ジャガー・R3
ジャガー・R3 (Jaguar R3) は、ジャガー・レーシングが2002年のF1世界選手権参戦用に開発し投入したフォーミュラ1カー。スティーブ・ニコルズ(テクニカルディレクター)、ジョン・ラッセル(チーフデザイナー)らが設計した。
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| カテゴリー | F1 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コンストラクター | ジャガー | ||||||||
| デザイナー |
スティーブ・ニコルズ (Technical Director) ジョン・ラッセル (Chief Designer) マーク・ハンフォード (Head of Aerodynamics) | ||||||||
| 先代 | ジャガー・R2 | ||||||||
| 後継 | ジャガー・R4 | ||||||||
| 主要諸元 | |||||||||
| シャシー | カーボンファイバー モノコック | ||||||||
| エンジン | コスワース CR4 2,998 cc (182.9 cu in) 72度, V10 NA | ||||||||
| トランスミッション | ジャガー製 7速 縦置き セミAT シーケンシャル | ||||||||
| 燃料 | カストロール | ||||||||
| タイヤ | ミシュラン | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム | ジャガー・レーシング | ||||||||
| ドライバー |
16. 17. | ||||||||
| 出走時期 | 2002年 | ||||||||
| コンストラクターズタイトル | 0 | ||||||||
| ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||
| 初戦 | 2002年オーストラリアグランプリ | ||||||||
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概要

ドニントン・グランプリ・コレクション所蔵のR3
R3は2002年1月4日にシェイクダウンされた。2001年末には当時のジャガー・レーシングの最高責任者ニキ・ラウダが直々にテスト走行をして期待されていたものの、前作のR2にも劣るパッケージとも言える失敗作であった。プレシーズンテストの不調により、開幕1ヶ月前にはテクニカルディレクターのスティーブ・ニコルズが辞任した。
根本的問題はマシンの剛性不足であり、走行中にダウンフォースが変化するという、致命的な欠陥がシェイクダウン時で判明した。チームはその数値計算、特に風洞関係の数値に多くの誤りがあったことを認めた。初戦のオーストラリアGPではアーバインが4位に入賞したものの、信頼性に欠けたマシンは馬力も不足し、チームはランキングを滑り落ちていった。
しかしながら、マルコム・オーストラー(元B・A・R)、ベン・アガザンジェロウ(元ルノー)ら他チームから招聘したエンジニアによってデビッド・ピッチフォースが総覧する改良プロジェクトが続けられ、イギリスGPより新エアロパッケージのR3Bを投入。イタリアGPではエディ・アーバインが3位入賞し、表彰台を得ることができた。
チームは8ポイントを挙げ、コンストラクターズランキングは7位でシーズンを終えた。
スペック
F1における全成績
(key) (太字はポールポジション)
| 年 | チーム | エンジン | タイヤ | ドライバー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | ポイント | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002年 | ジャガー | コスワース V10 | M | AUS |
MAL |
BRA |
SMR |
ESP |
AUT |
MON |
CAN |
EUR |
GBR |
FRA |
GER |
HUN |
BEL |
ITA |
USA |
JPN |
8 | 7位 | |
| エディ・アーバイン | 4 | Ret | 7 | Ret | Ret | Ret | 9 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | 6 | 3 | 10 | 9 | ||||||
| ペドロ・デ・ラ・ロサ | 8 | 10 | 8 | Ret | Ret | Ret | 10 | Ret | 11 | 11 | 9 | Ret | 13 | Ret | Ret | Ret | Ret |
- ドライバーズランキング
- エディ・アーバイン 9位
- ペドロ・デ・ラ・ロサ 21位
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