西富田地区
西富田地区(にしとみだちく)は、徳島県徳島市の行政上の地区である。内町・新町・東富田・西富田地域(都心地域)に属する[1]。
| 西富田地区 にしとみだ | |
|---|---|
| 国 |
|
| 地方 | 四国地方 |
| 都道府県 | 徳島県 |
| 自治体 | 徳島市 |
| 旧自治体 | 名東郡富田浦町 |
| 世帯数 |
3,678世帯 |
| 総人口 |
7,035人 (徳島市情報推進課、2011年6月1日) |
| 隣接地区 | 新町地区・東富田地区・八万地区 |
| 徳島市役所西富田コミュニティセンター | |
| 所在地 |
〒770-0925 徳島県徳島市弓町1丁目17番地. |
地理
徳島市中央部、市の中心駅徳島駅の南西方に位置し、都心地域(中心市街地)の南西部を占める。徳島市の地区の中で最も狭い。
北は新町地区、東と南は東富田地区と接している。西は眉山の麓(地区としては新町地区と八万地区)に達する。
国道438号が中央を南北に貫き、ぞれと平行な道沿いに、南北に伸びる町が並んでいる。特に国道沿いに商業地区が発達し、その西は東富田地区の秋田町まで商業地区が続いている。一方、国道沿線より西は住宅地である。さらに西の眉山山麓には寺社が並ぶ。
町
人口は徳島市による推計[2](2011年6月)。
| 町丁 | 丁目 | 人口 | 注記 |
|---|---|---|---|
| 栄町 | 1~4丁目 | 324 | 全6丁目のうち。 |
| 鷹匠町 | 1~4丁目 | 322 | 全6丁目のうち。 |
| 大道 | 1~4丁目 | 364 | |
| 幟町 | 1~4丁目 | 424 | |
| 弓町 | 1~4丁目 | 276 | |
| 伊賀町 | 1~4丁目 | 455 | |
| 勢見町 | 2丁目 | 14 | |
| 計 | 2179 |
歴史
現在の東富田地区と西富田地区は、江戸時代には富田と呼ばれ、武家町が広がっていた。なお、富田に隣接した町屋が、新町(現 新町地区)の富田町である。
西富田は武家町の中でも特殊で、さまざまな職能集団が住んだ。たとえば、鷹匠町には鷹匠(ただし実際は大道などに多かった)、幟町には御幟の者、定普請町(現 栄町)には定普請(土木工事)の者、御弓丁(現 弓町)には御弓の者(弓兵)、伊賀士丁(現 伊賀町)には伊賀役(忍者)が住んだ。これらは、町人の職能集団の町だった北隣の新町と対になっている。
富田は、明治までには名東郡富田浦町となり、1889年の徳島市制施行で徳島市の大字となった。1941年にいくつもの町に分割され、現在とほぼ同じ町割となった。
1945年の徳島大空襲では、西富田は徳島市街地で珍しく、ほとんど被害を受けなかった。ただし定普請町は全焼し、栄町として再建された。
出典
- 徳島市:徳島市都市計画の基本方針(都市計画マスタープラン) - 徳島市開発部都市政策課
- 徳島市:人口・世帯数 - 徳島市情報推進課
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