サンディー・アロマー・ジュニア

サントス・アロマー・ベラスケス・ジュニア(Santos "Sandy" Alomar Velazquez, Jr. , 1966年6月18日 - )は、プエルトリコ出身の元プロ野球選手。現在はMLBのクリーブランド・ガーディアンズでコーチを務めている。右投右打。

サンディー・アロマー・ジュニア
Sandy Alomar Jr.
クリーブランド・ガーディアンズ コーチ #15
2016年10月23日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区サリナス
生年月日 (1966-06-18) 1966年6月18日(57歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1983年 アマチュアFA
初出場 1988年9月30日
最終出場 2007年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • ニューヨーク・メッツ (2008 - 2009)
  • クリーブランド・インディアンス (2010 - )

父はサンディ・アロマー・シニア、弟はロベルト・アロマー。

経歴

父サンディー・シニアがコーチを務めていたサンディエゴ・パドレスに弟ロベルト共々入団。 捕手として大いに期待されるが、当時パドレスにはベニート・サンティアゴがおり、なかなかメジャーでの出場機会に恵まれず、1988年9月30日にメジャーデビューを果たすも、2年間で合計8試合の出場に終わった。 1989年にはマイナーリーグの年間最優秀選手に選ばれたが、この年を最後にジョー・カーターとの交換で、カルロス・バイエガと共にクリーブランド・インディアンスに移籍。

1990年にはオールスターにファン投票で選出されて先発出場。 新人捕手のオールスター先発出場は史上初であった。 この年、132試合に出場して打率.290、本塁打9、打点66の成績を残し、守備面でも活躍し、ア・リーグ新人王[1]とゴールドグラブ賞を受賞した。

以後数年間は故障が多く、欠場がちとなった。 チームが41年ぶりにワールドシリーズに進出した1995年も66試合の出場に終わる。 1996年には6年ぶりに100試合を越す127試合に出場し、オールスター出場。 翌1997年には30試合連続安打を記録し、自己最多となる打率.324、21本塁打を記録。 本拠地ジェイコブス・フィールドで開催されたオールスターでは、決勝本塁打を打ちMVPに選ばれた。開催地のチームの選手がMVPとなるのは1972年のハンク・アーロン(ブレーブス)以来であった。 ニューヨーク・ヤンキースとのリーグチャンピオンシップシリーズでも2本塁打を含む打率.316の活躍。 チームをワールドシリーズ出場に導いた。シリーズはフロリダ・マーリンズに敗れたが、アロマーは打率.367、2本塁打を記録。 6度目のオールスター出場を果たした1998年を境に、再び故障がちとなり、1999年はわずか37試合の出場に終わる。

ニューヨーク・メッツ時代
(2007年3月11日)

2001年にはシカゴ・ホワイトソックスに移籍。 2002年途中にコロラド・ロッキーズに移籍するが翌年再びホワイトソックスに移籍。 2003年途中に弟ロベルトがホワイトソックスに移籍してきて、インディアンス時代以来3年ぶりに兄弟が同じチームの所属となったが、それは2004年途中にロベルトがアリゾナ・ダイヤモンドバックスに移籍するまでの間であった。 弟ロベルトは2004年限りで現役引退したが、兄の方は現役を続け、2005年はテキサス・レンジャーズに移籍。 2006年はロサンゼルス・ドジャースとホワイトソックスに所属。 2007年は父シニアがコーチを務めるニューヨーク・メッツに移籍。現役20シーズンで1,377試合に出場、100試合以上出場したのはわずか4シーズンであった[1]。 2008年現役引退後はニューヨーク・メッツの捕手コーチを経て2010年よりインディアンスにコーチとして復帰しており、2012年9月には監督代行を務めた。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1988 SD 1110000000000000010.000.000.000.000
1989 722191410186000031031.211.318.421.739
1990 CLE 13248344560129262918666415625224610.290.326.418.744
1991 5119918410409004970421814244.217.264.266.530
1992 8932029922751602972633301335327.251.293.324.618
1993 642372152458716853231141106283.270.318.395.713
1994 803202924484151141434384012522317.288.347.490.837
1995 662182033261601097353141703268.300.332.478.810
1996 127444418531102301116650102219034220.263.299.397.696
1997 125480451631463702124683026119234816.324.354.545.900
1998 1174384094596262614444035318034515.235.270.352.622
1999 371441371942130673250112400231.307.322.533.855
2000 973843564410316271444222441614419.289.324.404.728
2001 CWS 702392201754814762112321212176.245.288.345.634
2002 511761672148101781250012501145.287.309.485.794
COL 3812011683140035120000400196.267.292.302.593
'02計 89296283297914171163700129013311.279.302.410.712
2003 CWS 752041942252120579260051400174.268.281.407.689
2004 501641461535402451400321122134.240.298.308.606
2005 TEX 46137128113570042140030501123.273.306.328.634
2006 LAD 276262320500259000000073.323.323.403.726
CWS 195146510301168000230070.217.255.348.603
'06計 4611310883080141170002300143.278.292.380.672
2007 NYM 822221310040000000030.136.136.182.318
MLB:20年 1377486545305201236249101121841588252448342121541499132.273.309.406.716

年度別守備成績

捕手守備
年
度
球
団
捕手(C)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
捕

逸
企
図
数
許
盗
塁
盗
塁
刺
阻
止
率
1989 SD 6331011.0000220.000
1990 CLE 12968646146.981111177740.342
1991 462801944.9875332112.364
1992 884773926.9963784335.449
1993 643422564.9843574116.281
1994 784534124.9963654322.338
1995 613642223.9954503614.280
1996 1247244895.98871117635.315
1997 11974340128.98531228438.311
1998 1117124267.9924956728.295
1999 352571072.974131274.129
2000 956614286.9896987523.235
2001 CWS 693671945.9905453114.311
2002 502931423.9942463610.217
COL 381908011.000318135.278
'02計 884832224.9965644915.234
2003 CWS 753711613.997326206.231
2004 492781532.9904452718.400
2005 TEX 46231620.992317170.000
2006 LAD 1880211.988115141.067
CWS 1796411.99001284.333
'06計 35176622.989127225.185
2007 NYM 6295001.00003031.000
MLB 132476674648672.990711086758328.302
一塁守備
年
度
球
団
一塁(1B)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
1996 CLE 10000----
MLB 10000----

背番号

  • 4 (1988年)
  • 17 (1989年)
  • 15 (1990年 - 2002年7月29日, 2003年 - 2004年, 2005年)
  • 25 (2002年7月31日 - 同年終了, 2006年 - 同年7月23日)
  • 26 (2006年7月25日 - 同年終了)
  • 19 (2007年 - 同年途中)
  • 28 (2007年途中 - 同年終了)

表彰

脚注

  1. “Right Name, Wrong Genes: The Top 50 Less Talented Relatives of Superstars”. bleacherreport.com (2010年9月7日). 2012年3月25日閲覧。

関連項目

外部リンク

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