阿波国分尼寺跡
概要
寺の廃絶後も地名として「尼寺」(にんじ)が残っていた[1]。
1970年の住宅地造成の際に徳島県教育委員会による発掘調査が実施され、遺構や伽藍配置が確認された[3][4]。寺域は約150m四方と推定され、伽藍配置は北門・金堂が中軸上に直列する[2][3]。
文化財
国の史跡
- 阿波国分尼寺跡 - 昭和48年4月14日指定[1]。
現地情報
所在地
- 徳島県名西郡石井町石井尼寺12-1 (北緯34度4分4.2秒 東経134度27分55.8秒)
脚注
- 阿波国分尼寺跡 - 文化遺産オンライン
- 阿波国分尼寺跡 - 徳島県立埋蔵文化財総合センター 「レキシル とくしま」オフィシャルサイト
- ゲンちゃんと遊ぼう 徳島県の歴史舞台 国分寺・国分尼寺 (PDF) - 徳島県立埋蔵文化財総合センター
- 阿波国分尼寺跡 - 石井町
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