ラトロイ・ホーキンス

ラトロイ・ホーキンス(LaTroy Hawkins , 1972年12月21日 - )は、アメリカ合衆国インディアナ州ゲーリー出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

ラトロイ・ホーキンス
LaTroy Hawkins
2015年9月11日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 インディアナ州ゲーリー
生年月日 (1972-12-21) 1972年12月21日(51歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト7巡目(全体180位)でミネソタ・ツインズから指名
初出場 1995年4月29日 ボルチモア・オリオールズ戦
最終出場 2015年10月20日 テキサス・レンジャーズ戦
年俸 $2,250,000(2015年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2009年

経歴

プロ入りとツインズ時代

1991年のMLBドラフトでミネソタ・ツインズから7巡目(全体180位)指名され、6月7日に契約。この年は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ツインズで11試合に登板し、4勝3敗・防御率4.75だった。

1992年はルーキー級ガルフ・コーストリーグとアパラチアンリーグのルーキー級エリザベストン・ツインズでプレー。ルーキー級エリザベストンでは5試合に登板し、0勝1敗・防御率3.38だった。

1993年はA級フォートウェイン・ウィザーズで26試合に登板し、15勝5敗・防御率2.06だった。

1994年はA+級フォートマイヤーズ・ミラクルとAA級ナッシュビル・エクスプレス、AAA級ソルトレイク・バズでプレー。AAA級ソルトレイクでは12試合に登板し、5勝4敗・防御率4.08だった。

1995年4月20日にツインズとメジャー契約を結び、4月29日のボルチモア・オリオールズ戦で先発起用されメジャーデビュー。1.2回を7安打7失点と打ち込まれ、メジャー初黒星を喫した。その後は2試合に登板したが、3連敗を記録し、5月11日にAAA級ソルトレイクへ降格。AAA級ソルトレイクでは22試合に登板し、9勝7敗・防御率3.55だった。9月16日にメジャーへ再昇格。9月18日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦のダブルヘッダー2試合目で先発し、5.2回を10安打4失点だったが、10点の援護もあり、メジャー初勝利を挙げた。この年は6試合に登板し、2勝3敗・防御率8.67だった。

1996年2月9日にツインズと1年契約に合意。開幕から先発ローテーションに加わったが、7試合の登板で1勝1敗・防御率8.20と結果を残せず、5月14日にAAA級ソルトレイクへ降格した。降格後はAAA級ソルトレイクで20試合に登板し、9勝8敗・防御率3.92だった。9月8日にメジャーへ再昇格したが、登板のないままシーズンを終えた。

1997年3月3日にツインズと1年契約に合意。3月26日にAAA級ソルトレイクへ異動し、そのまま開幕を迎えた。AAA級ソルトレイクでは14試合に登板し、9勝4敗・防御率5.45だった。6月17日にメジャーへ昇格。昇格後はシーズン終了までローテーションを守り、20試合に登板。6勝12敗・防御率5.84だった。

1998年3月2日にツインズと1年契約に合意。この年はチーム最多の33試合に先発し、前年を上回る7勝を挙げたが、チームワーストタイの14敗[2]を記録し、防御率は5.25だった。

1999年3月2日にツインズと2年契約を結んだ。この年もチーム最多の34試合に先発。初の二桁勝利となる10勝を挙げたが、前年と同じくチームワーストタイの14敗[3]を記録、防御率は6.66だった。

2000年はマーク・レッドマン、ジョー・メイズのメジャー定着もあり、リリーフに転向。クローザーとして66試合に登板し、2勝5敗14セーブ・防御率3.39だった。

2001年2月20日にツインズと2年契約(2003年の球団オプション付き)を結んだ。この年もクローザーとして登板していたが、救援失敗が続き、終盤はクローザーの座をエディ・グアダードに奪われた。この年は62試合に登板し、1勝5敗28セーブ・防御率5.96だった。

2002年はクローザーにグアダードが指名され、ホーキンスはセットアッパーへ転向した。この年は65試合に登板し、6勝0敗・防御率2.13だった。オフの10月28日にツインズが球団オプションを行使した[4]。

2003年はチームトップで自己最多の74試合に登板し、9勝3敗2セーブ・防御率1.86だった。オフの10月27日にFAとなった。

カブス時代

2003年12月3日に小さい頃からファンだった[5]シカゴ・カブスと総額1100万ドルの2年契約(2006年の選手側選択オプション付き)を結んだ[6][7]。

2004年はセットアッパーとして開幕を迎えたが、6月にクローザーのジョー・ボロウスキーが故障で離脱。代役としてホーキンスがクローザーに起用された。この年は前年の74登板を上回る、チーム最多の77試合に登板。5勝4敗25セーブ・防御率2.63だった。

2005年もボロウスキーが故障のため、クローザーとして登板していたが、5月に入ると救援失敗が続き、セットアッパーへ配置転換された。カブスでは21試合に登板し、1勝4敗4セーブ・防御率3.32だった。

ジャイアンツ時代

2005年5月28日にジェローム・ウィリアムズ、デビッド・アーズマとのトレードで、サンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍[8]。リリーフとしてリグレー・フィールドで登板した際は、スタジアム全体からカブスファンの"Hawkins sucks"(「ホーキンス最低」)という合唱が起こった。移籍後は4試合に登板していたが、6月17日に尺骨神経の故障で15日間の故障者リスト入りした。7月4日に復帰。復帰後はセットアッパーとして定着し、ジャイアンツでは45試合に登板。1勝4敗2セーブ・防御率4.10だった。オフの10月27日にホーキンスが選択権を持つ、プレイヤー・オプションを行使した[9]。

オリオールズ時代

2005年12月6日にスティーブ・クラインとのトレードで、ボルチモア・オリオールズへ移籍した[10]。

2006年9月23日

2006年は開幕からリリーフとして定着し、60試合に登板。3勝2敗・防御率4.48だった。オフの10月30日にFAとなった。

ロッキーズ時代

2006年12月5日にコロラド・ロッキーズと350万ドルの1年契約(2008年の相互選択オプション付き)を結んだ[11][12]。

2007年は開幕からセットアッパーとして起用されていたが、4月24日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りした[13]。5月22日に復帰[14]。この年は62試合に登板し、2勝5敗、防御率3.42だった。セットアッパーとして契約したが、4月に故障で離脱したこともあり、ロッキーズが低年俸での契約を求めたため、オフの10月30日に球団側のオプションを破棄した。ホーキンスは「ロッキーズに戻りたい」と話していた[15]が、ホーキンス側もオプションを破棄し、FAとなった。ロッキーズは1年契約を提示していたが、「戻る気はない」とオファーを断った[16]。

ヤンキース時代

2007年12月27日にニューヨーク・ヤンキースと375万ドルの1年契約を結んだ[17][18]。

2008年4月18日

2008年の開幕当初は、1990年代後半のヤンキース黄金時代を支えた外野手のポール・オニールがつけていた番号で準欠番扱いとなっていた背番号21をつけていた(スプリング・トレーニング時にはモーガン・エンスバーグが着用していたがオニールに配慮し辞退)[19]。そのため、ホーキンスの登板時にファンがブーイングや野次を飛ばしたり、オニールの名前を呼ぶなどの事態が生じたため、4月16日に背番号を22へ変更した[20]。この年はクローザーにマリアノ・リベラ、右のセットアッパーにカイル・ファーンズワースが在籍していたが、前年オフにルイス・ビスカイーノが移籍。ビスカイーノの代役として期待されていたが、33試合に登板し、1勝1敗・防御率5.71と結果を残せず、7月26日にDFAとなった。

アストロズ時代

2008年7月30日にマット・クシックとのトレードで、ヒューストン・アストロズへ移籍した[21]。移籍後はセットアッパーとして24試合に登板し、2勝0敗1セーブ・防御率0.43だった。オフの10月31日にFAとなったが、11月7日にアストロズと350万ドル+出来高の1年契約で再契約した[22]。

2009年開幕前の3月に、第2回WBCのアメリカ合衆国に選出された[23]。

シーズンでは、前年と同じくセットアッパーとして開幕を迎えたが、4月下旬にクローザーのホセ・バルベルデが故障で離脱したため、クローザーへ転向。バルベルデが復帰した6月からはセットアッパーに復帰した。この年は65試合に登板し、1勝4敗11セーブ・防御率2.13だった。オフの11月6日にFAとなった。

ブルワーズ時代

2009年12月16日にミルウォーキー・ブルワーズと総額750万ドル+出来高の2年契約[24]を結んだ[25][26]。

2010年も開幕からセットアッパーとして登板していたが、5月9日に右肩の故障で15日間の故障者リスト入りし、6月8日に60日間の故障者リストへ異動した[27]。7月29日に復帰し、復帰後は5試合に登板していたが、8月12日に右肩の故障で再び15日間の故障者リスト入りした[28]。その後はいくつかのMRI検査を行い[29]、8月22日にMRIの結果から手術を行うことを決定[30]。8月27日に手術を行い、残りのシーズンを欠場することとなった[31]。この年は故障で18試合の登板にとどまり、0勝3敗・防御率8.44だった。

2011年は前年の手術の影響で、3月27日に15日間の故障者リスト入りした。4月21日に復帰[32]。この年は52試合に登板し、3勝1敗・防御率2.42だった。オフの10月30日にFAとなった。

エンゼルス時代

2011年12月8日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムと300万ドルの1年契約を結んだ[33]。エンゼルスには同年クローザーを務めた若手のジョーダン・ウォルデンが在籍しているが、ジェリー・ディポートGMは「経験豊富なクローザーのひとりとして期待している」と話した[34]。

2012年もセットアッパーとして開幕ロースター入りしたが、5月7日に右手小指の故障で15日間の故障者リスト入りし[35]、6月9日に復帰。この年は48試合に登板し、2勝3敗1セーブ・防御率3.64だった。オフの10月29日にFAとなった。

メッツ時代

2013年4月1日

2013年1月31日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ[36]。前年クローザーを務めたフランク・フランシスコが故障で離脱したこともあり、3月29日にメッツとメジャー契約を結んだ。その後はリリーフに定着し、8月からクローザーとして起用された。この年は2004年以来の70試合登板となる72試合に登板し、3勝2敗13セーブ・防御率2.93だった。オフの10月31日にFAとなった。

ロッキーズ復帰

2013年11月22日に古巣のロッキーズと225万ドルの1年契約(2015年・225万ドルの球団オプション付き[37])を結んだ[38][39]。

2014年5月18日

2014年はジェイソン・ジアンビ、ラウル・イバニェスに次ぐ現役3番目の年長選手となった[40]。前年クローザーを務めたレックス・ブラザーズがセットアッパーに復帰し、ホーキンスはクローザーを務めることになった。シーズン最終登板となった9月27日のロサンゼルス・ドジャース戦では、史上12人目となる通算1000登板を果たした[41]。この年は57試合に登板し、4勝3敗23セーブ・防御率3.31だった。オフの10月31日にロッキーズが225万ドルの球団オプションを行使した[42]。

2015年シーズンは、それまでMLB現役最高齢選手だったジアンビ、イバニェスが引退したことにより、現役最高齢選手となった[43]。

ブルージェイズ時代

2015年7月28日、ホセ・レイエス、ミゲル・カストロ、マイナー選手2名とのトレードで、トロイ・トゥロウィツキーとともにトロント・ブルージェイズへ移籍した[44]。ブルージェイズには、全30球団の選手で最年少であるロベルト・オスーナが所属しており、ホーキンスは全30球団の選手で最年長であるため、最年少選手と最年長選手が同時に所属する事となった[45]。

8月5日のツインズ戦で移籍後初セーブを記録し、これによりメジャー史上13人目の全30球団からセーブを挙げた投手となった[46]。ブルージェイズでは18試合に登板して防御率2.76・FIP2.77を記録し、移籍前よりも安定したピッチングを見せた。シーズントータルでは、年齢と同じ42の試合でマウンドに登り、3勝1敗3セーブ・防御率3.26という成績だった。ALCS敗退後の10月25日に自身のインスタグラムで現役引退を表明した[47]。

引退後

2016年9月に第4回WBC予選のブラジル代表コーチを務めた[48]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1995 MIN 66101230--.40013127.0393120191129268.671.89
1996 76000110--.50012426.1428900241124248.201.94
1997 20200006120--.333478103.1134194704586371675.841.75
1998 33330007140--.333840190.12272761151051021261115.251.51
1999 3333100101400.417803174.1238296021103901361296.661.71
2000 66000025147.28637087.28573211596034333.391.34
2001 62000015281.16724851.15933931367034345.961.91
2002 650000600131.00031080.16351510635023192.130.97
2003 74000093228.75031077.16941511755020161.861.09
2004 CHC 77000054254.55633382.072101452692027242.631.05
2005 2100001440.2008019.01847001300973.321.32
SF 45000014215.20016737.14031730301018174.101.53
'05計 66000028615.20024756.15872430431027243.831.46
2006 BAL 60000032016.60026160.17341530272030304.481.46
2007 COL 62000025017.28622555.15261610292021213.421.23
2008 NYY 3300001100.50017341.04231730232026265.711.44
HOU 240000201121.0007921.01105102510310.430.76
'08計 57000031112.75025262.05332240483029273.921.21
2009 650000141119.20025963.16071622452016152.131.20
2010 MIL 1800000306.0007416.0212612181015158.441.69
2011 52000031020.75020448.15011010282015132.421.24
2012 LAA 4800002316.40017842.04551310230020173.641.38
2013 NYM 720000321312.60028870.27161021551027232.931.15
2014 COL 57000043231.57122654.15231320323023203.311.20
2015 2400002123.6678922.12234102010993.631.16
TOR 18000010141.0007316.12213001400752.761.53
'15計 4200003137.75016238.2444710341016143.261.32
MLB:21年 1042982007594127184.44463231467.1160716345635219837077637024.311.41
  • 各年度の太字はリーグ最高

諸記録

背番号

  • 32 (1995年 - 2005年、2006年 - 2007年、2010年 - 2015年)
  • 23 (2006年)
  • 21 (2008年 - 同年途中)
  • 22 (2008年途中 - 2009年)

代表歴

コーチ歴

脚注

  1. “LaTroy Hawkins Contracts, Salaries, Cap Hits, & Transactions” (英語). Spotrac.com. 2014年12月27日閲覧。
  2. ブラッド・ラドキーとエリック・ミルトンの3人が14敗を記録した。
  3. ブラッド・ラドキーが同じく14敗を記録した。
  4. “Twins pick up 2003 options on Guardado, Hawkins and Prince”. MLB.com Twins Press Release (2002年10月28日). 2014年12月27日閲覧。
  5. 「30球団マンスリー・リポート シカゴ・カブス ウッドと長期契約の方針を表明 FAでは救援右腕ホーキンス獲得」『月刊メジャー・リーグ』 2004年2月号 ベースボール・マガジン社 77頁
  6. “Cubs agree to terms with free agent Hawkins”. MLB.com Cubs Press Release (2003年12月3日). 2014年12月27日閲覧。
  7. “Hawkins agrees to sign with Cubs”. ESPN MLB (2003年12月2日). 2014年12月27日閲覧。
  8. “Giants acquire LaTroy Hawkins from Cubs”. MLB.com Giants Press Release (2005年5月28日). 2014年12月27日閲覧。
  9. “Giants exercise 2006 options on Schmidt and Winn”. MLB.com Giants Press Release (2005年10月27日). 2014年12月27日閲覧。
  10. “Giants acquire lefty Kline from Orioles for Hawkins”. ESPN MLB (2005年12月6日). 2014年12月27日閲覧。
  11. “Rockies and right-handed pitcher LaTroy Hawkins agree to a one-year contract”. MLB.com Rockies Press Release (2006年12月5日). 2014年12月27日閲覧。
  12. “Rockies add Hawkins to bullpen”. ESPN MLB (2006年12月5日). 2014年12月27日閲覧。
  13. “Rockies place RHP LaTroy Hawkins on 15-day disabled list; Activate LHP Tom Martin from disabled list”. MLB.com Rockies Press Release (2007年4月24日). 2014年12月27日閲覧。
  14. “Rockies activate RHP LaTroy Hawkins from disabled list; option RHP Darren Clarke to Tulsa”. MLB.com Rockies Press Release (2007年5月22日). 2014年12月27日閲覧。
  15. Thomas Harding (2007年10月31日). “Rockies to decline option on Hawkins”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
  16. Troy E. Renck (2007年12月7日). “Rockies increase offer for Hawkins”. The Denver Post. 2014年12月27日閲覧。
  17. “Yankees sign right-handed pitcher LaTroy Hawkins”. MLB.com Yankees Press Release (2007年12月27日). 2014年12月27日閲覧。
  18. Bryan Hoch (2007年12月28日). “Yanks seal deal with Hawkins”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
  19. “Saga of No. 21 begins with respect Ensberg defers to O'Neill; Hawkins wears number for Clemente”. The Official Site of The New York Yankees. 2008年5月7日閲覧。
  20. “Yanks reliever Hawkins bows to fans' wishes, will switch to No. 22”. SportsLine.com(CBS). 2008年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月7日閲覧。
  21. “Astros acquire Hawkins from Yankees”. MLB.com Astros Press Release (2008年7月30日). 2014年12月27日閲覧。
  22. “Astros sign Hawkins to one-year deal”. MLB.com Astros Press Release (2008年11月7日). 2014年12月27日閲覧。
  23. 2009 Tournament Roster WBC公式サイト英語 2015年9月5日閲覧
  24. 2010年は300万ドル、2011年は400万ドルで、契約金は50万ドル。出来高は各年27万5000ドル。
  25. “Brewers Sign Free Agent Reliever LaTroy Hawkins”. MLB.com Brewers Press Release (2009年12月16日). 2014年12月27日閲覧。
  26. Adam McCalvy (2009年12月17日). “Hawkins, Brewers finalize two-year deal”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
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  30. Jordan Schelling (2010年8月22日). “Hawkins opts for right shoulder surgery”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
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  35. “Hawkins placed on DL; Downs still recovering”. MLB.com (2012年5月8日). 2014年12月27日閲覧。
  36. Anthony DiComo (2013年2月1日). “Mets ink reliever Hawkins to Minors deal”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
  37. 違約金は25万ドル。
  38. “Rockies sign LaTroy Hawkins to one-year deal”. MLB.com Rockies Press Release (2013年11月22日). 2014年12月27日閲覧。
  39. “LaTroy Hawkins joins Rockies”. ESPN MLB (2013年11月24日). 2014年12月27日閲覧。
  40. “2014 Major League Baseball Awards, All-Stars, & More Leaders”. Baseball-Reference.com. 2017年11月23日閲覧。
  41. Thomas Harding (2014年9月28日). “Hawkins logs 1,000th career appearance”. MLB.com. 2014年12月27日閲覧。
  42. “Rockies exercise team option on RHP LaTroy Hawkins”. MLB.com Rockies Press Release (2014年11月1日). 2014年12月27日閲覧。
  43. “2015 Major League Baseball Awards, All-Stars, & More Leaders”. Baseball-Reference.com. 2017年11月23日閲覧。
  44. Chris Towers (2015年7月28日). “Fantasy analysis: Breaking down the Troy Tulowitzki, Jose Reyes trade” (英語). CBSSports.com. http://www.cbssports.com/mlb/fantasy-baseball-today/25252130/all-star-shortstops-find-new-homes-in-trade 2015年7月29日閲覧。
  45. 月刊Slugger2015年10月号より
  46. “史上13人目の快挙!ブルージェイズ右腕が全球団からセーブを記録”. スポーツニッポン (2015年8月6日). 2015年8月10日閲覧。
  47. “LaTroyHawkins32 on Instagram”. Instagram (2015年10月25日). 2015年11月18日閲覧。
  48. (英語) 2016年10月25日閲覧
  49. “Career Leaders & Records for Games Played”. Baseball-Reference.com. 2017年11月23日閲覧。
  50. 公式記録となった1999年以降

関連項目

外部リンク

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