金圓衡

金 圓衡キム・ウォニョン1972年7月5日 - )は、大韓民国出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。

金 圓衡
福岡ソフトバンクホークス 研修コーチ #008
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 全羅北道全州市
生年月日 (1972-07-05) 1972年7月5日(51歳)
身長
体重
177 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
プロ入り 1991年 高卒優先指名
初出場 1991年4月11日
最終出場 2010年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
キム・ウォニョン
各種表記
ハングル 김원형
漢字 金圓衡
発音: キム・ウォニョン
キムォニョン
ローマ字 Kim Won-hyeong
本人表記: Kim, Won Hyung

経歴

サンバンウル時代

全州高校卒業後、1990年サンバンウル・レイダースに入団。当時、薄かった投手陣の事情と、先発として育てようとする当時の監督金寅植の計らいによって、新人の時から敗戦を積み上げながらも先発ローテーションの一角を担った。

以後、チームの主軸投手として成長して当時童顔のおかげで「幼い王子様」の別名も得る。しかし、弱かったチーム戦力のため、力投が報われない場合が多く、よくて5割勝率、普段は負け越しで2桁勝利にはなかなか届かなかった。

1998年以後、親会社が財政的に苦しんで、主力を現金トレードで出して運営費に当てる渦中でも、彼はあいにく故障で出せなかったため、サンバンウル・レイダースの一軍リーグ参入から消滅までチームと共にした。

SK時代

サンバンウルの解散の後は、他のチームメイトと共に、新球団SKワイバーンズに受け入れられて、同球団の創設メンバーになる。SK時代も事情は変わらず、貧弱な援護の中で孤軍奮闘することが多く、時が立つにつれ、故障や年齢の重ねから来る衰えなどで成績が下降線をたどるようになった。

だが、2004年から再び復活の傾向を見せて、ローテーション選手の役割を果たす。

2007年ケニー・レイボーンマイク・ロマノなどの加入で、先発ローテーションから外され、中継ぎにまわされたが、チームは韓国シリーズで優勝。プロ生活17年目でようやく優勝の美酒を味わえた。

キャリアを通じて所属チーム戦力が弱かった時期がほとんどで、通算成績でも134勝を挙げながら、144敗と負け越した。2021年シーズン終了時点で、宋津宇に次いで個人通算敗戦で2位にランクされている。

2008年は、先発が早期降板した時に登板するリリーフとして重用され、救援だけで12勝を挙げてチームの公式戦1位に貢献した。しかし惜しくも連覇を達成した韓国シリーズでは登板機会がなかった。

2009年は、プロ生活19年目にして初となる未勝利に終わった。

2010年は、2009年シーズン限りでの宋津宇などの引退により、韓国プロ野球で唯一20年以上現役を続けた選手となったが、プロ入り後最少の3試合の登板にとどまり2年連続未勝利となった。

2011年は一軍登板がなく、シーズン終了後現役を引退し21年間の選手生活に終止符を打った。

引退後

2012年からSKの二軍ルーキー投手コーチに就任した。同年4月8日には、SKの本拠地・文鶴野球場仁川広域市)で引退セレモニーも行われた。

2014年よりSKの一軍投手コーチに転任した。

2016年10月よりロッテ・ジャイアンツの投手コーチに転任し、2018年はロッテの首席コーチだった。

2019年より斗山の投手コーチへ転任。

2020年11月よりSKに監督として復帰[1]。なおSKは2021年3月に球団売却でSSGランダースとなったため、SSGランダース最初の監督となった。2022年、SSGは韓国シリーズで優勝するも、2023年、レギュラーシーズン3位でポストシーズンは準プレーオフで敗退すると、同年10月31日、監督の契約が解除された[2]

2024年4月4日、福岡ソフトバンクホークスがコーチ研修として金の受け入れを発表[3]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1991 サンバンウル 292041071100.389597136.1131127127755177714.691.48
1992 22187108710.533578138.11251354161045160513.321.29
1993 262263011900.550572135.1115960210876050442.931.29
1994 252220051110.313588132.01431452411755085795.391.48
1995 25254209800.529627143.21451458113692082633.951.41
1996 26231005800.385554126.2133105145697171584.121.45
1997 29283009900.500649157.0139134327804062482.751.16
1998 5111000127130.632611150.013010425610911154422.521.15
1999 1730002320.40015437.03031303385022204.861.16
2000 SK 291300021350.13341393.0112183115523070605.811.54
2001 26251009900.500657154.11522060431008089754.371.37
2002 13120004500.44426058.167141702370040345.251.44
2003 3090007714.50033879.187131806441034333.741.32
2004 30201008611.571588135.01471941010782170634.201.39
2005 303000014800.636715171.21721730015941073653.411.18
2006 24230005900.357603139.11521141013521069634.071.39
2007 4370005404.55632773.28762228250041344.151.48
2008 42400012622.66731374.17362325410028263.151.29
2009 2520000401.00014833.136318111710204.591.62
2010 300000000.000112.130000000200.001.29
2011 一軍出場なし
通算:21年 54531729701341442612.48293052171217922574531136124667510969463.921.35

背番号

  • 48(1991年 - 1994年)
  • 16(1995年 - 2011年)
  • 70(2012年 - 2016年、2019年 - 2023年)
  • 75(2017年 - 2018年)
  • 008(2024年 - )

脚注

  1. 김원형 신임 감독 선임
  2. SSG랜더스, 김원형 감독과 계약 해지」『SSG LANDERS』2023年10月31日。2024年5月6日閲覧
  3. 【ソフトバンク】韓国プロ野球・SSGランダース元監督の金圓衡氏のコーチ研修受け入れ」『日刊スポーツ』2024年4月4日。2024年4月5日閲覧
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