D1 GRAND PRIX

D1 GRAND PRIX(ディーワングランプリ)は、ドリフト走行の技術を競うモータースポーツの選手権である。通称は「D1グランプリ」「D1GP」。

D1 GRAND PRIX
カテゴリ ドリフト
国・地域 日本の旗 日本(2000年 ー )
アメリカ合衆国の旗 アメリカ(2003年 - 2006年)
ロシアの旗 ロシア(2014年 - 2018年)
中華人民共和国の旗 中国(2016年 - 2018年)
フィリピンの旗 フィリピン(2022年 - )
大韓民国の旗 韓国(2023年 - )
タイ王国の旗 タイ(2023年 - )
開始年 2000年
最終
ドライバーズ
チャンピオン
日本の旗 藤野秀之
最終
チーム
チャンピオン
TEAM TOYO TIRES DRIFT
公式サイト d1gp.co.jp
D1GP参戦車両 (S15 シルビア)

概要

全日本プロドリフト選手権」の名称で2000年にスタートし、翌年からは「D1グランプリ」 (D1 GRAND PRIX) として開催されている。単に速さを競う一般的なモータースポーツとは異なり、ドリフト走行における迫力や芸術性をポイント化し競う。シリーズ戦(年間6-10戦)で争われ、現在では国内最高峰のドリフト競技のシリーズとなっている。2024年より、JAFの日本選手権にドリフト競技が加わったことにより正式名称は『JAF 日本ドリフト選手権 D1グランプリシリーズ』、シリーズ名は『グランツーリスモ D1グランプリシリーズ』となっている。

シリーズ戦には1台で走る「単走」と2台で走る「追走」の2種目が設定されており、各ラウンドで両種目の1位を決めるとともに、追走トーナメントにおいて最後まで勝ち上がった選手がそのラウンドの優勝者となる[1]。かつては審査員の目視を基に採点されていたが、2013年からGPSと角速度センサーを利用した[2]機械式採点システムのDOSS(D1 Original Scoring System)が単走で導入されており、2019年以降は追走でも使用されている。

下位カテゴリーとしてD1ライツ、さらにその下にD1ディビジョナルシリーズ(地方戦)が存在しており[1]、それらで好成績を収めた選手がD1グランプリにステップアップするケースも少なくない。また、同じくドリフト走行の競技として国内最高峰にあるフォーミュラ・ドリフト ジャパンと並行して参戦するドライバーも存在する。

「D1 GRAND PRIX」の名称の考案者は、シリーズを立ち上げた人物でもある元レーサーの土屋圭市と雑誌『OPTION』創始者の稲田大二郎である。「全日本プロドリフト選手権」のシリーズ化にあたり、ドリフト(Drift)の「D」・土屋圭市(ドリフトキング、Drift King)の「D」・(稲田)大二郎(Daijiro)の「D」という3つの「D」から頂点を目指すという意味で、「D1」と名付けられた[3]

歴史

D1グランプリの誕生

D1 GRAND PRIXの起源は、1995年に土屋圭市・稲田大二郎により開催された「ドリフト統一チャンピオン決定戦」である。当時の主要なドリコンであった「STCC」、「ドリコンGP」、「いかす走り屋チーム天国」(いか天)[注 1]の優秀選手が参加し、統一された審査基準の下でドリフトの腕前を競った[3]。これをきっかけとして、それまで存在しなかった「統一したルールによる、トップ選手によって競われるドリフト大会」という概念が生まれ、その後同様のコンテストが数度単発で開催された。

2000年、「全日本プロドリフト選手権」として初のプロドリフトイベントがエビスサーキットで開催され、優勝には50万円の賞金がかけられて行われた。それまでにも全国の強豪ドライバーを集めて優勝を競う単発のイベントは行われていたが、賞金をかけて行われたのはこの大会が初めてのことであった[4]。開催にあたっては「ドリフトがどれだけ上手くてもその先はない。だったらドリフトで飯を食えるように、プロ化にしよう」という意図があり、土屋曰く「最初のうちはOptionビデオオプションでの仕事の斡旋も考えていたが、お金を払って見る価値が出来た」とのことである。

2001年、「D1 GRAND PRIX」の名称でこの年からシリーズが開催された。第1-3戦は観客を入れずビデオオプションの収録として行われていたが、第4戦エビスから観客を動員して開催されるようになった。

シリーズの拡大と新たな選手の台頭

シリーズ設立当初はエビスや日光サーキット備北ハイランドサーキットセキアサーキットなどの比較的小規模なサーキットで開催されていたが、2002年初開催の筑波サーキットを皮切りに、富士スピードウェイ(2003年から)、オートポリス(2004年から)、鈴鹿サーキット(2006年から)、岡山国際サーキット(2008年から)などの大規模なサーキットでの開催も増加した。また、2003年からはアメリカへ進出し、カリフォルニア州アーウィンデールスピードウェイで大会を開催(2006年まで)。日本発祥のドリフト競技が世界中に伝播するきっかけとなり、各国でドリフト競技の大会(アメリカのフォーミュラ・ドリフトなど)が開催されるようになった[5]。さらに2004年には市街地特設コースのお台場ラウンドが初開催[6]2006年にはD1グランプリの下位カテゴリーとしてD1ストリートリーガル(現・D1ライツ)がスタートするなど、国内外でシリーズの拡大が続いた。

また、2001年時点では選手は皆プライベーターであり、ほとんどの選手がナンバープレート付きのマイカーを持ち込んで出走していた。しかし、翌2002年以降はチューニングパーツメーカー(ブリッツHKSトラストなど)によるワークス体制での参戦[注 2]やチューニングショップ(トップシークレットRE雨宮など)による参戦が本格的に始まり、それに合わせマシンも競技専用車両へと先鋭化していった[5]

選手も、シリーズ初期は野村謙谷口信輝植尾勝浩今村陽一など、いか天などのドリコンで活躍した選手が中心であったが、2000年代中盤になると川畑真人斎藤太吾など、キャリアの初期からD1GPを中心として戦ってきた選手が頭角を現し、2000年代後半には横井昌志松井有紀夫末永直登など、D1ストリートリーガルからステップアップしてきた選手も現れた[5]

ドリフト競技の国内最高峰として

2010年12月9日のD1コーポレーション取締役会において、稲田大二郎・土屋圭市両名がD1コーポレーション取締役を辞任し、今後の運営から離れることが表明された[7][8]。競技化を勧める両名と興業化を計るD1コーポレーション側で溝が生まれたことが原因とされる。稲田・土屋の二人は2011年に対抗イベントとしてドリフトマッスルを立ち上げた。「なるべくお金のかからない、腕だけで勝負できる大会」[9]を志向するドリフトマッスルに対し、D1GPはドリフト競技の国内トップカテゴリーとして、先鋭化したマシンによる大規模なモータースポーツイベントへの道を歩み始めた。

2012年にはそれまで審査員によって行われていた審査・採点に機械採点システムのDOSSが導入され、翌2013年からは単走の採点がDOSSのみとなる。2019年からは追走の審査でもDOSSの得点が使用されるようになった。また、2014年には株式会社D1コーポレーションがJAFの加盟団体になり、合わせてレギュレーションもJAFの規定により変更されることとなった。以降、それまでのパワー戦争を支えたNOSの使用が禁止となり、2JZ-GTEをはじめとする大排気量エンジンの車両が上位争いのマストアイテムとなる。

2010年代中盤以降は、藤野秀之や横井昌志、小橋正典中村直樹のチャンピオン獲得に代表されるように、ストリートリーガル出身の選手がトップコンテンダーに続々のし上がっており、他の選手としのぎを削っている[5]

興行・エンターテインメントとしての側面も模索されており、2010年代前半から中盤にかけてはよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑い芸人がゲストとして参加したり、中部国際空港(セントレア)や舞洲スポーツアイランドハウステンボスなどの新たな特設コースラウンドが設けられたりしている。2018年にはスマートフォンゲームのドリフトスピリッツがスポンサーとして名を上げ、同ゲーム内で史上初となる1年を通したシーズンコラボが開催された。

2020年シーズンは新型コロナウイルスの影響のためスケジュールが変更され、一部のラウンドは感染防止のため無観客で開催された。同年、かつてD1と袂を分かったドリフトマッスルの後継シリーズであるドリフトキングダムと運営統合され、キングダムの上位ランカーが参戦した。

2021年、シリーズ初年度から唯一連続開催を続けてきたエビスサーキット南コースがダート路面へと改修されるため、D1GPの開催がこの年限りとなった。

2022年シリーズより、2014年から続いたモンスターエナジーのオフィシャルドリンクスポンサーが解除となった。理由は不明。これにより2013年以来実に9年振りとなるモンスターエナジーのロゴがないスポンサーボックスや2014年以来となるスポンサーロゴ無記載のゼッケンとなった。

海外シリーズの再始動と「日本ドリフト選手権」設立

2022年末より、中国シリーズ以来となる海外シリーズとしてD1 SEA SERIES PHILIPPINESが開催[10]。2023年より正式にD1 SEA SERIES(D1東南アジアシリーズ)の正式発足がアナウンスされた。[11]また、5月19日には韓国シリーズとして、D1 Korea with KDGPが開催。こちらは現地の大会にD1運営が絡むような形での参加で、大会優勝者にはD1LIGHTSライセンスの発行が行われる。

2023年12月5日、JAFは「日本ドリフト選手権」として43年振りに日本選手権を設立。エントラントにD1運営を承っているサンプロスを指名した。[12]

そして2024年4月22日に行われたモーターファンフェスタ2024にて、正式に「JAF 日本ドリフト選手権 D1グランプリシリーズ」の始動を発表した。またこれに伴い、D1 LIGHTSも「地方ドリフト選手権 D1 LIGHTS」とすることも併せて発表された。

車両

市販車を改造した車両で争われる。競技の特性上、ベースとなる車両の駆動方式のほとんどはFRであるが、かつてはスカイラインGT-Rインプレッサ[注 3]ランサーエボリューション[13]など、4WDの車両をFR化したケースも少ない数ではあるものの存在した。

シリーズ初期より中心的な車種としては、シルビアが挙げられる。ここ数年は特にS15シルビアが出場する車両の多数を占めており、さらにエンジンを純正のSR20DETから大パワーを得ることのできるエンジン(特に2JZ-GTE、他にVR38DETT、RB26DETTなど)に換装することが定石となっているが、SR20DETのまま戦う選手も少数ではあるが存在する。エンジンにはフルチューンに近いチューニングが施され、発揮される馬力は多くが800馬力から1000馬力以上に達する。他のベース車両としては、180SXチェイサーマークIIが代表的である。近年では、2012年86を複数のチームが投入し、2JZ-GTEやEJ25など、様々なエンジンが使用された[5]2013年にはトラストによってR35GT-Rが、2019年には斎藤太吾と川畑真人によってGRスープラが投入されている[14]。2022年からはGR86も活躍している。

他の自動車競技車両と違う点として特徴的なのが、2004年シリーズより導入されたスポンサーボックスである。D1GP・ライツ(旧ストリートリーガル)・地方戦・東西戦その全てにおいて協賛企業のロゴが記載された1枚の大きなステッカーを車両側面に貼るというもので、当時は前例がなく、今現在でもD1マシンの象徴でもある。また近年では、D1出身選手主催のイベントやD1関連企業のイベントにてオリジナルのスポンサーボックスを貼っていることも増えてきた。このスポンサーボックスはフォーミュラ・ドリフト ジャパンやその他競技大会において、D1車両を使う際に目立たないように上から隠すか剥がすかの措置を行う選手も多い。

トランスミッションも多くの場合は競技用のシーケンシャルミッションに換装され、近年ではドリフト用のアームとナックルによってドリフトの角度維持に必要な前輪の切れ角を向上させたり[15]、前後重量配分の適正化のためにラジエーターを車両のトランクに設置したりするなど、各所にドリフト競技に適した改造が施されている。

タイヤ

D1GPにおいて、タイヤメーカー同士の争いが激しさを増したきっかけとなったのが、2007年トーヨー契約ドライバーの川畑真人・黒井敦史佐久間達也からなる「TEAM TOYO TIRES DRIFT」の結成である。タイヤメーカーの直系チームの参戦は、それまでチューニングパーツメーカー中心であった参戦形態がタイヤメーカー中心に置き換わる呼び水となり、トーヨー、ブリヂストンダンロップ/ファルケンヨコハマグッドイヤーによる熾烈な争いが繰り広げられ、グリップ性能の向上が進んだ。

さらに2010年代に入ると、ハンコックフェデラルを皮切りにして、中国台湾などアジア系のタイヤメーカーが続々進出し、タイヤ開発は激化の一途を辿る。アジア系メーカーは日本でのSタイヤに相当する、溝がほとんど無く強烈なグリップを発揮するタイヤを投入して国内メーカーに対抗。これによって競争力を失いつつあった国産メーカーは次々に撤退を選び、一時期はトーヨーのみとなっていた事があった[注 4]

2017年と2018年は、大会のオフィシャルスポンサーメーカー以外が製造したタイヤは使用不可であったが、2018年シリーズ途中にダンロップがスポンサーから撤退。この時は特認としてシーズン終了までダンロップタイヤを使用することを認めた。その後2019年に規則が変更され、大会スポンサーメーカー以外のタイヤも使用できるようになっている。

タイヤのグリップ力の増大傾向には歯止めがかからず、マシンパーツ(特に駆動系)のトラブルが多発していたことに加え、価格の高騰やサーキットへの路面に対するダメージ(高速回転によって溶け出したタイヤのゴムが路面に残る、あるいは駆動によって路面を削ってしまうなどで、他のサーキットイベントに支障が出る)など、懸念が高まっていた。2022年シーズンからはリアタイヤの転がり抵抗に規定値を設けて、初めてグリップ抑制を目指すこととなった(後述)。

2024年シリーズで使用可能なタイヤメーカー[注 5] [注 6]
  • トーヨー(2001年- )
  • ヴァリノ(2019年- )
  • シバタイヤ (2022年- )[注 7]
  • ダンロップ( -2018年、2022年- )
  • ヴィツァー(2021年- )
  • ケンダ(2016年-2017年、2022年- )
  • ヨコハマ( -2016年、2022年- )[注 8]
  • ゼスティノ(2015年-2018年、2022年- )
  • トライエース(2018年-2019年、2022年-)
  • ナンカン(2017年- )
  • フェデラル(2011年-2016年、2022年- )
  • セリモ(2022年- )
  • ハビリード(2022年- )
  • ゼクノヴァ(2023年- )
  • サイルン(2020年-2021年、2023年-)
  • アンタレス(2024年ー)
  • ダバンティ(2024年ー)
  • マックストレック(2024年ー)
  • ゼニュー(2024年ー)
過去に参入していた・使用可能だったタイヤメーカー
  • ブリヂストン( -2010年、2014年-2016年)
  • ファルケン( -2008年、2012年-2016年)
  • グッドイヤー( -2018年)
  • ワンリ(2016年-2017年)
  • 5Fivex(2019年)
  • ハンコック(2011年-?)
  • リンロン(2019年-2021年)
  • グッドライド(2017年-2019年、2022年-2023年 )

レギュレーション

ライセンス

参加にあたっては、D1ジャパンアソシエーションが発行するモータースポーツライセンスであるD1ライセンスを取得しなければならない。

ライセンス規定は年によって流動的に変更されており、2023年は以下のようになっている。詳細な発給条件については公式サイトに掲載されている規則[16]を参照のこと。

D1国際ドライバーズライセンス
D1-SUPERドライバーズライセンス
最上位ライセンス。日本国外のD1GPやD1チャンピオンズといった大会に出場するためにはこのライセンスが必要になる。国際自動車連盟(FIA)の発行するスーパーライセンスとは全く関係はない。発給には原則として以下のいずれかに該当することが必要。なお、このライセンスを保有している者はD1ライツには出場できない。
  1. 前年のD1GPシリーズランキング8位以内
  2. 過去のD1GPシリーズチャンピオンで、前年にシリーズに参戦していた
  3. 5年度前までにD1GPラウンド優勝の経験があり、前年にD1GPシリーズに参戦していた
D1-GPドライバーズライセンス
日本国内のD1GPとD1ライツに出場できるライセンス。新規発給には、前年のD1ライツシリーズにて総合16ポイント以上獲得することが必要。
国内ドライバーズライセンス
D1-Aドライバーズライセンス
D1ライツとD1ディビジョナルシリーズ(地方戦)に出場できるライセンス。新規発給には、前年のD1地方戦にて総合16ポイント以上獲得するか、前年のD1ライセンス選考会で選考会審判員より認定されることが必要。
D1-Bドライバーズライセンス
D1地方戦に出場できるライセンス。仮ライセンスを取得し、地方戦かライセンス選考会に出場すると発給される。
仮ライセンス
ライセンス講習会を受講し、ライセンス料金の支払いをした者に発給される。講習会当日のみ有効。

これらの要件を満たしていない場合でも、D1ジャパンアソシエーションが特別に認めた場合にはライセンスが発給される場合がある。

以前は「いかす走り屋チーム天国」で優秀な成績を収めた者などにもライセンスが発給されていたが、下位カテゴリーの整備が進んだ結果、現在では「D1地方戦→D1ライツ→D1GP」というステップアップの図式がほぼ固まっている。2020年にドリフトキングダムと運営統合された際には、ドリフトキングダムの参加者は推薦制度を利用してD1GPへの参加資格を得ることが可能になった[17]

D1ライセンスの取得に際し、かつては年齢や運転免許の有無等による制限は行われていなかった。実際過去に下部カテゴリーのD1ストリートリーガル(現・D1ライツ)では16歳の(当然日本における自動車運転免許を持たない)ドライバーが出場した例がある。しかし現在は、D1規則として各競技会時に有効な普通自動車運転免許を保有していることが参加条件となっているため[18]、18歳未満の人間や普通自動車運転免許を持たない人間の参加は原則不可能になる。また、D1GPに出場する場合にはJAFの国内Bライセンス以上のライセンスを保有していることが必要となる。

なお「一般公道にて暴走行為を行うなど、社会的違法行為に及んだ者」などについてはライセンスが剥奪されるとしているため、暴走族等の参加は厳しく規制されている。中村直樹のように、共同危険行為(ドリフト走行)を一般公道で行ったとしてD1ライセンスを一度剥奪されたケースもある[19]

車両規定

詳しくは、D1車両規定[20]を参照のこと。

エンジン・吸排気系・補機類

D1ライツとは異なり、ラジエーターを車体後方に搭載する「リアラジエーター」が認められており、前後重量配分の適正化のために現在では多くの車両がリアラジエーター化している[21][22]

排気系には触媒の装着が義務付けられており、さらに排気音量は113dB以下である必要がある。

NOS(ナイトラス・オキサイド・システム)は2013年までは使用可能であったが、2014年よりJAF公認競技化されたため現在は禁止されている。

タイヤ

2001年はSタイヤの使用が許可されていたが、翌年以降からは速度抑制のため禁止されていた。しかし、2010年代中頃から中国やインドネシアなどの新興メーカーがSタイヤに匹敵するグリップのタイヤをハイグリップラジアルタイヤとして投入するようになった結果、レギュレーションが有名無実化し始めた[23]ため、現在は「トレッドパターンのシー・ランド比(溝部面積÷トレッド面積)が未使用状態で22%以上」という規則となっている。さらに2022年からは、サーキット路面への負担低減やタイヤ選択肢の増加などを目指して、リアタイヤに関しては「転がり抵抗係数が10.5以下のタイヤのみ使用可能」というレギュレーションとなった。翌2023年からは、同様の規定をフロントタイヤにも適用することとなった[24]

また、かつては一般販売されている公道用タイヤであればサイズ等の制限はなかったが、2014年から285幅までという制限が設けられた(例外としてベースとなっている車両の製品カタログ上に285幅以上のサイズが設定されている場合のみ、その記載されている幅のサイズまで使用できる[注 9])。2019年以降はベース車両に関係なく、車両とドライバー(装備品含む)の合計重量が1275kg未満の車両は265幅まで、その他の車両は285幅までとなった。

使用できるタイヤの本数は、単走決勝以降で3セット(6本)以内である。そのため「追走のどのラウンドに残り2セットの新品タイヤを使うか」という駆け引きが発生する。[注 10]

また、2018年以降は、車両同士の接触と関係なくリアタイヤがビード落ちした場合、失格処分となり、該当ラウンドの成績は剥奪される。

ボディー

かつては「ストリート仕様とかけ離れた変更を防ぐ」目的でパイプフレーム化は禁止されていた[注 11]。が、これ自体が曖昧な定義[注 12]かつ近年の競技車両の車速にレギュレーションが対応してないという指摘も多く、クラッシュ時の安全上の問題もあり、2019年よりフロントアクスルの前方200mmより前とリアのインナーフェンダーより後ろの部分に限ってパイプフレーム化が認められるようになった。

ルーフパネル・ボンネットフェンダー・ドアなどはカーボン製に置き換えることができる。

2023年以降はバンパーやフェンダー等の外装パーツが取り付けられていない、取り付けが甘い、著しく破損し吹き飛ぶ可能性がある場合は、出走停止となった。

安全装置

クラッシュからドライバーを守るため、サイドバー付かつ8点式以上のロールケージと6点式のシートベルトの装着が義務付けられている。

その他

  • サスペンションの形式や取付け位置の変更は自由。
  • 車両の外形寸法は原則として全長5000㎜、全幅2000㎜、全高1500㎜まで。また、車両重量はドライバー及びその装備品含めて1000kg以上でなくてはならない。
  • スモークウィンドウの禁止(ドライバーを審査員から見やすくするため)
  • 助手席の装着

など

2014年からJAFの準公認競技として認定された関係もあり、全体的な車両レギュレーションがそれ以前よりも細分化及び厳密化している。それに伴い動力としてモーターを使用する電気自動車に関する規定なども追加されている(2015年のキックオフイベントで、エキシビジョンながらプリウスをベースとして、完全なモーター駆動でFR化された車両が走行している[25])。

単走

1人の選手につき2本規定区間をドリフト走行し[注 13]、点数が高かった方の得点で順位を決定。上位16名が追走トーナメントへ勝ち上がる。さらに、上位24名までに単走シリーズポイントが付与され、上位4名には別にドライバーズポイントも与えられる[26]。各ラウンドで単走1位となった選手は「単走優勝」、年間の単走ランキングで1位となった者は「単走チャンピオン」として表彰される。

採点は機械採点システムのDOSS(下の「審査・採点」の項で詳述)によって行われ、速度の速さ・角度の大きさ・安定性などが数値化されて得点となる。これに加えて、指定されているゾーンを通過しているか否かや、ドリフトが途中で戻っていないか、コース内を走行できていたかなどを審査員が判断し、DOSSの得点から減点する形で最終的な得点が算出され[26]、順位が決定する。2012年以降は後述の追走トーナメントで敗退した際の最終順位が単走での順位が高い順で決まるため、より重要度を増している。

2018年以前は単走に「予選」と「決勝」が存在した。2009年・2010年は予選最下位から決勝を走るノックダウン方式が採用されていた。

2011年からは単走予選(シリーズ17位以下が参加)→単走決勝(予選上位12台+シリーズ16位以内)の形式となった。なおシリーズランキング8位以内のドライバーは結果に関わらず追走2ndステージまでシードされる(2012年からはランキングに関係なく単走決勝で16位以内には入れなければ追走予選には進めなくなった)。

2014年から単走と追走を別の日に行うツーデーイベントとなったことに合わせ、シリーズ24位以下の選手(新車優遇[注 14]及び海外優遇選手、ストリートリーガル上位入賞者優遇を除く)による選考会が行われ、それを通過した選手及び選考会対象外の選手のみが単走予選に参加できる形となった(そのため結果的に本戦出場へのハードルが上がることとなった)。単走予選は2本走ることが出来るが、単走決勝は1本勝負となり、その順位によって翌日に開催される追走のトーナメント配置が決定する。単走決勝の上位8名は翌日の追走予選が免除されるシード扱いとなる。

2016年からはシリーズ上位8台はシード選手として予選免除となった。そして、単走予選を勝ち上がった16台とシード8台の計24台が単走決勝にて2本走行し、得点の高い方を用いて単走順位が決定する形となった。

2017年からは単走決勝において、24台中1本目の上位8台は2本目が免除され追走進出、残りの16台が2本目を走行し、追走に進む残りの8台を決定する形となった。

なお、2007年から2010年まで、3本とも100点を取る[注 15]と「土屋圭市賞」として10万円が贈られていた。

追走トーナメント

単走上位16名によるトーナメント形式で争われる。2台同時に規定区間をドリフト走行し、車両同士の接近度や同時走行時の美しさを競う。前車(先行)と後車(後追い)を交互に入れ替えて1本ずつ走り、先行がどれだけ完成度の高い単走ができているか、後追いが先行車にどれだけ食らいついていけているかが審査の基準となる。2台の走りをDOSSで得点化し、そこに審判員の加減点を加え最終的な得点になり、得点の高い方が勝ち進む。最後まで勝ち上がった選手がラウンド総合優勝となる[26]

勝敗が決まらない場合にはサドンデスと呼ばれる延長戦に突入し、2010年までは決着が付くまで何度も行われていたが、現在はイベントの開催時間等を考慮して、無制限でのサドンデスは決勝のみとし、ベスト16ではサドンデスなし(ただし、2本の得点の合算、及び先行時のDOSS得点の小数第2位までの得点の両方が同点だった場合、サドンデスを行う)、ベスト4までは1回と制限されている。決着が付かなかった場合は、DOSSによる採点を確認して、それに審査員の加点を加えて高い方が勝利となる。

2010年までは、10のアドバンテージを6:4、7:3のように配分して勝敗を決めていた。この形式は、漫画『頭文字D』に登場する「先行後追いバトル方式」が元となる[27]。土屋圭市が離れた2011年以降は10点を最高としてそれぞれを採点し、2本走行した合計で1ポイント以上リードした選手が勝利するという形式になっている。

2014年から2018年までは、先行車のDOSS得点を基準として審査員による加減点によって決まる、0.5点刻みのランクで勝敗が決定する形式となった。単走決勝で9位~24位となった選手による追走予選を行い、その後追走予選通過者8人とシードとなる単走決勝上位8人のベスト16による追走決勝が行われる形式となっている。2本走行後の合計ランクが同じの場合は、先行時のランクを参照してランクが高い方が勝利となり、それでも同じ場合はDOSS採点の高い方が勝利となる形となっている。ただし、2人のランクが同一かつ総合計ランクが34以上だった場合に限り、スペシャルサドンデスという形で1本だけサドンデスを行う。さらに予選決勝を通して2人の総合計ランクが最も高い対戦がベスト追走賞となり、シーズン終了時に決定する年間MVPの受賞対象とされる。

2012年からは単走ファイナルでベスト16に残れなかった選手による「マイナー追走」が行われていたが、現在は行われていない。マイナー追走で勝利してもベスト16には進出できないものの、勝者には1ポイントが与えられる。

人間審査( -2011年)

2011年までは審査員による採点が行われ、各走行を100点満点で得点化し、それを用いて順位や勝者を決定していた。また、審査席から見にくい場所でのドリフトの戻り、ライン取り、プッシングなどの減点要素を判定するために、加減点を示す旗を持った副審査員がコース脇に配置されていた。副審査員の持つ旗には、前述の減点要素があった際に振る「青旗」と、単走時での素晴らしい飛び出しの際に旗を振って得点を加算する「ファンタスティック旗」(通常は国旗)の2つがある。単走では、コーナーへの進入スピード、角度、ライン(俗に飛距離と角度と滞空時間と表現されることも)、そしてどれだけ危険(壁など)に迫ることが出来たかが審査のポイントになった。追走では、相手よりも「スゴイ」走り(追い抜き、後ろからピッタリ寄せるなど)が出来たかがポイントとなり、単走でのポイントよりも重視される。スピン、アンダーステアはノーポイント。

2004年までは、土屋圭市(審査委員長)・鈴木学(審査委員・MC担当)、織戸学の3人で審査を行い、3人の審査委員の平均得点で勝負が決まっていた。副審査員は元D1ドライバーの神本寿。2005年から織戸が選手に転向したため、土屋圭市と鈴木学の2人で審査を行った。なお、2005年以降、鈴木学は単走の審査に関わっていない事がオフィシャルブックによって公開されている。彼が行うのは、単走1-3本目の得点と進入速度が全て同じだったときの順位付けと、追走トーナメントの第3-4位、第5-8位、第9-16位それぞれの順位決定の二箇所である。ただし、前者は一度も適用例が無い。

2009年からは審査員が土屋圭市、稲田大二郎、神本寿、山路慎一の4名となり[注 16]、単走は各審査員の平均得点、追走は合算で行われるようになった[注 17]。そして、追走審査において、合算した結果、差が0.5以下であった場合はサドンデスとなる。

土屋が2010年限りでD1から離れたため、2011年からは審査体制を大幅に変更。基本は5人の審判員のうち最高得点と最低得点を出した二人の得点を除いた3人分の得点を平均したものを審査得点とすることになった。審査員は神本がチーフに昇格し、残る4人は山路・飯田章山田英二というプロドライバー3名に、雑誌『ドリフト天国』編集長の川崎隆介という体制になる[28]

土屋が審査委員長を務めていた頃は、単走、追走共に審査基準が以下のように年々変わった。

  • 2001年 - 単走、追走ともに速度重視。
  • 2002年 - 単走は角度、追走は角度が甘くても接近すること。
  • 2003年 - 単走は速度と共に角度、追走は距離を詰めて角度が甘すぎない事。
  • 2004年 - 単走は速度を殺さずに角度を付け、白煙を出すこと。追走は距離を詰める事はもちろんだが、角度が負けない事。
  • 2005-2007年 - 単走はラインを外さずに角度と白煙の走り。追走はきちんとしたラインで入り、同じ角度で距離を詰める事。
  • 2008年- 単走は速度が審査対象から外され、ライン・角度・白煙を重視。追走は2005年度からの対象に準ずる。
  • 2009年-2010年 追走は今までにプラスして「同時振り」が審査の対象に加わる

DOSS(2012年- )

2012年からは単走においてDOSS (D1 Original Scoring System) と呼ばれる、車両に装着する機械式の採点システムが導入された。これはGPSと角速度センサーを用いて車両の動きを数値化し自動的に採点を行うもので、2009年から3年がかりで開発が進められており、2011年にも試験的に導入され大きな問題が出なかったことから本格投入に踏み切った。このシステムについて鈴木学は「カラオケの採点のような面白さがある」と語っている[29]。2013年からは単走ではDOSS採点のみで審査を行っており、審査員はDOSSが判定できない部分の補助としての加点減点を行う。このためこれまでとは違い、DOSS採点と審査員加点によって100点を超える点数が出る場合もある。

2014年からは、追走でも先行車にのみDOSSが取り付けられ、先行のDOSS得点を基準にしたスコアによって勝敗を決めていた。2019年からは、後追いの車両にもDOSSが取り付けられ、両車のDOSS得点を基にした審査・採点が行われており、2台のDOSSの得点が直接勝敗を分けることになった。

単走では、競技区間を4~5つのセクターに分割し、それぞれの重要度に応じて各セクターに10~30%を配分する。全てのセクターのDOSS得点の合計が最終的な得点となる。また、2019年からはコース上に白線で示された数か所の「ゾーン」が設けられ、ゾーン不通過による減点が行われるようになった。また、コース外の走行や、振り出し時の二度振りやドリフト中のアンダーステアなども減点対象となる。

追走では、先行は単走と同じく車速・角度・安定感が保たれているか、後追いは先行に合わせつつどれだけ接近できるかが求められる。後追い時に接近すると加点が行われる[30]が、加点を狙うあまりドリフトが小さくなったり角度が浅くなったりすると、接近ポイントの加点をDOSSの低い得点が打ち消してしまう。そのため、後追い側はいかにDOSSの得点を落とさずに接近ポイントを取っていくかが勝負となっている。

なお、稀にDOSSのシステムにエラーが発生し、正確な測定・採点ができなくなることがある。その際は審査員による人間審査が行われる[31]。2022年まではエラーが出た場合再走行であったが、2023年からは再走行をさせず、車両に搭載されたDOSSの機械(Drift Box)の記録データや審判員によって採点・順位認定することになった[24]

追走1本目で車両の修復や調整が必要になった際には、競技長の作業開始宣言から5分以内に修復・調整作業を行う必要がある(5分ルール)。2023年からは、5分以内に作業を終えられなかった場合はペナルティとして直後の走行点数から5点減点され、さらに1分以内に終えられなければ走行権利が失われるとレギュレーションで明確に定められることとなった[24]

加減点の対象となる行為加減点
ゾーン不通過 ゾーンにより-1~-3
コース外走行 -2~-5、後追いの場合2輪までは減点無し
アンダーステア、二度振り -5
クラッシュ、競技区間での停止、フライング等 -5~-10
後追い時に接近した ゾーンごとに+1~+3
後追い時に接近しようとする努力を見せなかった
(ノーグッドチャレンジ)
ゾーンごとに-2
審査区間外での走行乱れ
設置物への接触
審査員の判断による

歴代チャンピオン

シリーズチャンピオン

単走チャンピオン

  • 2011年 - 斎藤太吾 車両:トヨタ・マークII (JZX100) 、トヨタ・チェイサー(JZX100)[32]
  • 2012年 - 高橋邦明 車両:トヨタ・マークX (GRX130) [33]
  • 2013年 - 川畑真人 車両:日産・180SX (RPS13) [34]
  • 2014年 - 末永正雄 車両:マツダ・RX-7 (FD3S)[35]
  • 2015年 - 内海彰乃 車両:日産・シルビア (S15) [36]
  • 2016年 - 斎藤太吾 車両:トヨタ・マークII (JZX100) 、トヨタ・チェイサー(JZX100)[37]
  • 2017年 - 藤野秀之 車両:日産・180SX (RPS13) [38]
  • 2018年 - 川畑真人 車両:日産・GT-R (R35) [39]
  • 2019年 - 北岡裕輔 車両:トヨタ・マークII (JZX100) [40]
  • 2020年 - 横井昌志 車両:日産・シルビア (S15) [41]
  • 2021年 - 中村直樹 車両:日産・シルビア (S15)
  • 2022年 - 川畑真人 車両:トヨタ・GR86(ZN8)
  • 2023年 - 藤野秀之 車両 : トヨタ・GR86(ZN8)

WORLD ALL STAR優勝者(世界チャンピオン)

大会記録

主な大会記録

最終更新日は2023 D1グランプリシリーズ 終了後

  • 通算最多勝利 … 18勝 - 川畑真人
  • 通算最多勝利車両 … 66勝 - シルビア (S15)
  • シーズン最多勝利記録 … 5勝 - 斎藤太吾、小橋正典
  • 最多連勝記録 … 5連勝 - 斎藤太吾
  • シーズン内最多連勝記録 … 3連勝 - 斎藤太吾、小橋正典
  • 開幕戦連勝記録 … 3連勝 - 風間靖幸
  • 最多シリーズチャンピオン … 4回 - 今村陽一(2023シリーズ終了現在)
  • 最多連続シリーズチャンピオン … 3回 - 今村陽一
  • 単走最高得点 (人間審査) … 120点 - 黒井敦史[42]
  • 単走最高得点 (DOSS) … 101.27点 - 斎藤太吾
  • 単走最高得点 (DOSS+ジャッジ加点) … 102.77点 - 斎藤太吾
  • 最年長単走100点記録 … 50歳 - 岡村和義
  • 最年長優勝記録 … 51歳 - 植尾勝浩[43]
  • 最年長シリーズチャンピオン … 49歳 - 藤野秀之
  • シーズン単走連続優勝記録 … 6連勝 - 川畑真人
  • 最多出場回数…167戦 - 上野高広

ベースカー別勝利数

最終更新日は2023年 D1グランプリシリーズ 終了後。

優勝回数
1位 日産・シルビア S1566
2位 マツダ・RX-7 FD3S21
3位 日産・180SX RPS1313
4位 トヨタ・マークII JZX10011
5位 トヨタ・スプリンタートレノ AE869
6位 トヨタ・GR865
6位 日産・スカイライン ER345
6位 トヨタ・チェイサー JZX1005
9位 日産・GT-R R354
9位 トヨタ・GRスープラ4
11位 スバル・インプレッサ GDB3
11位 日産・シルビア PS133
13位 日産・スカイラインGT-R BNR322
13位 日産・ローレル C332
13位 トヨタ・マークX GRX1302
13位 三菱・ランサーエボリューションX2
13位 トヨタ・86 ZN62
13位 日産・シルビア S142
19位 マツダ・RX-7 FC3S1
19位 トヨタ・ソアラ JZZ301
19位 三菱・ランサーエボリューションIX CT9A1
19位 トヨタ・スープラ JZA801
19位 シボレー・コルベット C61
19位 インフィニティ・Q60 1

ドライバー別勝利数

最終更新日は2023年 D1グランプリシリーズ 終了後。

ドライバー 回数 備考
1位 川畑真人 18
2位 斎藤太吾 17 2009 Rd.3 日比野哲也との同時優勝を含む
3位 今村陽一 15
4位 横井昌志 12
4位 末永正雄 12
6位 小橋正典 9
6位 中村直樹 9
8位 熊久保信重 7
8位 風間靖幸 7
10位 藤野秀之 6
11位 谷口信輝 5
11位 野村謙 5
11位 松井有紀夫 5
11位 植尾勝浩 5
15位 末永直登 4
16位 古口美範 3
16位 日比野哲也 3 2009 Rd.3 斎藤太吾との同時優勝を含む
18位 田中一弘 2
18位 手塚強 2
18位 織戸学 2
18位 高橋邦明 2
18位 村山悌啓 2
18位 内海彰乃 2
18位 松山北斗 2
25位 春口満 1
25位 上野高広 1
25位 浅本昌俊 1
25位 山下広一 1
25位 前田謙 1
25位 三木竜二 1
25位 吉岡稔記 1
25位 平岡英郎 1
25位 黒井敦史 1
25位 時田雅義 1
25位 松川和也 1
25位 高山健司 1
25位 畑中真吾 1
25位 目桑宏次郎 1
25位 蕎麦切広大 1

出場選手・チーム

2024年の出場選手・チーム(第1・2戦エントリー時点)[44]
No.ドライバーチームマシンモデルタイヤメーカー
2日本の旗田中省巳SEIMI STYLE SHIBATIRE DRIFTSHIBATIRE TOPTUL D-MAX SILVIA S15S15シバタイヤ
3日本の旗野村圭市URAS RACINGDUNLOP CUSCO SKYLINEER34ダンロップ
7日本の旗松井有紀夫TEAM RE雨宮 マツモトキヨシ シバタイヤRE雨宮 マツモトキヨシ シバタイヤ RX-7FD3Sシバタイヤ
9日本の旗山本航FORGED crew × 佐藤牧場SILVIAS15シバタイヤ
10日本の旗三好隼人Team MJ style valinoMJスタイル VALINO GR86ZN8バリノ
11日本の旗久保川澄花HI-CHEW Internationalハイチュウ号 180SXRPS13シバタイヤ
12ニュージーランドの旗Mike Whiddett(Mad Mike)TOYO TIRES × RedBull TCP MAGICTOYO TIRES × RedBull FURSTY RX-3S102Wトーヨー
15日本の旗植尾勝浩VAZESTRAVAZESTRA VALINO S15S15バリノ
16日本の旗山口孝二TOP Team G-meisterG-MEISTER VALINO E92E92バリノ
18日本の旗日比野哲也SHIBATA RACING TEAMMOTUL GR86 SHIBATIRE 18ZN8シバタイヤ
21タイ王国の旗Tengku Dian LeyFAT FIVE RACINGGR86ZN8-
23日本の旗村上満Repair Create × Result JapanRepair Create × Result Japan GR86ZN8シバタイヤ
24日本の旗平山敦TEAM SASARINSASARIN TOYOTA FT86ZN6バリノ
27日本の旗茂木武士27WORKSスピードマスター オリジンラボ シルビアS15シバタイヤ
31日本の旗蕎麦切広大SHIBATA RACING TEAMMOTUL GR86 SHIBATIREZN8シバタイヤ

その他

  • フォーミュラレースツーリングカーレースなどのトップカテゴリーとは異なり、選手の大多数がレーシングドライバー専業ではなく、自営業(チューニングショップ経営など)や会社員として働きながらシリーズに参戦している[注 18]SUPER GTなどで活躍するプロレーシングドライバーの織戸学[注 19]谷口信輝[注 20]片岡龍也が参戦したこともある。
  • 2009年の第3・4戦(岡山国際サーキット)で、同じサーキットで2連戦を行う「デュアルファイナル」が初めて実施された。近年はデュアルファイナルが増加傾向にあり、2021年、2023年は全ラウンドがデュアルファイナルとなっている。
    • その第3戦岡山では、斎藤太吾と日比野哲也が同時優勝するという珍事が発生した。追走トーナメントの決勝1本目の後、斎藤がマシントラブルによりリタイア届を提出したが、その後処置を施し2本目を走行、結果として斎藤が勝利した。しかし、表彰式後にリタイア届撤回が確認されていないことが判明し、レギュレーション上の不備として抗議があったため決勝の判定を無効としたことによるものである。なお、日比野はこれが初優勝となった[45]
  • 2011年の第1戦オートポリスでは、大雨と霧の影響で追走トーナメントベスト16の途中で中断・大会終了となり、単走の順位をもって総合ランキングとされた[46]。同様のことは2014年の第1戦でも発生し[47]、松川和也が初優勝を果たした。
  • フロントウインドウに装着するハチマキの色は、2003年が白赤 (文字は「D1 GRAND PRIX」) 、2004年〜2008年が橙 (D1 GRAND PRIX) 、2009年〜2015年が橙 (D1 GRAND PRIX ) /黒 (Gran Turismo) 、2016年〜2021年が白 (Gran Turismo) /黒 (D1 GRAND PRIX)[注 21]。2022年シーズンからは新たに灰 (professional drift series) /ピンク (D1 GRAND PRIX/Gran Turismo) となった。2023年シーズンは橙、黒のカラーに戻ったが、Gran TurismoとD1 GRAND PRIXの文字が反転している。

海外進出

  • 前述のアメリカ・アーウィンデールスピードウェイでの開催やイギリスシルバーストン・サーキットでのエキシビジョン開催等で海外でも注目されるようになり、ドリフトが世界に広まるきっかけとなった。
  • 映画『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』のドリフトシーンのスタントは、当時の現役D1ドライバーである熊久保信重、田中一弘などである。本国のアメリカロケではリース・ミレンタナー・ファウストらが担当している。
  • アメリカの人気ドラマ「HEROES」の第一話では、登場人物のヒロとアンドウが東京メトロに乗るシーンで、広告に2002年D1GPの第2戦日光での手塚強と春口満のクラッシュ映像が映し出されている。

放送

地上波や衛星放送でのテレビ中継は行われていない。競技の映像は長年にわたりビデオオプション(VHSDVD)に収録されていたが、ビデオオプションのYouTubeへの移行に伴い、2018年シリーズからはD1GP公式YouTubeチャンネル(D1GP MOVIE CHANNEL)が大会のライブ配信を行うようになった。その後2023年には、D1GP公式チャンネルに代わりビデオオプションの公式チャンネル(VIDEO OPTION)が配信を担当することとなった[48]

かつては、BSフジで「D1KING!」という名のテレビ番組が放送されていた。主な出演者は、ぼれろ、衣知川りんなどが挙げられる。

実況はシリーズ設立当初より鈴木学が務める(一時期MCの辻直樹が単走の一部などを担当していたことはあった)。解説も主に鈴木が担当するが、野村謙や『ドリフト天国』編集長の川崎隆介などが解説席に座ることもある。過去の追走トーナメントでは、前日の単走で敗退した選手が解説を務めたこともあった。2023年からは、会場の実況は変わらず鈴木が担当し、YouTubeによる生配信では実況を辻、解説を谷口信輝(第5・6戦では熊久保信重)が務める体制になった[48]

上述の日本語による実況に加え、Alexi Smithによる英語実況も同チャンネルにて生配信されている。

イメージガール

「D Sign」(2007年 - 2012年)

初代イメージガールユニット。2007年以前にもイメージガールが存在したが、この年以降この“D Sign”(ディー・サイン)という名称が定着していった。

歴代メンバー

「D-Loveits」(2017年- )

新生イメージガールユニットが発足。読みは(ディー・ラビッツ)。テレビや雑誌広告、ニコニコ生放送配信などメディア露出を中心にプロモーションしている。タレント、現役レースクイーン、元レースクイーン、新人等バラエティ豊かなメンバーで構成されている。

歴代メンバー

脚注

注釈

  1. いずれも自動車雑誌が主催。STCCはヤングバージョン誌、ドリコンGPはCARBOY誌、いか天はOPTION誌
  2. D1グランプリにおいては、大手チューニングパーツメーカーなどの直系チームを「ワークス」と呼称することが多い
  3. 熊久保信重が2005年に投入。2006年、4ドアの車両を駆る選手として初のチャンピオンに輝いた
  4. ヴァリノも本社は日本国内であるが、タイヤの生産国は中国である
  5. 太文字は2023年シーズンのオフィシャルスポンサーとなっているタイヤメーカー。それ以外はオフィシャルスポンサーではないが使用可能なメーカー。
  6. 情報は2024年D1GPシリーズ登録申請タイヤ一覧を参照。2024年4月24日時点での情報を記述する。
  7. R31ハウスこと柴田自動車株式会社のオリジナルタイヤ。生産自体は中国のレイダンタイヤで行われているため一部サイズ・銘柄はシバタイヤのロゴを使用しているがレイダンとトレッドパターンが同じである。
  8. 2011年はオフィシャルスポンサーから離脱していたが、ヨコハマタイヤを使用する選手は存在した
  9. 斎藤太吾が2017年より導入したC6型コルベットが履いていたワンリSR390 315/35ZR20がこれに該当する。
  10. ただし、決勝まで進出した場合は決勝タイヤとしてもう1セット使用できる。
  11. 実際にパイプフレームを採用した事例として、HKSが製作した2005年のHKSハイパーゲンキレーシングIS220-Rと2017年のHKS Racing Performance 86 RS-3がある。前車は2000年に作成した筑波TA用アルテッツァの応用によりABCピラーとライト以外完全パイプフレーム化を決行。後者の場合はレギュレーションという制約から外れた究極のドリ車を作るというHKSのデモカー企画で作成されたため、シーズン導入は行われなかった。以降はエキシビジョンラウンドやD1関連イベント等大会レギュレーションの制約がない場所でD1ゼッケン・ハチマキ・フロントバナーを付けてD1マシンとして走行している。いずれの場合もゼッケンはNo.87で固定されている。
  12. 実際レギュレーションの範囲内であればなんでもありという解釈が広まり、加工の有無が定められていない箇所をパイプフレーム化する者もいた。これに限ったことではないが、特にボディワークについては選手・チーム側と運営側にて解釈違いの衝突も多く、一例として2016年、斎藤太吾が第1・2戦で使用していたトヨタ・マークIIが第3戦以降シーズン参戦できなくなるという事態が発生した。
  13. 2本目はキャンセルすることが可能。追走に向けてタイヤを温存したい場合などにキャンセルされることが多い。
  14. 現行車両が登場しない状況を鑑み、「現行販売車種に限り、予選を免除する」というレギュレーションが2008年から数年間存在した
  15. かつては3本走行可能であった
  16. 山路審判員が参加せず、3名の大会も存在する。
  17. 追走以降は神本審判員が副審査員となり、直接的には採点に関わらない大会も存在する。
  18. 例えば、斎藤太吾はカーショップのFAT FIVE RACINGを経営している。また、末永正雄南日本新聞に勤務している。
  19. シリーズ創設当初から審査員としてD1グランプリに携わっており、自動車雑誌「CARBOY」主催のドリフトコンテストでチャンピオンになった経験もある
  20. 峠の走り屋出身であることからドリフトに造詣が深く、過去にドリコンのいかす走り屋チーム天国で全国大会3位の成績を収めたこともある
  21. 2019年〜2021年は白の面積が圧倒的に多く、写真等で一見すると白一色にしか見えない。

出典

  1. What's D1 Grand Prix D1 OFFICIAL WEBSITE、2021年10月1日閲覧
  2. DOSSってなんだ? 日本が誇るドリフト機械審査システムを詳しく解説【D1GP】 clicccar2019年8月1日
  3. V OPT 181 6 D1GP10年の歴史 Turning Point VIDEO OPTION YouTubeチャンネル、2018年1月2日
  4. Video Option Vol.181 D1グランプリ10年の歴史
  5. D1GP 20年の歩み D1 OFFICIAL WEBSITE、2021年1月23日
  6. 2004年のD1グランプリ、お台場で開幕”. レスポンス(Response.jp). 2020年8月24日閲覧。
  7. 稲田大二郎/土屋圭市両氏のD1コーポレーション辞任について
  8. ご報告!! - 土屋圭市オフィシャルサイト - K1 PLANNING
  9. ドリキン土屋圭市の新勢力「ドリフトマッスル」が見えた! cilcccar、2011年4月1日
  10. 12月17日,18日フィリピンからD1東南アジアシリーズがスタート! D1オフィシャルサイト、2022年11月17日
  11. 2023 D1Asiaはタイからスタート! D1オフィシャルサイト、2023年2月13日
  12. 【公示No.2023-WEB096】2024年日本ドリフト選手権規定の制定 JAFオフィシャルサイト、2023年12月5日
  13. 「D1GP過渡期を代表する滑走戦闘機」4G63を縦置きマウントした衝撃のFRランエボ! web option、2020年3月13日
  14. 【新作】新型スープラドリフト&D1マシン製作記 - YouTube 2019年3月11日
  15. 「最先端ドリフト仕様の今」これでキミも今日からD1グランプリ博士だ! web option、2020年5月23日
  16. D1ライセンス規定 D1 OFFICIAL WEBSITE、2023年4月13日閲覧
  17. ドリキン土屋圭市が立ち上げた「ドリフトキングダム」が9年の歴史の幕を下ろす Auto Messe Web、2019年12月28日
  18. D1規則 D1 OFFICIAL WEBSITE、2023年4月13日閲覧
  19. 2019年のD1GP、注目は復活した悪童と新鋭女子選手!?【D1GP ALL STAR SHOOT-OUT】 clicccar、2019年3月31日閲覧
  20. D1車両規定
  21. リヤラジエターの流行とOSAKA DRIFTでのクラッシュ続出には関係があった!?【D1GP】 clicccar、2018年4月9日
  22. 「最先端ドリフト仕様の今」これでキミも今日からD1グランプリ博士だ! web option、2020年5月23日
  23. Sタイヤがついに解禁!? D1GPのタイヤ戦争が激化したワケは…【TOKYO DRIFT】 clicccar、2016年10月28日
  24. 2023年D1総会資料 D1 OFFICIAL WEBSITE、2023年1月13日
  25. EV化したFRプリウスがD1へ参戦! WEB CARTOP、2015年1月11日
  26. Competition Method – 競技方法 – D1 OFFICIAL WEBSITE、2021年11月19日閲覧
  27. 『モータースポーツパラダイス』(フジテレビ739)に土屋圭市が出演した際に発言
  28. 2011 GRAN TURISMO D1グランプリシリーズ審査員決定!!(2011年1月27日)
  29. 車輪倶楽部J SPORTS)2012年1月放送分
  30. Scoring Method – 採点方法 – D1 OFFICIAL WEBSITE、2021年11月19日閲覧
  31. D1GP RD.1 富士 詳細レポート D1 OFFICIAL WEBSITE、2022年4月23日
  32. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2011 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  33. D1最終戦:王座は熊久保が獲得「東北に恩返しを」 | autosport web”. www.as-web.jp. 2021年6月17日閲覧。
  34. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2013 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  35. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2014 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  36. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2015 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  37. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2016 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  38. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2017 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  39. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2018 Series Ranking”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  40. D1 OFFICIAL WEBSITE - 2019 D1 GRAND PRIX SERIES RANKING”. www.d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  41. 2020年D1グランプリシリーズランキング”. d1gp.co.jp. 2021年6月17日閲覧。
  42. 2007 D1GP Rd.5 エビス 単走 スーパードリフト V-OPT 163 ③ / 2007 D1GP Rd.5 Ebisu Tanso Super Drift【ENG Sub】 VIDEO OPTION、2017年11月2日
  43. 蕎麦切広大選手が無双状態の筑波連戦、植尾勝浩選手は最年長優勝記録を更新! JAFモータースポーツ、2023年7月3日
  44. D1GP RD.1&2 奥伊吹 エントリーリスト D1 OFFICIAL WEBSITE、2024年4月18日
  45. V OPT 185 ⑦ 2009 D1GP Rd.3 in OKAYAMA TSUISO FINAL VIDEO OPTION、2018年1月16日
  46. D1グランプリ第3戦 4月23日(土)・24日(日) オートポリス(大分県) ダンロップモータースポーツ、2021年11月20日閲覧
  47. ファルケンのハイグリップスポーツタイヤ装着車両がD1 GP開幕戦で総合優勝 Response、2014年4月8日
  48. 【リニューアル】 D1GP 2023 シリーズ 生配信 は ビデオオプション がお届け! VIDEO OPTION、2023年5月1日

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.