セバスチャン・ローブ

セバスチャン・ローブ[1](Sébastien Loeb, 1974年2月26日 - )は、フランスバ=ラン県アグノー出身のラリー、レーシングドライバー。2004年 - 2012年の世界ラリー選手権(WRC)チャンピオン。2021年エクストリームE初代同一ポイント副チャンピオン。2022年のエクストリームEチャンピオン。

セバスチャン・ローブ
2014 WTCC鈴鹿
2014 WTCC鈴鹿
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1974-02-26) 1974年2月26日(50歳)
出身地 フランス バ=ラン県 アグノー
WRCでの経歴
活動時期 1999年 - 2013年、2015年、2018年 -
コ・ドライバー モナコの旗 ダニエル・エレナ
フランスの旗 イザベラ・ガルミッシュ
所属チーム シトロエン、ヒュンダイ、Mスポーツ(フォード)
出走回数 181
チャンピオン回数 9(2004年 - 2012年)
優勝回数 80
表彰台回数 120
ステージ勝利数 931
通算獲得ポイント 1753
初戦 1999 ラリー・カタルーニャ
初勝利 2002 ラリー・ドイチュラント
最終勝利 2022 ラリー・モンテカルロ
最終戦

2022 アクロポリス・ラリーギリシャ

基本情報
世界ツーリングカー選手権での経歴
活動時期 2014–2015
過去所属 シトロエン・トタル WTCC
出走回数 47
優勝回数 6
シリーズ最高順位 1位 (2014,2015)
基本情報
世界ラリークロス選手権での経歴
活動時期 2016–2018
所属 チーム・プジョーハンセン
車番 9
出走回数 36
優勝回数 2
基本情報
世界ラリーレイド選手権での経歴
活動時期 2022–
所属 バーレーン・レイド・エクストリーム
車番 9
出走回数 4
優勝回数 1
ル・マン24時間での経歴
年2005-06
チームペスカロロ・スポール
最高位2位 (2006)
クラス優勝0回

人物

シトロエンのエースドライバーとして長らく活躍し、WRCでは前人未到の9連覇・通算80勝(勝率44%)という金字塔を打ち建てた。2006年のWRCでは、残り4戦時点で腕の骨折により負傷欠場したが、それまでに築いたポイントのアドバンテージにより、タイトルを防衛したという一幕もあった。勝率は最も高かった年で2008年の73%(15戦中11勝)。一線を退いてからも定期的にスポット参戦しており、2022年のラリー・モンテカルロでは勝利を記録。最年長優勝記録を47歳331日に更新した。

オールラウンドレーサーとしての顔も持ち合わせており、ツーリングカーレース、GTレース、耐久レース、ラリークロス、アンドロス・トロフィー、アンドロス・eトロフィー、ラリーレイド、エクストリームEなどの様々なカテゴリーにも参戦し、他を全く寄せ付けない対応力から『史上最高のドライバー』と呼ばれる。WRCの他に世界ツーリングカー選手権(WTCC)、世界ラリークロス選手権(World RX)、世界ラリーレイド選手権(W2RC)でも優勝を果たした経験を持ち、国際自動車連盟(FIA)管轄の世界選手権4カテゴリーで勝利記録を持つ唯一のドライバーでもある。また、2021年のエクストリームEのシリーズ2位(獲得ポイントはトップタイ)、2022年のエクストリームEのチャンピオンでもある。

フォーミュラカーにおいてもF1及びF2でテストドライブ経験もあり、F1のテストでは他の若手フォーミュラドライバーと変わらない走りを見せた(18人中8番手タイム)。2009年にはレッドブル・レーシングのジュニアチームであるスクーデリア・トロ・ロッソから、アブダビGPでのデビューの可能性が噂されたが、FIAが「サーキットレースでの経験が少ない」という理由をもとにスーパーライセンスを発給しなかったこともあり、実戦デビューは実現していない。

来歴

WRCの絶対王者

父が体操のチャンピオンだったこともあり、3歳から体操選手を目指していたという異色の経歴の持ち主である。アルザス地方では4度の総合優勝、国内選手権でも5位になったこともあるが、年齢的にピークとなる時期がオリンピックと合わないので体操競技を断念したと後に語っている。今でもラリーでチャンピオンを決めた時など節目節目でバック宙パフォーマンスをみせる。

高校を卒業後に配電工として働き始めると、ルノー・5ターボに給料の全てを突っ込み、走り屋のような生活をしていた。そして才能を試すべく1995年からフランスのASN(英: Authority Sport Nationale)であるフランス・モータースポーツ連盟(日本のASNは日本自動車連盟)が主催するラリードライバー育成プログラムの選考会である「ラリー・ジューヌ」へと参加[2]。ベストタイムを叩き出すも、なぜか選出してもらうことができなかった[3]。

そんなローブが地元のアンビジョン・スポーツオートの目に留まり、1997年に地域ラリーの1,300ccと1,600ccクラスでプジョーをドライブし優秀な成績を収めた。ダニエル・エレナともこの頃に知り合っている。1998年からサクソトロフィーに参加して、1999年にはタイトルを獲得。シトロエン・スポールのギ・フレクランに見出され、2001年にはWRC併催イベントであるスーパー1600カップ(後のジュニア世界ラリー選手権)で5勝してこれを制覇する一方、シトロエン・クサラWRCでスポット参戦したWRCサンレモでは,トップのジル・パニッツィから11.4秒差の2位を獲得した。

2002年フィンランドでのテスト

2002年にはクサラWRCを駆って9戦に参戦。開幕戦のモンテカルロでいきなりトップフィニッシュをするが、チームがタイヤ交換禁止のサービスでタイヤを交換したことが発覚。ペナルティを受け2位となり、初優勝は幻となる。それでも、同年のラリー・ドイツでWRC初優勝を飾る。

2003年には、開幕戦モンテカルロで前年の雪辱を果たす優勝を上げ、一躍タイトル争いに加わり、シーズン3勝を上げる。しかし第13戦カタルーニャでは終盤まで首位を守りながら,タイヤ選択のミスで最終ステージに31秒差を逆転され2位に終わる。最終戦ラリーGBではマニファクチャラーズタイトルを優先するチーム事情から限界まで攻められず、ペター・ソルベルグに逆転を許し、1ポイント差でドライバーズチャンピオンを逃した。

2004年にはディディエ・オリオールが持つシーズン最多勝記録タイとなる6勝を上げる一方、安定した走りで着実にポイントを獲得し、ソルベルグ以下を大きく引き離し、自身初となるドライバーズチャンピオンを獲得した。フランス人のWRCチャンピオンはオリオール以来2人目。

黄金時代を築いたクサラWRC'05(ラリージャパン2006)

2005年は、当シーズン限りでWRCからの一時撤退が明らかにされていたチーム事情からマシン開発の停滞や戦闘力低下が懸念されたものの、シーズンが開幕すると,リピートステージでの走行に重点を置いて開発されたミシュランの新型グラベルタイヤが威力を発揮し、得意のターマックだけでなくグラベルでも他チーム/ドライバーを圧倒。新記録となる6連勝を含め、シーズン最多勝記録を塗り替える10勝を上げ、2年連続のドライバーズチャンピオンに輝いた。地元フランスで行われた第14戦ツール・ド・コルスではWRC史上初めて全てのスペシャル・ステージ(SS)でトップタイムをマークする「完全優勝」を果たした。

2006年は、シトロエンがワークス活動を休止したが、プライベーターのクロノスチームから引続きクサラで参戦。苦戦を予想されたが、第9戦ドイツでは史上初の同一イベント5連勝を達成し、第11戦日本においてカルロス・サインツの持つ通算勝利記録26を更新する27勝目を達成した。第12戦キプロスで勝利しチャンピオンに王手をかけた2日後、マウンテンバイクを乗車中に転倒し右上腕を骨折。残り4戦の出場を断念し、タイトル防衛が危ぶまれた。しかし、第14戦オーストラリアにおいて、ドライバーズランキング2位のマーカス・グロンホルムが5位に終わったことで2006年シーズンのドライバーズチャンピオンが決定した。この時、ローブは自宅からインターネット中継で「不思議な気分だ」と語った。この年は、エントリーしたレースの全てでポディウムに立った。

2007年は、シトロエンワークスが新型マシンシトロエン・C4 WRCで復帰。第11戦ニュージーランドでは、グロンホルムと最終ステージのスーパーSSまで決着がもつれ込み、0.3秒差で優勝を逃した。グロンホルムの日本・アイルランドでの2戦連続リタイアもあり、最終戦ラリーGBでトミ・マキネン以来史上二人目となる4年連続チャンピオンを獲得した。

2008年ラリージャパン - 札幌ドームでのスーパースペシャルステージ

2008年は、フォードのミッコ・ヒルボネンと激しいチャンピオン争いを繰り広げたが、全15戦中11勝を記録し、自身の持っていたシーズン最多勝記録を更新。第14戦日本で史上初の5年連続チャンピオンを獲得した。

2009年も、フォードのヒルボネンとのチャンピオン争いは大接戦となった。1ポイントのリードを許して迎えた最終戦ラリーGB、ローブが優勝して逆に1ポイント差をつけて6年連続チャンピオンを獲得した。

2010年は、次世代の若手選手の挑戦を受けたが、フォードのヤリ=マティ・ラトバラとシーズン後半のグラベルでチームメイトとなったセバスチャン・オジェを引き離し、地元アルザス地方での初開催となった第11戦フランスで7年連続チャンピオンを達成した。なおこの年はWRC史上「最も圧倒的なシーズン(理論上獲得可能なポイント総数に対する、王者が実際に獲得したポイント数の割合が84.92%で歴代1位)」となり、2022年現在も更新されていない[4]。

2011年は、新WRカー規定で開発されたシトロエン・DS3 WRCで参戦。この年はフォードのヒルボネンとチームメイトとなったオジェの急成長により、タイトル争いはさらに接戦となった。アクロポリスではチームオーダーを巡る一件によってオジェとの関係が悪化したが、ローブはシトロエン上層部と2年の契約延長を結び、オジェはフォルクスワーゲンへと移籍したため、チームの絶対的No.1に返り咲いた。シーズン後半はヒルボネンに8ポイント差まで迫られたが、最終戦ラリーGBでヒルボネンが先にリタイアしたため、8年連続のドライバーズチャンピオンが決定した。

2012 ラリー・ドイチュラントで優勝したローブ/エレナ組

2012年は、オジェに代わって加入したヒルボネンのサポートを受けた。9月27日、パリモーターショーで行われた記者会見の席上で、2013年は引き続きシトロエンチームには留まるものの、モンテカルロなど一部のイベントのみに出場する方針が発表され、事実上WRCの一線から退くことが明らかになった[5]。第11戦フランスにて9年連続の、自身最後となるドライバーズチャンピオンを獲得した[6]。

2013年は開幕戦モンテカルロ、第2戦スウェーデン、第5戦アルゼンチン、第11戦フランスのみ出場。フォルクスワーゲンのエースとなったオジェと最後の「セバスチャン対決」を演じ、モンテカルロとアルゼンチンで優勝して、通算勝利回数が78勝に達した。WRC引退の場として選んだ地元フランスでは、最終日に横転事故を起こしてリタイア。出生地アグノーでのステージを迎える前の幕切れとなったが、ラリー終了後には偉大な英雄を讃えるセレモニーが行なわれた[7]。

WTCC転向後の2015年、モンテカルロにシトロエンからスポット参戦し、2年ぶりのWRC復帰を果たす。序盤からトップをキープするが、DAY2 SS8にて左リアをヒットし破損。[8] SSは完走するも、規定時間内にサービスへ戻ることが出来なかった為、DAYリタイアとなり順位を落とし、ラリー2規定にてDAY3に復帰し最終的に8位でフィニッシュした[9]。

2017年はシトロエン・C3 WRCのプライベートテストに参加し、2018年はシトロエンからWRC3戦にスポット参戦することが決定した[10]。3年ぶりのWRC出場となったメキシコではパンクで後退するまで一時総合首位を走行。3戦目のスペインでは最終日にタイヤ選択が的中してトップに浮上し、2013年のアルゼンチン以来5年半ぶりとなるWRC通算79勝目を記録した[11]。

2019年もスポット参戦が囁かれたが、2018年シーズン終了後にメインスポンサーのアブダビがスポンサーを降りたため、一転シトロエンからの参戦が困難になった。また同年主戦場であったラリーレイドやラリークロスからもプジョーが撤退したことにより、PSAでの居場所は事実上無くなった。2018年12月に韓国のヒュンダイとのパートタイム参戦契約を結び、17年間に渡るPSAとの蜜月の日々に別れを告げた。

この年はシトロエン時代のチームメイトダニ・ソルドとシートを共有し6戦に参戦。固定ナンバー導入で「19」を選択した。第6戦チリではオジェと激しい2位争いを繰り広げたが、僅差で敗れ3位となった。第13戦スペインは初日首位に立ったが、その後はペースが上がらず4位に終わった。

2020年も引き続きヒュンダイから6戦に参戦。前年の固定ナンバーは「19」だったが、この年から自身のチャンピオン獲得数である「9」に変更した。第5戦トルコでは表彰台に上った。そして、エクストリームEに参戦するためにチームを離れることになった[12]。

2022年はMスポーツからフォード・プーマ ラリー1でスポット参戦。コドライバーは長年の友人で普段は数学教師の女性であるイザベラ・ガルミッシュへと交代。固定ナンバーは再び「9」から「19」に変更した。同じくスポット参戦に切り替えたばかりのオジェと開幕戦モンテカルロでデッドヒートを繰り広げた末、初めて組んだコドライバーとのデビュー戦で47歳で通算80勝目、モンテカルロは8勝目という金字塔を打ち立てて、普段ラリーに興味のないレースファンたちの耳目をも集めた。さらに驚くべきことに、この時のローブは前週にダカール・ラリーを終えて2位表彰台を獲得したばかりで、累計19日間、39時間のタイムアタックの末の殊勲であった[13]また自身初のシトロエン以外のマニュファクチャラーでの勝利となった。その後もWRCにスポット参戦するが、サファリ以外はすべてで首位走行中、冷却系や電気系統のトラブルに悩まされリタイアしている。

2023年はヨーロッパ・ラリー選手権(ERC)への復帰を目指すアゾレス・ラリーの主催者が資金負担の上、ゲストとしてローブを招致。ローブはぶつけ本番でシュコダ・ファビアRS Rally2をドライブし、半分のSSでトップタイムを獲得し、優勝した[14]。

フランスラリー選手権のラリーシャルルマーニュに26年ぶりにフォルクスワーゲンポロGTIラリー2で出走。総合優勝を果たした。

WTCC、World RX

2014年 WTCC鈴鹿
2016年 World RXラトビア

2014年、ローブは世界ツーリングカー選手権 (WTCC) に転向し、シトロエンワークスチームのC-エリゼWTCCに乗る。シトロエンはWTCC初参戦ながらシリーズを完全支配し、ローブは開幕戦モロッコのレース2で初優勝を飾る。最終的にチームメイトのイヴァン・ミュラーとホセ・マリア・ロペスに次ぐランキング3位で初年度を終えた。

2015年も同じ体制でWTCCに参戦。年間勝利数を前年の2勝から4勝に増やすが、ロペス、ミュラーに次ぐランキング3位は変わらず。2016年からダカールラリーへ挑戦するため、15年間栄光を共にしてきたシトロエンとの関係を終え、同じPSAグループに属するプジョー・スポールよりダカールラリーに参戦することを決めた[15]。

2016年はレギュラーシリーズとして世界ラリークロス選手権 (World RX) に参戦。プジョーが支援するハンセン・モータースポーツ (Hansen Motorsport) に所属し、プジョー・208 WRXをドライブ。WRC時代の好敵手ペター・ソルベルグ(2014・2015年World RX王者)と再び同じ場所で戦うことになる。第10戦ラトビアで初優勝し、フルウェットの路面でラリー経験が役立ったと語った[16]。この年の年間ランキングは5位。

2017年以降も継続参戦したがフォルクスワーゲンとヨハン・クリストファーソンが猛威を振るったため、2018年に1勝をもぎ取るのが限界であった(最高ランキング4位)。2018年を持ってプジョーは撤退したため、ローブのラリークロスのキャリアも一旦の幕が引かれた。World RXでは現在までで2勝と少ないが、表彰台に上る確率は5割を超える。

2023年4月17日 スペシャル・ワン・レーシングから5年ぶりにWorld RXにフル参戦することが発表された。使用マシンはランチア・デルタEVO e-RX。彼自身もこのデルタがWRCで活躍してた頃に育っていたということもあり、憧れのマシンだったことが語られた。

彼にとって電動RX初となった開幕戦ポルトガルで、早速『史上最高のドライバー』と呼ばれる理由の一つである対応力を見せつけ、いきなりヒート2のレース1で勝利をもぎ取った。しかし、まだ未完成のマシン(マシン自体のデビューは昨シーズンの最終戦で、しかも1台だけであったので他チームより情報が圧倒的少ない)だったこともあり、決勝のグリッドの枠は最後の一枠をとるのが精いっぱいだった。決勝レースでは、一時期4位まで順位を上げるものの最終的にはパンクのせいで最下位まで落ちてしまった。

ラリーレイド

2015年末、ダカールのレジェンドたちと(左:ローブ/中:ナッサー・アル=アティヤ/右:ステファン・ペテランセル

2016年からダカール・ラリーにも挑戦。シトロエンと同一グループのプジョーより、2008 DKR Maxiをドライブする[17]。ナビゲーターはWRC時代のダニエル・エレナとのコンビを再結成した。4つのステージを制すなど総合首位を争うが、転倒の影響などがあり総合9位で完走した。

2017年はマシンがプジョー・3008 DKR Maxiにモデルチェンジ。チームメイトの「ミスター・ダカール」ことステファン・ペテランセルと激しい優勝争いを展開したが、終盤のパンクなどで惜しくも5分遅れの2位となる[18]。

スタックしたローブのマシン

2018年も同じ体制でダカールに継続参戦。4日目はトップタイムであったが、5日目砂丘で他車を避けた際深みに転げ落ち、エレナが尾骨を骨折。リタイアを余儀なくされた[19]。

2019年はプジョーのワークスが撤退するが、グループPSAと関わりが深く、ローブ自身もWRCデビュー前の育成時代から関わっていたプライベーターのPHスポールから3008 DKRで参戦。4度のステージ優勝を記録し、総合3位でフィニッシュした。

2020年は欠場し、2021年はバーレーン・レイド・エクストリーム(BRX)より、プロドライブ・ハンターを駆りダカールへ復帰。しかしリタイアに終わる。この大会直後、プロドライブの意向によりダニエル・エレナとのコンビを解消させられてしまった。

2022年は世界ラリーレイド選手権(W2RC)が発足した年であり、ローブは前年同様の体制の上この選手権にフル参戦となる。エレナに代わるナビゲーターは経験豊富なベルギー人のファビアン・ルルカンが就き、マシンはハンターT1+となった。新コンビのデビュー戦であり開幕戦のダカールではアウディ・MINI勢が脱落する中、プロドライブに初のステージウィンをもたらしながらTOYOTA GAZOO Racingのナッサー・アル=アティヤにただ一人肉迫し、通算2度目となる総合2位でフィニッシュした。第4戦のラリーモロッコでは、初日は2度のパンクに見舞われながらも2日目ではその遅れを挽回。総合首位となっていた。しかし、その2日後の4日目は204キロ地点で機械のトラブルが発生、修復できずデイリタイアに。最終日の7日目、モロッコで2回目のステージウィン。ポイントロスを最小限に食い止めた。最終戦アンダルシアラリーではようやく運に恵まれ、3日目ステージはキャンセルとなったものの、初日から首位を守り抜き総合優勝を果たした。このイベントは彼にとってW2RC及びラリーレイドイベントでの初勝利となった。しかし年間ランキングでは運を味方につけたアル=アティヤに惜しくも敗れ、年間ランキング2位で終えた。

2023年ダカールは前半にトラブルやパンクが相次ぎ早々に優勝争いから姿を消したが、休息日以降のステージは最終日以外全て勝利してアリ・バタネンの所持していた四輪部門のステージ連勝記録5を6に塗り替える活躍を見せ、総合2位まで挽回してフィニッシュした。合計7度のステージ優勝したことにより、W2RCのランキングでは首位に立った。

同年ソノラ・ラリーで骨折後にプロドライブ離脱の噂もあったが、2025年からプロドライブが運営するルノー傘下のダチアのワークスチームでドライブすることが2023年7月に発表された。これにより残留が確定するとともに、フランスメーカーと再び関わりを持つこととなった。

2024年W2RCのエントリーはせずダカールラリーに出走。なかなか運に恵まれず、今大会最初のステージベストが4日目と出遅れてしまう。全体的に浮き沈みも激しく、最終的には48時間ステージを含めた5度もステージベスト(優勝したカルロス・サインツは1度もベストを出せてなく、2位のメビウスもベストは1度のみ)を取りながらも総合3位に甘んじてしまい今年も念願のダカール制覇に届かなかった(3年連続ポディウム)。

その他の活動

プジョー・208T16パイクスピーク
2012年ポー・グランプリでポルシェ・997 GT3をドライブ

ローブはWRC王者時代より、スケジュールが重ならない範囲で他のカテゴリのレースに出場していた。プジョー・シトロエングループ (PSA) のモータースポーツの顔として活躍する一方、ル・マン参戦、F1テスト走行、プライベートチーム(次項)設立など個人としてもレースに情熱を注ぐ姿勢がうかがえる。

2003年
各カテゴリの一流ドライバーが対戦するレース・オブ・チャンピオンズ (RoC) で優勝。
2005年
世界三大レースのひとつであるル・マン24時間レースにペスカローロ・スポーツチームから参戦。結果はリタイアしたものの、深夜の走行ではトップクラスと遜色ない走りを見せた。
RoCで2勝目。
2006年
ペスカローロから2年連続でル・マンに参戦し、総合2位で表彰台に上った。
2007年
ポール・リカール・サーキットにてF1マシンのルノー・R26をテストした。プジョー・シトロエングループとルノーはライバルメーカー同士だが、共通するスポンサーであるトタルの協力で実現した[20]。
2008年RoCにてKTM・クロスボウをドライブ
2008年
シトロエンのスポンサーであるレッドブルの計らいで、F1のレッドブル・RB4をドライブ。バルセロナ合同テストで8番手のタイムを記録した[21]。
RoCで3勝目。
2009年RoCにてフォード・フォーカス RS WRCをドライブ
2009年
F1最終戦アブダビGPにトロ・ロッソ(レッドブル・レーシングの兄弟チーム)からエントリーする予定だったが、スーパーライセンスが取得できず実現しなかった[22]。また、2010年からF1参戦を予定していたUS F1と接触したことが報じられた[23]。
2012年
ロサンゼルスで行なわれたエックスゲームズのラリークロス競技に出場し、圧勝して金メダルを獲得した[21]。
2013年
FIA GT選手権にて、ローブのマクラーレン・MP4-12C GT3
パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムのアンリミテッドクラス(改造無制限)に初挑戦し、875馬力で875kgのプジョー・208T16パイクスピークを駆り、従来のコースレコードを1分半縮めるタイムで総合優勝した[24]。
ヨーロッパ・ラリークロス選手権のフランスラウンドにスポット参戦し9位。
FIA GTシリーズ第5戦の決勝レースで優勝。予選レースでは年間3勝だった。
2015年ミトジェット・スーパーツーリズム車両とローブ
2018年

「セバスチャン・ローブ VS La fibre de SFR」と題してシトロエン・DS3 WRC 2015でジムカーナを行い、動画配信サイトで公開された。ここでは彼の相変わらず自分の手足のような素晴らしいマシンコントロールを見ることができる。 

2021年

新生カテゴリエクストリームEに、7度のF1王者であるルイス・ハミルトンのチーム「X44」から参戦した。チームメイトは三菱・エクリプスクロスでのダカール参戦経験を持つクリスティーナ・グティエレス。初年度の5戦全てで予選を制覇したが、不運にも優勝が最終戦の一度のみであったため、1位と同点ながらランキング2位と甘んじている[25]。9月に行われたラリー・モンブランヌではエレナとともにプジョー・306 Maxiを駆り、最終ステージまで総合3位を走行した(最終ステージでメカニカルトラブルが発生し、総合6位でフィニッシュ)[26]。

2022年

レース・オブ・チャンピオンズ(RoC)8度目の参戦。史上初となる雪と氷に包まれたRoC(スウェーデン)となったが、ファイナルで元F1王者セバスチャン・ベッテルとのセバスチャン対決を制し、チャンピオンオブチャンピオン獲得数を歴代一位タイ(もう一人はディディエ・オリオール)の4度に伸ばした。またファイナル進出回数も自身の持つ最多記録を8回へ更新した。ドイツツーリングカー選手権(DTM)でも開幕戦ポルトガルに、アルファタウリ・AFコルセから出走している。彼にとっては10年ぶりとなるGT3の公式イベントだったが、他のサーキット専門のレーシングドライバーと遜色ない走りをみせた。今シーズンのエクストリームEでも運がなく第4戦のチリでようやく優勝を掴み取った(マックスポイント)。タイトル争いはポイントリーダーのロズベルグXレーシング(RXR)に対し、最終戦ウルグアイで17ポイント差で追う厳しい展開となった。更にQ1でパートナーのグティエレスが横転しながら宙を舞う大クラッシュ。Q1はリタイアに追い込まれる。しかしRXRはQ1でナッサー・アル=アティヤにオーバーテイクされる際、接触されてしまい同じくリタイア。タイトルに限りなく近い2チームがまさかの最下位争いになってしまう。Q2ではクラッシュの影響が強く残り、最下位フィニッシュ。しかしエキサイトエナジーレーシングがスウィッチゾーンでペナルティを受けたことにより、4位でQ2を終えることになった。RXRでは今度はミカエラががドライブミスにより、クラッシュ。またもやリタイアへ。Q2で勝ち上がれなかった2台は敗者復活戦のクレイジーレースで激突。Q2をトラブルなく走り切ったX44が1コーナーで先行したことにより勝負は決した。RXRはこのクレイジーレースでも軽い接触がいくつかあり、その衝撃により完全にリタイアとなった。X44がタイトルを獲得するには2位以上または、3位+トラクションチャレンジに勝利することとなった。結果、X44は後者の3位獲得とトラクションチャレンジに勝利し、2ポイント差で劇的逆転タイトルを決め、昨年の優勝者と同一ポイントながら2位に甘んじた雪辱を果たした。

2023年

9月2日から4日まで開催されたのフランス・ラリークロス選手権の「ロエアック」ラウンドでチーム・パトリック・ギレルム・ラリークロス(PGRX)からヒュンダイ・i20RXスーパーカーをドライブし、優勝を果たした。エクストリームEではナッサー・アル=アティヤーの代理としてABTクプラから2ラウンドに復帰。今年はダブルヘッダー戦。1ラウンド目、RXドライバーでもあるクララ・アンダーソンと初めて組んだが、表彰台には登れなかったものの昨年チャンピオンの速さと安定性は健在だった。2ラウンド目、アンダーソンとも慣れ始め、決勝レース2回とも表彰台に上った(このラウンドでは2回表彰台に上れたのは唯一のチーム)。Q1、Q2でも速さは健在で優勝したヒートもあった。11月下旬、クラフトレーシングからアルティメットカップシリーズ最終戦の耐久クラスに出走。ガールフレンドであり、ラリーコ・ドライバー&レースカードライバーでもあるラウレーネ・ゴデイとグレゴリー・ラウニエーと組み完走した。

2024年

オルチドレーシングから24Hシリーズの開幕戦12hムジェロへ参戦。フランス人レジェンドドライバーであるロマン・デュマの他、ラウレント・ミスバチ、ロイク・ヴィリガー、スイス人アレクサンドル・モテットと共にポルシェ・911 GT3(963号車)をドライブし、992クラスで2位に入り、GTレースでは久々に表彰台へ上った。同チームのもう一台のマシンである917号車にはローブのガールフレンドのラウレーネ・ゴデイもドライブした。

セバスチャン・ローブ・レーシング

チームロゴ

2011年末にローブはル・マン再参戦を視野に入れ、プライベートチームのセバスチャン・ローブ・レーシング (SLR) を設立[27]。

以降同チームは時にはローブを擁して、時にはローブとは独立して色々なカテゴリーのラリー、ラリーレイド、ヒルクライム、RX、アンドロストロフィー、ツーリングカー、GT、ELMSなど様々なカテゴリに参戦している。

ドライビングスタイル

モータースポーツのトップカテゴリでは異例の9年連続チャンピオンという長期覇権を築き上げ、圧倒的な強さから「ラリー界のシューマッハ」とも呼ばれる[28]。同世代のよきライバルであるペター・ソルベルグと比較すると、ドライビングスタイルに派手さがない正確なグリップ走法はカメラマン泣かせといわれた[29]。WRCでは後輪を滑らすドリフト走法が主流派だったが、ローブの登場以後、タイヤのグリップ力を無駄なく使いきるドライビングスタイルでなければ勝てなくなったといわれる[30]。ただし最初からマシンを曲げておいて後から姿勢を調節できるドリフトに比べると、ターンインの速度やコーナーの曲率を見誤った場合はリカバリーが効きづらいというリスクと隣合わせであり、結果を出すためには高度で精密なドライビング技術が要求される走り方でもある[31]。

攻め所と慎重さの判断にも優れ、極めてミスが少ない上に、どのようなコンディションも苦手としない。元々はターマック(舗装路面)系のドライバーだったが、WRCでは路面を選ばないオールラウンダーとして才能を開花させた。中でも雪のラリー・スウェーデンを、史上初めて北欧系ドライバー以外で制したことは特筆される。ル・マン24時間での総合2位など、ラリーとは性質が異なるサーキットレースでもその才能を発揮している。

エピソード

物静かな甘いマスクにブルーの澄んだ瞳は人々を惹き付け、女性ファンも多いが、派手な言動は少なく真面目で控えめ。勝っても負けてもほとんど感情的にならず淡々としており、冷静かつ正確なドライビングと相まって「アイスクール・セブ」の異名がついた。一方プライベートではインタビューの日でもギリギリまで寝ていたことがあるなど、極めて自然体である。

2005年にガールフレンドのセブリーヌと結婚し、2007年には公式サイトで懐妊が報告された。セブリーヌとはペアを組んでローカルラリーに参加することがある。2009年にはフランス選手権最終戦ラリー・デュ・ヴァールにセブリーヌをコ・ドライバーとして出場。セブリーヌのナビゲートミスにより3分のペナルティを受けDAY2でトップから34秒遅れの2位。「明日はドライバーに頑張ってもらわなくちゃ」というセブリーヌのコメント通り、DAY3で2位に大差をつけて圧勝した。

コロナ禍では娘のために庭に作ったトランポリンで、自分も宙返りを楽しむ様子をSNSにアップしていた[32]。

2007年秋、シトロエンはC4 2.0 VTSの特別使用車として「C4 by LOEB」を限定生産した。

2009年5月、5度の世界チャンピオンなどフランスに対する功績からレジオンドヌール勲章を授与された。[33]

PlayStation 3のドライビングシミュレーター「グランツーリスモ5」に本人役として出演。「セバスチャン・ローブ ラリーチャレンジ」と題したステージのオープニングで、グラベルステージの走り方などについて解説している。

2016年には、「セバスチャン・ローブ ラリー evo」というローブが監修、及び彼の経験に基づいて開発されたラリーゲームが、MILESTONE社より発売された 日本ではPlayStation 4用が日本語版として発売された。 「リチャード・バーンズラリー」でもあったように、林道など実際の道を最先端の画像能力で表現し、天候の変化などによる路面の変化も忠実に再現されている。

成績

WRCでの年度別成績

年 エントラント 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 WDC ポイント
1999 エキープ・ド・フランスFFSA シトロエン・サクソ・キットカー MON SWE KEN POR ESP
Ret
FRA
19
ARG GRE NZL FIN CHN ITA
21
AUS GBR NC 0
2000 シトロエン・サクソ・キットカー シトロエン・サクソ・キットカー MON SWE KEN POR ESP ARG GRE NZL FIN
Ret
CYP GBR
38
NC 0
エキープ・ド・フランスFFSA トヨタ・カローラWRC FRA
9
ITA
10
AUS
2001 セバスチャン・ローブ シトロエン・サクソ・キットカー MON
15
SWE
Ret
POR 14th 6
シトロエン・サクソVTS S1600 ESP
15
ARG CYP GRE
19
KEN FIN
28
NZL FRA
13
AUS GBR
15
オートモビールズ・シトロエン シトロエン・クサラWRC ITA
2
2002 オートモビールズ・シトロエン シトロエン・クサラWRC MON
2
SWE
17
FRA ESP
Ret
CYP ARG GRE
7
KEN
5
FIN
10
GER
1
ITA NZL GBR
Ret
10th 18
ピエドラフィタ・スポーツ AUS
7
2003 シトロエン・トタル シトロエン・クサラWRC MON
1
SWE
7
TUR
Ret
NZL
4
ARG
Ret
GRE
Ret
CYP
3
GER
1
FIN
5
AUS
2
ITA
1
FRA
13
ESP
2
GBR
2
2nd 71
2004 シトロエン・トタル シトロエン・クサラWRC MON
1
SWE
1
MEX
Ret
NZL
4
CYP
1
GRE
2
TUR
1
ARG
2
FIN
4
GER
1
JPN
2
GBR
2
ITA
2
FRA
2
ESP
Ret
AUS
1
1st 118
2005 シトロエン・トタル シトロエン・クサラWRC MON
1
SWE
Ret
MEX
4
NZL
1
ITA
1
CYP
1
TUR
1
GRE
1
ARG
1
FIN
2
GER
1
GBR
3
JPN
2
FRA
1
ESP
1
AUS
Ret
1st 127
2006 クロノス・トタル・シトロエンWRT シトロエン・クサラWRC MON
2
SWE
2
MEX
1
ESP
1
FRA
1
ARG
1
ITA
1
GRE
2
GER
1
FIN
2
JPN
1
CYP
1
TUR AUS NZL GBR 1st 112
2007 シトロエン・トタルWRT シトロエン・C4 WRC MON
1
SWE
2
NOR
14
MEX
1
POR
1
ARG
1
ITA
Ret
GRE
2
FIN
3
GER
1
NZL
2
ESP
1
FRA
1
JPN
Ret
IRE
1
GBR
3
1st 116
2008 シトロエン・トタルWRT シトロエン・C4 WRC MON
1
SWE
Ret
MEX
1
ARG
1
JOR
10
ITA
1
GRE
1
TUR
3
FIN
1
GER
1
NZL
1
ESP
1
FRA
1
JPN
3
GBR
1
1st 122
2009 シトロエン・トタルWRT シトロエン・C4 WRC IRE
1
NOR
1
CYP
1
POR
1
ARG
1
ITA
4
GRE
Ret
POL
7
FIN
2
AUS
2
ESP
1
GBR
1
1st 93
2010 シトロエン・トタルWRT シトロエン・C4 WRC SWE
2
MEX
1
JOR
1
TUR
1
NZL
3
POR
2
BUL
1
FIN
3
GER
1
JPN
5
FRA
1
ESP
1
GBR
1
1st 276
2011 シトロエン・トタルWRT シトロエン・DS3 WRC SWE
6
MEX
1
POR
2
JOR
3
ITA
1
ARG
1
GRE
2
FIN
1
GER
2
AUS
10
FRA
Ret
ESP
1
GBR
Ret
1st 222
2012 シトロエン・トタルWRT シトロエン・DS3 WRC MON
1
SWE
6
MEX
1
POR
Ret
ARG
1
GRE
1
NZL
1
FIN
1
GER
1
GBR
2
FRA
1
ITA
Ret
ESP
1
1st 270
2013 シトロエン・トタル・アブダビWRT シトロエン・DS3 WRC MON
1
SWE
2
MEX POR ARG
1
GRE ITA FIN GER AUS FRA
Ret
ESP GBR 8th 68
2015 シトロエン・トタル・アブダビWRT シトロエン・DS3 WRC MON
8
SWE MEX ARG POR ITA POL FIN GER AUS FRA ESP GBR 18th 6
2018 シトロエン・トタル・アブダビWRT シトロエン・C3 WRC MON SWE MEX
5
FRA
14
ARG POR ITA FIN GER TUR GBR ESP
1
AUS 13th 43
2019 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20クーペWRC MON
4
SWE
7
MEX FRA
8
ARG CHL
3
POR
Ret
ITA FIN GER TUR GBR ESP
4
AUS 11th 51
2020 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20クーペWRC MON
6
SWE MEX EST TUR
3
ITA MNZ 10th 24
2022 Mスポーツ・フォードWRT フォード・プーマ ラリー1 MON
1
SWE CRO POR
Ret
ITA KEN
6
EST FIN BEL GRE
Ret
NZL ESP JPN 11th 35

WRCでの優勝

# 年 大会 開催国 コ・ドライバー 車
12002ADAC Rallye Deutschlandドイツダニエル・エレナシトロエン・クサラ WRC
22003Rallye Automobile Monte-Carloモナコ
3ADAC Rallye Deutschlandドイツ
4Rallye Sanremo - Rallye d'Italiaイタリア
52004Rallye Automobile Monte-Carloモナコ
6Uddeholm Swedish Rallyスウェーデン
7Cyprus Rallyキプロス
8Rally of Turkeyトルコ
9OMV ADAC Rallye Deutschlandドイツ
10Telstra Rally Australiaオーストラリア
112005Rallye Automobile Monte-Carloモナコ
12Propecia Rally New Zealandニュージーランド
13Supermag Rally Italia Sardiniaイタリア
14Cyprus Rallyキプロス
15Rally of Turkeyトルコ
16Acropolis Rallyギリシア
17Rally Argentinaアルゼンチン
18OMV ADAC Rallye Deutschlandドイツ
19Tour de Corse - Rallye de Franceフランス
20Rally RACC Catalunya - Costa Dauradaスペイン
212006Corona Rally Me'xicoメキシコ
22Rally RACC Catalunya - Costa Dauradaスペイン
23Tour de Corse - Rallye de Franceフランス
24Rally Argentinaアルゼンチン
25Supermag Rally Italia Sardiniaイタリア
26OMV ADAC Rallye Deutschlandドイツ
27Rally Japan日本
28Cyprus Rallyキプロス
292007Rallye Automobile Monte-Carloモナコシトロエン・C4 WRC
30Rally MEXICOメキシコ
31Vodafone Rally de Portugalポルトガル
32Rally Argentinaアルゼンチン
33ADAC Rallye Deutschlandドイツ
34Rally RACC Catalunya - Costa Dauradaスペイン
35Rally de France - Tour de Corseフランス
36Rally Irelandアイルランド
372008Rallye Automobile Monte-Carloモナコ
38Rally MEXICOメキシコ
39Rallye Argentinaアルゼンチン
40Rally d'Italia Sardegnaイタリア
41BP Ultimate Acropolis Rallyギリシャ
42Neste Oil Rally Finlandフィンランド
43ADAC Rallye Deutschlandドイツ
44Repco Rally New Zealandニュージーランド
45Rallye de Espanaスペイン
46Rally de France - Tour de Corseフランス
47Wales Rally GBイギリス
482009Rally Irelandアイルランド
49Rally Norwayノルウェー
50Cyprus Rallyキプロス
51Vodafone Rally de Portugalポルトガル
52Rally Argentinaアルゼンチン
53Rally RACC Catalunya - Costa Dauradaスペイン
54Wales Rally of GBイギリス
552010Rally MEXICOメキシコ
56Jordan Rallyヨルダン
57Rally of Turkeyトルコ
58Rally of Bulgariaブルガリア
59ADAC Rallye Deutschlandドイツ
60Rally de France - Tour de Corseフランス
61RACC Rally de Espanaスペイン
62Wales Rally GBイギリス
632011Rally MEXICOメキシコシトロエン・DS3 WRC
64Rally d'Italia Sardegnaイタリア
65Rally Argentinaアルゼンチン
66Neste Oil Rally Finlandフィンランド
67RACC Rally de Espanaスペイン
682012Rallye Monte-Carloモナコ
69Rally Guanajuato Mexicoメキシコ
70Philips Rally Argentinaアルゼンチン
71Acropolis Rallyギリシャ
72Brother Rally New Zealandニュージーランド
73Neste Oil Rally Finlandフィンランド
74ADAC Rallye Deutschlandドイツ
75Rallye de France Alsaceフランス
76Rally RACC-Rally de Espanaスペイン
772013Rallye Monte-Carloモナコ
78Philips LED Rally Argentinaアルゼンチン
792018RACC Rally de Espanaスペインシトロエン・C3 WRC
802022Rallye Monte-Carloモナコイサベル・ガルミッシュフォード・プーマ ラリー1

ル・マン24時間レース

年 チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
2005年 フランスの旗 ペスカロロ・スポール フランスの旗 ソエイル・アヤリ
フランスの旗 エリック・エラリー
ペスカロロ・C60 ハイブリッド-ジャッド LMP1 288 DNF DNF
2006年 フランスの旗 エリック・エラリー
フランスの旗 フランク・モンタニー
LMP1 376 2位 2位

エクストリームE

年 チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
2021年 チーム・X44 Spark ODYSSEY 21 DES
Q

1
DES
R

3
OCE
Q

1
OCE
R

4
ARC
Q

1
ARC
R

4
ISL
Q

1
ISL
R

5
JUR
Q

1
JUR
R

1
2位 121
2022年 DES
3
ISL
4
OCE
2
COP
1
ENE
3
1位 86

世界ラリーレイド選手権

(key)

年 チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 順位 ポイント
2022 BRX BRX Hunter T1 DAK
2
ABU
8
MOR
22
AND
1
2位 144

ドイツツーリングカー選手権

年 チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 順位 ポイント
2022年 アルファタウリ・AFコルセ フェラーリ・488 GT3 Evo 2020 ALG
1

16
ALG
2

18
LAU
1

LAU
2

IMO
1

IMO
2

NOR
1

NOR
2

NÜR
1

NÜR
2

SPA
1

SPA
2

RBR
1

RBR
2

HOC
1

HOC
2

32位 0

関連項目

脚注

  1. 日本ではセバスティアン・ローブや、セバスチャン・ロエブと書くメディアもある。
  2. BIOGRAPHY Slices of life, Sébastien Loeb’s career
  3. SÉBASTIEN LOEB RACING, UNE AVENTURE HUMAINE
  4. THE WRC’S MOST DOMINANT CAMPAIGNS
  5. ローブ、2013年はスポット参戦 - RALLYPLUS.NET・2012年9月28日
  6. "大記録達成! セバスチャン・ローブ、9年連続WRCチャンピオンを獲得! シトロエンも5年連続・通算8回目のマニュファクチャラーズタイトルを決める". 日本ミシュランタイヤ.(2012年10月10日)2013年12月16日閲覧。
  7. "世界ラリー選手権(WRC)ラリー ド フランス ~セバスチャン・ローブ、輝かしい歴史に幕~". シトロエン.(2013年10月7日)2013年12月16日閲覧。
  8. "Citroen team boss Yves Matton is taking plenty of positives from Sebastien Loeb’s performance on the opening two days of Rallye Monte-Carlo." wrc.com
  9. "Final Results Rallye Monte-Carlo." wrc.com
  10. ”セバスチャン・ローブ、2018年のWRCスポット参戦が決定”. Rally+.net (2017年12月20日). 2018年10月28日閲覧。
  11. ”ローブが逆転優勝、通算79勝を達成”. J SPORTS. (2018年10月28日) 2018年10月28日閲覧。
  12. エクストリームE:WRC9冠王者セバスチャン・ローブ見参。ルイス・ハミルトンのX44から参戦決定 - auto sport. (2020年12月11日) 2020年12月11日閲覧
  13. 【ダカール表彰台&WRC開幕戦優勝】セバスチャン・ローブが振り返る1月の偉業 2022年1月、セバスチャン・ローブはダカール・ラリー2022総合2位獲得からわずか9日後に通算8回目のWRCモンテカルロ・ラリー優勝を成し遂げた。信じがたい偉業が生まれた1カ月を振り返る。
  14. アゾレスラリーを満喫したセバスチャン・ローブ、直近のWRC参戦は「予定なし」
  15. “ローブ、シトロエンとの15年に渡る関係に終止符”. AUTOSPORT.web. (2015年11月21日). http://archive.as-web.jp/news/info.php?c_id=6&no=69679 2017年3月24日閲覧。
  16. “ローブ、雨のラトビアで世界RX初優勝を達成”. ラリーXモバイル. (2016年10月3日). http://rallyx.net/news/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%96%E3%80%81%E9%9B%A8%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%93%E3%82%A2%E3%81%A7%E4%B8%96%E7%95%8CRX%E5%88%9D%E5%84%AA%E5%8B%9D%E3%82%92%E9%81%94%E6%88%90-13714/ 2017年3月24日閲覧。
  17. “WRC王者ローブ、プジョーからダカールラリー挑戦”. AUTOSPORT.web. (2015年9月20日). http://archive.as-web.jp/news/info.php?c_id=6&no=68448#page2 2017年3月24日閲覧。
  18. “【ダカール】2位のローブ「ラリー中不運が続いたが良い経験になった」”. Motorsport.com. (2017年1月16日). https://jp.motorsport.com/dakar/news/%E3%83%80%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB-2%E4%BD%8D%E3%81%AE%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%96-%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E4%B8%AD%E4%B8%8D%E9%81%8B%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%8C%E8%89%AF%E3%81%84%E7%B5%8C%E9%A8%93%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F-865793/ 2017年3月24日閲覧。
  19. 深い砂の餌食になったローブ「ダカールで勝つ最後のチャンスを失った」 Motorsports.com 2018年1月12日
  20. "WRC王者ローブが、F1マシンを全開ドライブ!". Web CG.(2007年12月9日)2013年12月17日閲覧。
  21. “セバスチャン・ローブ:YouTube映像 ベスト7!”. Redbull.com (201). 2017年3月24日閲覧。
  22. "セバスチャン・ローブ 「F1参戦のチャンスはもうないだろう」". F1-Gate.com.(2009年10月22日)2013年12月17日閲覧。
  23. "ローブ、来季F1出場に関し、USF1にコンタクト". オートスポーツweb.(2009年8月26日)2013年12月17日閲覧。
  24. "2013年パイクスピークはローブ&プジョーが圧倒的なコースレコードを樹立【動画】". clicccar.(20年月日)2013年7月11日閲覧。
  25. ハミルトン率いるX44が初優勝、初代王座はロズベルグ代表のRXRが獲得/エクストリームE最終戦
  26. ラリーモンブラン・モルジヌに参戦のセバスチャン・ローブがプジョー306マキシで6位フィニッシュ
  27. "ローブ、2年後に転身!? 自身のレースチームを組織". .(2011年10月31日)2013年12月17日閲覧。
  28. "セバスチャン・ローブ". WRC JAPAN.
  29. "[エキゾーストNOTE] “パーシャル引退”のローブ、ラリー王者の新たな挑戦は 4/6". MSN産経ニュース.(2012年10月14日)2013年12月18日閲覧。
  30. 古賀敬介 "Perfectionist セバスチャン・ロウブ". ahead magazine archives.(2013年8月)2014年1月27日閲覧。
  31. 『WRC PLUS 2005 Vol.』P26-29
  32. WRC:セバスチャン・ローブがトランポリンデビューも「娘のほうが上手」シリーズ再開に向けたコメントも
  33. Loeb receives French knighthood

外部リンク

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