ジェイソン・ワース

ジェイソン・リチャード・ワースJayson Richard Werth, 1979年5月20日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州スプリングフィールド出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

ジェイソン・ワース
Jayson Werth
ワシントン・ナショナルズでの現役時代
(2017年5月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州スプリングフィールド
生年月日 (1979-05-20) 1979年5月20日(44歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1997年 MLBドラフト1巡目
初出場 2002年9月1日
最終出場 2017年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

祖父のダッキー・スコーフィールドは元メジャーリーガーで、主に遊撃手として19年間メジャーでプレー、ダッキーの息子で叔父のディック・スコーフィールドも主に遊撃手で14年間メジャーでプレーした。また、継父デニス・ワースも元メジャーリーガーで、主に一塁手として、4年間メジャーでプレーした。

経歴

プロ入りとオリオールズ傘下時代

1997年6月17日、MLBドラフト1巡目(全体22位)でボルチモア・オリオールズから指名され、プロ入り。入団当時は捕手だった。

ブルージェイズ時代

2000年11月11日に、ジョン・ベイルとのトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した。

2002年から、本格的に外野手へ転向する。同年9月1日に、同球団からメジャーデビューを果たす。

ドジャース時代

2004年3月29日にジェイソン・フレイザーとのトレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。同年シーズンは、89試合の出場で16本塁打・47打点を記録。

2005年は正左翼手として期待されるも、102試合で.234・7本塁打・43打点の成績に終わった。

2006年は左手首の怪我でメジャーでのプレー機会はなかった。

フィリーズ時代

2006年12月に1年契約でフィラデルフィア・フィリーズへ移籍した。

2007年から、2年ぶりにメジャーリーグに復帰した。

2008年1月7日に、再びフィリーズと1年契約を結ぶ。開幕当初は4番目の外野手兼左打ちのジェフ・ジェンキンスとのプラトーン要員だったが、そのジェンキンスが打撃不振と故障に苦しんでいたため、右翼手のレギュラーポジションを完全に奪取した。終わってみれば、134試合で.273・24本塁打・67打点・20盗塁を記録、フィリーズのワールドシリーズ出場に貢献、さらにタンパベイ・レイズとのワールドシリーズでは全試合先発出場し、第4戦の8回裏にダン・ウィーラーから2ラン本塁打を放ち、世界一に貢献した。

フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2009年10月18日)

2009年5月12日のドジャース戦で1塁ベースから本塁まで1イニングに3盗塁した。これは大リーグで1980年5月11日にピート・ローズシンシナティ・レッズに対して1イニングに3盗した以来の記録だった。同年7月、自身初のオールスター出場を果たした。シーズン通じては、自己最高の36本塁打を放ち、99打点を記録。また、ポストシーズンではアンディ・ペティットからの2本塁打を含み、15試合で7本のホームランを放った。

2010年オフにFAとなった。

ナショナルズ時代

2010年12月5日にワシントン・ナショナルズと7年総額1億2600万ドルで契約合意。

2012年、4月13日の金曜日、延長13回にサヨナラヒットを放った。これは1963年のウィリー・スタージェル以来だが、この時サヨナラのホームを踏んだのは、祖父のダッキー・スコフィールドであった。

2013年、129試合の出場で打率.318・25本塁打・82打点という好成績をマーク。2012年は規定打席に到達していないとは言え、2年連続での打率.300超えするなど、OPSは自己最高の.931(リーグ3位)という数値を記録した。

2014年、右翼手のレギュラーで147試合に出場し、惜しくも3年連続での打率.300以上は逃したものの、.292という数値をマーク。ホームランは16本まで減少したが、得点圏で打率.338とよく打ち、2年連続で82打点を叩き出した。前述の通り、ホームランこそ減ったが二塁打を大幅に増やし(37本・自己2位)、長打数は前年の49本から54本まで増えた。

2015年は1月9日に右肩の手術を受けた[1]。シーズンでは88試合の出場に留まり、3シーズンぶりに規定打席到達を逃した。打撃面では、3年連続2桁本塁打となる12本塁打を放ったが、打率.221・出場試合数とほぼ同等の84三振を喫した。また、メジャーデビュー以来、初めて0盗塁に終わった。

2016年4月19日のマイアミ・マーリンズ戦で通算200本塁打を達成した。同年は143試合に出場したが、打率.244・21本塁打・69打点・5盗塁と2年続けて結果を残せなかった。

2017年6月3日のオークランド・アスレチックス戦で左足に中足骨骨折と打撲傷を負い、故障者リスト入り[2]。復帰戦となった8月28日のマイアミ・マーリンズ戦では本塁打を放った。最終成績は70試合の出場で打率.226・10本塁打・29打点に終わった。11月2日とFAとなった[3]

マリナーズ傘下時代

2018年3月27日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結ぶと報じられ[4]、4月3日に正式契約。4月24日に傘下のAAA級タコマ・レイニアーズへ配属され[5]、36試合に出場して打率.206・4本塁打・19打点の成績を残した。6月27日に引退を表明[6]

引退後

2018年9月8日、ワシントンD.C.の野球に貢献した人物を称える「Ring of Honor」に選出された[7]

選手としての特徴

ポジションは主に右翼手だが、左翼手、中堅手も守ることができる。また一塁手としてもプレーした経験がある。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2002 TOR 1553464122101661001600114.261.340.348.687
2003 26514871040220101000300220.208.255.417.672
2004 LAD 893262905676113161414741113004851.262.338.486.825
2005 102395337467922271264311213482611410.234.338.374.711
2007 PHI 94304255437611381174971214412730.298.404.459.863
2008 1344824187311416324208672010357141192.273.363.498.861
2009 15967657198153261362899920306918815611.268.373.506.879
2010 156652554106164462272958513309826714711.296.388.532.921
2011 WSH 150649561691302612021858193047451016010.232.330.389.718
2012 81344300429021351323182014221573.300.387.440.827
2013 1295324628414724025246821010560351019.318.398.532.931
2014 147629534851563711624382910383391139.292.394.455.849
2015 883783315173161121274201063803848.221.302.384.685
2016 1436065258412828021219695106710413917.244.335.417.752
2017 70289252355710110992943013511694.226.322.393.715
MLB:15年 1583636654848831465300222292496799132234507643264145099.267.360.455.816
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

一塁守備


一塁(1B)












2007 PHI 110001.000
MLB 110001.000
外野守備


左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)




































2002 TOR 450001.000160001.00010221001.000
2003 -160001.00019231001.000
2004 LAD 65116642.9686110001.00014190001.000
2005 64843001.0003063030.95543713021.000
2007 PHI 37352011.000230001.00058109721.983
2008 28150001.0003173221.974881437011.000
2009 331001.0001223020.9201463271044.988
2010 -21440001.000135249842.985
2011 WSH -19551011.0001342871083.974
2012 -1114010.933761524011.000
2013 --126235721.992
2014 --139247851.981
2015 76104320.982-1490001.000
2016 131197511.995-240001.000
2017 5192110.989-1624030.889
MLB 4596512184.988134298382.97410201921662816.986
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 54(2002年)
  • 13(2003年)
  • 28(2004年 - 2005年、2007年 - 2017年)

脚注

  1. ナショナルズのワースが右肩手術へ日刊スポーツ 2015年1月9日掲載
  2. Rapp, Timothy. Jayson Werth Reveals Foot Fracture Injury, Bone Bruise, Return Remains Unclear”. Bleacher Report. 2019年12月9日閲覧。
  3. Key free agents for all 30 MLB teams MLB.com (英語) (2017年11月5日) 2017年12月27日閲覧
  4. Greg Johns (2018年3月27日). Mariners sign Werth to Minor League deal (英語). MLB.com. 2018年5月21日閲覧。
  5. MLB公式プロフィール参照。2018年5月20日閲覧。
  6. Deesha Thosar (2018年6月27日). Werth announces retirement after 15-year career (英語). MLB.com. 2018年6月28日閲覧。
  7. Werth to be added to Nats Ring of Honor”. WTOP. 2018年7月13日閲覧。

関連項目

外部リンク

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