海野徹
海野 徹(うんの とおる、1949年(昭和24年)4月21日 ‐ )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。
| 海野 徹 うんの とおる | |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年4月21日(74歳) |
| 出生地 | 静岡県静岡市 |
| 出身校 | 静岡大学人文学部 |
| 前職 | 住友生命保険従業員 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) (新進党→) (無所属→) (民主党→) (無所属→) 減税日本 |
| 称号 | 旭日中綬章 |
| 選挙区 | 静岡県選挙区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1998年7月 - 2004年7月 |
| 選挙区 | 旧静岡市選挙区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 1983年 - 1998年 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1979年 - 1983年 |
経歴
参議院議員へ
1998年、静岡県議を辞職。第18回参議院議員通常選挙に無所属で静岡県選挙区から立候補し、同区トップ当選を果たした。なおこの選挙で自由民主党は現職の木宮和彦、新人の山下善彦の2名を擁立したが、海野に次ぐ2位で山下が当選し、木宮は3位で落選した。1999年に民主党に入党。2003年、参議院環境委員長に就任。
2004年の第20回参議院議員通常選挙に民主党公認で静岡県選挙区から立候補したが、自民党新人の坂本由紀子、民主党新人の藤本祐司の後塵を拝し、得票数3位で落選した。なお自民党現職の山下も、新人の坂本に敗れている。
2007年静岡市長選挙
2007年4月、市町村合併後初の静岡市長選挙に立候補したが、現職の小嶋善吉に敗れた。しかし、旧静岡市の葵区、駿河区の選挙区では得票数で上回り、得票数も1303票差で、惜敗率は99.1%に達した。
2009年静岡県知事選挙
2月23日、静岡の茶畑を背景に立候補記者会見を行った。キャッチコピーは「県民主義、脱官僚」。6月2日、他の候補者に先立ってマニフェストを発表した。マニフェストの中では、「全国2位の県職員の給与引き下げ」「個人県民税の10%減税」を掲げる。後にみんなの党を結党する渡辺喜美とともに行政改革の必要性を訴える。渡辺の夫人も応援に参加。
中日新聞の紙上討論で坂本由紀子に対して私のしごと館に関するハコモノ政策を問いただした[1]。同じく同紙上対論で川勝平太に対してラスパイレス指数全国2位の公務員給与の引き下げの是非を問いただした。同紙上対論では川勝の質問に対して、川勝が石川前知事のアドバイザーであった事実を指摘している。
民主党は候補者の一本化を目指したが失敗に終わり、同党は川勝を推薦した。このため、民主支持層の一部は海野を支持する。しかし、7月5日の投開票では川勝、坂本に次ぐ3位に終わった。ただし、出身地の静岡市葵区では、得票数がトップであった。
2010年の第22回参議院議員通常選挙では、みんなの党を支援した。
政策・主張
人物
著書
- 「群れず こびず ひるまず」 幻冬舎ルネッサンス 2006年03月 ISBN 4779000378
脚注
- 『中日新聞』静岡版2009年6月30日「紙上討論(1) 海野さんが質問します(2009年6月30日)」
- “静岡市長に田辺氏 与野党相乗り支援、「減税」の勢いかわす”. 日本経済新聞. (2011年4月11日)
- “「静岡維新の会」を地元県議ら設立 日本維新と協定締結も”. 日本経済新聞. (2012年11月7日)
- “何でもありか・ブーム便乗…民自、静岡維新に”. 読売新聞. (2012年11月16日)
- 『官報』号外第14号11P、令和元年5月21日
- “朝日・東大谷口研究室共同調査”. 朝日新聞 (2019年). 2019年7月8日閲覧。
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代 小宮山洋子 |
2003年 |
次代 長谷川清 |