1962年の国鉄スワローズ

1962年の国鉄スワローズ(1962ねんのこくてつスワローズ)では、1962年の国鉄スワローズの動向をまとめる。

1962年の国鉄スワローズ
成績
セントラル・リーグ6位
51勝79敗4分 勝率.392[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 後楽園球場
球団組織
経営母体 日本国有鉄道
監督 砂押邦信
« 1961
1963 »

この年の国鉄スワローズは、砂押邦信監督の2年目のシーズンである。

概要

前年待望のAクラス入りを果たしたチームだが、開幕から打線が貧打に喘ぎ前年の.227から.201へ低下[2]金田正一村田元一などの投手陣は最下位のチームで健闘し、防御率も2.61と悪くはなかった。打線の貧打を投手陣をカバーする形でチームは6月まで3位の巨人と1.5ゲーム差の4位とまずまずの成績を残していたが、最後は成績が急降下。結局15年ぶり優勝の阪神から24ゲーム付けられチームは2年ぶりの最下位に終わり、また砂押監督が移籍組や立教大学出身の選手を優遇したことを球団内が問題視したことから、砂押監督は2年で辞任しヘッドコーチへ降格(その後サンケイとなった1965年に復帰)。後任には阪急高橋の監督を務めた浜崎真二が就任した。投手陣は51完投でリーグ2位、無四球勝利も15とリーグ3位と健闘したが、打撃陣は前述のようにチーム打率が2割そこそこ、本塁打も盗塁もリーグ最下位と投高打低のシーズンとなってしまった。カード別成績は5位の広島に13勝13敗1分で互角だったが、5割以上の4球団に大きく負け越し(特に大洋や巨人には9勝17敗)、台風の目にはならなかった。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 鈴木秀幸
2 杉本公孝
3 土屋正孝
4 徳武定祐
5 佐藤孝夫
6 星山晋徳[注 1]
7 小西秀朗[注 2]
8 根来広光
9 金田正一
1962年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 大洋-- 大洋-- 大洋-- 阪神-- 阪神-- 阪神--
2位 阪神0.0 阪神1.0 阪神2.5 大洋2.0 大洋2.5 大洋4.0
3位 巨人1.0 巨人1.5 巨人4.5 巨人8.0 中日6.5 中日5.0
4位 中日1.5 国鉄5.0 国鉄6.0 中日9.5 巨人8.0 巨人8.0
5位 広島1.5 中日5.0 中日10.0 国鉄12.5 広島16.5 広島19.0
6位 国鉄2.0 広島5.5 広島13.0 広島16.0 国鉄20.5 国鉄24.0
1962年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
1位阪神タイガース75553 .577優勝
2位大洋ホエールズ71594 .5464.0
3位中日ドラゴンズ70603 .5385.0
4位読売ジャイアンツ67634 .5158.0
5位広島カープ56744 .43119.0
6位国鉄スワローズ51794 .39224.0

オールスターゲーム1962

ファン投票 選出なし
監督推薦 金田正一 村田元一 根来広光
  • 取り消し線は出場辞退

できごと

この年の8月、産業経済新聞社サンケイ新聞)との資本提携を締結。この段階で球団経営の主導はサンケイ新聞に事実上移った。

選手・スタッフ

[3][4]

表彰選手

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし

脚注

注釈

  1. 偵察メンバーの稲垣博愛と交代。
  2. 偵察メンバーの荒川巌と交代。

出典

  1. 年度別成績 1962年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年7月31日閲覧。
  2. 2リーグ制以降の日本プロ野球史上最低チーム打率記録
  3. ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 146
  4. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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