那覇駅
那覇駅(なはえき、琉球方言:ナーファー)は、1914年(大正3年)12月1日から1945年(昭和20年)3月までの間、沖縄県那覇市にあった沖縄県営鉄道与那原線、海陸連絡線の駅(廃駅)である。
| 那覇駅 | |
|---|---|
![]() 構内(駅舎は左側、駅舎側のホームが1番のりば) | |
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なは Naha | |
左は旭橋駅(沖縄都市モノレール) | |
| 所在地 | 沖縄県那覇市旭町 |
| 所属事業者 | 沖縄県営鉄道 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 開業年月日 | 1914年(大正3年)12月1日 |
| 廃止年月日 | 1945年(昭和20年)3月28日ごろに最終運行(事実上廃止)。 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■与那原線* |
| キロ程 | 0.0 km(那覇起点) |
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(1.2 km) 古波蔵► | |
| 所属路線 | ■海陸連絡線 |
| キロ程 | 0.0 km(那覇起点) |
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(1.0 km) 桟橋荷扱所► | |
現在、駅があった場所は那覇バスターミナルとなっており、近くには沖縄都市モノレール線(ゆいレール)の旭橋駅がある。
歴史

沖縄戦後の那覇駅(1945年)
駅構造
対向式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線の計2面3線の地上駅。さらに、機関庫、修理庫などの設備を有しており、県営鉄道唯一の転車台が存在した。側線も4〜5本設置されており、県営鉄道の駅の中では最大の規模を持つ駅であった。
駅跡の現在
前述のように戦後は那覇バスターミナルが立地し、鉄道駅時代と変わらず交通の要所となった。バスターミナルは再開発のため、2015年5月にいったん閉鎖された。
沖縄戦や戦後の米軍による整地などにより、バスターミナル供用当時は駅があったことを示すものは何も残っていなかった。唯一戦前から現存する構造物に、現在バスターミナル構内にある「仲島の大石(なかしまのうふいし)」と呼ばれる琉球石灰岩の大きな岩がある。県指定天然記念物に指定されており、県営鉄道開通前から戦時中、そして現在においても位置は変わっていない。
バスターミナル閉鎖後、再開発工事中の2015年(平成27年)10月に那覇駅の転車台遺構が発見された[1]。
駅跡に建設された那覇バスターミナル(2012年8月)
戦前から現存する仲島の大石(2008年9月)
隣の駅
- 沖縄県営鉄道
- ■与那原線・嘉手納線・糸満線
- 那覇駅 - 古波蔵駅
- ■海陸連絡線
- 那覇駅 - 桟橋荷扱所駅
脚注
- 軽便鉄道・那覇駅の転車台か れんが積みの遺構公開 - 沖縄タイムス2015年10月28日
参考文献
- 加田芳英『図説 沖縄の鉄道【改訂版】』有限会社ボーダーインク、2003年。ISBN 978-4-89982-047-5。
関連項目
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左は旭橋駅(沖縄都市モノレール)