ジェイムズ・アブドナー

エリス・ジェイムズ・アブドナー(英語: Ellis James Abdnor, 1923年2月13日 - 2012年5月16日)は、アメリカ合衆国政治家。所属政党は共和党。ファーストネームはエリスであるが、ミドルネームのジェイムズで知られている[1]連邦上院議員を1期、連邦下院議員を4期務め、サウスダコタ州上院議員に就任した1957年から30年以上にわたって政界に身を置いた。

ジェイムズ・アブドナー
Ellis Abdnor
生年月日 (1923-02-13) 1923年2月13日
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州ライマン郡ケネベック
没年月日 2012年5月16日(2012-05-16)(89歳)
死没地 サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州ミネハハ郡スーフォールズ
出身校 ネブラスカ大学リンカーン校BA
所属政党 共和党
配偶者 独身

アメリカ合衆国の旗 第15代 中小企業庁長官
在任期間 1987年3月12日 - 1989年4月18日
大統領 ロナルド・レーガン
ジョージ・ブッシュ

選挙区 サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州第3部
当選回数 1回
在任期間 1981年1月3日 - 1987年1月3日

選挙区 サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州第2選挙区
当選回数 4回
在任期間 1973年1月3日 - 1981年1月3日

在任期間 1969年1月7日 - 1971年1月5日
知事 フランク・ファラー

サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州上院議員
在任期間 1957年 - 1969年

アラブ系アメリカ人レバノン系アメリカ人として、ジェイムズ・アブレズクに次いで2例目の連邦上院議員であった[2]。保守派上院議員としてロナルド・レーガン大統領の政策を支持し、上院議員落選後はレーガンによって第15代中小企業庁長官に任命された。

経歴・人物

アブドナーは1923年2月13日サウスダコタ州ケネベックで、サミュエル・J・アブドナーとメアリー(旧姓ウェビー)の息子として生まれた。父はレバノンからの移民であり、ジェイムズはレバノン系2世にあたる[2][1]

第二次世界大戦中はアメリカ陸軍で従軍し、1945年ネブラスカ大学リンカーン校を卒業し、経営学の学位号を取得した[1]。地元の高校の教員として働いた後、サウスダコタ州議会の事務員を務め、1957年から12年間にわたってサウスダコタ州上院議員として活躍した[2]。1969年からはフランク・ファラー知事の元で第30代副知事を務めていた[2]

1970年に下院議員選挙に出馬するも落選した。翌1972年選挙で当選を果たし、以後4期にわたって下院議員を務めた。その後、1980年の上院議員選挙では、4期目を目指していた民主党現職のジョージ・マクガヴァンと議席を争った。マクガヴァンは1972年の大統領選挙で民主党候補になるなど知名度も高く、下馬評ではアブドナーの不利が予想されていたが、全米保守政治活動委員会によるネガティブ・キャンペーン大統領選挙で共和党のロナルド・レーガンが勝利したことが追い風になって、6割近い票を獲得して当選を果たした[1][2]。上院議員としての任期中、アブドナーは歳出委員会に所属し、環境・公共事業小委員会を含む3つの小委員会の議長を務めた[2]。1986年には、予備選でビル・ジャンクロー知事を破ったものの、レーガン政権がサウスダコタ州で十分な農業政策を展開できなかったことから支持を失い、民主党のトム・ダシュル下院議員に敗れた[1]。その後、1987年から1989年まで中小企業庁長官を務め、2004年選挙でジョン・スーンの選挙運動アドバイザーとして活躍した[2]

アブドナーは2010年にアルツハイマー病と診断され、2012年5月16日に89歳で亡くなった[3]

評価

保守主義者

平等権修正条項や中絶権に反対し、B-1爆撃機やMXミサイルシステム、石油価格の規制緩和などに賛成していた[1]。上院議員時代、農村電化や水資源開発、減税と強力な国防など、保守的なレーガン流の政策を支持していた。そのため、レーガン大統領は、1986年選挙でアブドナーへの支持を表明している[1]

財政政策

財政保守主義者であり、1984年4月2日にはグラム・ラッドマン・ホリングス均衡予算法の前身である赤字削減法(S.2516)を提出している。

農家

アブドナーはしばしば「私は一人の農夫だ(I’m a farmer)」や「トラクターを降りてワシントンに行った(=農家から政治家になった)」と述べ、自らが農家の出身であることを強調した[1][2]。実際、1940年代の前半には、4,000エーカーの農場を所有して農業経営を行なっており[2]、州上院議員時代もオーバーオールを普段着にしていたという[4]

演説

吃音気味であり、演説者としての評価は極めて低かった[1][4]。体格はよかったが、落ち着きがなく、話し下手な人物だと表現されていたが、選挙中のテレビCMではジーンズを履いて働く農家を表現するなど、木訥で真面目というプラスなイメージとして利用している面もあった[1]

関係の深い人物

関連項目

参考文献

  1. McFadden, Robert (2012年5月16日). “James Abdnor, Former South Dakota Senator, Dies at 89”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2012/05/17/us/james-abdnor-former-south-dakota-senator-dies-at-89.html
  2. Schudel, Matt (2012年5月16日). “James Abdnor, GOP congressman and senator from South Dakota, dies at 89” (英語). Washington Post. ISSN 0190-8286. https://www.washingtonpost.com/politics/congress/james-abdnor-gop-congressman-and-senator-from-south-dakota-dies-at-89/2012/05/16/gIQAWMmoUU_story.html 2021年5月21日閲覧。
  3. Abdnor remembered at funeral as 'the real deal' (英語). Deseret News (2012年5月19日). 2021年5月21日閲覧。
  4. Jim Abdnor, former congressman and senator, dies at 89 (英語). The Mitchell Republic. 2021年5月21日閲覧。
  5. McCutcheon, Michael; Barone, Chuck (2013). 2014 Almanac of American Politics. The University of Chicago Press

外部リンク

公職
先代
レム・アバーペック
サウスダコタ州の旗 サウスダコタ州副知事
1969年1月7日 - 1971年1月5日
次代
ウィリアム・ドハティ
先代
チャールズ・ヘザーリー
アメリカ合衆国の旗 中小企業庁長官
1987年3月12日 - 1989年4月18日
次代
スーザン・エンジェライター
アメリカ合衆国上院
先代
ジョージ・マクガヴァン
アメリカ合衆国の旗 サウスダコタ州選出上院議員(第3部)
第13代: 1981年1月3日 - 1987年1月3日
同職:ラリー・プレスラー
次代
トム・ダシュル
アメリカ合衆国下院
先代
ジェームズ・アブレズク
アメリカ合衆国の旗 サウスダコタ州第2選挙区
選出議員

第7代: 1973年1月3日 - 1981年1月3日
次代
クリント・ロバーツ
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