尾張国造
概要
本拠
氏神
国造の奉斎社は熱田神宮。神宮の大祝・大宮司家は尾張国造の後裔で、子孫の千秋氏は女系で繋がっている。
関連神社
墓
尾張国造の領域で最古の古墳は愛西市(旧海部郡佐織町)の奥地社古墳(径25メートルの円墳)とされている。墳頂に奥津神社が所在し、神社所蔵の3面の三角縁神獣鏡が椿井大塚山古墳出土の銅鏡と同笵鏡関係にあることが判った。このことから4世紀前期の古墳であると推定できる。また、北部の犬山市の白山平(標高142メートル)の頂上に築造された前方後方墳の東之宮古墳(墳丘長78メートル、国の史跡)が所在し、副葬品の中に11面の銅鏡があり、そのうちに三角縁神獣鏡があった。これら尾張の古墳の築造時期や形式から白鳥塚古墳が初代国造の乎止与命を、尾張戸神社古墳が乎止与命の妻を、東之宮古墳が次代国造の建稲種命を、兜山古墳が美夜受比売をそれぞれ埋葬したものと見られる[1]。
人物
子孫
脚注
- 宝賀寿男「墳丘上に神社がある古墳」『古樹紀之房間』、2015年。
参考文献
関連項目
外部リンク
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