玉出駅

玉出駅(たまでえき)は、大阪府大阪市住之江区粉浜西一丁目にある、大阪市高速電気軌道 (Osaka Metro) 四つ橋線。住之江区および西成区の境界にあり、駅施設の大半は西成区側にある。駅番号はY19

玉出駅
5号出入口(2008年7月)
たまで
Tamade
Y18 岸里 (1.3 km)
(1.1 km) 北加賀屋 Y20
所在地 大阪市住之江区粉浜西一丁目
北緯34度37分26.74秒 東経135度29分25.89秒
駅番号  Y19 
所属事業者 大阪市高速電気軌道 (Osaka Metro)
所属路線 四つ橋線
キロ程 9.0 km(西梅田起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
8,836人/日(降車客含まず)
-2020年-
乗降人員
-統計年度-
17,654人/日
-2020年-
開業年月日 1958年昭和33年)5月31日
ホーム

歴史

駅構造

島式1面2線ホームの地下駅である。西梅田側には渡り線がある。[2]改札口は南北1ヶ所ずつ設けられている。

北口に1号出入口(国道26号線東側のみ出入口があり、西側にはない)、南口には玉出交差点北東角に2号、南東角に3号(エレベーターもあり)、南西角に4号、北西角に5号の各出入口がある。北側にはエスカレーター、エレベーターはない。

当駅は、大国町管区駅に所属しており、岸里駅の被管理駅である。

のりば

番線路線行先[3]
1 Y 四つ橋線 住之江公園方面
2 大国町西梅田方面

利用状況

2020年11月10日の1日乗降人員17,654人(乗車人員:8,836人、降車人員:8,818人)である[4]。四つ橋線から他線への乗り換えのない駅としては北加賀屋駅に次ぐ2位である[注 1]。しかし、増加傾向の北加賀屋駅とは対照的に、当駅は減少傾向である。

年度別利用状況(大阪府統計年鑑より)
年度調査日乗車人員降車人員乗降人員
1990年 11月06日 13,19812,62625,824
1995年 [注 2]2月15日 11,25410,65921,913
1998年 11月10日 11,05911,02022,079
2007年 11月13日 10,94010,35921,299
2008年 11月11日 10,84610,27421,120
2009年 11月10日 10,52910,01820,547
2010年 11月09日 10,3989,86320,261
2011年 11月08日 10,49010,08320,573
2012年 11月13日 10,3649,98020,344
2013年 11月19日 10,2609,95020,210
2014年 11月11日 10,2079,87820,085
2015年 11月17日 10,2629,98620,248
2016年 11月08日 9,9949,76919,763
2017年 11月14日 10,0239,85419,877
2018年 11月13日 10,13210,05120,183
2019年 11月12日 10,16510,07820,243
2020年 11月10日 8,8368,81817,654

駅周辺

駅の北側の一帯が玉出、南側の一帯が粉浜となる。

社寺
教育
医療
金融・公共機関
企業
商業施設
交通

バス路線

最寄り停留所は、地下鉄玉出となる。以下の路線が乗り入れ、大阪シティバスにより運行されている。

ホームの柱

ホーム中央の柱には遠心力鋳鋼管が使われている。遠心力鋳鋼管をホームの柱として使用したのは、この駅が日本初である。この駅をきっかけにして、それまでの太い鉄筋コンクリート柱に代わり、細くて強い遠心力鋳鋼管による柱が主流となった[5]

隣の駅

大阪市高速電気軌道 (Osaka Metro)
Y 四つ橋線
岸里駅 (Y18) - 玉出駅 (Y19) - 北加賀屋駅 (Y20)
  • ( ) 内は駅番号を示す。

脚注

注釈

  1. 京阪中之島線が開通する以前の2007年までは、肥後橋駅・北加賀屋駅に次ぐ3位だったが、2008年以降は肥後橋駅が外された。
  2. 1996年に行われた調査であるが、会計年度上は1995年度となる。

出典

  1. 大阪市交通局総務部「大阪のあし」No.60
  2. 定期での折り返しは無いものの、臨時で玉出行が出ることがある。
  3. Osaka Metro|玉出”. 大阪市高速電気軌道. 2023年6月10日閲覧。
  4. 路線別乗降人員(2020年11月10日 交通調査) (PDF). Osaka Metro. 2021年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月4日閲覧。
  5. 岩村潔『大阪の地下鉄 : 発展を支えた遺風と建設技術開発』日刊建設産業新聞社大阪支社、1981年。

関連項目

外部リンク

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