ウィリー・ランドルフ

ウィリー・ランドルフWillie Larry Randolph , 1954年7月6日 - )は、アメリカ合衆国サウスカロライナ州ホーリーヒル出身の元プロ野球選手二塁手)。右投右打。

ウィリー・ランドルフ
Willie Randolph
ボルチモア・オリオールズでのコーチ時代
(2011年4月4日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 サウスカロライナ州ホーリーヒル
生年月日 (1954-07-06) 1954年7月6日(69歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1972年 ドラフト7巡目でピッツバーグ・パイレーツから指名
初出場 1975年7月29日
最終出場 1992年10月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • ニューヨーク・ヤンキース(1994 - 2004)
  • ニューヨーク・メッツ(2005 - 2008)
  • ミルウォーキー・ブルワーズ(2009 - 2010)
  • ボルチモア・オリオールズ(2011)

経歴

現役時代

ニューヨーク・ヤンキース時代
(1984年)

1972年ドラフト会議ピッツバーグ・パイレーツから7巡目に指名され、入団。

マイナーでのプレイを経て1975年7月29日にメジャー初出場。

その年12月にケン・ブレット殿堂入りしたジョージ・ブレットの兄)ら2選手との交換でニューヨーク・ヤンキースに移籍。 ヤンキースでは移籍後すぐにレギュラーを獲得し、1976年から1988年まで13シーズンを過ごすことになる。 ゴールドグラブ賞の獲得こそなかったが、名手として知られ、ルー・ウィテカーデトロイト・タイガース)、フランク・ホワイトカンザスシティ・ロイヤルズ)らとともにア・リーグを代表する二塁手として活躍し、オールスターにも通算6回出場。

1977年のワールドシリーズ制覇にも貢献した(1978年は怪我のため出場せず)。1980年には打率.294、7本塁打のほか、リーグ1位の119四球、同2位の出塁率.427、同8位の30盗塁、同9位の99得点の活躍でシルバースラッガー賞を獲得。

1986年にはロン・ギドリーと共にチームのキャプテンに就任。

1987年の1三振あたりの打数18.0はリーグ最少であった。

1988年オフにFAロサンゼルス・ドジャースに移籍[1]

移籍初年度の1989年にもオールスターに出場。

1990年途中にオークランド・アスレチックスに移籍し、ワールドシリーズ出場を果たすが、シンシナティ・レッズに1勝もできずに敗れる。

1991年ミルウォーキー・ブルワーズでプレー。

1992年ニューヨーク・メッツでプレイし、1992年限りで現役を引退。

引退後

前述のようにキャプテンを務めるなどの功績を踏まえ、ヤンキース時代の背番号「30」は準永久欠番となっていた時期があった。[2] 現役引退後はヤンキースで11シーズンにわたってコーチをつとめ、4回のワールドシリーズ制覇にも貢献。

ニューヨーク・メッツ時代
(2007年3月31日)

2004年オフに、メッツは当初ウォーリー・バックマンを監督に据えようとしたが、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとの争奪戦に敗れた[3]こともあり、ランドルフが監督就任要請を受け、契約した。メッツの歴代監督のうち、メッツでの選手経験があるのはランドルフが7人目である。[4]

2006年には97勝65敗で18年ぶりの地区優勝を成し遂げる。リーグチャンピオンシップシリーズセントルイス・カージナルスに敗れ、チーム6年ぶりのワールドシリーズ進出はならなかった。

2007年1月24日に3年間の契約延長を結ぶ。2007年は序盤戦から絶好調。5月31日の時点で34勝18敗(勝率.654)の独走ぶりで、2年連続の地区優勝は確実かと思われたが、終盤戦で失速し、地区優勝はフィリーズに、ワイルドカードロッキーズ[5]に逆転を許し、プレイオフ進出を逃した。特に最後の17試合で11敗を喫し、「残り17試合で7ゲーム差がありながら逆転を許したメジャー史上最初のチーム」という不名誉な記録を残すこととなった。

大型補強をして臨んだ2008年も開幕から不振が続き、6月17日、開幕から34勝35敗、首位フィリーズから6.5ゲーム差という時点で解任され、ベンチコーチのジェリー・マニエルが監督代行となった。

ミルウォーキー・ブルワーズでのコーチ時代
(2009年7月26日)

2013年第3回WBCアメリカ合衆国代表で3塁ベンチコーチを務める。

2015年10月21日に第1回WBSCプレミア12のアメリカ合衆国代表監督を務めることが発表された[6]

2016年4月15日に第4回WBCアメリカ合衆国代表コーチを務めることが発表された[7]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1975 PIT 307061910100113101171063.164.246.180.426
1976 NYY 1255004305911515411414037126358533910.267.356.328.684
1977 1476245519115128114213401362664115311.274.347.387.734
1978 134596499871391863178423676582145112.279.381.357.738
1979 15368257498155151352116133125595533923.270.374.368.742
1980 138642513991512377209463055311942456.294.427.407.834
1981 9342235759831432109241455357002410.232.336.305.641
1982 1446435538515521431933616910275333513.280.368.349.717
1983 104477420731172112146381243053013211.279.361.348.709
1984 142664564861622422196311067786404215.287.377.348.725
1985 143597497751372125177401695685343924.276.382.356.738
1986 141601492761361525170501528494034911.276.393.346.739
1987 120543449961372427186671115582122515.305.411.414.825
1988 1104744044393201212134848555223910.230.322.300.622
1989 LAD 14563354962155180217936764571245110.282.366.326.692
1990 261139615264013391030130193.271.364.344.708
OAK 9333329237759319321617132112511.257.331.318.649
'90計 119446388521011332126307110145123414.260.339.325.664
1991 MIL 12451243160141143016154423375303814.327.424.374.798
1992 NYM 9033628629721112911513604014346.252.352.318.670
MLB:18年 220294628018123922103166554281868727194996412433738675218.276.373.351.724
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



二塁(2B)三塁(3B)
























1975 PIT 14344238.96210330.500
1976 NYY 1243074151987.974-
1977 14735045416108.980-
1978 1342964001680.978-
1979 15335547813128.985-
1980 1383614011997.976-
1981 932052681174.977-
1982 14235238014100.981-
1983 1042652981277.979-
1984 14233441913112.983-
1985 14330342511104.985-
1986 1393133812094.972-
1987 1192863381289.981-
1988 110254339783.988-
1989 LAD 140260412985.987-
1990 265073410.969-
OAK 84148240762.982-
'90計 1101983131172.979-
1991 MIL 1212373782096.969-
1992 NYM 79149195853.977-
MLB 2152485963362341547.98010330.500
  • 各年度の太字はリーグ最高

監督としてのチーム成績

年度チーム地区年齢試合勝利敗戦勝率順位/
チーム数
備考
2005NYMNL東511628379.5123 / 5 
2006NYMNL東521629765.5991 / 5チャンピオンシップシリーズ敗退
2007NYMNL東531628874.5432 / 5 
2008NYMNL東54693435.4936月17日解任
通算4年  555302253.544  

※解任の時点で5球団中4位。

表彰

記録

  • オールスター出場:6回(1976年、1977年、1980年、1981年、1987年、1989年)

コーチ歴

監督歴

脚注

  1. ヤンキースがドジャースの二塁手スティーブ・サックスをFAで獲得したため、入れ替わるような形となった。
  2. 2012年現在はデビッド・ロバートソンが着用。
  3. バックマンはダイヤモンドバックス監督就任5日目に破産等の問題で解任された。メッツがこれを読んでバックマンとの契約を回避したという説もある。
  4. 前の6人はギル・ホッジスヨギ・ベラジョー・トーリバド・ハーレルソンダラス・グリーンボビー・バレンタイン
  5. ロッキーズと同率でプレイオフの末ロッキーズに敗れたパドレスもメッツより1ゲーム上であった。
  6. 2015 USA Baseball Premier12™ roster announced Official Websitr of USA Baseball (英語) (2015年10月21日) 2015年10月24日閲覧
  7. Jim Leyland To Manage Team USA in 2017 World Baseball Classic USABaseball.com: The Official Site of USA Baseball (英語) (2016年4月15日) 2016年6月5日閲覧

関連項目

外部リンク

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