内3店舗と北上店でセールを実施している[63]

一方でさくら野百貨店は東北楽天ゴールデンイーグルスのオフィシャルスポンサーであるため、2013年に球団が優勝・日本シリーズ制覇した際には優勝セールが実施された。

このため、ヤクルトと楽天がどちらも優勝するか、いずれかまたは両方が2位・3位でもクライマックスシリーズを突破して日本シリーズで対戦した場合、どのような形でセールを行うかは実例がないため未定。

なお、百貨店連合→ダックシティ→ダックビブレ時代に参加していたマイカルグループは1990年代から経営破綻直前まで読売ジャイアンツの応援活動を行っていたが、この間も青森県では独自にヤクルトの応援活動を行っていた。

関連事業

  • クレジットカード事業
    • さくら野セゾンカード
      2008年5月1日から発行が開始された、クレディセゾン発行・提携によるクレジットカード[64]
    • さくら野カード
      マイカルグループ時代に系列企業であったマイカルカード(現在のポケットカード)との提携によるカード。2008年にさくら野セゾンカードの募集を開始したことに伴い、新規加入を停止している。

脚注

注釈

  1. 当時の駅名、のちに「本八戸駅」に改称。
  2. かつては伊吉書院や文明堂(レコードショップ)が入居していたが、前者は撤退、後者は廃業となっており、伊吉書院の跡地は2003年から2010年にかけて3代目 まちの駅はちのへが入居していた。
  3. 実際は、ワーナー・マイカル・シネマズの第4号館であった宇多津(香川県綾歌郡宇多津町)のほうが古いが、同館が営業していた宇多津ビブレの閉店を理由に2014年3月16日に一度閉館しており、跡地に建設されたイオンタウン宇多津の開業を機に同一の建物を使って2015年10月24日に再開業しているという経緯がある。そのため、弘前の方が古い劇場という扱いになっている。
  4. 2018年4月27日以降。それ以前は当該部門・コーナーについてもさくら野百貨店の自社直営であった。
  5. ワーナー・マイカル・シネマズを運営していたワーナー・マイカルはマイカルグループ時代は系列企業だったが、グループ離脱後にマイカルがイオン傘下となり、ワーナー・マイカルもイオン傘下になっていた。ワーナー・マイカルは2013年にイオンシネマズを合併してイオンエンターテイメントとなり、屋号を「イオンシネマ」としている。
  6. 2020年3月1日にマックスバリュ東北とイオンリテール東北カンパニーの食品事業が統合し発足

出典

  1. 株式会社さくら野百貨店 第15期決算公告
  2. 株式会社さくら野百貨店 第17期決算公告
  3. 株式会社エマルシェ(仙台市)の「自己破産の申立て」について - 株式会社さくら野百貨店 (2017年2月27日)
  4. ダックビブレ 第24期有価証券報告書 (Report). ダックビブレ. 2002.
  5. “さくら野百貨店、全店を改装 今期末に債務超過解消”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2011年11月14日)
  6. “さくら野経営再統合見送りへ”. デーリー東北 (デーリー東北). (2010年4月8日)
  7. “さくら野百貨店、社名を8月から「エマルシェ」に変更”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2010年7月29日)
  8. さくら野百貨店 企業概要”. さくら野百貨店. 2012年6月6日閲覧。
  9. “さくら野百貨店、北上店の売り場圧縮”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2010年8月3日)
  10. “さくら野百貨店 全4店舗改装へ”. 東奥日報 (東奥日報社). (2011年11月15日)
  11. “さくら野石巻店が閉店”. 河北新報 (河北新報社). (2008年4月28日)
  12. さくら野、北上店を分社化 都心開発が新会社買収 ブランド、雇用は維持”. 岩手日日新聞 (2023年5月9日). 2023年5月9日閲覧。
  13. 大規模小売店舗立地法第1種・第2種特例区域図 青森県:青森市 (Report). 青森県. 7 July 2008.
  14. 『国土審議会調査改革部会 第4回国際連携・持続的発展基盤小委員会配付資料 人口減少下での活力ある地域社会と二層の広域圏形成に資する国土基盤の現状と課題(資料編)』(レポート)、国土審議会調査改革部会、2000年6月。
  15. 衣川恵. “まちづくり3法と青森市中活事業の事例”. 地域総合研究第36巻第1・2号合併号 (鹿児島国際大学地域総合研究所) (2009-2).
  16. 青森・中三跡地に「THREE」オープン”. 東奥日報 (2023年4月26日). 2023年5月16日閲覧。
  17. 日本商業年鑑 1972年版, 商業界, (1972), pp. 499
  18. “まるでお祭りさわぎ 「丸光」「緑屋」開店 どっと五万人の客 八戸駅前まで人の波続く”. デーリー東北 (デーリー東北). (1968年6月29日)
  19. “三春屋が買収交渉 八戸丸美屋デパート大資本進出押さえる?”. 東奥日報 (東奥日報社). (1970年3月20日)
  20. “さようなら丸美屋 「十八年間親しまれ ついに閉店、明日解散”. デーリー東北 (デーリー東北). (1969年11月14日)
  21. “押すな押すなの大盛況「長崎屋」八戸店オープン 買い物客が七万人”. デーリー東北 (デーリー東北). (1970年11月6日)
  22. “商店街のワクを広げる 八戸ショッピングプラザめでたくオープン 午前中で二万の人出”. デーリー東北 (デーリー東北). (1971年10月8日)
  23. 高橋英博他『都市機能の高度化と地域対応 ―八戸市の「開発」と<場所の個性>』東北大学出版会、2004年。
  24. “どっと四万人の買い物客 八戸スカイビルが開店 早朝からお祭り騒ぎ”. デーリー東北 (デーリー東北). (1980年4月20日)
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  26. 大型閉鎖店舗再生等対策の総合プロデュース人材育成事業 副読本 (Report). 経済産業省. 2003.
  27. “壁に挑む 第4部 瀬戸際の中心街(4)厳しい自力再建 行政支援、外資も参入”. デーリー東北 (デーリー東北). (2006年9月15日)
  28. “挫折 八戸三日町番町再開発(上)ヨーカドー以来の衝撃”. デーリー東北 (デーリー東北). (2004年4月28日)
  29. 地域における大型空き店舗の発生と処理状況 大型店退店に伴う地域への影響に関する調査結果 平成17年4月27日 (Report). 日本商工会議所. 27 April 2005.
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  31. “藤田正堂漆芸展始まる/さくら野八戸店”. デーリー東北 (デーリー東北). (2012年6月6日)
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  53. “「中合福島店・2番館」8月末営業終了 売り場を1番館に集約”. 福島民友新聞. (2017年3月1日)
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  57. “さくら野石巻店撤退へ 売り上げ激減 蛇田の商業集積、シネコン移転 どうなる中心街活性”. 石巻かほく (三陸河北新報社). (2008年1月11日). http://ishinomaki.kahoku.co.jp/archives/2008/01/i/080111i-sakura.html
  58. “駅前に活気再び 石巻「エスタ」開店”. 河北新報 (河北新報社). (2008年6月29日)
  59. “百貨店 第二の人生”. 読売新聞 (読売新聞社). (2010年5月10日)
  60. “石巻市庁舎さくら野移転、市が決定 あす議会説明”. 河北新報 (河北新報社). (2008年4月9日)
  61. 4月23日「イオン石巻駅前店」ソフトオープン』(PDF)(プレスリリース)イオン東北株式会社、2020年4月9日https://aeontohoku.co.jp/company/uploads/News/MV/new_folder/200423_aeon-ishinomakiekimae_HP.pdf2020年5月31日閲覧
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  63. さくら野でヤクルト優勝おめでとうセール”. デーリー東北新聞社 (2015年10月4日). 2015年10月15日閲覧。
  64. 「さくら野(セゾン)カード」を5月1日より募集開始 (Report). さくら野東北 さくら野百貨店 クレディセゾン. 29 February 2008.

関連項目

外部リンク

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