我孫子市
| あびこし 我孫子市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
![]() | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 千葉県 | ||||
| 市町村コード | 12222-0 | ||||
| 法人番号 | 9000020122220 | ||||
| 面積 |
43.15km2 | ||||
| 総人口 |
130,018人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 3,013人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
柏市、印西市 茨城県:取手市、北相馬郡利根町 | ||||
| 市の木 | ケヤキ | ||||
| 市の花 | ツツジ | ||||
| 市の鳥 | オオバン | ||||
| 我孫子市役所 | |||||
| 市長 | 星野順一郎 | ||||
| 所在地 |
〒270-1192 千葉県我孫子市我孫子1858番地 北緯35度51分51秒 東経140度01分42秒 ![]() | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村 | |||||
| ウィキプロジェクト | |||||
人口は約13万人。健康都市連合加盟都市[1]。白樺派の拠点。江戸時代より水戸街道・我孫子宿の宿場町として栄え、数多くの文化人が風光明媚な場所として手賀沼畔に住居や別荘を構える文化都市として栄え[2]、広く「北の鎌倉」と称された。1970年(昭和45年)市制施行。
概要
我孫子宿および布佐の市街地を除き、概ね農業地域であったが、1970年代からは東京都の都心のベッドタウンとして一部区画が開発され人口が増加した。JR常磐線と成田線、国道6号と国道356号が分岐する交通の要衝となっており、千葉県東部(印西市)と茨城県南部(取手市)へ接続している。2015年(平成27年)3月に上野東京ラインが開業し、我孫子駅 - 東京駅間は最速38分で結ばれるようになった[3]。自然豊かな住宅都市として発展している。
江戸時代には水運が栄え、特に東端の布佐地区は利根川の主要な河岸であった。大正時代から昭和初期にかけて我孫子は「北の鎌倉」と称されることもあり[4]、志賀直哉、武者小路実篤、柳宗悦、バーナード・リーチなど多くの著名な文化人が居を構えたり別荘を持ったことで白樺派の拠点となっていた。
都市雇用圏における東京都市圏(東京都区部)のベッドタウンとしての性質が強い。通勤率は、東京都特別区部へ32.3%、柏市へ12.4%(いずれも平成22年国勢調査)。
地理
千葉県の北西部に位置し、県庁所在地でもある千葉市から約30キロメートルの距離に位置する。東京都の都心から30 - 40キロメートル圏内である。南東は印西市、南西は手賀沼をはさんで柏市、北は利根川をはさんで茨城県の取手市、北相馬郡利根町と隣接している。
利根川と手賀沼に挟まれた海抜約20メートルのなだらかな下総台地が東西に約14キロメートル、南北に約4キロメートル - 6キロメートルにわたってひろがり、南東部の手賀沼沿いと北西部の利根川沿いは平らな水田になっている。
古利根沼
難読地名
難読地名が多い。市名の「我孫子」も難読地名のひとつであり、かつては日本国有鉄道の採用試験の問題にされた[5]。
- 高野山(こうのやま)
- 岡発戸(おかほっと 又は おかぼっと)
- 下ケ戸(さげと)
- 都部(いちぶ)
- 中峠(なかびょう)
- 日秀(ひびり)
- 江蔵地(えぞうち、えぞち)
気候
我孫子市の気象観測は新木駅に近い気象台記念公園内にアメダスが設置されており、ここは昭和14年から60年間、中央気象台布佐出張所(気象送信所)が設置されていた場所となっている。2010年にアメダスが我孫子駅近くの住宅街からここに移設された。公園内に設置されていることから比較的良好な環境となっており、ここが東葛地区では唯一の気象観測地点となっている。年間平均気温は14.7度、年間降水量は1375.4mm。冬季の最寒月の1月の平均気温が3.3度、平均最低気温が-1.7度と県内の観測地点では寒冷な気候となっている。最暖月の8月の平均気温は26.6度、平均最高気温は31.5度、平均最低気温が23.1度となっており、熱帯夜の数は少ない。過去最低気温は2021年1月9日の-7.2度(移設される前の記録を含むと1984年1月20日の-8.4度)、過去最高気温は2013年8月11日の39.2度となっている。
| 我孫子市(2010年 - 2020年)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 18.0 (64.4) |
21.3 (70.3) |
24.7 (76.5) |
28.9 (84) |
34.4 (93.9) |
36.0 (96.8) |
37.3 (99.1) |
39.2 (102.6) |
35.9 (96.6) |
32.1 (89.8) |
26.5 (79.7) |
23.2 (73.8) |
39.2 (102.6) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 9.0 (48.2) |
9.8 (49.6) |
13.8 (56.8) |
18.4 (65.1) |
23.7 (74.7) |
25.7 (78.3) |
29.8 (85.6) |
31.5 (88.7) |
27.3 (81.1) |
21.6 (70.9) |
16.3 (61.3) |
11.1 (52) |
19.8 (67.6) |
| 日平均気温 °C (°F) | 3.3 (37.9) |
4.5 (40.1) |
8.3 (46.9) |
12.8 (55) |
18.3 (64.9) |
21.2 (70.2) |
25.1 (77.2) |
26.6 (79.9) |
22.7 (72.9) |
17.0 (62.6) |
11.1 (52) |
5.7 (42.3) |
14.7 (58.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −1.7 (28.9) |
−0.3 (31.5) |
3.2 (37.8) |
7.6 (45.7) |
13.6 (56.5) |
17.6 (63.7) |
21.8 (71.2) |
23.1 (73.6) |
19.2 (66.6) |
13.2 (55.8) |
6.6 (43.9) |
0.9 (33.6) |
10.4 (50.7) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −7.2 (19) |
−6.9 (19.6) |
−3.4 (25.9) |
−1.1 (30) |
5.3 (41.5) |
9.7 (49.5) |
15.1 (59.2) |
15.9 (60.6) |
10.0 (50) |
4.2 (39.6) |
−1.8 (28.8) |
−5.4 (22.3) |
−7.2 (19) |
| 降水量 mm (inch) | 50.5 (1.988) |
63.5 (2.5) |
98.4 (3.874) |
124.9 (4.917) |
112.3 (4.421) |
149.9 (5.902) |
126.2 (4.969) |
82.5 (3.248) |
211.6 (8.331) |
236.4 (9.307) |
84.3 (3.319) |
58.4 (2.299) |
1,375.4 (54.15) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 4.4 | 6.4 | 9.1 | 10.0 | 8.5 | 11.6 | 10.6 | 7.0 | 11.5 | 10.8 | 8.1 | 5.8 | 104.0 |
| 平均月間日照時間 | 206.9 | 166.1 | 189.1 | 187.0 | 210.9 | 147.9 | 173.5 | 210.6 | 143.4 | 133.9 | 153.6 | 175.6 | 2,091.8 |
| 出典1:Japan Meteorological Agency | |||||||||||||
| 出典2:気象庁[6] | |||||||||||||
歴史
旧石器時代より人類が住んでいた痕跡が確認されており[* 1]、江戸時代には利根川の水運が隆盛したこと、水戸街道沿いに我孫子宿ができたことで、交通の要衝として大きく発展した[* 2]。明治時代に入り鉄道や自動車、汽船などの交通機関が発達するにつれて、利根川の水運は衰退したが、現在のJR常磐線・成田線の開通に伴いベッドタウンとして人口が増加した。
1911年(明治44年)に嘉納治五郎が別荘を構える。嘉納は現在の我孫子市白山に土地を購入し農園を設け、「嘉納後楽農園」と名付けている。この嘉納の甥である柳宗悦が1914年(大正3年)に移住し、彼に誘われる形で1915年(大正4年)には志賀直哉が移住している。この時期我孫子で執筆された作品に、「城の崎にて」「和解」「暗夜行路(前篇のみ)」がある。さらに1916年(大正5年)には武者小路実篤が移住し、1922年(大正11年)には瀧井孝作が居を構える。さらに中勘助も、志賀直哉とのつながりから仮寓している。加えて柳宗悦の屋敷内にバーナード・リーチが窯を築くなど、明治後期から大正時代にかけて多くの文化人が移り住み、白樺派の拠点にもなる。その他、村川堅固(西洋史学者)や杉村楚人冠(ジャーナリスト、随筆家)、柳田國男(民俗学者)、坂西志保(教育家)なども居を構えていた。
1929年(昭和4年)には嘉納治五郎や杉村楚人冠の奔走により我孫子ゴルフ倶楽部が創立(1931年開場)。関東屈指の名コースと言われ、我孫子市出身のゴルフ指導者である林由郎を師と仰ぐ青木功や尾崎将司ら弟子たちは「我孫子一門」と呼ばれる。
自治体としての歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により南相馬郡我孫子町、湖北村、布佐町が誕生。
- 我孫子町 ← 我孫子宿、我孫子村新田、下戸村、高野山村、青山村、柴崎村、岡発戸村、都部村、高野山新田、岡発戸村新田、都部村新田、都部新田
- 湖北村 ← 中里村、中峠村、新木村、古戸村、日秀村、中里村新田、新木村下、中峠村下、日秀村新田
- 布佐町 ← 布佐町、江蔵地新田、布佐下新田、浅間前新田、大作新田、相島新田、三河屋新田
- 1897年(明治30年)4月、東葛飾郡が南相馬郡を編入し東葛飾郡我孫子町、湖北村、布佐町になる。
- 1954年(昭和29年)11月1日 - 東葛飾郡富勢村の一部が我孫子町に編入(残部は東葛市〔現在の柏市〕へ編入)。
- 1955年(昭和30年)4月29日 - 我孫子町、湖北村、布佐町が合併し新制我孫子町が誕生。
- 1959年(昭和34年)- 手賀沼ディズニーランド構想が持ち上がるが白紙となる。
- 1970年(昭和45年)7月1日 - 市制施行により我孫子市が誕生。全国で565番目、県下で22番目。
- 2002年(平成14年)4月 - 平成の大合併の流れで周辺の柏市、沼南町と共に「柏市・我孫子市・沼南町まちづくり研究会」発足。
- 2002年(平成14年)12月 - 手賀沼、全国水質ワースト1を返上。
- 2003年(平成15年)2月 - 住民投票の結果などから「まちづくり研究会」を離脱、合併を白紙に。
- 2007年(平成19年)1月 - 福嶋浩彦の任期満了に伴う我孫子市長選挙で、星野順一郎が当選。
- 2011年(平成23年)3月 - 東北地方太平洋沖地震により布佐地区で液状化現象が発生し、市域134棟家屋全壊(内訳布佐113棟)。[7][8]その原因、1870年の利根川の洪水により堤防が決壊してできた沼「切れ所沼」は1952年に利根川の浚渫土砂で埋め立てられて宅地化された。[9][10]
人口
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、1.80%減の131,606人であり、増減率は千葉県下54市町村中21位、60行政区域中27位。
![]() | |
| 我孫子市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 我孫子市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 我孫子市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
我孫子市(に相当する地域)の人口の推移 | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
行政
利根川を挟んで隣接する茨城県取手市とは、公共施設の相互利用がなされており、我孫子市の市民体育館・老人福祉センター「つつじ荘」、取手市の「グリーンスポーツセンター」は、いずれも市内料金で利用できる。また、図書館については取手市立図書館・利根町図書館についても相互利用できる。
市長
歴代首長
市町村合併
かつて流山市・柏市・東葛飾郡沼南町との合併研究会が設けられたことがあるが、合併に向けた市民の関心は薄かった。当時の福嶋浩彦市長は、地方分権による自立を掲げ、平成15年1月6日から1月24日に市民3,000人を対象に世論調査方式の「市民意向調査(住民アンケート)」(人口比2.3%・有権者数比2.9%・回答率は56.76%)を行ない、その結果を参考に平成15年2月、合併協議(研究会)からの離脱を表明した。
現在も、野田市・柏市・流山市・松戸市・鎌ケ谷市と我孫子市のいわゆる「東葛6市」での合併による政令指定都市構想があり、この6市で構成される東葛広域行政連絡協議会内に「政令指定都市研究会」を設けている。この研究会の委員は、6市の企画担当部長職で構成され、その下に担当課長等で構成するワーキンググループを設けている。研究会は基本的に公開されており、会議の開催情報や結果の概要について、ホームページ等で公開されている。この研究会は、「社会経済情勢の変化と生活圏の拡大から、東葛地域の現状と課題および将来像に関する調査・研究、政令市に関する情報の収集および調査・研究を行うもので、東葛地区で合併することを前提としたものではない」としている。
議会
経済
地域
地区



住宅団地
- 湖北台団地
- 我孫子新木団地
- あらきの団地
複合施設
図書館
- 我孫子市民図書館
- 本館(アビスタ)
- 湖北台分館
- 布佐分館
郵便局
- 我孫子郵便局(05079)
- 布佐郵便局(05120)
- 湖北郵便局(05180)
- 東我孫子駅前郵便局(05336)
- 我孫子緑郵便局(05429)
- 我孫子湖北台郵便局(05442)
- 我孫子つくし野郵便局(05532)
- 我孫子新木郵便局(05568)
- 我孫子泉郵便局(05572)
- 我孫子柴崎台郵便局(05630)
- 我孫子平和台郵便局(05657)
- 我孫子駅前郵便局(05681)
郵便番号は以下が該当する。1集配局が集配を担当する。
- 我孫子郵便局:「270-11xx」
近隣センター
- 布佐南近隣センター
- 天王台北近隣センター
- 根戸近隣センター
- 新木近隣センター
- 湖北台近隣センター
- 久寺家近隣センター
- 近隣センターこもれび
- 我孫子南近隣センター
- 近隣センターふさの風
医療
二次医療圏(二次保健医療圏)としては東葛北部医療圏(管轄区域:鎌ケ谷市を除く東葛地域)である[12]。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。
- 一次医療圏
- 緊急指定病院
- 名戸ヶ谷あびこ病院
- アビコ外科整形外科病院
- 我孫子聖仁会病院
- 我孫子つくし野病院
- 我孫子東邦病院
- 平和台病院
- 天王台消化器病院
- 東葛辻仲病院
- 緊急指定病院
- 二次医療圏
- 松戸市立総合医療センター(松戸市、災害拠点病院[13]・救命救急センター)
- 東京慈恵会医科大学附属柏病院(柏市、災害拠点病院・救命救急センター)
教育



大学
高等学校
- 千葉県立
- 私立
中学校
小学校
- 我孫子市立
特別支援学校
- 千葉県立我孫子特別支援学校
市外局番
当市の市外局番は全域で「04」である。以前は柏市、流山市、野田市、当市を対象とした市外局番は0471であったが市内局番の不足に伴い、2002年(平成14年)2月よりこれまでの「0471」の市外局番のうち、「71」を市内局番に回し、市外局番を「04」に変更した。
桁を2つずらした理由には、市内局番の初めを「1」から始めてはいけない決まりによるもので、桁ずれによる市外局番2桁化はこれが初例となった。埼玉県の「042-9」、千葉県鴨川市などの「0470」のうち市内局番の先頭が9の地域の市外局番も「04」に変更されており、これらの市外局番04地域に電話をかける場合は04を最初に回すことになる。ただし、天気予報は従来と同じく「0471-177」である。
収容局は以下の3ビルが該当し、市内局番は以下の通り。
- 我孫子局:7140(3000番台)、7165(2000 - 6000、9000番台)、7179(0000 - 2000、6000 - 8000番台)、7181(0000 - 3000、7000 - 9000番台)、7182 - 7185、7186(0000 - 5000番台)
- 湖北局:7179(3000 - 4000番台)、7181(4000 - 5000番台)、7187、7188
- 布佐局:7181(6000番台)、7189(0000 - 6000番台)
交通
鉄道路線

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本市は常磐線の千葉県区間並びに直流電化区間の区市で唯一JR以外の鉄道路線が存在しない[* 3]。
- 今後の予定
- 2000年1月の運輸政策審議会答申第18号で「目標年次の2015年までに整備着手することが適当である路線」に、東京地下鉄11号線(半蔵門線)の押上 - 松戸の延伸計画が明記された。さらに「必要に応じ、松戸から千葉県北西部方面への延伸の可能性を検討する」と付記されており、市内では布佐駅がルートに含まれている。また、常磐線輸送力整備・新線建設促進期成同盟、成田線複線化委員会、成田線複線化促進期成会などにより、輸送改善を推進する動きもある。
道路
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- 一般国道
- 都道府県道
- 主要地方道
- 一般県道
橋梁
- 今後の予定
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
明治から大正にかけて別荘地として栄えたことから多くの文化人ゆかりの地が市内に散在し、別荘の一部は今も残っている。手賀沼は関東でも有数の野鳥の飛来地であり、鳥類の研究施設や博物館も所在する。
名所・旧跡・観光スポット

- 別荘跡・旧邸
- 文化施設
- 神社・仏閣
- 旧跡
- 自然
- 利根川・古利根川の風景
- 手賀沼の風景
- 我孫子谷津ミュージアム
- 布佐河岸跡
- 千葉県手賀沼親水広場
- 気象台記念公園
- 湖北台中央公園
- 五本松公園
- 手賀沼公園
- 利根川ゆうゆう公園
- 中峠亀田谷公園
- 宮ノ森公園
- 古利根公園「自然観察の森」
- 根戸船戸緑地
- 岡発戸市民の森
- 中里市民の森
- 布佐市民の森
祭事・催事
- 手賀沼花火大会 - 柏市と共に、毎年8月初旬に行われる柏・我孫子花火大会in手賀沼(旧:手賀沼花火大会)を共同主催する(2009年・2011年・2012年は中止)。
- 手賀沼トライアスロン
- 手賀沼エコマラソン
- ジャパン・バード・フェスティバル
歌・民謡
スポーツ
ラグビー
- NECグリーンロケッツ東葛 - JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(リーグワン)
サッカー
- 柏レイソル - 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
- ホームタウンは隣の柏市だが、東葛地域の我孫子、鎌ケ谷、流山、野田、松戸、白井、印西の8市を活動エリアとしている。
ゴルフ
著名な出身者
我孫子に由縁がある著名人
我孫子市に居住経験がある人物。
| 公人・財界人
学術・文学
|
政治
音楽・芸能・放送
スポーツ
|
脚注
出典
- “日本支部会員名簿 - 健康都市連合日本支部”. japanchapter.alliance-healthycities.com. 2019年5月18日閲覧。
- 多賀工業会千葉県支部"手賀沼周辺の歴史と現在"<ウェブ魚拓>2012年12月9日(2013年1月10日閲覧。)
- “我孫子市の位置およびアクセス:我孫子市公式ウェブサイト”. www.city.abiko.chiba.jp. 2019年5月28日閲覧。
- https://www.excite.co.jp/news/article/00051078124824/ エキサイトニュース はなわの第2の故郷(?)、“北の鎌倉”を歩く
- “地勢:我孫子市公式ウェブサイト”. www.city.abiko.chiba.jp. 2019年5月28日閲覧。
- “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2024年2月13日閲覧。
- 『我孫子市復興計画 ~東日本大震災からの復興をめざして~』我孫子市都市部布佐東部地区復興対策室、2012年4月、2頁。 オリジナルの2021年5月15日時点におけるアーカイブ。
- 「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について(第161報)(令和3年3月9日)」『総務省消防庁災害対策本部』、別紙1頁。 オリジナルの2021年3月9日時点におけるアーカイブ。2021年3月10日閲覧。
- 宇根寛「我孫子市の液状化被害とそれを教訓としたハザードマップの改訂」『地學雜誌』第124巻第2号、東京地学協会、2015年、287-296頁、doi:10.5026/jgeography.124.287、ISSN 0022-135X、NAID 130005069557。
- 橋詰直道 (2011年4月13日). “(写真)東日本大震災による我孫子市布佐地区の被害”. オリジナルの2021年5月15日時点におけるアーカイブ。
- 市政・広報 > 計画・取り組み > 過去の計画・取り組み > 柏ナンバー > 「柏ナンバー」本年10月10日から導入柏市。2020年5月22日閲覧。
- 千葉県. “千葉県保健医療計画(平成30年度~平成35年度)”. 千葉県. 2019年6月14日閲覧。
- 千葉県. “災害拠点病院の指定について”. 千葉県. 2019年6月14日閲覧。
- 千葉県. “我孫子市の県指定文化財”. 千葉県. 2019年6月19日閲覧。
- “情報ひろば 「でかけてみませんか劇団文化座公演(広報あびこ No.1047)」” (PDF). 我孫子市 (2001年6月16日). 2023年2月23日閲覧。
外部リンク
- 行政
- 観光













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