安芸中山駅
安芸中山駅(あきなかやまえき)は、広島県安芸郡中山村(現在の広島市東区中山地区)に存在した国鉄(当時は鉄道省)芸備線の駅(廃駅)。1941年(昭和16年)8月10日に営業休止となった。
| 安芸中山駅 | |
|---|---|
|
あきなかやま | |
![]() | |
| 所在地 |
広島県安芸郡中山村 (現:広島市東区中山地区) |
| 所属事業者 | 鉄道省 |
| 所属路線 | 芸備線 |
| キロ程 | 155.6 km(備中神代起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
10人/日(降車客含まず) -1935年- |
| 乗降人員 -統計年度- |
10人/日 -1935年- |
| 開業年月日 | 1929年(昭和4年)3月20日[1] |
| 廃止年月日 | 1941年(昭和16年)8月10日[1] |
| 備考 | ガソリンカー専用駅 |
|
* 1937年7月に中山停留所から改称 | |
概要
芸備鉄道の開業当初、中山村には駅が無かったが、1929年(昭和4年)に芸備鉄道がガソリンカーの運転を開始すると、同年3月20日にガソリンカー専用駅として中山踏切の近くに中山停留所が設置された[1]。
1937年(昭和12年)7月1日に芸備鉄道が国有化され芸備線になると、中山停留所は安芸中山駅に改称され[1]、引き続きガソリンカー専用駅として営業した。
その後、戦時体制下に入り燃料事情が悪化。1941年(昭和16年)8月10日には芸備線におけるガソリンカーの運転が廃止され、安芸中山駅は他のガソリンカー専用駅とともに営業を休止した[1]。
現在、芸備線の広島口における輸送改善において、芸備線の高速化・電化とともに安芸中山駅の復活(中山新駅の設置)が議論されることがある[2]。
歴史
利用状況
以下の情報は、広島県統計書に基づいたデータである[3]。
| 年度 | 1日平均 乗降人員 |
年度毎 乗車数 |
年度毎 降車数 |
乗客収入 (円) |
|---|---|---|---|---|
| 1929年(昭和4年) | 16.8 | 4,228 | 1,888 | 366 |
| 1930年(昭和5年) | 27.5 | 4,652 | 5,377 | 578 |
| 1931年(昭和6年) | 25.5 | 4,775 | 4,549 | 688 |
| 1932年(昭和7年) | 21.3 | 4,178 | 3,582 | 658 |
| 1933年(昭和8年) | 19.5 | 3,619 | 3,506 | 539 |
| 1934年(昭和9年) | 21.0 | 3,872 | 3,798 | 580 |
| 1935年(昭和10年) | 20.2 | 3,628 | 3,741 | 483 |
隣の駅
石ヶ原駅と当時の矢賀駅は当駅同様ガソリンカー専用駅であり、当駅と同時に廃止された。ただし矢賀駅は1942年(昭和17年)に信号場として復活、翌年には矢賀駅として旅客営業を開始した。
脚注
- 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、269-270頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- “JR芸備線中山新駅の設置を希求”. 2023年5月11日閲覧。
- 『中山村史』より
参考書籍
- 広島市『中山村史』1991年
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