マリナ・アニシナ
マリナ・ヴャチェスラヴォヴナ・アニシナ(ロシア語: Мари́на Вячесла́вовна Ани́сина[1][2]、1975年8月30日 - )は、ロシア出身、フランスの女性フィギュアスケート選手で現在はコーチ。2002年ソルトレイクシティオリンピックアイスダンス金メダリスト。2000年世界フィギュアスケート選手権優勝。パートナーはグウェンダル・ペーゼラ、イリヤ・アベルブフ、セルゲイ・サフノフスキー。
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() 2012年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 生誕 |
1975年8月30日(48歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 163 cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 代表国 |
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| パートナー | グウェンダル・ペーゼラ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所属クラブ | CSG Lyon | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 練習拠点 | リヨン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 開始 | 1979 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 引退 | 2002年 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ISUサイト | バイオグラフィ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
人物
父はソヴィエト連邦のアイスホッケー選手としてヨーロッパ王者、世界王者を経験したヴャチェスラフ・アニシン。母は1972年札幌オリンピック6位入賞の実績を持つイリーナ・チェルニヤエワで現在はマリナとともにリヨンでコーチとして活動中。赤色のロングヘアーが特徴。
ロシアにおいてセルゲイ・サフノフスキー、次いでイリヤ・アベルブフと組んだ。キャリアの後半はフランスへ渡りグウェンダル・ペーゼラと組む。
経歴

アベルブフとは1990年と1992年の2回、世界ジュニアフィギュアスケート選手権に出場している。しかしその後アベルブフがイリーナ・ロバチェワと恋に落ちてしまい、アベルブフはロバチェワと新たにチームを結成してしまう。後に2人は結婚。
パートナーを失ったアニシナは必死で新たなパートナーを探し、1993年にフランスのグウェンダル・ペーゼラとチームを結成。その後アニシナはフランス国籍を取得してフランス代表となり、チームは強豪の一つと認知されるようになる。当時の最大のライバルはカナダ代表のシェイ=リーン・ボーン&ヴィクター・クラーツ組であった。また彼等より実力が上のチームとしてはパーシャ・グリシュク&エフゲニー・プラトフ組、アンジェリカ・クリロワ&オレグ・オフシアンニコフ組があった。
1996-1997シーズンより女性のアニシナが男性のペーゼラをリフトするという珍しい技を見せるようになる。
1998年の長野オリンピックでは銅メダルであったが、2002年のソルトレークシティオリンピックではかつてのパートナーであったロバチェワ&アベルブフ組を僅差で抑えて優勝を飾った。なお、この時に彼女らのチームは、ペア競技における採点操作疑惑に巻き込まれてもいる(詳しくは「2002年ソルトレークシティオリンピックのフィギュアスケート・スキャンダル」の項を参照)。
引退後はプロスケーターとして活躍する一方、コーチや振付師としても活動している。
2013年6月、12シーズンぶりに競技への復帰を決めた[3]。現在は政治家でもあるパートナーのペーゼラ、フランス氷上競技連盟も乗り気であったが、結局準備不足で断念した[4]。
主な戦績
- 1992-1993シーズンからはグウェンダル・ペーゼラとのカップル
- 1991-1992シーズンまではイリヤ・アベルブフとのカップル
| 大会/年 | 1989-90 | 1990-91 | 1991-92 | 1993-94 | 1994-95 | 1995-96 | 1996-97 | 1997-98 | 1998-99 | 1999-00 | 2000-01 | 2001-02 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| オリンピック | 3 | 1 | ||||||||||
| 世界選手権 | 10 | 6 | 4 | 5 | 2 | 2 | 1 | 2 | ||||
| 欧州選手権 | 12 | 5 | 4 | 4 | 3 | 2 | 1 | 2 | 1 | |||
| GPファイナル | 3 | 3 | 3 | 2 | 1 | 2 | ||||||
| GPラリック杯 | 3 | 1 | 2 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | |||
| GP NHK杯 | 5 | 3 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | ||||
| GPスケートカナダ | 2 | 2 | 1 | |||||||||
| GPスケートアメリカ | 2 | 1 | ||||||||||
| GPネイションズ杯 | 1 | 2 | ||||||||||
| ネペラ記念 | 1 | |||||||||||
| 世界Jr.選手権 | 1 | 4 | 1 |
脚注
-
マリーナ・ヴィチェスラーヴナ・アニースィナ - ロシア語ラテン翻字: Marina Viatcheslavovna Anissina
- Фигуристы Анисина и Пейзера начнут тренировки в начале июля
- http://www.itar-tass.com/c20/917531.html
外部リンク
- 国際スケート連盟によるマリナ・アニシナ & グウェンダル・ペーゼラのバイオグラフィー(英語)
- 公式サイト
- マリナ・アニシナ - Olympedia(英語)
