中竹和也

中竹 和也(なかたけ かずや、1964年11月26日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。元騎手日本調教師会会長[1]

中竹和也
2011年シルクロードS表彰式
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 滋賀県(出生地は熊本県
生年月日 (1964-11-26) 1964年11月26日(59歳)
身長 167cm
体重 52kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 吉田三郎(1984.3 - 1992.4)
フリー(1992.5 - 引退)
初免許年 1984年3月1日
免許区分 平地・障害
騎手引退日 1998年2月28日
重賞勝利 4勝
通算勝利 2469戦176勝
調教師情報
初免許年 1998年(1999年開業)
経歴
所属 JRA騎手(1984 - 開業)
栗東T.C.(開業 - )

来歴

小学2年生の時に厩務員をしていた叔父に馬に乗せてもらったのが騎手になるきっかけである。テンポイントのファンであったという[2]

1980年、栗東・吉田三郎厩舎所属の騎手候補生となる。

1984年、騎手免許を取得する。3月3日にデビューし、3月25日に初勝利を挙げた。

1985年阪神障害ステークス(秋)をニイキで制し、重賞初勝利を挙げる。

1992年、4月にフリーとなる。

1993年障害競走で12勝を挙げ、JRA賞最多勝利障害騎手を初受賞する。

1998年、2度目の受験で調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績はJRA通算2469戦176勝。

1999年、厩舎を開業する。3月27日、初出走となった阪神競馬場の第8レースでは、ゼンノタカモクが9番人気で8着となる。6月26日函館競馬場の第6レースで7番人気だったダイヤモンドピアスが勝利し、のべ31頭目で初勝利を挙げる。9月23日大井競馬場で行われた東京盃にビコーミニスターが出走し、地方競馬初出走で2着となる。

2001年8月27日金沢競馬場で行われた白百合賞をダッシュフォーサンが制し、地方初勝利を挙げる。

2009年3月、ファルコンステークスジョーカプチーノで勝ち、重賞初勝利。翌々月のNHKマイルカップも同馬で制し、GI初勝利を果たした。

2018年7月6日角居勝彦調教師の調教停止処分に伴い、翌年1月までの間、臨時で同厩舎の管理馬全頭を受け入れていた。その中には2017年の菊花賞優勝馬のキセキもいた。12月28日にはサートゥルナーリアがGI・ホープフルステークスを優勝している[3]

2019年6月30日、ラジオNIKKEI賞ブレイキングドーンで勝ち、史上6人目となるJRA全10場重賞制覇を達成した[4]

2021年、エリザベス女王杯アカイイトで勝ち、自身初の牝馬GI制覇となった。翌月の有馬記念に同馬で出走し、7着となる。管理馬の有馬記念出走は、角居勝彦厩舎から一時転厩したキセキ(2018年出走)を除けば、開業22年目にして初となった。

騎手成績

通算成績1着2着3着騎乗数勝率連対率
平地 8690981692.051.106
障害 909895777.116.242
1761911932469.071.149
日付競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1984年3月3日-ファストキンザン--14着
初勝利1984年3月25日-ディープクイン--1着
重賞初騎乗1984年12月23日阪神牝馬特別ヒロノホーマー17頭1317着
重賞初勝利1985年12月7日阪神障害S(秋)ニイキ10頭71着
GI初騎乗1987年4月12日桜花賞ヤマトムラサキ18頭1813着

主な騎乗馬

表彰

調教師成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1999年3月27日2回中京1日8R5歳上500万下メイショウチハヤ16頭1411着
初勝利1999年6月26日1回函館5日6R4歳上500万下ダイヤモンドピアス12頭71着
重賞初出走1999年4月4日2回阪神4日11R大阪杯ヒカリサーメット11頭56着
重賞初勝利2009年3月21日2回中京3日11RファルコンSジョーカプチーノ18頭41着
GI初出走2002年10月20日4回京都6日11R菊花賞シンデレラボーイ18頭1515着
GI初勝利2009年5月10日2回東京6日11RNHKマイルCジョーカプチーノ18頭101着

主な管理馬

※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。

エピソード

  • 1986年のウインターステークスで、当時騎乗していたフェートノーザンを破ったライフタテヤマに対し「勝った馬があまりに強すぎる」とコメントした。
  • 2009年5月6日のNHKマイルカップの追い切りで、ジョーカプチーノに騎乗予定の藤岡康太が遅刻。馬を30分以上も待たせ、スタッフに迷惑を掛けたが、中竹は「(騎手を)替えようかとも思ったが、結果を出せばスタッフが許してくれると康太には言った。」と藤岡に温情で騎乗させたことをレース後に語っていた[7]

主な厩舎所属者

関連項目

外部リンク

脚注

  1. 日本中央競馬会運営審議会委員の任命 - 日本中央競馬会 2024年3月1日
  2. 『優駿』2009年8月号、81頁。
  3. JRAホームページ|データファイル|競走成績データ|第35回ホープフルステークス”. jra.co.jp. JRA 日本中央競馬会. 2020年2月12日閲覧。
  4. 【ラジオNIKKEI賞】ブレイキングドーンが重賞初制覇 中竹調教師は史上6人目のJRA全10場重賞制覇”. スポーツ報知 (2019年6月30日). 2019年6月30日閲覧。
  5. 2015年新潟大賞典レース結果 - netkeiba.com、2015年5月19日閲覧
  6. コレペティトールJBISサーチ、2024年1月7日閲覧
  7. 1着ジョーカプチーノ”. スポーツニッポン. 2023年8月19日閲覧。
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