過去に存在したマルエツの店舗
過去に存在したマルエツの店舗(かこにそんざいしたまるえつのてんぽ)は、かつてマルエツとして営業していた店舗の情報を掲載している。
×は現在建物が解体された店舗。
埼玉県
旧・浦和市
- 売場面積642m2[7]。
- 1980年(昭和55年)10月14日に生鮮を主体としたディスカウントストア業態の「ぴか市」に業態転換した[6]。
- 2002年(平成14年)2月27日に土地・建物を丸紅総合リースに売却し、リースバックして営業を継続した[9]。
- 店舗面積2,148m2[11]。
- 店舗面積344.9m2[12]。
- 延べ床面積約2,930m2[13]、店舗面積2,056m2[13]、直営店舗面積1,247m2[12]。
- 1階が食品売り場と日用品売り場、マルエツ初の衣料品売り場として開店した店舗で、当店から衣料品販売事業が開始された[14]。
- 店舗跡には、イイズカ薬品とセリアが入居している[15]。
- 店舗面積345m2[7]。
- 店舗面積496m2[19]。
旧・大宮市
- 店舗面積962.9m2[12] → 店舗面積1,032m2[5]。
- 2号店で[22]当社のセルフサービスの食品スーパー1号店として開設[21]。
- 建て替えて、2015年(平成27年)3月19日に(2代目)大宮店(店舗面積972m2)が開店した[23]。
- ポロロッカ大宮櫛引店(?開店 - 2005年(平成17年)6月30日閉店[4])
- 店舗面積495m2[4]。
川口市
- 惣菜直営化の第1号店として開店した[29]。
東武伊勢崎線沿線
- 店舗面積2,800m2[19]。
- 東武伊勢崎線越谷駅から約2.5km、北越谷駅から約2kmの住宅地に出店していた1層型の食品スーパーであった[33]。
- マミーバリュー[34]→スーパーマルサン[35]
- 幸手公団店(建物存続)(幸手市栄3-1[1](旧・北葛飾郡幸手町大字高野織部前1695公団幸手団地C-13-1[12])、1972年(昭和47年)12月1日開店[30] - 2005年(平成17年)11月29日閉店[4])
- 店舗面積881.2m2[12]。
- 団地内の小型店。現在は同規模でビッグ・エーが営業している。近隣にはマルエツ幸手上高野店がオープンしている。
- ポロロッカ草加清門町店(?開店 - 2010年(平成22年)9月6日閉店[20])
西武線沿線
- 店舗面積2,043m2[4]。
千葉県
船橋市
- 店舗面積1,201.3m2[18]。
- (B棟) → 衣料品、雑貨、家庭用品、医薬品部門売場を閉鎖。(A棟)食品売場側の営業は継続中。これに伴い一部の雑貨、家庭用品を食品売場と同一の売場に移動し、販売している。
- 店舗面積1,638m2[32]。
- 店舗面積704.1m2[18]。
習志野市
- 店舗面積1,396.4m2[18]。
- 2007年9月7日の台風9号の影響で、建物屋根の一部が破損、2007年9月8日より修復工事の為、2007年9月21日迄一時休業し、9月22日より店内販売が無事再開された。店内販売休業期間中は飲料、雑貨等一部の品物は屋外テントで販売していた。
- 隣接地には習志野物流センターがあったが[53]、1996年(平成8年)10月1日にダイエーロジスティックスシステムズに業務委託して[54]休止状態となり[53]、2000年(平成12年)1月17日に解体して跡地を民間都市開発推進機構に売却することになった[53]。
- 店舗面積1,490m2[51]。
- 店舗面積377m2[51]。
- 店舗面積547.0m2[18]。
- 京葉マート秋津店×(?開店 - 2001年(平成13年)3月閉店[56])
- VIVA50の中にあった。競合激化で売上げが落ち込んで閉店し、運営会社の京葉マートも2002年(平成14年)2月期決算で約1.97億円の債務超過に陥ったことから、2002年(平成14年)7月に解散することになった[56]。
松戸市
- 店舗面積829.7m2[18]。
柏市
鎌ケ谷市
流山市
- 店舗面積630坪[65]
- 現在はジャパンミート流山店
野田市
- ディスカウント店「スーパーマーケット魚悦」の1号店として開店した[67]。
佐倉市
成田市
- 店舗面積1,027.1m2[18]。
香取市
- 店舗面積1,294m2[11]。
- マルエツに転換して1〜2年ほどで閉店し、その後店舗跡にはディスカウント店を経て銚子に本社を置くミヤスズが出店したがそれも1990年代初頭に閉店した。
東京都
城北
- 店舗面積891.6m2[12]。
- フーデックス池袋店に転換後閉店 → マルエツ池袋店として復活するが、店舗建替のため2020年3月8日をもって一時休業。2022年9月8日に「マルエツ 板橋南町店」としてリニューアル。
- ポロロッカ市ケ谷店 (?開店 - 2010年(平成22年)1月20日閉店[85])
- 店舗面積347m2[85]。
- 店舗面積238m2[4]。
- 店舗面積380m2[19]。
荒川以東
- 店舗面積492m2[19]。
- 店舗面積496m2[19]。
- 店舗面積496m2[19]。
- 東葛西店(江戸川区東葛西6-45-2[77]、1991年(平成3年)3月29日開店[77] - 2011年(平成23年)1月17日閉店[20])
- ポロロッカ東瑞江店×(江戸川区[4]、?開店 - 2005年(平成17年)3月31日閉店[4])
- 店舗面積492m2[4]。
- 店舗面積1,497m2[19]。
多摩地区
- 店舗面積約895m2。
神奈川県
川崎市
- 旧・サンコーの1号店として開店した[89]。
- 店舗面積約772m2[11]。
- 土地面積2,904.48m2[104]、延べ床面積約3,541.57m2[104]、店舗面積2,320m2[5]。
- 1997年(平成9年)2月28日付けで土地・建物をリクルートコスモスに譲渡[104]。
- 馬絹店 (1982年(昭和57年)開店-2002年(平成14年)閉店)
- サンコーが出店を計画した[105]。
- 店舗面積638m2[85]。
- 店舗面積約894m2[32]。
横浜市
- 星川町商店街は117店があったが、当店進出後に17店が廃業した[107]。
- 店舗面積908m2[5]、土地面積1,484.8m2[104]。
- 1997年(平成9年)2月28日付けで土地・建物をリクルートコスモスに譲渡[104]。
- 店舗面積7,154m2[15]、延べ床面積約11,102m2[15]。直営店舗面積5,701m2[15]。
- 2012年(平成24年)6月27日に[109]「ビッグボーイ」敷地内に[110]「マルエツ中山店」が開店した[109]。
- 直営店舗面積約5,799m2[89] → 直営店舗面積約4,164m2[5] → 直営店舗面積4,168m2[15]。
- SC店舗面積8,306m2[15]、延べ床面積約12,804m2[15]、敷地面積約13,462m2[112]。
- サンコーが「長津田ショッピングワールド」として開店した[111]。
- 店舗跡は住友不動産が取得して2013年(平成25年)9月に解体工事を開始した[112]。
- 長津田駅北口の再開発ビルに[113]2013年(平成25年)3月27日に「マルエツ長津田駅前店」が開店した[114]。(長津田駅北口再開発による複合施設「長津田マークタウン」の1階)
- 店舗面積2,775m2[5]。
- 店舗面積1,552m2[4]。
- 店舗面積149m2[91]。
茨城県
栃木県
脚注
注釈
出典
- 『埼玉年鑑 1994年版』 埼玉新聞社、1993年10月。
- “マルエツ、2月11日付人事異動”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年2月22日)
- 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp91
- 2006年2月期(第54期) 決算参考資料 マルエツ. (2006年4月18日).
- 『流通会社年鑑 1990年版』 日本経済新聞社、1990年11月24日。
- 前田吉治 “この1年にみる大手チェーンストアの業態化への模索を追う”. 販売革新 1980年12月号 (アール・アイ・シー) (1980年12月).pp39-41
- 浦和市市史編さん室 『浦和市史 第5巻 2 現代史料編 2』 浦和市、2000年3月30日。 pp353
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- “マルエツ、2店の土地・建物を売却”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年3月1日)
- 東山勝 “既存店活性化で本格化するディスカウント路線 新業態づくりの実験から離陸へ各社の体制すすむ”. 食品商業 1983年5月号 (商業界) (1983年5月).pp59-63
- 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。
- 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp89
- 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版』 東洋経済新報社、2008年。
- “SM大競争時代この問題が焦点(25) 関連事業の本命は衣料からドラッグへ(上)”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1997年5月19日)
- 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。
- 荒屋勝 “スーパーマーケット情報”. 食品と科学 1972年7月号 (食品と科学社) (1972年7月).pp58-61
- 平成28年2月期 第2四半期 決算参考資料 ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス. (2015年10月7日).
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- 2007年2月期(第55期) 決算参考資料 マルエツ. (2007年4月18日).
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- “(7)マルエツ「ナチュラル&カジュアル」イメージの1号店「岩槻西町店」開店”. 販売革新 1988年10月号 (アール・アイ・シー) (1988年10月).pp229
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- 林薫 “実録・甦る食品売り場 マルエツ本八幡店”. 食品商業 1987年12月号 (商業界) (1987年12月).pp31-45
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- スーパー乃ぐちや佐倉店 | 佐倉エリアナビ
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- “イトーヨーカドー取手店1月末で閉店 茨城県取手市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年1月22日)
- “西友:取手に出店 駅西口前、旧東急ストアのビル 年内開店予定”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2012年8月1日)
- “ヨーカドー取手店1月末で閉店 茨城県取手市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年1月22日)
- “マルエツ、イトーヨーカ堂撤退後に「取手店」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年5月21日)
- “マルエツ自治医大店、SKU1割拡大で選ぶ楽しさ、活気ある生鮮売場”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年12月16日)
- “マルエツが栃木県に自治医大店を開店、ハートビル認定”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年12月9日)
関連項目
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