鎌ケ谷市
鎌ケ谷市(かまがやし)は、千葉県の北西部に位置する市。人口は約11万人。1971年(昭和46年)市制施行。
| かまがやし 鎌ケ谷市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 千葉県 | ||||
| 市町村コード | 12224-6 | ||||
| 法人番号 | 8000020122246 | ||||
| 面積 |
21.08km2 | ||||
| 総人口 |
109,631人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 5,201人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 柏市、白井市、松戸市、市川市、船橋市 | ||||
| 市の木 | モクセイ | ||||
| 市の花 | ナシの花、キキョウ | ||||
| 鎌ケ谷市役所 | |||||
| 市長 | 芝田裕美 | ||||
| 所在地 |
〒273-0195 千葉県鎌ケ谷市新鎌ケ谷二丁目6番1号 北緯35度46分37秒 東経140度00分03秒 ![]() 鎌ケ谷役所 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村 | |||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地理

千葉県北西部に位置し、県庁所在地である千葉市から約20キロメートルに位置する。都市雇用圏における東京都市圏(東京都区部)のベッドタウンとしての性質が強い。通勤率は、東京都特別区部へ27.4%、船橋市へ11.9%(いずれも平成22年国勢調査)。
市域は下総台地と谷津田からなる。市の標高は約13から28メートルとなっており、「ゆれにくい街 鎌ケ谷[1]」として宣伝し、新しい市街地として新鎌ケ谷地区(市役所周辺)の開発が行われている。海抜が最も低い地点は約7メートル、最も高い地点は約30メートル。
北部には手賀沼に注ぐ大津川が流れ、南部には大柏川及び根郷川、東京湾に注ぐ海老川の支流が流れる。また、海上自衛隊下総航空基地があり、西部(くぬぎ山地区)には陸上自衛隊松戸駐屯地がある。
東葛地域にあって県北西部主要四都市[注 1]の船橋市・市川市・松戸市・柏市と接し、交通の要衝である新鎌ヶ谷駅を中心に、住宅都市として発展している[2]。
市の中央を東経140度線が縦断している。
歴史

- 縄文時代の貝塚が発見されていて、現在の貝柄山公園の名称の由来ともなっている。
- 鎌倉時代には相馬氏が佐津間を所領としていた。
- 江戸時代には本多氏が現在の鎌ケ谷市の一部を所領としていた。
- 江戸時代には小金牧の一部とされ、野生馬の供給地ともなっていた。現在の馬込沢はその前の時代の名残とも言われている。
- 1616年(元和2年):原田勘兵衛が幕府より中沢の地を与えられる。
- 1687年(貞享4年):松尾芭蕉が「鹿島紀行」の途上、鎌ケ谷(小金牧)を通る。
- 1776年(安永5年):大黒屋文右衛門(福田文右衛門)が鎌ヶ谷大仏を建立。
- 1825年(文政8年):渡辺崋山が宿を取る。「四州真景図」の2巻に行徳などと並んで「釜原」の絵がある。
- 1869年(明治2年)5月19日:下総の牧を開墾するために政府の求めで開墾会社が設立される。総頭取三井八郎右衛門、以下社員37名。事業完結後には広大な開墾地を保有して大地主になれるという約定。湯浅七兵衛(現在のユアサ商事創業家の一族)、大村五左衛門、加太八兵衛が初富担当。[3]
- 1869年(明治2年)10月:入植者募集が行われる。最終的には1760世帯、6500人が応募。(全員が鎌ケ谷に来たのではなく、下総の各開墾地に送り込まれた。)[3]
- 1869年(明治2年)10月2日:下総国開墾局知事 北島秀朝が粟野村で「初富」の地名を公式に宣言する。「初富」という地名は「一番始めに開墾が行われ、富み栄えてほしい」という祈念により命名された。[3]
- 1869年(明治2年)10月27日:午前5時頃、入植者第1陣49世帯169人が初富に到着。以下、年内に第5陣まで順次入植し総勢311世帯、1136人。その名簿「初富農舎人員帳」は財団法人三井文庫に保存されている。[3]
- 1869年(明治2年):初富を皮切りに大規模な開拓事業が行われる。初富に続いて開拓された地名は2番目の二和、3番目の三咲(以上船橋市)、以下、豊四季(柏市)、五香、六実(以上松戸市)、七栄、八街、九美上、十倉、十余一、十余二、十余三に初富を入れて全13個所。
- 1872年(明治5年)5月:開墾事業の失敗で開墾局、開墾会社が廃止される。[3]
- 1872年(明治6年)5月:湯浅七兵衛が、豊作稲荷神社を勧請。[3]
- 1872年(明治5年):鎌ケ谷に郵便局創立。三等局。集配区域は鎌ヶ谷・法典・豊富村。[4]
- 1874年(明治7年):鎌ケ谷小学校開校。
- 1882年(明治15年):陸軍が調査・測量した「陸軍偵察録」を著す。抜粋(現代語に訳)「初富・二和・三咲の3村は明治2年に無籍・貧民対策で開墾事業を行い、多く東京の貧民を移住させたが、追々東京に留まるようになり、戸数・人口は次第に減っていきほとんど3分の1になった。そのため一度は畑にした原野もだんだん草野に戻っているところが多い。」
- 1889年(明治22年):鎌ケ谷・初富・粟野・中沢・道野辺・佐津間の6村と印旛郡根村(現在の白井市の一部)から分村した軽井沢地区が合併して「鎌ケ谷村」成立。[5]
- 1909年(明治42年)9月28日:東葛人車鉄道(中山 - 鎌ケ谷間)開通。
- 1917年(大正6年):東葛人車鉄道撤廃。このころの交通状況「県道二線南北を過ぐるも、険悪にして交通不便なり」[4]
- 1919年(大正8年):このころ鎌ヶ谷駅付近「春の蕨、松露、秋の茸狩に適し、都人士の来遊多し」[4]
- 1920年(大正9年):第一回国勢調査で鎌ケ谷村は戸数686、人口4160(男1996、女2164)[6]
- 1922年(大正11年)5月:鎌ケ谷小学校、中野小学校、明小学校(初富に所在)を鎌ケ谷尋常小学校として結合。(大正8年時点の児童数はそれぞれ134名、147名、186名[4]
- 1923年(大正12年)12月27日:北総鉄道船橋線(現在の東武鉄道野田線)開通。
- 1949年(昭和24年)1月8日:新京成線(滝不動駅 - 鎌ヶ谷大仏駅間)開通。
- 1958年(昭和33年)8月1日:町制施行。
- 1971年(昭和46年)9月1日:市制施行。
- 1979年(昭和54年)3月9日:北総線(北初富駅 - 小室駅間)暫定開業。
- 1991年(平成3年)3月31日:新鎌ヶ谷駅開業。都心へのアクセスが向上する。
- 2004年(平成16年)4月3日:新鎌ケ谷地区の街びらきが行われる。
- 2012年(平成24年)7月1日:鎌ケ谷市スポーツ施設のネーミングライツスポンサーがくすりの福太郎となる[7]
- 2021年(令和3年)11月13日:市制50周年の記念式典が行われ、前沢友作や北海道日本ハムファイターズ選手らのビデオ・メッセージが上映された[8]。
市名の由来
江戸時代は「釜原」と呼ばれ、釜原が鎌ヶ谷に転じたという説や、以前は鎌ヶ谷市周辺に蒲(かば)や茅(かや)が自生し、蒲茅が鎌ヶ谷へ転じたという説、鎌形の谷がある地からなど、諸説ある。
地名表記
「鎌ヶ谷」と「鎌ケ谷」の両方の表記があるが、これは一般の地名表記は小文字の「ヶ」(鎌ヶ谷)を使うのに対し、新聞・出版関係の地名表記は大文字の「ケ」(鎌ケ谷)を使う。
市役所では後者を採用しており、条例で「ケ」は大きく書くと定められ、日本郵政や千葉県庁もそれに倣っている。ただし2007年(平成19年)10月1日まで鎌ケ谷郵便局は「鎌ヶ谷郵便局」と称していた。
市章
市章はカタカナで「カマガヤ」を図案化したものである。
初富開墾

明治維新直後、政府は東京府の貧窮民・旧武士たちの救済の目的で東京に隣接する小金牧の開墾を計画し、北島秀朝によって初めに現在の「初富」の開拓が行われることになった。費用を捻出するために開墾会社を設置し、1869年(明治2年)10月に入植者を募集し、同月中から入植を開始した。 入植条件は「下総国牧地開墾場へ移住之者授産向大意規則」に残っている。
個別の入植者の事例はほとんど残っていないので具体的にどのような来歴の人物が入植したかはあまりわかっていないが、「総州牧開墾演説書」(1872年、明治5年)に当時の入植者の前田友七の足跡がよく記録されている。記録を突き合わせると、友七は美濃国各務郡(現在の岐阜県各務原市)出身で、1861年(文久元年)に長女と長男を故郷に預け置いて江戸へ入り、東京本所三笠1丁目(現在の墨田区)に居住していた。その後入植者に応募し、1869年(明治2年)11月17日妻と次男甚太郎とともに初富に入植。初富入植後に長女・長男を呼び寄せ家族で暮らせるようになったという。
当初の開墾事業は、入植者の多くが農業未経験者だったことや周辺の村との軋轢、大風雨、干ばつなどの厳しい自然環境を理由に失敗し、明治5年には開墾局も開墾会社も廃止された。この失敗によって1891年(明治24年)頃まで初富の人口は漸減したが、残った者の地道な努力と、従来の東京窮民ではない新しい開拓者として周辺の村々の農家の子弟が加わったことから遅々とはしながらも確実な営みとなった。しかし、切り開いた土地の多くが旧開墾会社の社員の所有物となってしまい入植者たちは小作人とされてしまったことから、入植者と旧社員との係争・訴訟が各地で起こった。たとえば、1876年(明治9年)4月3日には村民が内務卿大久保利通に直訴を行っている。これらの事件を千葉県令船越衛は「県下一の難事件」と呼び、国会議員田中正造は1894年(明治27年)5月にこの件で政府へ質問書を提出するという事態になった。 入植者が起こした裁判はことごとく敗訴したが、千葉県は旧社員から開墾地を買い上げ、安価で入植者へ払い下げるという救済措置を採った。
人口
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.99%増の108,917人であり、増減率は千葉県下54市町村中14位、60行政区域中17位。
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| 鎌ケ谷市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 鎌ケ谷市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 鎌ケ谷市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
鎌ケ谷市(に相当する地域)の人口の推移 | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
生活協同組合へ加入している世帯が多い。ちばコープ加入世帯のみで、市内全世帯の約40%が加入している。
行政
市長
- 芝田裕美(2021年7月18日就任、1期目)
- 歴代市長一覧
広域行政
- 松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市、鎌ケ谷市、の6市により構成されている東葛飾広域連絡協議会で、2006年(平成18年)5月に政令指定都市問題研究会が発足し、2006年度(平成18年度)・2007年度(平成19年度)の2ヵ年をかけて、今後の政令指定都市の議論に役立てるため、構成市である6市の基礎データの収集や分析、広域的課題の整理などを行うとともに、政令指定都市制度の研究や東葛地域におけるシミュレーションなどの調査・研究を行った。
- 2007年4月27日、市川市、船橋市、松戸市、鎌ケ谷市が、この圏域の将来的な選択肢の一つとして、合併や政令指定都市への移行に関する共同研究する東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会(2008年9月1日現在の4市推計人口1,649,569人)を設立した。
- 健康都市連合加盟都市[9]。
議会
市議会
経済
地域
町名
鎌ケ谷市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
| 町名 | 町名読み | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施直前町名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 粟野 | あわの | 未実施 | ||
| 右京塚 | うきょうづか | 1982.2.1 | 鎌ケ谷、初富の各一部 | |
| 鎌ケ谷一丁目 | かまがや | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | |
| 鎌ケ谷二丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷三丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷四丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷五丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷六丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷七丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷八丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 鎌ケ谷九丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、道野辺の各一部 | ||
| 軽井沢 | かるいざわ | 未実施 | ||
| 北中沢一丁目 | きたなかざわ | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | |
| 北中沢二丁目 | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | ||
| 北中沢三丁目 | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | ||
| 北初富 | きたはつとみ | 1991.11.5 | 初富の一部 | |
| 串崎新田 | くしざきしんでん | 未実施 | ||
| くぬぎ山一丁目 | くぬぎやま | 1984.11.5 | 初富、串崎新田の各一部 | |
| くぬぎ山二丁目 | 1984.11.5 | 初富、串崎新田の各一部 | ||
| くぬぎ山三丁目 | 1984.11.5 | 初富、串崎新田の各一部 | ||
| くぬぎ山四丁目 | 1984.11.5 | 初富、串崎新田の各一部 | ||
| くぬぎ山五丁目 | 1984.11.5 | 初富、串崎新田の各一部 | ||
| 佐津間 | さつま | 未実施 | ||
| 新鎌ケ谷一丁目 | しんかまがや | 2008.2.25 | 初富、粟野の各一部及び中央一丁目の一部 | |
| 新鎌ケ谷二丁目 | 2008.2.25 | 初富、粟野の各一部及び中央一丁目の一部 | ||
| 新鎌ケ谷三丁目 | 2008.2.25 | 初富、粟野の各一部及び中央一丁目の一部 | ||
| 新鎌ケ谷四丁目 | 2008.2.25 | 初富、粟野の各一部及び中央一丁目の一部 | ||
| 中央一丁目 | ちゅうおう | 1981.6.1 | 初富、粟野の各一部 | |
| 中央二丁目 | 1981.6.1 | 初富、粟野の各一部 | ||
| 富岡一丁目 | とみおか | 1982.2.1 | 道野辺、初富、中沢の各一部 | |
| 富岡二丁目 | 1982.2.1 | 道野辺、初富、中沢の各一部 | ||
| 富岡三丁目 | 1991.11.5 | 道野辺、初富、中沢の各一部 | ||
| 中佐津間一丁目 | なかさつま | 1985.7.1 | 佐津間の一部 | |
| 中佐津間二丁目 | 1985.7.1 | 佐津間の一部 | ||
| 中沢 | なかざわ | 未実施 | ||
| 中沢新町 | なかざわしんまち | 2008.2.25 | 中沢の一部 | |
| 西佐津間一丁目 | にしさつま | 1985.7.1 | 佐津間の一部 | |
| 西佐津間二丁目 | 1985.7.1 | 佐津間の一部 | ||
| 西道野辺 | にしみちのべ | 1982.11.1 | 道野辺の一部 | |
| 初富 | はつとみ | 未実施 | ||
| 初富本町一丁目 | はつとみほんちょう | 1991.11.5 | 初富、中沢の各一部 | |
| 初富本町二丁目 | 1991.11.5 | 初富、中沢の各一部 | ||
| 東鎌ケ谷一丁目 | ひがしかまがや | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、初富の各一部 | |
| 東鎌ケ谷二丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、初富の各一部 | ||
| 東鎌ケ谷三丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷、初富の各一部 | ||
| 東中沢一丁目 | ひがしなかざわ | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | |
| 東中沢二丁目 | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | ||
| 東中沢三丁目 | 1989.11.6 | 中沢、初富の各一部 | ||
| 東初富一丁目 | ひがしはつとみ | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | |
| 東初富二丁目 | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | ||
| 東初富三丁目 | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | ||
| 東初富四丁目 | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | ||
| 東初富五丁目 | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | ||
| 東初富六丁目 | 1984.2.6 | 初富、鎌ケ谷の各一部 | ||
| 東道野辺一丁目 | ひがしみちのべ | 1982.11.1 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | |
| 東道野辺二丁目 | 1982.11.1 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 東道野辺三丁目 | 1982.11.1 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 東道野辺四丁目 | 1982.11.1 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 東道野辺五丁目 | 1982.11.1 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 東道野辺六丁目 | 1984.2.6 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 東道野辺七丁目 | 1984.2.6 | 道野辺、鎌ケ谷の一部 | ||
| 馬込沢 | まごめざわ | 1984.2.6 | 道野辺の一部 | |
| 丸山一丁目 | まるやま | 1982.2.1 | 鎌ケ谷、初富、道野辺の各一部 | |
| 丸山二丁目 | 1982.2.1 | 鎌ケ谷、初富、道野辺の各一部 | ||
| 丸山三丁目 | 1982.2.1 | 鎌ケ谷、初富、道野辺の各一部 | ||
| 道野辺 | みちのべ | 未実施 | ||
| 道野辺中央一丁目 | みちのべちゅうおう | 1991.11.5 | 道野辺、中沢の各一部 | |
| 道野辺中央二丁目 | 1991.11.5 | 道野辺、中沢の各一部 | ||
| 道野辺中央三丁目 | 1991.11.5 | 道野辺、中沢の各一部 | ||
| 道野辺中央四丁目 | 1991.11.5 | 道野辺、中沢の各一部 | ||
| 道野辺中央五丁目 | 1991.11.5 | 道野辺、中沢の各一部 | ||
| 道野辺本町一丁目 | みちのべほんちょう | 2001.2.13 | 道野辺の一部 | |
| 道野辺本町二丁目 | 2001.2.13 | 道野辺の一部 | ||
| 南鎌ケ谷一丁目 | みなみかまがや | 1984.2.6 | 鎌ケ谷の一部 | |
| 南鎌ケ谷二丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷の一部 | ||
| 南鎌ケ谷三丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷の一部 | ||
| 南鎌ケ谷四丁目 | 1984.2.6 | 鎌ケ谷の一部 | ||
| 南佐津間 | みなみさつま | 1985.7.1 | 佐津間の一部 | |
| 南初富一丁目 | みなみはつとみ | 1981.6.1 | 初富、粟野の一部 | |
| 南初富二丁目 | 1981.6.1 | 初富、粟野の一部 | ||
| 南初富三丁目 | 1981.6.1 | 初富、粟野の一部 | ||
| 南初富四丁目 | 1981.6.1 | 初富、粟野の一部 | ||
| 南初富五丁目 | 1981.6.1 | 初富、粟野の一部 | ||
| 南初富六丁目 | 1982.2.1 | 初富、粟野の一部 |
新鎌ケ谷(中央地区)

北部地区
南部地区
- 明治時代に「初富」として開墾された地域であり、北総線より南側に位置する東道野辺、道野辺中央、東中沢、東初富などの地域では住宅地が広がる。鎌ヶ谷駅および鎌ヶ谷大仏駅をはじめ、県道8号線(船取線)や県道57号線を中心に発展している。また、南西部にはファイターズタウンがある。
くぬぎ山地区
地域問題
- 市内の幹線道路では土曜・休日になると慢性的な渋滞が発生している。これは市内において交差点や踏切が多く、右折レーンがあまり整備されていない事、また市内を東西に走る国道464号が新鎌ケ谷付近で分断(経路上は県道との重複)しているなど複数の要因が重なることによる。現在、国道464号のバイパス道路(粟野バイパス)の事業化を推進している。
- また、幹線道路沿いにロードサイド型の大型ショッピングセンターなどが相次いでオープンし、それらの渋滞を回避する目的で周辺住宅地の狭い道を裏道として利用する車が多くなり、通学路などの交通量が増えるといった問題も発生している。
- 新しい市街地として新鎌ケ谷地区の開発が行われる一方、以前からの市街地では商店街の衰退が問題となっている。
住宅団地
- 鎌ヶ谷グリーンハイツ
- 東武鎌ヶ谷団地
市外局番
市外局番は市内全域「047」であるが、船橋MAの区域と(047- 4XX,75X…77X)と市川MAの区域(047- 3XX,70X…72X)[10]に分かれている。市川MAに属するのは松戸市に近いくぬぎ山一丁目 - 四丁目のみ[11]。
収容局は鎌ヶ谷局、千葉上山局(船橋市)、二和局(船橋市)、白井局(白井市)(以上船橋MA)、五香局(松戸市)(市川MA)。
医療
二次医療圏(二次保健医療圏)としては東葛南部医療圏(管轄区域:鎌ヶ谷市と葛南地域)である[12]。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。
- 一次医療圏
- 鎌ケ谷総合病院(緊急指定病院)
- 秋元病院
- 第2北総病院
- 東邦鎌谷病院
- 初富保険病院
- 二次医療圏
- 東京女子医科大学附属八千代医療センター(八千代市、災害拠点病院[13]・救命救急センター)
- 船橋市立医療センター(船橋市、災害拠点病院・救命救急センター)
- 順天堂大学医学部附属浦安病院(浦安市、災害拠点病院・救命救急センター)
- 東京ベイ・浦安市川医療センター(浦安市、災害拠点病院・救急基幹センター)
- 東京歯科大学市川総合病院(市川市、災害拠点病院)
- 千葉県済生会習志野病院(習志野市、災害拠点病院)
教育


高等学校
中学校
小学校
| |
児童福祉施設
あっとほーむママ・なしのこ(小規模保育園)
研修施設
- 全国信用金庫研修所 (2022年閉所)
交通
空港
旅客空港は、千葉県成田市の成田国際空港(成田空港)が最寄りとなる。
東京都大田区の東京国際空港(羽田空港)にも、成田スカイアクセス線(成田空港線)を走るアクセス特急を利用すれば約1時間で行く事が可能。
鉄道路線



市の南北を東武野田線、東西に北総線・成田スカイアクセス線(成田空港線)が走り、北西部・南東部を新京成線がカバーする。この3路線が、市の中央にある新鎌ヶ谷駅で交差する。北総線・成田スカイアクセス(京成線・都営浅草線・京急線へ直通運転)を利用した場合、都心方面(日本橋駅)まで特急で約30分、また成田空港へも同様に約30分でアクセスできる。なお、新京成電鉄本社・北総鉄道本社は鎌ケ谷市に所在する。
北部地区は高柳駅(柏市)、及び六実駅(松戸市)。南部地域は市内にも地名がある馬込沢駅(船橋市)が最寄りとなる場合もある。
- 市役所最寄り駅・代表駅:新鎌ヶ谷駅
成田スカイアクセス線(成田空港線)
- 新鎌ヶ谷駅
- 未成線
道路
一般国道
県道
- 主要地方道
- 千葉県道8号船橋我孫子線(通称 船取線)
- 千葉県道12号鎌ケ谷本埜線(国道464号と重複)
- 千葉県道57号千葉鎌ケ谷松戸線
- 千葉県道59号市川印西線(木下街道)
- 一般県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡・観光スポット
- 右京塚神社
- 根頭神社
- 八幡神社
- 初富稲荷神社
- 道野辺八幡宮
- 鎌谷寺
- 鎌ヶ谷大仏
- 下総小金中野牧跡 - 遺存状態の良好な捕込跡、勢子土手の一部の遺構が、国の史跡に指定された。
- 下総航空基地 - 一般開放時(催事)には展示飛行、航空機地上展示を行っている。
右京塚神社
初富稲荷神社
道野辺八幡宮
文化財
| 番号 | 指定・登録 | 類別 | 名称 | 所在地 | 所有者または管理者 | 指定年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 国指定 | 記念物(史跡) | 下総小金中野牧跡 | 鎌ケ谷市東中沢2-377-9他 | 鎌ケ谷市他 | 平成19年2月6日 | |
| 2 | 県指定 | 記念物(史跡) | 小金中野牧の込跡 | 鎌ケ谷市東中沢 | 個人 | 昭和42年3月7日 |
スポーツ


- 北海道日本ハムファイターズ (ファーム)
- ファイターズ鎌ケ谷スタジアムが北海道日本ハムファイターズの二軍本拠地となっている。球場を含む敷地全体は「ファイターズタウン鎌ケ谷」と称し、他に屋内練習場、選手寮「勇翔寮」がある。カビー・ザ・ベアー(球団マスコットキャラクター)は鎌ケ谷市の親善大使に任命されている[15]。
著名な出身者
スポーツ
- 清田育宏(プロ野球選手、埼玉武蔵ヒートベアーズ所属)
- 鈴木康平(プロ野球選手、読売ジャイアンツ所属)
- 古谷拓郎(プロ野球選手、千葉ロッテマリーンズ所属)
- 津留﨑大成(プロ野球選手、東北楽天ゴールデンイーグルス所属)
- 後関昌彦(元プロ野球選手)
- 増田繁人(サッカー選手、ブラウブリッツ秋田所属)
- 浮田健誠(サッカー選手、レノファ山口FC所属)
- 瀬田貴仁(元サッカー選手)
- 倉垣翼(女子プロレス選手)
- 勝浦正樹(騎手)
- 荻野晃一(車いすラグビー指導者、元車いすラグビー選手)
芸能・アナウンサー
- 金原亭馬生 (初代)(落語家)
- 立川志ら玉(落語家)
- 佐藤寛之(歌手、俳優、元光GENJI)
- 長野せりな(タレント、声優、元アイドリング!!!)
- 藤江れいな(アイドル、元NMB48、元AKB48)
- 寺嶋由芙(ソロアイドル、元BiS)
- 岸波香桜(千葉テレビ放送アナウンサー、元フリーアナウンサー、元さくらんぼテレビアナウンサー)
その他
脚注
注釈
- 千葉市を除く人口40万人以上の市
出典
- “ゆれにくい街 鎌ケ谷|鎌ケ谷市ホームページ”. www.city.kamagaya.chiba.jp. 2019年5月27日閲覧。
- “子育て・教育環境が充実した街|鎌ケ谷市ホームページ”. www.city.kamagaya.chiba.jp. 2019年3月11日閲覧。
- 平成20年度鎌ケ谷市郷土資料館企画展 初富 -明治の下総台地開墾- (2009年) 編集・発行 鎌ケ谷市郷土資料館
- 東葛飾郡案内(大正8年)
- 角川日本地名大辞典
- 日本国勢調査記念録 千葉県(大正11年、12年)
- 鎌ケ谷市役所スポーツ施設ネーミングライツ(命名権)スポンサーが決定しました! - 鎌ケ谷市ホームページより
- “鎌ケ谷市制50周年祝う”. 千葉日報: p. 2. (2021年11月14日)
- “日本支部会員名簿 - 健康都市連合日本支部”. japanchapter.alliance-healthycities.com. 2019年5月18日閲覧。
- 「NTT東日本 単位料金区域別市外局番等一覧表 04から始まる市外局番」(PDFファイル)、NTT東日本
- 市外局番一覧(03・04:南関東地方)
- 千葉県. “千葉県保健医療計画(平成30年度~平成35年度)”. 千葉県. 2019年6月14日閲覧。
- 千葉県. “災害拠点病院の指定について”. 千葉県. 2019年6月14日閲覧。
- 千葉県. “鎌ケ谷市の国・県指定文化財”. 千葉県. 2019年6月17日閲覧。
- 広報かまがや2007年8月15日号















