不信任決議

不信任決議(ふしんにんけつぎ)は、議会で不信任を決議することである。本項では、日本の地方自治体や国会における不信任決議について述べる。

日本の地方自治体での首長不信任決議

日本の地方自治体の議会には、地方自治法により普通地方公共団体の長に対する不信任決議が認められている。なお、日本の普通地方公共団体の長の不信任について地方自治法は「決議」ではなく「議決」の文言を用いている[1]

要件

地方自治法第178条の規定により、議員数の3分の2以上が出席する都道府県または市町村の議会の本会議において4分の3以上の賛成により成立する。地方自治法第281条以下に定められた東京都特別区においても、この規定が適用される。

不信任議決の要件は次の2つである(地方自治法第178条第3項)。

  1. 議員数の3分の2以上の者が出席
  2. 出席議員の4分の3以上の者が賛成

また、非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費を削除又は減額されたため長が再議に付した場合に、なお議会が削除又は減額すれば、首長はその議決を不信任の議決とみなすことができると規定されている(地方自治法第177条第3項)。

普通地方公共団体の議会において、当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をしたときは、直ちに議長からその旨を当該普通地方公共団体の長に通知しなければならない(地方自治法第178条第1項前段)。

「不信任の議決」の解釈

地方自治法第178条に定義される「不信任の議決」の解釈については、議会が首長に対する辞職勧告決議問責決議を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の賛成により可決した場合、首長に対する信任決議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、首長が提案した重要議案を議員数の3分の2以上の出席で4分の3以上の反対により否決した場合、議会が首長を刑事告発する決議をした(この具体的事例については後述)場合、などが含まれるか否か、という点で疑義を生じている。

以下のような判例または裁判例がある。

  • 「不信任の議決」とみなせるものを同法第177条第4項に該当するものに限定する(鹿児島地裁昭和25年11月21日判決)
  • 辞職勧告決議案の可決・信任決議案の否決や客観的に首長に対する不信任の意思を表明すると認められる議決は「不信任の議決」に含まれるとする(和歌山地裁昭和27年3月31日判決)
  • 首長が提案した重要議案を議会が4分の3以上の反対により否決した場合が含まれるとする(松江地裁昭和28年3月25日判決)
  • 辞職勧告決議は「不信任の議決」に含まれるがそれ以外の議決は含まれないとする説(青森地裁昭和33年2月27日判決)

効果

不信任議決があったときは、議長は直ちに首長に通知することになっている。不信任決議を受けた首長は、10日以内に議会を解散することができる(地方自治法第178条第1項後段)。解散しなければ10日が経過した時点で失職する(地方自治法第178条第2項)。また、議会を解散した場合において、選挙後に初めて招集された議会で再び不信任決議案が提出された場合は出席議員の過半数の賛成で成立し、首長は議長から通知があった日において失職する(地方自治法第178条第2項・第3項)。

首長に対する不信任決議は成立要件が非常に厳しく、議員にとっても首長からの解散による失職のリスクを伴うため提出には慎重になり、拘束力のない辞職勧告決議になることも多い。

近年は非保守系首長(革新系首長を含む)である一方で保守系議員が圧倒的多数を占める議会というオール野党状態である自治体で、非保守系(革新系を含む)の首長を追い落とすために不信任決議を利用するケースも見られるようになった。時系列順には、1999年の足立区長選、2002年の長野県知事選、2003年の徳島県知事選、2007年の東大阪市長選がこれに該当する。長野県知事選以外では不信任の対象となった首長は落選しており、保守会派の影響力を背景にした不信任決議の可決は、成功率が高いことが分かる。特に、最初の例となった足立区長選では、自公は国政選挙並みの姿勢で臨み、同年10月の自自公連立政権への布石となったといわれている。この場合は、議員個人の落選する危険性と、保守系首長を当選させる利益を天秤に掛けて不信任決議を出すかどうかが選択されることになる。また、議会側が不信任可決に対して議会解散のリスクを少なくするため、議員任期満了間際という時期に不信任決議を可決させ、首長が対抗措置として議会解散権の効果を減らすことを考慮する場合がある。

具体的実例

(肩書きは、いずれも当時のもの)

都道府県知事に対して

可決年月日都道府県不信任対象者その後
1976年12月14日岐阜県平野三郎既に汚職事件で書類送検されていたが、可決した当日に辞任。
2002年7月5日長野県田中康夫失職を選択し、出直し選挙立候補(当選)。
2003年3月20日徳島県大田正失職を選択し、出直し選挙立候補(落選)。
2006年12月1日宮崎県安藤忠恕当初は失職を選択し出直し選挙立候補への構えを見せていたものの、県政混乱の責任をとり12月3日に辞職表明(翌4日で議会が許可)。

市町村長に対して

  • 1959年2月20日公印不正使用や不渡手形の乱発などで書類送検された山口市の長井秋穂市長を市議会が不信任。翌22日に逮捕・収監された長井は27日に市議会を解散したが、市長に対するリコール運動の盛り上がりから5月22日に辞職した。
  • 1964年9月10日滋賀県能登川町の中村甚試町長が、町議会多数派との対立から不信任。中村は町議会を解散したものの、改選後の町議会で再度不信任、12月11日に行われた出直し町長選に立候補して再度当選した。
  • 1967年4月1日埼玉県加須市の中田重蔵市長による議会軽視に対し不信任決議が可決。中田は市議会を解散したものの、改選後の市議会でも再度不信任され、出直し市長選に立候補したが落選した。
  • 1969年12月22日長野県更埴市(現:千曲市)の坂口登市長による独善的な市政運営に対し不信任決議が可決。坂口は市議会を解散したものの、改選後の市議会でも再度不信任され、出直し市長選に立候補したが落選した。
  • 1972年10月7日、浪速医科大学不正事件で逮捕された堺市土師半六市長に対し不信任決議が可決。土師は11日に辞意を表明した。
  • 1973年12月20日、収賄容疑で逮捕された茨城県岩井市(現:坂東市)の富山光男市長に対し不信任決議が可決。富山は即日市議会を解散したものの、改選後の市議会で再度不信任決議が可決されて失職。翌年4月28日に行われた出直し市長選に立候補するが、落選した。
  • 1974年6月21日、補正予算の専決処分をめぐって大阪府松原市議会が、長谷川正彦市長への不信任決議を可決。長谷川は28日に市議会を解散したものの、改選後の市議会で再度不信任決議が可決されて失職した。
  • 1981年2月17日、公務出張の際に私的に親しい女性を同伴させていたとして、東京都小金井市星野平壽市長に対する不信任決議が可決。星野は27日に市議会を解散させるが、改選後の市議会でも再度不信任されることが確実になったことから4月15日に辞任を表明した。
  • 1991年4月2日、1月に当選したばかりの香川県観音寺市今津礼二郎市長を、反市長派が多数を占める市議会が不信任。今津は直ちに市議会を解散させるが、改選後の市議会でも反市長派が多数を占め再度不信任。市長を失職したものの、7月1日に行われた出直し市長選では再選を果たした
  • 1996年8月4日、前日に就任した島根県益田市田中八洲男市長に対し、私立大学誘致を巡る対立から市議会が不信任。12日に田中は市議会を解散したものの、市議会議員の任期が25日までしかなかったことから市長と同時に改選された新しい市議の任期が13日からに繰り上がる珍しい事態となった。
  • 2005年6月23日奈良市議会において、公職選挙法違反容疑で書類送検された鍵田忠兵衛市長に対する不信任決議が可決された例がある。可決後、鍵田は市議会を解散した上で自らも市長を辞職したが、落選した。
  • 2006年4月25日、愛知県大治町において、伊藤義範町長が大雨洪水警報発表中に私用でゴルフに出ていた件や議場で暴言を吐いたことで、議会で不信任決議が可決された。5月1日辞職。
  • 2006年6月28日静岡県新居町において、市町村合併の路線対立から、浜松市との合併推進派の古橋武司町長に対する不信任決議が可決された。古橋は議会を解散すると共に自らも辞職し、町長選に立候補するも落選し、湖西市との合併を志向する中嶋正夫が当選した。
  • 2006年8月18日宮城県七ヶ宿町において、町有林問題で混乱を招いたとして、高橋国雄町長に対する不信任決議が可決された。8月28日、高橋は議会を解散し自らも辞職したのち、選挙に立候補するも落選した。
  • 2007年1月9日愛媛県松野町において、市町村合併の路線対立から町長派と反町長派の対立が激化し、岡武男町長に対する不信任決議が可決された。岡は議会解散を選択し、選挙の結果、町長派が多数派となった。
  • 2007年3月29日兵庫県加西市において、職員採用及び市長の公用車の単独使用について不正があったとして中川暢三市長に対する不信任決議が可決された。中川は2007年4月5日に議会を解散したが、市議選後の5月13日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し市長選挙として行われた2007年6月17日執行の加西市長選に立候補し、再度当選した。
  • 2007年9月3日大阪府東大阪市において、自民・公明・一部のリベラル派により、長尾淳三市長の不信任決議案が賛成38、反対10で可決された。長尾は議会の任期満了が近かったためもあり、失職を選択。10月28日に執行された出直し市長選挙に市民の信任を再び問うたが長尾は落選し、野田義和が当選した。
  • 2009年2月6日鹿児島県阿久根市において、ブログでの言動が刑事告発に発展した問題や、議会を無視した人事があったとして、竹原信一市長に対する不信任決議が可決された。竹原は市議会解散を選択し、2月22日の市議選では市長派議員を当選させたが、4月17日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し市長選挙として行われた2009年5月31日執行の阿久根市長選に立候補し、再度当選した。
  • 2009年3月24日愛知県西尾市において、受託収賄罪で逮捕された中村晃毅市長に対する不信任決議が可決された。中村は拘置中のまま市議会解散を選択したが、5月3日執行の市議選で選出された議員は、5月20日に全会一致で不信任決議を再可決したため、中村は自動失職。出直し市長選挙への出馬を断念した。出直し市長選挙は、6月28日の告示日に、榊原康正無投票当選を決めた。
  • 2009年4月20日三重県尾鷲市において、税理士法違反で罰金刑を受けた奥田尚佳市長に対する不信任決議が可決された。奥田は市議会解散を選択したが、不信任に賛成した議員は全員再選され、市議選後の6月19日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し市長選挙として行われた2009年7月26日執行の尾鷲市長選に立候補したが、落選した。
  • 2010年9月2日埼玉県草加市において、収賄罪で有罪判決を受けた元助役を擁護する個人的見解の表明に定例記者会見、広報紙、議会報告など公の場を利用した木下博信市長に対する不信任決議が可決された。木下は市議会解散を選択したが、市議選後の10月27日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し市長選挙として行われた2010年12月12日執行の草加市長選に立候補したが、落選した。
  • 2011年3月28日千葉県白井市において、自身の政治団体への寄付や有権者への年賀状の発送の公職選挙法違反や北総鉄道への補助金支出が市議会で再三否決されたにもかかわらず、市長の専決事項で補助金を支出したことにより横山久雅子市長に対する不信任決議が可決された。横山は当初、市議会を解散する意向だったが、不信任決議が可決されてから10日以内に市議会を解散しなかったため、地方自治法第178条の規定により4月8日に市長を自動失職した。横山は出直し市長選挙に立候補したが、落選した。
  • 2012年12月20日福島県双葉町において、東京電力福島第一原発事故で生じた汚染土壌を搬入する放射性廃棄物中間貯蔵施設についての福島県と双葉郡8町村の会議に欠席した井戸川克隆町長に対する不信任決議が可決された。井戸川は町議会解散を選択したが、その後町長辞職を表明し退任した。
  • 2013年1月9日愛媛県西条市において、選挙で新市役所庁舎の建設見直しを訴えて当選したがその後工事続行を決め、その対応が公約違反だとして青野勝市長に対する不信任決議が可決された。青野は市議会解散を選択し、選挙後も混乱は続いたが不信任決議の再可決は行われなかった。
  • 2013年6月10日兵庫県上郡町工藤崇町長に対し、反町長派が多数を占める町議会との対立から不信任決議が可決された。工藤は町議会解散を選択したが、同日体調不良を理由に町長を辞職した。
  • 2015年3月16日宮城県黒川郡大衡村において、村の50代の女性職員に性的関係を強要したり、1300通ものメールを送りつけたりするパワハラセクハラ行為を行ったとして損害賠償を求める訴訟を起こされている跡部昌洋村長に対する不信任決議が可決された。跡部は村議会解散を選択したが、その2日後に村長を辞職した。
  • 2015年8月3日北海道松前郡福島町において、選挙で当選して町長に就任したら便宜を図るよう、IT関連会社の元取締役の男から依頼され、100万円を受け取ったとして事前収賄罪に問われている佐藤卓也町長に対する不信任決議が可決された。佐藤は辞職と町議会解散のいずれも選択せず、地方自治法の規定に基づき失職した。
  • 2017年10月27日福岡県太宰府市において、選挙公約の撤回や副市長の解職など「市政の混乱や停滞を招くなどリーダーとしての資質を欠いている」として芦刈茂市長に対する不信任決議が全会一致で可決された。芦刈は市議会解散を選択したが[2]、市議選後の12月12日に召集された市議会にて不信任決議が再可決され失職した。
  • 2018年7月27日群馬県利根郡みなかみ町において、同町内の団体女性職員に対するセクシャルハラスメント行為を行った疑惑を持たれた前田善成町長に対し、『(町長の疑惑により)観光地としてのイメージの失墜、行楽シーズンを控えて観光に携わる人々からの不安の声が高まっている』などとして、臨時の町議会において不信任決議案が可決された[3]。前田は不信任決議に対抗し町議会を解散したが[4]、町議選では支持勢力が大敗し、その責任を取るとして9月10日に辞職願を提出した[5]。しかし、9月18日に召集された町議会では前田の辞職願に同意せず、『一連のセクハラ問題で町政を混乱させた責任を取るべきだ』として2度目となる不信任決議案が提出され、全会一致で再可決されたことから前田は失職した[6][7]
  • 2020年3月24日奈良県宇陀市において、保養施設の指定管理者を専決処分で決めたことなどを巡って議会と対立していた高見省次市長に対する不信任決議が可決された。高見は議会解散を選択したが、市議選後の5月15日に開かれた臨時市議会にて不信任決議が再可決され失職した。
  • 2022年6月17日東京都あきる野市において、介護老人福祉施設の誘致を巡る村木英幸市長の対応を巡り同市議会が「議会軽視だ」と反発し両者が対立、この日の臨時本会議にて村木に対する不信任決議が審議され、賛成20・反対1の大差で可決された[8]。不信任決議を受けた村木は23日に市議会解散を選択したが[9]、市議選後の7月28日に市議会にて不信任決議が再可決され失職した[10]
  • 2022年9月16日富山県中新川郡舟橋村において、村役場内のパワーハラスメント問題を調査していた第三者委員会が「村長や副村長など管理監督者のコンプライアンス意識の欠如がパワーハラスメントを蔓延させた」と結論付けたことから村議会で古越邦男村長に対する不信任決議案が提出され、この日の村議会本会議で議長を含む6人の議員全会一致で可決された。不信任決議を受けた古越は直ちに村議会解散を決断し、議会に対して解散を伝達した[11]。しかし選挙後の同年10月26日の村議会で古越に対する2度目の不信任決議が可決され、古越は村長を同日付で失職した[12]
  • 2022年9月26日兵庫県揖保郡太子町において、町教育長が教育委員を務める女性に対してセクシャルハラスメントを働いた問題が発覚し、当該人物が教育長を辞職する騒動に発展したが、事態の真相究明に対して服部千秋町長が消極的であるとして町議会側が反発を強め、この日の町議会本会議において町長不信任決議案が提出され、審議及び採決の結果、賛成9・反対3にて可決された[13]。服部は失職を選択し、出直し町長選挙に立候補する[14]も、同年11月13日の投開票では新人で反服部派の町議などが支援する元教育長の沖汐守彦に敗れた[15]
  • 2023年11月27日愛知県愛知郡東郷町において、町長の井俣憲治による同町職員へのハラスメント疑惑が浮上し、同町議会臨時会で井俣に対する不信任決議が審議されたが、採決の結果、賛成10、反対6で否決された[16][17][18]

特別区の区長に対して

(以下○○区とあるのはすべて東京都の特別区である(記載時点では東京都にのみ特別区が存在している))

可決年月日特別区不信任対象者その後
1967年5月17日練馬区須田操区議会を解散したものの、改選後の区議会では与党が過半数割れし6月2日に辞意を表明(21日付で区長退任)。
1993年9月21日葛飾区出口晴三区議会を解散したものの、改選後の区議会で再度不信任案が可決されて失職。再可決前に出口区長は、公職選挙法違反容疑で逮捕された。
1999年4月1日足立区吉田万三解散を選択したが、吉田与党の共産は2議席を増やしたものの、自民自由公明民主の圧倒的多数は変わらず、5月28日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し区長選挙となり、6月20日の投開票で、自自公民推薦の鈴木恒年に敗れ落選した。

地方自治法上の「不信任の議決」が成立しているか争いがある事例として、東京都千代田区石川雅己区長が行った区議会の解散通知(2020年7月28日)の根拠が挙げられる。区議会は同月27日に、石川区長を地方自治法違反(偽証、証言拒否)の疑いで刑事告発する旨の決議を行ったところ、石川区長がこの決議は区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」であるとして、前述の区議会の解散通知を行った。一方区議会の小林孝也議長は、前述の刑事告発決議は、区議会の解散根拠となりうる「不信任決議」にはあたらず、よって前述の区議会の解散通知は無効であるとして解散に応じないとしている[19]。25人の区議全員が解散の無効と執行停止を求め提訴し、 8月7日、東京地方裁判所は議会による刑事告発は不信任議決と同一とはいえないとして、解散通知の効力を停止する決定をした[20]。決定を受け石川は11日に解散通知を取り消し、謝罪した[21]。2021年8月29日、東京地裁は解散通知について「告発は捜査機関に処罰を求めるものにすぎず、不信任には当たらない。解散処分は要件を欠いており、違法」とした上で、石川が既に取り消したことを理由に処分の無効確認の訴えを却下した[22]

国会での不信任決議

国会で不信任決議を行う場合、憲法上規定されている衆議院本会議における出席議員の過半数による内閣不信任決議日本国憲法第56条第2項第69条)とそれ以外の法的拘束力のない不信任決議がある。法的拘束力がない不信任決議の対象は衆参両院の役員(議長・副議長・委員長・事務総長等)及び個々の政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対して用いられる。衆参両院の役員に対しては、委員会で不信任決議を行う場合がある。慣例上、法的効果の有無に関わらず先決問題とされ、基本的には最優先で審議される。

政治任用職者への不信任決議

衆議院において内閣全体ではなく個々の閣僚に対して不信任決議がなされることもあるが、法的に辞職を強制するものではなく憲法第69条のような効果も生じない[23][24]。ただし、個々の閣僚に対する不信任決議であっても、内閣はこれを内閣全体の基本政策に対する不信任の意思表示であるとみて衆議院を解散しあるいは総辞職することは可能と解されている[25]。なお、参議院では政治任用職にある者(国務大臣・副大臣等)に対しては問責決議が行われている。

1992年のPKO国会では、PKO法案の採決引き伸ばしを狙う野党が、議事妨害の一環として、先決問題である閣僚不信任案を全員分一件ずつ提出してはその度に討論と記名投票を行わせる構えを見せた。これに対して与党は内閣信任決議案を提出し可決させた。その上で、内閣信任決議が行われた以上は、個別の閣僚に対する不信任案の審議は一事不再議の慣例に抵触するため不要であるとした。

衆議院本会議での国務大臣等への不信任決議議決例
本会議採決日対象者役職採決票差備考
 
1948年(昭和23年)6月24日にしお/西尾末広国務大臣否決178209031日本国憲法下初の閣僚不信任決議採決。いわゆる無任所大臣副総理
1949年(昭和24年)11月25日もり/森幸太郎農林大臣否決120239119他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。
1950年(昭和25年)3月4日いけた/池田勇人大蔵大臣
通商産業大臣
否決099178079他に同種1案あり。一事不再議により採決せず。
1951年(昭和26年)03月29日よした/吉田茂外務大臣否決少数多数不明起立採決。
1951年(昭和26年)03月31日おおはし/大橋武夫国務大臣法務総裁否決少数多数不明起立採決。
1951年(昭和26年)11月8日いけた/池田勇人大蔵大臣否決少数多数不明起立採決。議事日程上1案。
(個別2案の一括採決ではない。)
根本龍太郎農林大臣
1952年(昭和27年)02月27日おかさき/岡崎勝男国務大臣否決少数多数不明起立採決。補職は賠償庁長官。
1952年(昭和27年)06月10日きむら/木村篤太郎法務総裁否決少数多数不明起立採決。
1952年(昭和27年)11月28日いけた/池田勇人国務大臣可決208201007翌日辞任。補職は通商産業大臣・経済審議庁長官。
1953年(昭和28年)8月3日おかさき/岡崎勝男外務大臣否決133193060
1954年(昭和29年)3月20日おおたち/大達茂雄文部大臣否決134268134
1954年(昭和29年)4月10日いぬかい/犬養健法務大臣否決123236113
1955年(昭和30年)07月25日すきはら/杉原荒太国務大臣否決132228096補職は防衛庁長官。
1955年(昭和30年)12月16日しけみつ/重光葵外務大臣否決135259124
1956年(昭和31年)03月20日おおた/太田正孝国務大臣否決141237096補職は自治庁長官。
1956年(昭和31年)03月22日しけみつ/重光葵外務大臣否決139249110副総理
1956年(昭和31年)04月19日きよせ/清瀬一郎国務大臣否決146234112補職は文部大臣。
1956年(昭和31年)04月29日こはやし/小林英三国務大臣否決153254101補職は厚生大臣。
1956年(昭和31年)05月23日ふなた/船田中防衛庁長官否決137208071
1956年(昭和31年)05月23日いちまた/一万田尚登大蔵大臣否決137227090
1956年(昭和31年)11月26日くらいし/倉石忠雄労働大臣否決139247108
1957年(昭和32年)5月14日まつうら/松浦周太郎労働大臣否決141216075
1958年(昭和33年)04月9日いちまた/一万田尚登大蔵大臣否決116219103
1958年(昭和33年)12月23日なたお/灘尾弘吉文部大臣否決145227082
1959年(昭和34年)02月17日なかの/永野護運輸大臣否決135239104
1959年(昭和34年)11月27日ふしやま/藤山愛一郎外務大臣否決133198065
1961年(昭和36年)6月6日すとう/周東英雄農林大臣否決132216084
1962年(昭和37年)4月5日こさか/小坂善太郎外務大臣否決148236088
1962年(昭和37年)4月28日やすい/安井謙自治大臣否決099180081
1963年(昭和38年)3月1日おおひら/大平正芳外務大臣否決122259137
1963年(昭和38年)6月22日おおはし/大橋武夫労働大臣否決118199081
1964年(昭和39年)4月28日かや//賀屋興宣法務大臣否決107229122
1965年(昭和40年)02月23日しいな/椎名悦三郎外務大臣否決148248100
1965年(昭和40年)11月10日しいな/椎名悦三郎外務大臣否決134159025否決例における最小の票差。
1965年(昭和40年)11月10日さかた/坂田英一農林大臣否決088137049
1965年(昭和40年)11月10日ふくた/福田赳夫大蔵大臣否決126164035
1965年(昭和40年)11月10日みき/三木武夫通商産業大臣否決090148058
1967年(昭和42年)8月4日ほう/坊秀男厚生大臣否決143202059
1967年(昭和42年)8月6日ふしえた/藤枝泉介自治大臣
国家公安委員会委員長
否決150221071
1967年(昭和42年)8月6日みすた/水田三喜男大蔵大臣否決124210094
1967年(昭和42年)8月7日きむら/木村俊夫国務大臣否決112216104補職は内閣官房長官。
1969年(昭和44年)7月12日さいとう/斎藤昇厚生大臣否決121180059
1969年(昭和44年)7月29日さかた/坂田道太文部大臣否決118218100
1971年(昭和46年)10月27日ふくた/福田赳夫外務大臣否決169274105
1971年(昭和46年)10月27日たなか/田中角栄通商産業大臣否決171280109
1973年(昭和48年)9月21日やまなか/山中貞則防衛庁長官否決161241080
1973年(昭和48年)9月21日おくの/奥野誠亮文部大臣否決161230069
1975年(昭和50年)07月1日ふくた/福田一自治大臣否決少数多数不明起立採決。他の補職は国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官。
1975年(昭和50年)07月1日おおひら/大平正芳大蔵大臣否決少数多数不明起立採決。
1975年(昭和50年)10月25日むらかみ/村上勇郵政大臣否決160222062
1975年(昭和50年)10月25日おおひら/大平正芳大蔵大臣否決160217057
1977年(昭和52年)5月11日みはら/三原朝雄防衛庁長官否決147232085
1977年(昭和52年)5月11日ふした/藤田正明総理府総務長官
沖繩開発庁長官
否決167228061
1987年(昭和62年)4月23日みやさわ/宮澤喜一大蔵大臣否決191282091
1997年(平成9年)04月22日ちかおか/近岡理一郎科学技術庁長官否決少数多数不明起立採決。
1997年(平成9年)11月25日みつつか/三塚博大蔵大臣否決214259045
2002年(平成14年)2月5日たけへ/武部勤農林水産大臣否決186276090
2004年(平成16年)8月5日さかくち/坂口力厚生労働大臣否決185279092
2007年(平成19年)5月31日やなきさわ/柳澤伯夫厚生労働大臣否決131333202
2010年(平成22年)05月31日あかまつ/赤松広隆農林水産大臣否決141306165
2010年(平成22年)11月15日せんこく/仙谷由人内閣官房長官否決152314162
2010年(平成22年)11月15日まふち/馬淵澄夫国土交通大臣否決151316165
2014年(平成26年)6月20日いしはら/石原伸晃環境大臣否決142326184
2016年(平成28年)11月10日やまもと/山本有二農林水産大臣否決125323198
2016年(平成28年)11月29日しおざき/塩崎恭久厚生労働大臣否決122338216
2017年(平成29年)5月18日かねだ/金田勝年法務大臣否決125334209
2018年(平成30年)5月22日もてぎ/茂木敏充国務大臣否決135320185補職は経済再生担当大臣・経済財政政策担当大臣。
2018年(平成30年)5月25日かとう/加藤勝信厚生労働大臣否決130300170他の補職は拉致問題担当大臣。
2018年(平成30年)6月15日いしい/石井啓一国土交通大臣否決131322191他の補職は水循環政策担当大臣。
2018年(平成30年)11月27日やました/山下貴司法務大臣否決139309170
2019年(平成31年)3月1日ねもと/根本匠厚生労働大臣否決132317185他の補職は働き方改革担当大臣。
2019年(令和元年)6月21日あそう/麻生太郎財務大臣否決132317185他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。
2020年(令和2年)2月27日もり/森まさこ法務大臣否決136319183
2021年(令和3年)4月1日たけだ/武田良太総務大臣否決130322192
2023年(令和5年)5月18日すずき/鈴木俊一財務大臣否決108343235記名投票における最大の票差。他の補職は金融担当大臣・デフレ脱却担当大臣。
2023年(令和3年)12月12日まつの/松野博一内閣官房長官否決166278112他の補職は拉致問題担当大臣・沖縄基地負担軽減担当大臣
※太字は不信任決議可決例
※役職欄に記載の職名は当該不信任決議案の題名に用いられた表記による(必ずしも法的に正式な表記ではない)。
※これらのほかにも、決議案提出後(撤回、会期終了等により)採決に至らなかったものが多数ある。

国会役職者への不信任決議

議会が自ら選任した役員を解任するには国会法など議会法上に特段の定めがある場合を除き許されない[26]。国会法は常任委員長についてのみ解任規定を置いている(国会法第30条の2)。しかし、議会運営を混乱させて責任を明らかにする必要がある場合や誠実に職務を執行せず議会運営が停滞しているとみられる場合には当該役員に対して自ら職を辞するよう不信任決議をなしうる[27](常任委員長に対しても解任が相当とまではいえない場合には不信任決議をなしうる)。不信任決議によって辞任が強制されたりすることはなく決議に拘束力はないが、当該役員は在任の根拠を失うため自らの進退を決する政治的・道義的責任を負うこととなる[26]。国会役職者に対する不信任決議については法的拘束力があるとみる学説も存在するが、1961年6月8日の「衆議院副議長久保田鶴松君不信任決議案」においてはその可決によっても当然に失職とされたわけではなく、同日午後に久保田副議長から清瀬一郎議長宛に辞職願が提出されたのを受け、国会法第30条に基づいて「副議長久保田鶴松君辞職の件」として記名投票による採決が行われた上で辞職が許可されている[28]

衆議院規則は議員が議長・副議長・仮議長のいずれかの信任又は不信任に関する動議若しくは決議案を発議するときは、理由を附して50人以上の賛成者と連署して議長に提出しなければならないとする(衆議院規則第28条の2第1項・第3項)。発議要件について参議院規則には同旨の規定はないが、同様の重い発議要件を課すべきとされる[26]

役員の不信任に関する議事は一般の議事に対しては優先して扱われる。議長の不信任決議案が発議された場合、国会法上の「議長に事故がある」ものとして扱われる(昭和53年衆議院先例集66)[29]。そして国会法の規定に従って副議長が議長の職務を行い決議案の採決が行われる(国会法第21条)。

なお、常任委員長に対する解任決議は本会議で「その院の決議をもって」行われ(国会法第30条の2)、常任委員会における不信任決議においてこの規定を援用して委員長を解任することはできない[29](法的拘束力のない不信任決議をなしうるにとどまる)。委員長の信任または不信任動議の議事は、慣例では委員長の指名する委員会理事が代行する[注 1]

本会議での国会役職者への不信任決議議決例
本会議採決日議院対象者役職採決票差備考
 
1949年(昭和24年)05月31日参議院松嶋喜作副議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1949年(昭和24年)11月30日衆議院岩本信行副議長否決129228099
1952年(昭和27年)6月27日参議院佐藤尚武議長否決031171140
1952年(昭和27年)7月1日参議院佐藤尚武議長否決028118090
1952年(昭和27年)7月31日衆議院岩本信行副議長否決102202100
1953年(昭和28年)8月1日衆議院堤康次郎議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1954年(昭和29年)6月5日衆議院堤康次郎議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1956年(昭和31年)5月30日参議院寺尾豊副議長否決068122054
1956年(昭和31年)6月2日参議院芥川治事務総長否決049128079
1959年(昭和34年)04月3日参議院松野鶴平議長否決06591026参議院における記名投票での最小の票差。
1959年(昭和34年)12月21日衆議院加藤鐐五郎議長否決116224092
1961年(昭和36年)6月8日衆議院清瀬一郎議長否決134223089
1961年(昭和36年)6月8日衆議院久保田鶴松副議長可決207150-057即日辞任。
1962年(昭和37年)12月22日参議院重宗雄三議長否決062101039
1962年(昭和37年)12月22日参議院重政庸徳副議長否決056105049
1963年(昭和38年)6月22日衆議院清瀬一郎議長否決129215086
1963年(昭和38年)6月22日衆議院原健三郎副議長否決113178065
1963年(昭和38年)6月29日参議院重宗雄三議長否決075110035
1965年(昭和40年)05月27日参議院重政庸徳副議長否決056104048
1965年(昭和40年)05月27日参議院重宗雄三議長否決056105049
1965年(昭和40年)12月03日衆議院田中伊三次議長否決101173072
1965年(昭和40年)12月10日参議院重宗雄三議長否決069122053
1965年(昭和40年)12月10日参議院河野謙三副議長否決087120033
1969年(昭和44年)7月11日衆議院石井光次郎議長否決130187057衆議院における記名投票での否決の最小の票差。
1969年(昭和44年)7月11日衆議院小平久雄副議長否決146204058
1969年(昭和44年)7月26日衆議院松田竹千代議長否決125212087
1969年(昭和44年)7月27日衆議院藤枝泉介副議長否決134219085
1969年(昭和44年)8月3日参議院安井謙副議長未決000-00-000-議長が大学管理法案の繰上げ採決を行ったため紛糾し未決。
1970年(昭和45年)1月14日参議院重宗雄三議長否決098128030
1971年(昭和46年)11月26日衆議院船田中議長否決101263162
1971年(昭和46年)11月26日衆議院荒舩清十郎副議長否決094254160
1975年(昭和50年)6月30日参議院河野謙三議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1975年(昭和50年)07月3日参議院前田佳都男副議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1975年(昭和50年)12月12日参議院河野謙三議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1978年(昭和53年)6月14日参議院安井謙議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1982年(昭和57年)7月30日参議院徳永正利議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1983年(昭和58年)11月28日参議院木村睦男議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1992年(平成4年)6月07日参議院長田裕二議長否決001少数999多数999不明起立採決。
1992年(平成4年)6月13日衆議院櫻内義雄議長否決157326169PKO国会
1995年(平成7年)6月13日衆議院土井たか子議長否決186298112終戦50年決議の取扱について。
1995年(平成7年)6月13日衆議院鯨岡兵輔副議長否決184299115終戦50年決議の取扱について。
1997年(平成9年)12月12日参議院斎藤十朗議長否決096143047
1999年(平成11年)8月12日参議院斎藤十朗議長否決092139048
2000年(平成12年)10月19日参議院井上裕議長否決096126030
2000年(平成12年)11月21日衆議院綿貫民輔議長否決001少数999多数999不明起立採決。
2002年(平成14年)7月31日参議院倉田寛之議長否決097135038
2004年(平成16年)6月5日参議院倉田寛之議長否決020128108参議院における記名投票での最大の票差。
2004年(平成16年)6月5日参議院川村良典事務総長否決001少数[注 2]999多数999不明起立採決。[注 3]
2007年(平成19年)6月20日衆議院河野洋平議長否決118319201
2010年(平成22年)2月25日衆議院横路孝弘議長否決115326211衆議院における記名投票での最大の票差。
2012年(平成24年)8月10日参議院平田健二議長否決42194152参議院における押しボタン式投票での最大の票差。
2013年(平成25年)6月26日参議院平田健二議長否決100128028
2015年(平成27年)9月18日参議院山崎正昭議長否決76148072平和安全法案の取扱について。
2016年(平成28年)12月14日参議院伊達忠一議長否決72167095
2018年(平成30年)7月19日参議院伊達忠一議長否決69154085
2022年(令和4年)6月9日衆議院細田博之議長否決105288183
※太字は不信任決議可決例
委員会での国会役職者への不信任決議可決例
委員会採決日議院委員会不信任対象者役職備考
1948年(昭和23年)12月22日衆議院予算委員会上林山栄吉委員長辞任拒否。
1994年(平成6年)1月12日参議院政治改革に関する特別委員会本岡昭次委員長即日辞任。
2007年(平成19年)6月18日衆議院懲罰委員会横光克彦委員長辞任拒否。

脚注

注釈

  1. ただし当日中に議決に至らない場合には、次回の委員会開会日時を委員長が設定する。委員長代行の者に委任してもよい。(衆議院委員会先例集 平成4年版 1.3(29) p.36)
  2. 会議録では「なしと認めます」と発言があったことから、実際の起立者は0人だった。
  3. 当初は押しボタン式投票で行う予定だったが機械の故障により起立採決に変更された。

出典

  1. 『法令用語事典 第八次改定版』 学陽書房、2001年、204頁
  2. “福岡・太宰府市長を不信任 市議会、全会一致で可決”. アサヒ・コム. 朝日新聞社. (2017年10月27日). http://www.asahi.com/articles/ASKBV6KPNKBVTIPE028.html 2017年10月27日閲覧。
  3. "町長のセクハラ問題、不信任案を可決 群馬・みなかみ". アサヒ・コム. 朝日新聞社. 27 July 2018. 2018年7月27日閲覧
  4. 【みなかみ町長セクハラ問題】前田善成町長、不信任に対抗し町議会を解散 - 産経ニュース 2018年8月6日
  5. セクハラ疑惑の町長が辞職願提出 町議選大敗の責任取る 群馬県みなかみ - 産経ニュース 2018年9月10日
  6. "みなかみ町長 自動失職 議会、不信任決議案を可決". 毎日新聞デジタル. 毎日新聞社. 18 September 2018. 2018年9月18日閲覧
  7. “みなかみ町長 再度不信任で失職”. NHK NEWS WEB 群馬. NHK ONLINE. (2018年9月18日). オリジナルの2018年9月18日時点におけるアーカイブ。. https://www.freezepage.com/1537242113LOTLNYROAM 2018年9月18日閲覧。
  8. "あきる野市長の不信任決議が可決 介護施設の誘致めぐり「議会軽視」". 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 17 June 2022. 2022年6月17日閲覧
  9. "不信任の市長、議会を解散 東京・あきる野". 産経ニュース. 産経デジタル. 23 June 2021. 2021年6月23日閲覧
  10. “東京・あきる野市長が失職 議会と対立、再び不信任”. 産経新聞. (2022年7月28日). https://www.sankei.com/article/20220728-LZP6JOOLM5JBJP4ZHMQO34V2UM/ 2022年7月28日閲覧。
  11. "〈詳報〉村議会を解散、村議選へ 村長の不信任 全会一致で可決 日本一小さな村のパワハラ問題 富山・舟橋村". 北國新聞Digital. 北國新聞社. 16 September 2022. 2022年9月16日閲覧
  12. 舟橋村議会で古越村長の不信任決議案再び可決 失職し選挙へ - NHK NEWS WEB 2022年10月26日
  13. "太子町長の不信任決議案、賛成多数で可決町議会解散か失職か、選択へ". 神戸新聞NEXT. 神戸新聞社. 26 September 2022. 2022年9月29日閲覧
  14. “議会で不信任決議可決の太子町長 失職を選択、出直し町長選に立候補へ”. 神戸新聞. (2022年10月5日). https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202210/sp/0015697276.shtml 2022年10月10日閲覧。
  15. 【更新】出直し太子町長選、前職敗れる 新人の元教育長、沖汐氏が当選 - 神戸新聞NEXT 2022年11月13日
  16. “パワハラ、セクハラ疑惑の町長 議会が不信任案を否決 愛知・東郷”. 毎日新聞. (2023年11月27日). https://mainichi.jp/articles/20231127/k00/00m/010/157000c 2023年11月27日閲覧。
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  18. “”パワハラ発言”問題 東郷町の町長の不信任決議案は否決 愛知県”. NHK. (2023年11月27日). https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/104161.html 2023年11月27日閲覧。
  19. “千代田区長の議会解散、地裁が執行停止 区議側は歓迎”. 朝日新聞. (2020年8月8日). https://www.asahi.com/amp/articles/ASN884597N87UTIL047.html 2022年7月28日閲覧。
  20. “千代田区長が議会解散通知を取り消し 地裁決定受け 「区政停滞させおわび」”. 毎日新聞. (2020年8月11日). https://mainichi.jp/articles/20200811/k00/00m/040/235000c.amp 2022年7月28日閲覧。
  21. “前区長の議会解散「違法」 東京地裁、無効確認は却下”. 日本経済新聞. (2021年6月29日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE298UP0Z20C21A6000000/ 2022年7月28日閲覧。
  22. 伊藤正己著 『憲法 第三版』 弘文堂、1995年、523頁
  23. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、121頁
  24. 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、844頁
  25. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、265頁
  26. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、264-265頁
  27. 第38回国会 衆議院 本会議 第54号 昭和36年(1961年)6月8日(議事録
  28. 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、266頁

関連項目

外部リンク

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