加藤和也 (ひばりプロダクション)
加藤 和也(かとう かずや、1971年〈昭和46年〉8月10日[1] - )は、日本の実業家・音楽プロデューサー・芸能プロモーター。美空ひばりの養子(長男)。株式会社ひばりプロダクション、藤和エンタープライズ代表取締役社長。
かとう かずや 加藤 和也 | |
|---|---|
| 生誕 |
1971年8月10日(52歳) |
| 国籍 | 日本 |
| 出身校 | 玉川学園高等部中退 |
| 職業 |
実業家 音楽プロデューサー 芸能プロモーター |
| 団体 | 株式会社ひばりプロダクション、藤和エンタープライズ |
| テレビ番組 | マネーの虎(レギュラー出演) |
| 前任者 | 美空ひばり→かとう哲也 |
| 配偶者 | 加藤有香(浜田光夫の娘) |
| 親 | かとう哲也 |
来歴・人物
実父は美空ひばりの実弟のかとう哲也(旧芸名は小野透)で、血縁上はひばりの甥にあたる。7歳の時に伯母・ひばりと養子縁組をした[2][3]。 ひばりには実子がいなかったので、ひばりに溺愛されて育つ[4]。
付き人から社長へ
実父、叔父の他界後、ひばりに反発してグレてしまい、ケンカに明け暮れる[4]。 明大中野高校を停学後に中退。16歳でひばりプロダクションの副社長に就任[3]、翌年社長に昇格[1]する。その後、ひばりが死去し青山葬儀所で行われた葬儀で喪主を務めた[5]。遺影の写真は和也が選んだもので、歌っている姿ではなく、実生活のワンショットであった。肉親が次々と亡くなったひばりの唯一の跡継ぎであり、ひばりプロダクションの社長として、今も熱心なひばりファンに対して様々な企画・運営を行っている。 ブルースシンガーの大木トオルの付き人を6年務め[4][1]、ベン・E・キングなどのアルバムに参加[1]。現在は、ひばりに関する事業や権利の管理などを手がけている[3]。記念館や、「ひばりかふぇ」などの飲食業も展開している。
ひばり記念館
美空ひばり記念館として建てられた京都嵐山 美空ひばり座だが、建てたのは加藤ではなく、ひばりの命の恩人と呼ばれ後見人となった九州在住の人物だった。当初、加藤が記念館の設立を企画し、ひばりの出身地である横浜と第2の故郷となった京都のどちらにしようか選定していた。しかし、その前に後見人となった人物がひばりの大半の遺品を持ち出して先に京都嵐山にオープンしてしまったため、仕方がなくひばりプロダクションも業務提携という形で参加になった[6]。その後、嵐山ひばり座はファンの高齢化が進み客足が鈍り、負債が膨らんだため2006年にひばりプロダクションが買い取った。それでも、負債が膨らみ続けたため2011年に吉本興業と京楽産業.の合弁会社KYORAKU吉本ホールディングスに加藤が業務提携を持ち掛けるなど尽力するが[6]、2013年5月に京都嵐山 美空ひばり座は閉館に追い込まれた[7]。それに併せ、東京青葉台にあるひばりの自宅を記念館として一般公開するとともに[8]、根強いファンの後押しもあって太秦映画村にひばり座の移築計画が水面下で行われ、映画文化館1階に京都太秦 美空ひばり座として再オープンするに至っている[7]。
出演番組
- 『マネーの虎』(放送終了)
- 『ザ・スター リバイバル』 (放送終了)
- 『踊る!さんま御殿!!』(不定期)
- 『我が心の美空ひばり』(不定期)
脚注
出典
- 【BOOK】美空ひばり、知られざる母としての素顔 - 芸能 - ZAKZAK 2014年3月5日閲覧
- みんな笑って死んでいった : 加藤和也 | エルパカBOOKS - 9784163691701 2014年3月5日閲覧
- 加藤和也氏 スペシャルインタビュー 23回忌『ひばり千夜一夜』発売に寄せて│コロムビアミュージックショップ CD・DVDの通販サイト 2014年3月5日閲覧
- 自伝『みんな笑って死んでいった』より
- 美空ひばり公式ウェブサイト プロフィール 2014年3月5日閲覧
- 「負債は約10億円?」客足遠のく京都の「美空ひばり座」が消滅危機 - ライブドアニュース 2014年3月5日閲覧
- 美空ひばり座、嵐山から太秦映画村に移築へ : 映画ニュース - 映画.com 2014年3月5日閲覧
- ひばりさん自宅 記念館としてオープン/芸能速報/デイリースポーツ online
- what's LA PA.TTOLA 2014年3月5日閲覧
- 『情報ライブ ミヤネ屋』(2012年1月27日)の番組概要ページ - TVトピック検索 2014年3月5日閲覧
- 日刊スポーツ2005年2月14日号
- 第54回 今どきのお医者さんごっこの巻《みやしたゆきこ「デジタル浮世床」》 2014年3月5日閲覧