加瀬沼
加瀬沼(かせぬま)は、日本の宮城県の宮城郡利府町・多賀城市・塩竈市にまたがる灌漑用ため池である。この沼を中心として、県立都市公園『杜の都信用金庫「モリリン加瀬沼公園」』が供用されている[1]。
| 加瀬沼ため池 | |
|---|---|
![]() 1984年撮影の加瀬沼付近の空中写真。 1983年度より加瀬沼公園が整備着手された[1]。 国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。 | |
| 所在地 | 宮城県 |
| 位置 |
![]() |
| 面積 | 0.2 km2 |
| 周囲長 | 4 km |
| 貯水量 | 1,523,000 km3 |
| 成因 | 灌漑用 |
| 淡水・汽水 | 淡水 |
北・東・南の三方を松島丘陵から出る樹枝状丘陵によって囲まれた谷の西側に築堤して造られた谷池。現在はアースダムとなっており、宮城県最大のため池となっている。施設所有者は多賀城市、管理者は宝堰加瀬溜井管理組合。漁業権は設定されていない。加瀬沼の水は勿来川(二級河川。旧・名古曽川)に流れ出る。勿来川は砂押川と合流し、貞山運河を経て仙台港で仙台湾に出る。
歴史
加瀬沼の南に隣接する丘陵には、8世紀から10世紀まで陸奥国の国府・多賀城が置かれたが、当時は未開発の谷地・湿地で池はなかった。
慶長年間(1596年から1615年)に築堤されたとする説と、寛文事件(伊達騒動)で原田宗輔に殺害された伊達宗重(涌谷伊達家)が築堤したとする説がある。両説の間には数十年の差があるが、おおよそ400年前に造られたと見られる。
大正時代初期から1963年(昭和38年)までは、丘陵の東側にある松島湾沿いの塩竈市への上水道の水源となっていた。
1992年(平成4年)に水門が破損して水量が激減し、大量の魚や貝が死んだ[2]。1995年(平成7年)から1997年(平成9年)にかけて、宮城県仙台産業振興事務所により堤体などの改修整備がなされた。
自然
脚注
- 評価結果 加瀬沼公園整備事業 (PDF) (宮城県 2008年11月25日)
- 『多賀城市史』第1巻32頁。
- 加瀬沼ため池
- 『多賀城市史』第1巻22頁。
- 県自然環境保全地域・緑地環境保全地域の指定状況(宮城県)。『多賀城市史』第1巻19頁。
- 『多賀城市史』第1巻19-20頁。
- 『多賀城市史』第1巻30頁。
- 『多賀城市史』第1巻33-35頁。
参考文献
- 多賀城市史編纂委員会『多賀城市史』第1巻(原始・古代・中世)、多賀城市、1997年。
外部リンク
- 加瀬沼緑地環境保全地域(宮城県)
- 宮城東部衛生処理組合
- ため池百選
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