スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ

スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ(Sveti Andraž v Slovenskih goricah, ドイツ語:Sankt Andrä in Windisch-Büheln)は、スロベニアの市である。スロベニア丘陵の中央部に位置する[1]。伝統的な地方区分におけるシュタイエルスカ地方にある基礎自治体であり、スロベニアの統計上の地方区画ではドラヴァ地方に含まれている[2]。市庁はVitomarciの集落に置かれており[3]、この地名の由来としてvoditeljemに率いられたスラブ人の一団がこの地に定住したことからVitomarciと名付けられたという伝承が伝わっている[4]。

スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市
市章
Umestitev občine Sveti Andraž v Slovenskih goricah v Sloveniji
面積: 17,6km²
市長: Darja Vudler
人口
 - 男性
 - 女性
1.209人
600人
609人
平均年齢: 38,65歳
住宅区域:
 - 世帯数:
 - 家族数:
28,50m²/人
326
310
労働者:
 - 失業者:
575人
135人
平均月収 (2003年8月):
 - 総計:
 - 正味:
 
259.882SIT
162.338SIT
大学生徒数: 27人
スロベニア共和国統計局、2002年度の国勢調査より(*印の項目を除く)

元はプトゥイ市に属していたが、1995年に市の再編によってプトゥイ市から分割されたデストルニク・トルノフスカ・ヴァス市に属することとなり、更に1998年にデストルニク・トルノフスカ・ヴァス市がデストルニク市、トルノフスカ・ヴァス市およびスヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市の3市に分割されて独立した市となった[4]。

市名の「スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ」の意味は「スロベニア丘陵の聖アンデレ」である。この地域はプトゥイの聖ペトロ教区に含まれており1513年にこの地域に初めて建てられた教区教会も聖ペトロ教会であったが、1756年に市民の要望により聖アンデレに捧げられた教区教会が独立して設立され、1757年に当時のオーストリア大公であったマリア・テレジアから新たな教区の設立が承認された[4]。市章は聖アンデレ十字を表す二本の道の交点に建つ白い教会と金のブドウの蔓と房が描かれた盾形紋章である[5]。

集落

スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフは以下の7つの集落からなっている[1]。

出典

  1. “PREDSTAVITEV”. スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市. 2024年2月15日閲覧。
  2. “Občina Sveti Andraž v Slovenskih goricah”. Kam na izlet - vaš vodnik po Sloveniji (2006年10月23日). 2024年2月15日閲覧。
  3. “PREDSTAVITEV”. スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市. 2024年2月15日閲覧。
  4. “ZGODOVINA”. スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市. 2024年2月15日閲覧。
  5. “SIMBOLI OBČINE”. スヴェティ・アンドラジュ・フ・スロヴェンスキフ・ゴリツァフ市. 2024年2月15日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.