ポスフール

ポスフールPosful)は、かつて北海道で展開していた総合スーパー(GMS)である。

ポスフール(現:イオン)小樽店

企業名としてのポスフール2002年(平成14年)1月から[1]2007年(平成19年)8月20日まで使用され[2]、店舗名としてのポスフール2002年(平成14年)から2011年(平成23年)2月28日まで使用されていた[3]

2007年(平成19年)8月21日に企業名はイオン北海道に商号変更され[2]、イオングループの店舗名統一により2011年(平成23年)3月1日にジャスコサティマイカルと共にイオンへ転換され約9年で屋号自体が完全に消滅した[3]

本項では、前身のホクホーおよび北海道地区のニチイ・サティについても記述する。

歴史・概要

創業

1971年(昭和46年)に大川祐一が北海道後志管内の余市町に衣料百貨店「ヤマダイ」を設立[4]1980年(昭和55年)3月[5] に他の地場スーパー3社と合併して[4]株式会社北峯百貨店[6]を設立して後に「株式会社ホクホー」となった[5]

これとは別に1978年(昭和53年)4月に「株式会社北海道ニチイ」が設立され店舗を展開。1992年(平成4年)3月1日に前述のホクホーと合併[5]したのち、1996年(平成8年)7月に「株式会社マイカル北海道」に社名変更した[5][6]

生活百貨店・サティの展開へ

北海道ニチイがホクホーと経営統合する以前から、当時の「ニチイ」が進めていた総合スーパーよりも百貨店に近い性格の生活百貨店・サティ業態[7]で出店を行っていた。1990年(平成2年)10月27日に株式会社ホクホーが北海道最初のサティとして永山サティを開店していたほか[8]、旧北海道ニチイも1991年(平成3年)4月に「東苗穂サティ」を開店していた[6]

前述の「ヤマダイ」をルーツとする[4]ニチイ余市店」も、合併直後に移転・拡張する形で1992年(平成4年)10月30日に「余市サティ」を開店[9]1994年(平成6年)10月21日に「ニチイ釧路店」を「釧路サティ」に改称して新装開業[6]。年商100億円を達成した[10]

1996年(平成8年)には3月に「ニチイ千歳ショッピングデパート」を大幅増床して「千歳サティ」に改称して新装開店した[11]。それを皮切りに、春光サティ、岩内サティ、厚岸サティ、手稲サティ、紋別サティと相次いで業態転換を行って増収増益に繋げ[12]1996年(平成8年)9月19日に株式の店頭公開を果たした[13]

これらの業態転換店舗の中でも「釧路サティ」と「千歳サティ」は年商100億円を上げるなど順調に売上を伸ばしたため、1997年(平成9年)11月1日に「ニチイ江別店」の隣接地に新店舗を建設して[14]シネコン(複合映画館)ワーナー・マイカル・シネマズを北海道で初めて併設した[15]江別サティ」を開店して両店に続く年商100億円を目指した[10]

1998年(平成10年)3月12日に「ニチイ帯広店」を「帯広サティ」に業態転換。十勝圏最大のショッピングセンターとして[16]有力ブランドも導入して百貨店レベルの顧客にも対応させて[7]直営部分の年商125億円を目指す基幹店舗として新装開店[16]

このように生活百貨店・サティへの業態転換を進めて、1999年(平成11年)2月期に北海道の小売業としては初めて年商1,000億円を突破した[7]

1999年(平成11年)10月8日に「ニチイ大谷地店」を増床し「大谷地サティ」に業態転換して新装開業したことにより全店舗のサティへの業態転換が終了[17]

また、1999年(平成11年)3月11日にはマイカルグループの複合型大型商業施設マイカルタウンの一つとして開業した「マイカル小樽6番街」に「小樽サティ」を開店[18]

2000年(平成12年)9月15日にはシネマコンプレックスの「ワーナー・マイカル」を併設すると共に[19][20]有力ブランドを導入した[7]「北見サティ」を開店[19][20]

2000年(平成12年)11月30日には釧路サティをシネマコンプレックスも併設する[21]と共に店舗面積を1.6倍の約30,000m2に増床して若い女性に人気の衣料ブランドなども有力ブランドを次々と導入。2000年(平成12年)2月期の直営部分の売上高約130.5億円を更に伸ばして百貨店も含む大型小売店の「地域一番店」として競合他店の追撃を許さない弱点の見つけにくい売り場をつくり上げたほか[7]、同じ地方中核都市の帯広でも同様の店舗を展開して業績を伸ばした[7]

こうした生活百貨店化戦略を展開して業績を伸ばして[22]6期連続の増収増益を果たし[23]、2000年(平成12年)2月には東京証券取引所第1部上場に昇格している[22][23]

同年9月にはグループ企業の「根室ファミリーデパート」と「室蘭ファミリーデパート」の2社を吸収合併して大型店事業を全店直営化することになった[23]

また、そうした百貨店に近い店舗だけでなく、「余市サティ」などの商圏の小さな店舗ではファッションブランドの比率を下げてよりスーパー的な性格の店舗とし、大都市の札幌圏では都心の百貨店との競合もあるためその中間的な性格を持たせるなど同じ生活百貨店・サティであっても地域特性に応じた対応を行った。

各々の地域の消費者を満足させることで2001年(平成13年)2月期に7年連続の増収増益となる売上高約1217.19億円(前期比9.1%増)、経常利益約39.52億円(前期比0.3%増)を上げた[7]

ポスフールとして自主独立へ

2001年(平成13年)8月28日に発行済式の58.84%にあたる645万株を「マイカル」が売却[24]。「マイカル北海道」は同社の連結対象から離れた[25]

ただし、この時点では自主独立の運営で店舗の改廃などの経営判断は独自に行うものの、連結対象から外れてもマイカルグループから離脱せず、マイカル東北の一部店舗の引き受けの可能性も示唆していた[26]

同年9月14日に「マイカル」が民事再生法の適用を申請して事実上破綻。その際には、「自主独立色を強めた全く別会社となり、道内のサティ20店舗の営業には何ら影響はない」として営業への影響を否定し、同社の破綻と一線を画した[27]

そして、同年10月25日には「マイカルグループ」から離脱して北海道の地場資本として自主独立経営を目指すことを発表すると同時に、同年6月から金融機関を通してイオングループとの提携を打診されていたことを明らかにすると共にその案を拒絶することも表明した[28]

そのため、2002年(平成14年)1月1日に社名を「ポスフール」に変更し[1]2001年(平成13年)経営破綻したマイカルの支援企業に「イオン」がなって「サティ」の店名を今後も残すことになった関係で店名使用料を求められるのを避けるため[29]2002年(平成14年)5月末までに、閉店が決まった大谷地サティを除く全店舗名を「ポスフール」に改称、ベースとなる色もサティ時代の赤紫からえんじ色に変更して自立した経営に移行した[30]。ポスフール業態になった後も、サティのコンセプトを引き継ぎ「生活百貨店」として運営していた。

2002年(平成14年)2月期に8年連続の増収となる売上高約1313億円を上げた[30]。しかし、人口減少や消費の低迷など北海道の小売業を取り巻く環境の厳しさの影響を受けて[31]翌年からは4年連続の前年割れとなって2006年(平成18年)2月期に売上高約1201.78億円(前年度比2.0%減)にまで落ち込み[32]2005年(平成17年)2月期に上場以来初の赤字に転落した[33]。ただし、2006年(平成18年)も9年連続で北海道の小売業売上高首位を維持した[32]

2003年(平成15年)10月には2004年(平成16年)5月から物流業務を三井物産に全面委託することで物流コストを年間4億円 - 6億円削減を目指すと発表した[34]

イオン北海道へ

ポスフール設立当初は反イオンを旗印にアークスグループ入りを検討するが、アークス側に断られてしまう。理由はイオンがマイカルが持っている一部株式を通しポスフールの株主になっており、アークス側がイオングループ化されることを拒否したためである[35]。余談だが、アークスグループはシジシージャパン加盟スーパーである。その結果、2003年(平成15年)11月10日にイオンが出資比率を30%に引き上げてポスフールと資本・業務提携し、店舗開発や商品のほか設備・資材などの調達、さらに物流などについて共同で取組むことになり、自主独立の経営に終止符を打つことになった[36]

この提携を受けて、イオングループとエア・ウォーターの物流子会社エア・ウォーター物流が提携して2004年(平成16年)5月14日に江別市に開設した物流施設「イオン北海道SD」を全店舗の食品・衣料品の検品・ピッキングから配送まで共同で利用してコストダウンを図る[37]

その後、業績の低迷を受けて2007年(平成19年)2月15日に岩内店を閉店する[38]などの再建策を進めた。

そして、2007年(平成19年)4月23日に既に筆頭株主だったイオンに第三者割当増資を行って出資比率を34%から53%に引上げて同社の子会社となった[31]

さらに、同年8月21日にイオン北海道に商号変更すると共に[2]総合スーパー8店とスーパーセンター3店[31]をイオン本体から会社分割して譲渡を受けることになった[2]

なお、この時点では企業名としての「ポスフール」は消滅することになったものの、店舗名は変更せず、従来通り「ポスフール」の店名が使用され続けた[3]

このイオンとの経営統合に伴って仕入れ業者の変更などの帳合変更は行わないものの仕入れ価格はイオングループ共通の水準を要求することでコストダウンを図り[2]、規模や駐車場の配置の問題を抱えて売上が低迷していた西岡店を[39]2008年(平成20年)2月に閉店する[40]など経営の建て直しを進めた。

2008年(平成20年)4月25日には、イオン北海道設立後初の店舗・ショッピングセンターとなる「イオン名寄ショッピングセンター」の核店舗として「ポスフール名寄店」を開店し[41]、イオングループの電子マネーの「WAON」を導入するなどイオンの傘下入り後はグループへの統合が急速に進められ、2011年(平成23年)3月1日にイオングループの総合スーパーのブランド統一の一環としてポスフールも全店イオンへ店名も変更されて店舗名としてのポスフールも消滅してその歴史に終止符を打った[3]

名称の由来

この名称は一般公募したものの中から2001年(平成13年)11月8日に決定されたもので、Possibility Forever Universal Loveを略を組み合わせた造語である[42]

ロゴマークの製作は、グラフィックデザイナーの原田進が担当した[43]。 なお、ホクホー時代の2代目店舗看板・ロゴマークはHをモチーフとしたマークにホクホーのロゴタイプを使用していた[44]

「ポスフール」「ホクホー」の店舗ロゴは、イオン北海道の2021年11月26日公開の会社案内動画[45]でも閲覧可能(「ニチイ」「サティ」についても掲載されている)。

年表

  • 1971年(昭和46年) - 大川祐一が後志管内余市町に衣料百貨店「ヤマダイ」を設立[4]
  • 1978年(昭和53年)
    • 4月 - 株式会社北海道ニチイを設立[5][46]
    • 11月 - ニチイの北海道進出1号店として「ニチイ江別店」・「ニチイ千歳店」を開店[6][46]。「ニチイ江別店」は後に南側のレンガ工場跡地に店舗を新築。
  • 1979年(昭和54年)
    • 5月 - 「ニチイ帯広店」を開店[6][46]
    • 7月 - 「ニチイ藻岩店」を開店[6][46]
  • 1980年(昭和55年)
    • 2月4日 - 紋別ローズタウンを開店[47][48]
    • 3月 - 「ヤマダイ」など地場スーパー4社が合併して[4](株)北峯百貨店[6]を設立[5]
  • 1981年(昭和56年)
    • 4月 - 「室蘭ファミリーデパート桐屋」を開店[49]
    • 7月 - 「ニチイ旭川店」を開店[6][50]
    • 11月 - 「ニチイ手稲店」を開店[51][52][53]
  • 1986年(昭和61年)4月 - 「ホクホー伊達店」を開店[46]
  • 1987年(昭和62年)12月1日 -「ホクホー釧路店」を開店[54][46]
  • 1989年平成元年)9月28日 - 「ニチイ大谷地店」を開店[55][46]
  • 1990年(平成2年)10月27日 - ホクホーが北海道地区のサティ1号店となる「永山サティ」を開店[8][46]
  • 1991年(平成3年)4月19日 - 北海道ニチイが「東苗穂サティ」を開店[56][46]
  • 1992年(平成4年)
    • 3月1日 - 北海道ニチイとホクホーが統合し、新生「北海道ニチイ」となる[5][46]統合に伴って、旧「ホクホー」の店舗は「ニチイ」に改称する。
    • 10月30日 - 「ニチイ余市店(旧・ホクホー余市店)」を移転・拡張して「余市サティ」を開店[9][46]
  • 1993年(平成5年)
    • 4月9日 - 「サッポロファクトリーサティ 住まいと暮らしの館」を開店[57][58][46]
    • 10月 - 「ニチイ厚岸店(旧・ホクホー厚岸店)」を移転リニューアルオープン[46]
  • 1994年(平成6年)10月21日 - 「ニチイ釧路店」を「釧路サティ」に業態転換して新装開業[59][46]
  • 1995年(平成7年)「ニチイ恵庭店」を閉鎖。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月 - 「ニチイ千歳ショッピングデパート」を「千歳サティ」に業態転換[11][46]
    • 5月 - 「ニチイ旭川店」を「春光サティ」に改称・リニューアルオープン[12][46]
    • 7月 - 株式会社マイカル北海道に商号変更[5][46]
    • 9月19日 - 株式を店頭公開[13][46]
    • 9月 - 「岩内サティ」に業態転換[12][46]、さらに、「ニチイ厚岸店」を「厚岸サティ」に業態転換[12][46]
    • 10月 - 「手稲サティ」に業態転換[12][46]。さらに、「ニチイ紋別店」を「紋別サティ」に業態転換[12][46]
    • 11月 - 「新琴似サティ食品館」を開店[46]
  • 1997年(平成9年)
  • 1998年(平成10年)
    • 1月 - 「ニチイ栗山店」を閉店[46]
    • 3月12日 - 「ニチイ帯広店」を増床して改装し、「帯広サティ」に業態転換[16][46]
    • 5月 - 「室蘭ファミリーデパート桐屋」を増床して「室蘭サティ」に業態転換[61]
    • 10月 - 「ニチイ伊達店」を「伊達サティ」に業態転換[46][46]
    • 11月 - 「ニチイ静内店」を「静内サティ」に業態転換[46][46]
    • 11月 - 東京証券取引所第2部に上場[62]
  • 1999年(平成11年)
    • 2月 - 「サッポロファクトリーサティ」を閉店[46]
    • 3月11日 - マイカル小樽6番街に「小樽サティ」を開業[18][46]。ワーナー・マイカル・シネマズ小樽を併設。
    • 10月8日 - 「ニチイ大谷地店」を増床し「大谷地サティ」に業態転換して新装開業[17][46]
  • 2000年(平成12年)
    • 2月 - 東京証券取引所第1部へ上場[22][46]
    • 5月 - 「永山サティ」を新装開業[23][46]
    • 8月 - 「手稲サティ」を閉店[7][46]
    • 9月1日 - 「室蘭ファミリーデパート」と「根室ファミリーデパート」を合併[23][6][46]
    • 9月15日 - 「北見サティ」を開店[19][20][46]
    • 11月30日 - 「釧路サティ」を増床[46]し、ワーナー・マイカル・シネマズ釧路を増設して新装開業[21]
  • 2001年(平成13年)
    • 1月 - 「新琴似サティ食品館」を閉店[7]
    • 8月28日 - マイカルの連結対象から離脱[24][25]
  • 2002年(平成14年)
    • 1月1日 - 株式会社ポスフールに商号変更[1][46]
    • 5月 - 店舗名を「ポスフール」に変更[30][46]
    • 10月16日 - 「大谷地サティ」を閉店[63]
    • 11月[6] - ダイエー西岡店跡に[39]「西岡ポスフールバーゲン館」を開店[46][64]
  • 2003年(平成15年)
    • 3月1日 - 「西岡ポスフールバーゲン館」を「ポスフール西岡店」に改称し、正式に開店[64][65][46]
    • 9月5日 - 「ポスフール藻岩店」を増床し、新装開店[66][46]
    • 9月26日 - 十勝沖地震で「ポスフール釧路店」に被害が発生[67]
    • 11月10日 - イオンが出資比率を30%に引き上げて資本・業務提携[36][46]
  • 2004年(平成16年)11月3日 - 「ポスフール岩見沢店」を開店[68][46]
  • 2005年(平成17年)5月22日 - 「ポスフール東苗穂店」を閉店[69][46]
  • 2007年(平成19年)
    • 2月15日 - 「ポスフール岩内店」を閉店[38][46]
    • 4月23日 - イオンに第三者割当増資を行って子会社化[31][46]
    • 4月27日 - 「ポスフール釧路店」をリニューアルオープン[70]
    • 8月21日 - イオン北海道株式会社に商号変更すると共に[2]、総合スーパー8店とスーパーセンター3店[31]をイオン本体から会社分割して譲渡を受ける[2][46]
  • 2008年(平成20年)
    • 2月[40]24日 - 「ポスフール西岡店」を閉店[40][46][46]
    • 4月25日 - イオン名寄ショッピングセンターの核店舗として「ポスフール名寄店」を開店[41][46]。ポスフール店舗では初めて、電子マネー「WAON」を導入する。
    • 10月 - 既存店舗にもWAONを順次導入し、12月までに全店への導入完了
  • 2011年(平成23年)3月1日 - 「ポスフール」全店舗を「イオン」に屋号変更[3][46]

店舗

2011年2月時点の、イオンにブランド変更した時点で営業を継続していた店舗を示す。2022年10月現在、春光店を除く全店舗が営業を続けている。

道央圏

  • 藻岩店 - 札幌市南区川沿2条2丁目1-1
    1979年(昭和54年)7月にニチイ藻岩店として開店[6]
    2003年(平成15年)9月に新装開店[66][71]
  • 江別店 - 江別市幸町35
    1978年(昭和53年)11月にニチイ江別店が開店[6]。ニチイ北海道1号店。
    1997年(平成9年)11月1日に旧店舗の隣接地に新店舗を建設して[14]シネコン(複合映画館)ワーナー・マイカル・シネマズを北海道で初めて併設した[15]「江別サティ」を開店して両店に続く年商100億円を目指した[10]
    サティへの業態転換の際に広い駐車場とシネマコンプレックスを併設したことから札幌市内からの集客するなど商圏が拡大した[72]
  • 千歳店 - 千歳市栄町6-51
    1978年(昭和53年)11月にニチイ千歳ショッピングデパートとして開店[6]1996年(平成8年)3月に店舗面積約17,000m2に大幅に増床して千歳サティとなり[11]、年商100億円を上げる主力店舗の一つとなった[10]JR北海道千歳線千歳駅西口から徒歩約4分。
    2005年(平成17年)4月28日に「イオン苫小牧ショッピングセンター」が開店した[73]影響でオープン直後とGWは売り上げが1割程度落ちた[74]
  • 岩見沢店 - 岩見沢市大和4条8丁目1
    2004年(平成16年)11月3日開店[68]、ポスフールになってからの新店。
    開業時には岩見沢市内では初めての無料シャトルバスの運行を行っている[75]
    当店の開業は既存店の西友岩見沢店などに打撃を与え[76]、西友岩見沢店は 2009年(平成21年)3月31日に閉店となった[77]
  • 小樽店 - 小樽市築港11-6 ウイングベイ小樽6番街内
    1999年(平成11年)3月11日にマイカル小樽の核店舗の1つである小樽サティとして開店[18]
    2010年(平成22年)11月25日に4階の売り場を1~3階に移設して売場面積を縮小する開業後初の大規模な改装を行い、それに伴い同月19日から4階売場は閉鎖された[78]。JR北海道函館本線小樽築港駅直結。
  • 余市店 - 余市郡余市町黒川町12-62-1
    1971年(昭和46年)に大川祐一が衣料百貨店「ヤマダイ」を開店したのが始まりで[4]ホクホー余市店となった後、北海道ニチイ余市店として営業していた[9]
    旧店舗の約7倍の店舗面積約8,200m2に拡張して移転する[79]形で1992年(平成4年)10月30日には「余市サティ」を開店し[9]、ポスフールを経てイオン余市店。
    商圏の小さな店舗のためファッションブランドの比率を下げてよりスーパー的な性格の店舗として品揃えや運営がされている[7]
  • 室蘭店 - 室蘭市東町2-4-32
    市内輪西町に存在した桐屋呉服店がニチイとの共同出資で1981年(昭和56年)4月15日に「室蘭ファミリーデパート桐屋」として開店した[49][80]
    店舗看板・ロゴマークはニチイの鳩のマークに「桐屋(Kiriya)」のロゴタイプを使用していた[81]
    1998年(平成10年)5月に増床や呉服部門の廃止などの改装を行って室蘭サティとなり[61]2000年(平成12年)9月1日に合併してマイカル北海道の支店となった[6]道南バス「東町2丁目」停留所下車。
    店名が変更になった後も「桐屋」の名称で親しまれており[82]、親しみを込めて「桐屋さん」とさん付けで呼ぶ市民もいる[83]
  • 伊達店 - 伊達市末永町8-1
    1986年(昭和61年)4月開店、開店当初はホクホー伊達店。
  • 登別店 - 登別市若山町4-33-1
    開店当初は登別サティ。「室蘭ファミリーデパート」が開設した店舗である[82]。道南バス「富岸2丁目」停留所下車。
  • 静内店 - 日高郡新ひだか町静内末広町2-2-1
    開店当初はニチイ静内店。現店舗は1998年(平成10年)に町内の西部の郊外に移転したもので、当店の移転により静内の中心市街地の客足が遠のくことになったとされている[84]

道北圏

ポスフール(現:イオン)名寄店
  • 永山店 - 旭川市永山3条12-2-11
    1990年(平成2年)10月27日に開店した[8]。開店当初は株式会社ホクホーによる永山サティで、北海道最初のサティとして開店[6]
    2000年(平成12年)5月に改装を行って新装開業した[23]
  • 春光店 - 旭川市春光町10
    1981年(昭和56年)7月[6][50]1日にニチイ旭川店として開店[6]
    北海道銀行の支店が隣接。かつてはオートハローズ(現・オートバックスセブン)やミスタードーナツが駐車場内に出店した他、グループ企業のピープル(現・コナミスポーツ)が3Fにスポーツクラブを展開していた。道北バス旭川電気軌道「大町2条10丁目」停留所下車。
    店舗名を「イオン」に改称したのちの2022年(令和4年)2月28日に、建物の老朽化による建て替えのために一旦営業を終了し、同所に新店舗を建設する予定とした[85]。イオン北海道は2024年3月14日に、「イオン旭川春光ショッピングセンター」の名称で2024年秋に再開業する予定であることを発表した[86]
  • 名寄店 - 名寄市徳田80-1
    2008年(平成20年)4月25日にイオン名寄ショッピングセンターの核店舗として開店[41]。「ポスフール」としては最後の出店だが、運営会社がイオン北海道になってからは初めての出店。
    イオン名寄ショッピングセンター出店にあたり、名寄市長や名寄商工会議所[87]、地元商店街の経営者が出店に反対の意思を示し、高橋はるみ北海道知事[88]日本商工会議所からも出店を自粛するよう要請される[89]
    併せて2007年(平成19年)6月21日の名寄市議会にて事実上の出店規制条例を制定した[90]が、条例施行20日前の7月10日に工事が着工された[91]
    市側からの再三の出店取り止め要請に対し、ポスフール側は地元より直営で約500人とテナントで200人から300人の雇用や地元特産の品は1億円程度の売り上げが見込めるとして名寄市側の反対を押し切って出店を強行[88]、一貫して反対していた名寄市や名寄商工会議所は着工式への出席を拒否する事態にまで発展し[91]、開店の式への出席は名寄市の副市長や名寄商工会議所の副会頭となった[41]

オホーツク圏

  • 北見店 - 北見市北進町1丁目1-1
    2000年(平成12年)9月15日に北見サティとして[19][20]有力ブランドを導入する[7]と共にワーナー・マイカル・シネマズ北見を併設して開店[19][20]
    中心商店街などの小売業者に与える影響が大きいとの地元意見を受けて審議会で申請より規模が縮小されたものの[92]、網走管内最大の大型店舗として出店することになった[93]
    そのため、 当店開店前の1998年(平成10年)12月時点の北見市の既存の第1種大規模小売店舗(店舗面積3,000m2以上)5店舗合計の店舗面積33,950m2の半分以上となる21,630m2という当地区最大の店舗で直営の年商100億円とテナント年商50億円を目指していた[94]
    初年度から黒字化するなど順調に売り上げを伸ばしたため[95]、北見市の既存店の売上を大幅に減少させると共に[96]、北見市中心部の商店街に空き店舗が急増するなど当店の開業は北見市の商業に大きな影響を与えた[97]
    開業当初からミドリ薬品がドラッグストアを出店しているが、2010年(平成22年)3月にイオン北海道直営のドラッグストアを開店させて医薬品の販売を始めたため、「出店時の約束に反する」として2010年(平成22年)4月13日に釧路地方裁判所北見支部に直営店での医薬品類の販売差し止めを求める訴えをミドリ薬品が起こしている[98]
    開業当初は当時流行し始めていたNTTドコモiモードを活用して最新の売場情報などを配信するサービスを全国で初めて導入していた[19]
    当店の立地する場所は北見市内では有数の文化財包蔵地である遺跡があったことから1997年(平成9年)7月から発掘調査が行われることになり[99]、着工は1999年(平成11年)9月となった[100]
  • 紋別店 - 紋別市花園町3-4-39
    1980年(昭和55年)にローズタウンとして開店[47]。開店時には紋別市内唯一のファストフード店だったフライドチキンとハンバーガーの店「ゴールデンスキリット」が2010年(平成22年)9月26日まで営業していた[47]

釧根圏

  • 釧路店 - 釧路郡釧路町桂木町1-1-7
    1987年(昭和62年)12月1日にホクホー釧路店として開店し[54]1994年(平成6年)10月21日にニチイ釧路店を釧路サティに業態転換して新装開業して[59]2000年(平成12年)2月期に直営部分の売上高約130.5億円を上げて総合スーパーでは道内売り上げ1位となった[7]
    2000年(平成12年)11月には釧路サティを店舗面積を1.6倍の約30,000m2に増床してシネマコンプレックスも併設すると共に若い女性に人気の衣料ブランドなども有力ブランドを次々と導入して百貨店も含む大型小売店の「地域一番店」として競合他店の追撃を許さない弱点の見つけにくい売り場をつくり上げて若者達のデートスポットにもなっている[7]
    2003年(平成15年)9月26日 - 十勝沖地震で「ポスフール釧路店」に被害が発生した[67]
  • 厚岸店 - 厚岸郡厚岸町港町1丁目3
    開店当初はホクホー厚岸店。
  • 根室店 - 根室市常盤町3-9
    開店当初は「根室ファミリーデパート」であったが、1997年(平成9年)10月に増床して「根室サティ」に業態転換している[60]
    また、運営も根室ファミリーデパートとして独立した法人であったが、2000年(平成12年)9月1日に合併してマイカル北海道の支店となった[6]
    根室ファミリーデパート時代の店舗看板・ロゴマークはニチイの鳩のマークに「nemuro ファミリーデパート」のロゴタイプを使用していた[101]

十勝圏

  • 帯広店 - 帯広市西4条南20丁目1
    1979年(昭和54年)5月30日に[102]JR帯広駅裏に[16]ニチイ帯広店として開店[6]
    1997年(平成9年)3月14日に増床工事を着工し[103]1998年(平成10年)3月12日に帯広サティに業態転換して十勝圏最大のショッピングセンターとなり[16]、有力ブランドも導入して百貨店レベルの顧客にも対応した店舗として[7]142,556世帯387,809人を商圏に直営部分の年商125億円を目指す基幹店舗として新装開店した[16][注 1]

閉鎖店舗

店舗名称をポスフールに変更して以降に閉店した店舗を示す。また店舗ブランドは閉店直前のもので示す。

ポスフール東苗穂店の跡地に開業したレジャスポ
※建物は解体済
  • ポスフール東苗穂店 - 札幌市東区東苗穂3-2-5-25、2005年(平成17年)5月22日閉店[69]
    1991年(平成3年)4月19日に「東苗穂サティ」として開店した[56]
    イオンと提携後の2003年(平成15年)6月25日に「イオン札幌苗穂ショッピングセンター」が開業したため[106]、グループ内で競合する結果となった[107]
    店舗跡には2005年(平成17年)8月に北東商事運営のレジャスポが開業したが[108]、2016年(平成28年)3月31日をもって閉店。閉店後は建物を解体して新たに商業施設を建設することとなり[69]DCMホーマック(2017年6月22日開店[109])や100満ボルト(2017年7月28日開店[110])が出店している[111]
  • ポスフール岩内店 - 岩内郡岩内町栄7-3、2007年(平成19年)2月15日閉店[38]
    1996年(平成8年)に「岩内サティ」に業態転換した店舗で[12]サティ時代は全国の店舗の中でも最小規模だった
    店舗跡は介護付き有料老人ホーム「七福神 恵比寿館」[112]2014年10月開業[113])となっている。
  • ポスフール西岡店 - 札幌市豊平区西岡3-3-4-1、2008年(平成20年)2月[40]24日閉店。
    2002年(平成14年)11月に[6]ダイエー西岡店跡に[39]西岡ポスフールバーゲン館として開店し[64]、3月1日に「ポスフール西岡店」として正式に開店して[64]初年度に売上高約46.5億円を上げたが、その後は駐車場の使いにくさや売場面積の中途半端さなどが影響して競合店との競争に敗れて低迷し[39]閉店に至った。その後建物の改修を行い、2年3ヶ月後の2010年5月25日にジャスコ札幌西岡店(現・イオン札幌西岡店)を核店舗としたイオン札幌西岡ショッピングセンターとして開業した。

小樽ベイシティへの債権

なお、当社はマイカル北海道時代の出店時に出した店舗敷金と保証金の合計約61億円の他に、ポスフールとなってから日本政策投資銀行から買い取った約133億円の合計約194億円の債権を保有していた[114]

2001年(平成13年)9月27日に負債約490億円を抱えて民事再生法を申請した「小樽ベイシティ開発」[115]が無担保の再生債務292億円の98.5%の免除を受けた際に、別除権のある当社の担保付き債務約194億円についてはその対象とならず、2005年(平成17年)3月に同社が民事再生手続きの終結決定を受けた後も返済協定が結ばれていない状態のまま債務が残る形となった[116]

そのため、2007年(平成19年)8月10日に「小樽ベイシティ開発」がその債務の約90%の減免を求めて札幌地方裁判所に特定調停を申し立てた[116]

この特別調停で協議を進めた結果、2008年(平成20年)4月1日に債務を29億円に減額したうえで、北武グループの協力により北海道銀行の支援を受けて同年7月末までに一括返済する中間合意内容を正式に発表した[117]

ところが、同年9月17日に北武グループから再建への支援を得られなくなったことから、この計画はとん挫することになった[118]

その後、2009年(平成21年)1月27日に「小樽ベイシティ開発」が特定調停を取り下げたため、計上予定だった貸倒引当金の戻し入れ益がなくなったことなどで、当社の後身の「イオン北海道」が赤字に転落している[119]

さらに、債務返済を求めても「小樽ベイシティ開発」が応じない状況が続いたことから、2012年(平成24年)には「返済されないことで生じた利子分を相殺するための対応」として同年10月と11月の賃料の支払を停止している[120]

脚注

注釈

  1. この後さらにワーナー・マイカル・シネマズを新設する計画が報じられていたが、諸事情により頓挫している[104][105]

出典

  1. “ポスフール、上期中に店舗名も「ポスフール」に”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年1月14日)
  2. 川崎博之 (2007年10月19日). “新生イオン九州とイオン北海道、帳合変更に温度差”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社)
  3. “ポスフールもジャスコもイオンに 3月1日から名称統一”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2011年2月16日)
  4. “ポスフール創業、大川会長を解任 健康上の理由で”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2006年3月28日)
  5. “北海道食品産業特集 近未来を占う=マイカル北海道・大川祐一代表取締役”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年7月30日)
  6. 株式会社ポスフール 第28期有価証券報告書. ポスフール. (2006年5月30日).
  7. “流通の旗手は今 検証・北海道現象 中 デフレの風の中で マイカル北海道、ラルズ、北雄ラッキー、北海道西友”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年8月8日)
  8. “若者向けの郊外百貨店 永山サティあす開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1990年10月26日)
  9. “北海道ニチイ、「ニチイ余市店」を移転・拡張「余市サティ」に新生10月30日オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年10月26日)
  10. “マイカル北海道、「江別サティ」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年11月12日)
  11. “ちとせデパート破産 負債46億円 大型店との競合響く”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1999年1月30日)
  12. “マイカル北海道、サティ転換で連続増収増益に”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年4月23日)
  13. “北海道特集 トップインタビュー マイカル北海道・大川 祐一社長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年9月27日)
  14. “マイカル北海道、「江別サティ」建設進む”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年10月8日)
  15. “ワーナーマイカル、マイカル・シネマズ江別を開設”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年11月10日)
  16. “マイカル北海道、「帯広サティ」開店 十勝圏に競合波及”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1998年3月16日)
  17. “マイカル北海道、「大谷地」開店で全道サティ化完了”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年10月18日)
  18. “「マイカル小樽」500億円目指し好調滑り出し”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年3月19日)
  19. “マイカル北海道、「北見サティ」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年9月29日)
  20. “北見サティ開業 “巨艦”ついに船出 記念セールに客続々 家電やブランド品に行列”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年9月16日)
  21. 釧路市地域史研究会 『釧路市統合年表:釧路市・阿寒町・音別町合併1周年記念』 釧路市 、2006年10月。
  22. “取材手帖=マイカル北海道・大川社長「価格だけでは・・・」”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2000年5月31日)
  23. “2000年ミレニアム北海道特集:トップインタビュー=札マイカル北海道・大川社長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年6月5日)
  24. “マイカル、マイカル北海道の株式を35社に売却”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年8月29日)
  25. 渡部宏人 (2007年6月19日). “ポスフール:名寄新規出店計画 市が“阻止”条例案 議会、21日にも採決”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  26. “マイカル北海道、株売却後もグループから離脱せず、東北の店舗引受けも”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年8月17日)
  27. “マイカル経営破たんの影響:マイカル北海道=“自主独立”サティ営業に影響ない”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年9月19日)
  28. “マイカル北海道、自主独立経営目指す、12月から新社名に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年10月31日)
  29. “マイカル北海道、店名も「ポスフール」に変更”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年12月21日)
  30. “北海道グローバル特集:グローバル時代へ提言=ポスフール社長・大川祐一氏”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年5月31日)
  31. “イオンがポスフールに11店移管、増資で財務も強化”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2007年4月3日)
  32. 桑原有樹 (2005年10月3日). “スーパーストア 売上高ランキング<上>上位10社中8社 前年割れ ”. 読売新聞 (読売新聞社)
  33. “ポスフール須貝清助社長「上場来、初の赤字 どん底は“好機”」”. 月刊クォリティ2005年8月号 (太陽) (2005年8月).
  34. “ポスフール、三井物産に物流業務を全面委託 来年5月から”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年10月13日)
  35. 新・北海道現象の深層⑨ イオンという「外資」が、3極寡占化を促した _小売・物流業界 ニュースサイト【ダイヤモンド・チェーンストアオンライン】
  36. “イオン、ポスフールと資本・業務提携で道内攻略に弾み”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年11月12日)
  37. “江別にイオン専用拠点ポスフールなど道内26店舗向け”. 輸送経済新聞 (輸送経済新聞社). (2004年5月25日)
  38. “名残惜しむ客続々 ポスフール岩内店 28年の歴史に幕”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年2月16日)
  39. “イオン道内3店閉店へ ポスフール西岡など 不採算店整理急ぐ”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年8月31日)
  40. “イオン北海道 閉店した西岡店への再出店を検討”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年4月7日)
  41. “イオン名寄SCが開店 ポスフール核店舗 専門店47店が入店”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年4月25日)
  42. “マイカル北海道、新社名「ポスフール」に決定”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年11月12日)
  43. プラクシスポートフォリオ一覧/流通・小売 - 2016年4月6日閲覧。
  44. 新興商店街として店舗進出が相次ぐ釧路町のホクホー周辺 - フォト海道(道新写真データベース/北海道新聞)、2014年8月30日閲覧。
  45. 【イオン北海道】会社案内”. YouTube. イオン北海道 (2021年11月26日). 2022年2月4日閲覧。(2分25秒 - 2分47秒を参照)
  46. 沿革 会社案内 イオン北海道株式会社
  47. 竹中達哉 (2010年9月25日). “創業30年 紋別のファストフード店「ゴースキ」、あす閉店 チキンにバーガー、「青春の味」惜しむ声”. 北海道新聞 (北海道新聞社)
  48. 平成30年版 紋別市統計書「年表(紋別市のあゆみ)」 (PDF). 紋別市. p. 146 (2019年4月1日). 2019年8月28日閲覧。
  49. 粟島暁浩 (2012年9月14日). “イオン室蘭店の移転先候補に東中跡地を検討”. 室蘭民報 (室蘭民報社)
  50. 旭川市中心市街地活性化基本計画 平成23年3月~平成28年3月 (Report). 旭川市. (2011年3月).
  51. “ニチイ道内進出の立役者・中村憲正さんの「お別れ会」”. 北海道リアルエコノミー. (2016年5月17日). オリジナルの2019年8月28日時点におけるアーカイブ。. https://archive.fo/fHqdd 2019年8月28日閲覧。
  52. “旧「ニチイ手稲店」東海地区の企業が取得 物販等店舗として再生”. 北海道リアルエコノミー. (2016年5月19日). オリジナルの2019年8月28日時点におけるアーカイブ。. https://archive.fo/ftD0i 2019年8月28日閲覧。
  53. “「平成観光」が旧ニチイ手稲店跡にパチンコホール”. 北海道リアルエコノミー. (2016年6月20日). オリジナルの2019年8月28日時点におけるアーカイブ。. https://archive.fo/Xz9xM 2019年8月28日閲覧。
  54. 釧路市地域史研究会 『釧路市統合年表:釧路市・阿寒町・音別町合併1周年記念』 釧路市 、2006年10月。
  55. “北海道ニチイが“新戦略”発表 大谷地店は百貨店並み プールやホールも併設”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年9月19日)
  56. “脱スーパーを狙い新店舗-北海道ニチイ、高級路線へ転換。札幌東苗穂に19日開店、道内7店も次々に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1991年4月9日)
  57. “サッポロファクトリー、日本で初のフェスティブセンター、オープン3日間28万人来場”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1993年4月21日)
  58. “雪印乳業、北イタリア料理店「クリスタッロ」を9日、サッポロファクトリーにオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月7日)
  59. “釧路サティが開店 道東最大、競争激化も”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1994年10月21日)
  60. “根室ファミリーデパート 増床し「サティ」に 10月めどに改装 衣料品に重点”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1997年8月14日)
  61. “室蘭桐屋 5月下旬から「サティ」 新装開店へ増床申請 呉服部門廃止 衣料、食品など強化”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1998年3月4日)
  62. “北海道特集:トップに聞く市場動向=マイカル北海道・大川祐一社長”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年9月13日)
  63. “札幌の大谷地サティが10月16日で閉店した 北海道札幌市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年11月18日)
  64. “取材手帖:ポスフール・大川祐一社長「流通再編に柔軟な対応」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年6月2日)
  65. “ポスフール西岡店 ダイエー跡に開店 札幌”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年3月2日)
  66. “札幌、9月の出店攻防 津司は新業態「安心屋」開店、ポスフールは藻岩店を増床”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年9月17日)
  67. “十勝沖地震発生から約1ヶ月 道内食品界、復旧へ迅速に対応”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年10月22日)
  68. “きょうポスフール岩見沢店オープン”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年11月3日)
  69. “旧ポスフール「東苗穂サティ」解体し新商業施設、大手リース会社が約40億円投資”. リアルエコノミー. (2016年1月14日). http://hre-net.com/keizai/ryutu/17482/ 2016年5月1日閲覧。
  70. “21店加わり改装オープン、ポスフール釧路店”. 釧路新聞 (釧路新聞社). (2007年4月28日)
  71. “藻岩店を戦略拠点化 ポスフール 来月新装開店 高級食材を充実”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年8月6日)
  72. “境界を越えて 郊外型スーパー 広い駐車場、複合施設… 札幌からの客続々 車社会で商圏拡大 「中心部より近い」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年11月22日)
  73. “2005この一年(2)大型店進出、撤退”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2005年12月16日)
  74. “イオンの独り勝ちか大型に明暗 GW決算”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2005年5月9日)
  75. “スーパー乱立 南空知の争奪戦 上 地元密着 生き残りへ攻防し烈”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年11月10日)
  76. “ポスフール岩見沢店の初日 集客、目標2割上回る 西友は減 既存店に打撃も”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年11月5日)
  77. “西友岩見沢が閉店 一部テナントは営業継続”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年4月1日)
  78. 斉藤高広 (2010年11月18日). “ポスフール小樽店 初の大規模改装 25日新装オープン”. 北海道新聞 (北海道新聞社)
  79. “北海道ニチイ・大川副社長が抱負語る-小樽への消費流出に歯止め”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年10月26日)
  80. 室蘭市のあゆみ”. 室蘭市. 2017年7月8日閲覧。
  81. 【写真説明】室蘭サティに名称変更する室蘭ファミリーデパート桐屋 - フォト海道(道新写真データベース/北海道新聞)、2014年8月30日閲覧。
  82. “室蘭、登別サティ マイカルへの合併 背景に競争激化 地元への配慮薄まる懸念”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年4月15日)
  83. “胆振 懐かしの街角 ファミリーデパート桐屋 1984(昭和59)年”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1998年3月4日)
  84. “経済 水曜プラス ポスフール移転10年 西部に大型店集積 客足遠のく中心部 静内地区 変わる商圏 コープの行き先焦点”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年6月18日)
  85. 新しい「イオン旭川春光店」は2024年5月開業予定 - 北海道の今を読み解く地域経済ニュースサイト「リアルエコノミー」、2022年12月17日閲覧。
  86. ~ ココロつながる、ちかくのトコロ。~ 「イオン旭川春光ショッピングセンター」2024年秋開業予定!』(プレスリリース)イオン北海道、2024年3月14日https://www.aeon-hokkaido.jp/control-panel/wp-content/uploads/2024/03/2024031401.pdf2024年3月15日閲覧
  87. “ポスフール 名寄店10日に着工 阻止条例間に合わず”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年7月3日)
  88. “あす、現地で起工式 来年3月開店目指し ポスフール名寄店・地元は生き残りが課題”. 名寄新聞 (名寄新聞社). (2007年7月7日)
  89. “ポスフール名寄「出店自粛を」日商、国に異例の要請”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年7月10日)
  90. “名寄市議会、出店阻止条例案可決 ポスフール、施行前着工の意向”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年6月21日)
  91. “ポスフール進出 賛否の渦”. 読売新聞 (読売新聞社). (2007年7月10日)
  92. “「北見サティ」大店審結審 地方意見色濃く反映 「小売業者に影響大」 マイカル側 計画の練り直し必至”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1998年1月31日)
  93. “エコノ212 地域の経済 北見 サティ進出で広がる波紋 市街地再編へ動き 中心商店街 強い危機感”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1999年6月29日)
  94. 金倉忠之 (2002-9). “北見市の産業構造特性と地域産業の可能性”. 北見工業大学 研究報告 第34巻 第1号 (北見工業大学).
  95. “経済おんらいん マイカル北海道経営の北見サティ 売り上げ好調に1周年 「初年度から黒字」 既存店との競争が激化”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年9月26日)
  96. “地域の経済 北見 サティ開店から1年 既存店売り上げ激減 生き残りへ「体力勝負」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年9月4日)
  97. “市の中心商店街 空き店舗急増 今年3月には37店に サティの影響も 危機感募る経営者”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年6月23日)
  98. “直営店で医薬品「約束に反する」イオン北海道を提訴”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年4月20日)
  99. “「北見サティ」出店予定地 市内屈指の文化財包蔵地 来月にも発掘開始 市教委”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1997年6月18日)
  100. “岐路・北見商圏 巨大店舗サティ進出 5 未来図 明確な位置づけカギ 市の総意で街づくりを”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1999年9月23日)
  101. 根室ファミリーデパート、増床し「サティ」に-10月めどに改装*衣料品に重点 - フォト海道(道新写真データベース/北海道新聞)、2014年8月30日閲覧。
  102. 『帯広の歴史年表』 帯広市商店街振興組合連合会、2009年4月7日。
  103. 末次一郎 (1997年3月14日). “長崎屋西帯広店オープン”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社)
  104. 椎名次郎. 北海道の古き建物たち No.26「CINEとかちプリンス劇場」”. 札幌建築鑑賞会. 2017年7月8日閲覧。
  105. 近藤政晴 (2000年5月8日). “十勝20世紀(いせきグループ)”. 勝毎ジャーナル (十勝毎日新聞社). http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/20keizai/12.html 2017年7月8日閲覧。
  106. “ポスフールとの協力関係に言及 イオン社長、札幌で会見”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年6月26日)
  107. “札幌・東苗穂 イオン ポスフールと激突 25日開店 筆頭株主も商売は別”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2003年6月15日)
  108. “キャッツアイ 札幌に大型複合施設 国内最大級 来月下旬 ゲームに温浴併設”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2005年7月28日)
  109. DCMホーマック東苗穂店6月22日(木)オープン”. DCMホーマック (2017年6月22日). 2018年4月6日閲覧。
  110. 「100満ボルト東苗穂店」グランドオープンのお知らせ”. エディオン (2017年7月20日). 2022年7月18日閲覧。
  111. 「DCMホーマック東苗穂店」6月22日オープン、「100満ボルト」とアベック出店”. 北海道リアルエコノミー (2017年6月15日). 2022年7月18日閲覧。
  112. 介護付き有料老人ホーム「七福神 恵比寿館」”. 施設のご案内. 株式会社ウェストン. 2018年4月6日閲覧。
  113. “介護付きホーム 開設10月に延期 建設業の人手不足影響 岩内”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2014年5月10日)
  114. “小樽ベイシティ開発 債務30億円に圧縮 イオンと合意”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年3月31日)
  115. “マイカル子会社が再生申請/負債総額492億円”. 四国新聞(四国新聞社).(2001年9月27日)
  116. “小樽ベイシティ ポスフールに債務減免要請 特定調定申し立て”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2007年8月10日)
  117. “道銀から20億円融資 OBC ニトリ、7月に新規出店”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年4月2日)
  118. “北武グループ撤退 ウイングベイ小樽 再建計画見直しも”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2008年9月18日)
  119. “イオン北海道、21億円赤字 OBC特定調停不調で”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年1月27日)
  120. “イオン、賃料払わず 旧マイカル小樽 OBCの返済遅れに対抗”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年11月15日)

関連項目

  • イオンスーパーセンター
  • 北峯百貨店
  • 北海道ポロロッカ
    1990年代にマイカルグループのブランドであるポロロッカを運営していた。
    マイカルグループのデベロッパー「北海道ショッピングセンタービル」の完全子会社。北海道ショッピングセンタービルは旧マイカル北海道の店舗開発を手がけたが、旧マイカル北海道との直接の資本関係はなかった。
  • ちはる - ポスフール改称当初のCMキャラクター。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.