1972年のヤクルトアトムズ

1972年のヤクルトアトムズ(1972ねんのヤクルトアトムズ)では、1972年のヤクルトアトムズの動向をまとめる。

1972年のヤクルトアトムズ
成績
セントラル・リーグ4位
60勝67敗3分 勝率.472[1]
本拠地
都市 東京都新宿区
球場 明治神宮野球場
球団組織
オーナー 松園尚巳
経営母体 ヤクルト本社
監督 三原脩
« 1971
1973 »

この年のヤクルトアトムズは、三原脩監督の2年目のシーズンである。

概要

三原脩監督・中西太ヘッドコーチ体制になって2年、しかし依然として低迷が続き、特に6月21日大洋戦では2アウトから11点取られ、2日後の23日の巨人戦では1イニング13点を取られるという散々な状態で、6月には広島と最下位争いを演じた。投手陣はチーム防御率は3.73とリーグ最下位に終わり、543失点はリーグワーストだった。しかし終わってみれば4年ぶりの4位、安田猛新人王最優秀防御率のダブル受賞、そして2年目の若松勉首位打者を獲得、新たなスターが誕生した。打撃陣はチーム打率が.254とリーグ1位で、102盗塁は巨人と同数だったが、打高傾向の中でも115本塁打はリーグ最下位、守備面ではリーグ最下位の114失策と、エラーがらみで失点するパターンも多く目立った。カード別では3位の中日や大洋などに大きく勝ち越したものの、優勝の巨人には8勝17敗1分、2位の阪神にも8勝18敗と両球団から16勝しかあげられなかった。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 若松勉
2 武上四郎
3 ロバーツ
4 ロペス
5 船田和英
6 久代義明[注 1]
7 大矢明彦
8 荒川堯
9 松岡弘
1972年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 中日-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 大洋1.0 阪神 大洋2.5 阪神 阪神4.0 阪神3.5
3位 巨人2.0 大洋1.5 阪神3.0 大洋4.0 大洋8.5 中日7.0
4位 広島3.0 中日5.0 中日4.0 中日5.0 中日9.0 ヤクルト14.5
5位 阪神4.0 広島7.5 ヤクルト13.0 ヤクルト8.5 ヤクルト12.0 大洋17.0
6位 ヤクルト5.0 ヤクルト10.0 広島13.5 広島12.5 広島20.5 広島24.0
1972年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
1位読売ジャイアンツ74524 .587優勝
2位阪神タイガース71563 .5593.5
3位中日ドラゴンズ67594 .5327.0
4位ヤクルトアトムズ60673 .47214.5
5位大洋ホエールズ57694 .45217.0
6位広島東洋カープ49756 .39524.0

オールスターゲーム1972

ファン投票 大矢明彦
監督推薦 松岡弘 ロバーツ 若松勉

できごと

選手・スタッフ

[2][3]

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
安田猛 新人王
最優秀防御率2.08初受賞
若松勉 首位打者.329初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
若松勉外野手初受賞
ダイヤモンドグラブ賞(新設)
選手名ポジション
大矢明彦捕手

ドラフト

順位選手名ポジション所属結果
1位永尾泰憲内野手いすゞ自動車入団
2位小田義人内野手大昭和製紙入団
3位上水流洋投手住友金属入団
4位山口高志投手関西大学拒否・松下電器入社
5位鈴木康二朗投手日本鉱業日立入団
6位水江正臣投手津久見高入団

脚注

注釈

  1. 第1打席で山下慶徳に交代

出典

  1. 年度別成績 1972年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年7月4日閲覧。
  2. ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 147
  3. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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