カルロス・バイエガ

カルロス・オベッド・バイエガ・オーティズCarlos Obed Baerga Ortiz, 1968年11月4日 - )は、プエルトリコサンフアン出身の元プロ野球選手内野手)。右投両打。

カルロス・バイエガ
Carlos Baerga
2015年6月20日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区サンフアン
生年月日 (1968-11-04) 1968年11月4日(55歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手一塁手三塁手
プロ入り 1985年 アマチュア・フリーエージェントとしてサンディエゴ・パドレスと契約
初出場 MLB / 1990年4月14日
KBO / 2001年
最終出場 MLB / 2005年9月30日
KBO / 2001年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

インディアンス時代は、強打の二塁手として鳴らした。福音派キリスト教徒である。

経歴

幼少期はプエルトリコ・リーグのサントゥルーセ・クラバーズの選手になることを夢みていたバイエガは、16歳の時にサンディエゴ・パドレスと契約する。

マイナーリーグ時代は、打撃面では好成績を残す一方、二塁・三塁・遊撃守備では毎年30失策前後と不安が残っていた。1989年のオフには、強打者ジョー・カーターとのトレードサンディー・アロマー・ジュニアクリス・ジェームスと共にクリーブランド・インディアンスに移籍する。

インディアンス時代

1990年マイナーリーグAAA級で開幕をむかえたが、12試合で打率.380の成績で4月12日にメジャー初昇格、最も頼りになる代打となった[1] この年は三塁手・遊撃手として出場する。

1991年には三塁手・二塁手として158試合に出場しレギュラーの座をつかんだ。

1992年アルバート・ベルに次ぐチーム2位の20本塁打、105打点を記録し中軸選手に成長し、初めてオールスターに選出、オフに開催された日米野球MLB選抜として来日した。

1993年はチーム1位の打率.321、本塁打・打点は前年に引き続きベルに次ぐ2位で、初のシルバースラッガー賞にも選ばれた。また4月8日の対ニューヨーク・ヤンキース戦では、MLB史上初の1イニング左右打席本塁打も記録している[2]。この記録は、他には2002年マーク・ベルホーン2012年ケンドリス・モラレスだけである。2年連続の200安打・20本塁打・100打点は、1922年ロジャース・ホーンスビー以来の記録となった[3]

1994年1994年から1995年のMLBストライキの影響で103試合の出場にとどまったが、19本塁打、80打点を記録。

1995年にはチームのア・リーグ中地区優勝に貢献、リーグチャンピオンシップシリーズでは打率.400と活躍したが、2勝4敗で敗れたアトランタ・ブレーブスとのワールドシリーズでは最終打者になった。好成績は残していたものの、しばしばベスト体重をオーバーし、練習中にも携帯電話を使うなど、首脳陣は問題視していた[1]

1996年のシーズン中にインディアンスの抑え投手ホセ・メサの妻と浮気をしているとの噂が流れた際、メサは「彼が(チームから)出て行くか、もしくは自分が出て行くかだ」と語り、後の放出に繋がった[3]

メッツ時代

1996年7月26日、ジェフ・ケントホセ・ビスカイーノとのトレードでアルバロ・エスピノーザと共にニューヨーク・メッツへ移籍する。メッツでは主に1・3番を打ったが[3]、移籍後の打率は.193にとどまった。

1997年は、脇腹の故障の影響で右打席には立たず[1]1998年も故障の影響などで成績が残せず、シーズン終了後の10月28日には再契約を提示されず、フリーエージェントとなった。

現役晩年

1999年の1月にセントルイス・カージナルスと契約するが開幕前に解雇され、3月末にシンシナティ・レッズと契約する。開幕をAAAでむかえ、打率.290を記録していたが6月4日に解雇され、パドレスに移籍する。AAAでの調整後パドレスに昇格し、二塁・三塁の控え選手として出場していたが、8月16日に3年ぶりにインディアンスに移籍する。ファンに愛されていたバイエガはスタンディングオベーションでむかえられた[1]

2000年タンパベイ・デビルレイズと契約するものの、開幕前に契約が無効となり1シーズンプレーをしなかった。

2001年シアトル・マリナーズと契約するものの開幕前に解雇され、独立リーグであるアトランティックリーグロングアイランド・ダックスでプレー。7月には故障により退団した元阪神ベン・リベラの代役として韓国プロ野球三星ライオンズに入団した。この年は「インディアンスの偉大な選手100人」にも選ばれた[3]。シーズン後にはクラバーズを買収、選手兼監督となり幼少期の夢をかなえた。

メジャーからの引退を決意していたが、12月にボストン・レッドソックスと契約し、2002年は控えの二塁手・指名打者として出場した。

2003年アリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約し、控えの一塁・二塁手として好成績を残し、翌年まで在籍する。

2005年ワシントン・ナショナルズに在籍した。

引退後

現在は、ESPNのスペイン語放送の解説者をしている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1990 CLE 108338312468117271234702151624574.260.300.394.694
1991 158654593801712821123669324348567412.288.346.398.744
1992 1617166579220532120299105102293510137615.312.354.455.809
1993 1546806241052002862130311415431334766817.321.355.486.841
1994 103469442811393221923280823810164510.314.333.525.858
1995 1356005578717528215252901120535633115.314.355.452.807
1996 100453424541132501016855112416072515.267.302.396.698
NYM 2691835163022511000150228.193.253.301.554
'96計 126544507591292801219366112521092723.254.293.381.674
1997 13349846753131251918552263520135413.281.311.396.707
1998 14755151146136271718653013724665521.266.303.364.667
1999 SD 3389806201022751010602142.250.318.338.656
CLE 2263574130011651111410103.228.274.281.555
'99計 551521371033103431021211012245.241.300.314.614
2001 サムスン 39131120183332452170001614125.275.328.433.761
2002 BOS 731941821752110269196012712206.286.316.379.695
2003 ARI 10523120731711304963911131812206.343.396.464.860
2004 79948562020228110000603127.235.309.329.638
2005 WSH 93174158184070253190010708174.253.318.335.653
MLB:14年 1630589554397311583279171342298774592426662914173580158.291.332.423.755
KBO:1年 39131120183332452170001614125.275.328.433.761

年度別守備成績



一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)
















































1990 CLE -8222258.898503310189.994482441410.942
1991 -751632381259.97189541831414.94420010.000
1992 -16040047519138.979--
1993 -15034744517108.979--
1994 -1022053351570.973--
1995 -1342314441999.973--
1996 -1001913081563.971--
NYM 1698518.990133011.00062430.667-
'96計 1698518.9901011943111564.97162430.667-
1997 -1312443711488.978--
1998 -144289340997.986--
1999 SD 20000----131620071.0001351022.882-
CLE -659031.0001581911.964-
'99計 20000----1921290101.00028132933.933-
2001 サムスン -294352711.931114001.000-
2002 BOS -17253214.98310000-----
2003 ARI 191238212.985152140111.984567001.000-
2004 6324021.000---
2005 WSH 1165212.9857151933.9192071621.920-
MLB 5431819424.988106321773101130759.9761991153403027.938502441510.929
KBO -294352711.931114001.000-
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 9(1990年 - 1996年、1999年)
  • 6(1996年)
  • 8(1997年 - 1998年)
  • 1(1999年)
  • 12(2001年)
  • 10(2002年)
  • 3(2003年 - 2004年)
  • 5(2005年)

脚注

  1. The Ballplayers - Carlos Baerga (英語). BaseballLibrary.com. 2008年3月18日閲覧。
  2. April 8, 1993 New York Yankees at Cleveland Indians Box Score and Play by Play (英語). BaseballLibrary.com. 2008年3月18日閲覧。
  3. Carlos Baerga (英語). BR Bullpen. 2008年3月18日閲覧。

関連項目

外部リンク

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