赤岩橋 (渡良瀬川)
概要
1902年(明治35年)、初代赤岩橋が開通[1]。1938年(昭和13年)8月31日に流失[2]。1941年(昭和16年)7月に二代目に架け替わり、1999年(平成11年)3月に三代目が開通した。
赤岩橋の架かる地点付近は、右岸の富士山、左岸の丸山に挟まれた渡良瀬川の狭窄部にあたり、橋より下流は大きな中洲の広がる氾濫原となっている[3]。1947年(昭和22年)9月14日にはカスリーン台風によって赤岩橋下流(両毛線渡良瀬川橋梁付近)で堤防が決壊し、桐生市に甚大な被害をもたらした[4][5]。こうしたことから赤岩橋は渡良瀬川の砂防事業における基準点となっており、これより上流域を対象として国土交通省による直轄砂防事業が行われている[6]。
橋の周辺
左岸
左岸(東岸)は群馬県桐生市堤町。群馬県道3号前橋大間々桐生線は、左岸の堤町3丁目交差点で群馬県道342号川内堤線と分岐する。県道3号を東へ直進すれば約1.7kmで桐生駅前に至る。
脚注
- “歴史年表”. 桐生市. 2018年5月16日閲覧。
- “第4章 山間部の土砂災害、特に渡良瀬川流域について” (PDF). 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1947 カスリーン台風. 中央防災会議. p. 112. 2012年2月5日閲覧。
- “第3章 扇状地急流河川の氾濫による被災過程について” (PDF). 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1947 カスリーン台風. 中央防災会議. p. 82. 2012年2月5日閲覧。
- “第3章 扇状地急流河川の氾濫による被災過程について” (PDF). 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1947 カスリーン台風. 中央防災会議. p. 85. 2012年2月5日閲覧。
- 清水義彦. “過去の災害に学ぶ32 1947年9月 カスリーン台風 その2”. 広報誌「ぼうさい」平成23年3月号(第62号). 内閣府. 2012年2月5日閲覧。
- “利根川水系直轄砂防事業(渡良瀬川)” (PDF). 国土交通省関東地方整備局 (2011年10月31日). 2012年2月5日閲覧。
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