バリアント・ブラザーズ

ザ・バリアント・ブラザーズ(The Valiant Brothers)は、1970年代に活動したプロレスのタッグチームである。実際には血縁関係はないが、「兄弟」であることをギミックに、金髪のショーマン派ヒールのユニットとしてWWWF(現:WWE)などで活躍した[1]。

ザ・バリアント・ブラザーズ
タッグチーム
メンバー ジミー・バリアント
ジョニー・バリアント
ジェリー・バリアント
名称
  • ザ・バリアント・ブラザーズ
  • ザ・バリアンツ
デビュー 1973年
解散 1979年
団体

メンバー

※3者とも190cm・120kg級の大型ラフファイターであり、シングルプレイヤーとしても実績を残している。

来歴

1973年11月、ジミー・バリアント(前名ビッグ・ジム・ベイレン)とジョニー・バリアント(前名ジョン・L・サリバン)によって結成される[2]。ボビー・ヒーナンをマネージャーにインディアナポリスのWWAに登場し、1974年1月5日にブルーノ・サンマルチノ&ディック・ザ・ブルーザーからWWA世界タッグ王座を奪取[3]。同月25日のリターンマッチで一時タイトルは空位となるが、2月7日にも再びサンマルチノ&ブルーザーを破り王座に返り咲いた[3]。

WWWFではキャプテン・ルー・アルバーノがマネージャーを務め、1974年5月8日、ペンシルベニア州ハンブルクにてディーン・ホー&トニー・ガレアを破りWWWF世界タッグ王座を獲得[4]。翌1975年5月13日、アレンタウンでドミニク・デヌーチ&ビクター・リベラに敗れるまで、ペドロ・モラレス、チーフ・ジェイ・ストロンボー、ゴリラ・モンスーン、ヘイスタック・カルホーンらによるチームを相手に、1年間に渡って王座を保持した[4]。

1976年には全日本プロレスに来日して、6月2日に久留米にてジャイアント馬場&ジャンボ鶴田のインターナショナル・タッグ王座に挑戦[5]。6月17日には草加にてグレート小鹿&大熊元司のアジア・タッグ王座にも挑戦している[6]。その後はNWAの各テリトリーを転戦、1976年8月6日にはジョージア(ジム・バーネット主宰のGCW)でホー&ケン・マンテルからNWAジョージア・タッグ王座を、同年12月4日にはサンフランシスコにてロイヤル・カンガルーズからNWA世界タッグ王座をそれぞれ奪取[7][8]。1978年1月にはエディ・グラハム主宰のCWFにて、フロリダ地区のUSタッグ王者チームに認定された[9]。

この間、1975年から1977年にかけてはAWAのテリトリーにも参戦しており、ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーやグレッグ・ガニア&ジム・ブランゼルが保持していたAWA世界タッグ王座に再三挑戦[10][11]。AWAの提携団体だった古巣のWWAでは1977年2月12日にムース・ショーラック&ポール・クリスティ、1978年7月22日にウイルバー・スナイダー&デヌーチを下してWWA世界タッグ王座に返り咲いた[3]。

1978年末、肝炎を患ったジミーの代打として、WWAでの盟友ガイ・ミッチェルがジェリー・バリアントを名乗ってジョニーと新チームを結成[12]。新生バリアント・ブラザーズとして再びWWFに参戦、1979年3月6日、ペンシルベニア州アレンタウンにてトニー・ガレア&ラリー・ズビスコからWWFタッグ王座を奪取する[4]。後にジミーも復帰して、トリオのヒール・ユニットとしてボブ・バックランドやアンドレ・ザ・ジャイアントとの抗争アングルも組まれた[13]。

同年10月22日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにてイワン・プトスキー&ティト・サンタナに敗れて王座から転落したのを機に、WWFを離れユニットを解散。1980年2月にジョニーとジェリー(名義はラリー・バリアント)のコンビで全日本プロレスに来日、2月26日に人吉にて極道コンビのアジア・タッグ王座に再挑戦した[14]。その後は1982年下期にノースイースト地区のインディー団体IWFにおいて、ジョニーとジェリーのコンビで一時的に再結成している[15]。

1996年11月16日、オリジナル・メンバーであるジミーとジョニーのコンビでWWF殿堂に迎えられた(インダクターは当時のWWF世界タッグ王者チームだったブリティッシュ・ブルドッグとオーエン・ハート)[1]。

獲得タイトル

ジミー&ジョニー
ジョニー&ジェリー

脚注

  1. “The Valiant Brothers”. WWE.com. 2016年2月12日閲覧。
  2. “Jimmy Valiant and Johnny Valiant”. Wrestlingdata.com. 2014年12月31日閲覧。
  3. “WWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月2日閲覧。
  4. “History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年4月2日閲覧。
  5. “AJPW NWA World Champion Series - Day 10”. Wrestlingdata.com. 2014年12月31日閲覧。
  6. “AJPW NWA World Champion Series - Day 22”. Wrestlingdata.com. 2014年12月31日閲覧。
  7. “NWA Georgia Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。
  8. “NWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。
  9. “NWA United States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月8日閲覧。
  10. “The AWA matches fought by Johnny Valiant in 1976”. Wrestlingdata.com. 2016年2月12日閲覧。
  11. “The AWA matches fought by Johnny Valiant in 1977”. Wrestlingdata.com. 2016年2月12日閲覧。
  12. “"Luscious" Johnny Valiant killed in auto accident”. Slam Wrestling (2018年4月4日). 2020年10月29日閲覧。
  13. “WWE Yearly Results 1979”. The History of WWE. 2010年1月13日閲覧。
  14. “AJPW Excite Series 1980 - Day 10”. Wrestlingdata.com. 2014年12月31日閲覧。
  15. “Matches: Valiant Brothers”. Cagematch.net. 2018年4月27日閲覧。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.