ミルウォーキー・バックス

ミルウォーキー・バックスMilwaukee Bucks)は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキーに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、セントラル・ディビジョン所属。チーム名のbuckとは一帯に棲息する牡鹿のこと。牡鹿の躍動感から命名された。現在のオーナーは、ウェズリー・エデンスとマーク・ラスリー。

ミルウォーキー・バックス
Milwaukee Bucks
2022-23シーズンのミルウォーキー・バックス
{{{name}}} logo
チームロゴ 逆三角形の背景に上に牡鹿の肩と頭部、下にMilwaukee Bucksの文字。
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン  セントラル 
創設 1968年
チーム史 ミルウォーキー・バックス
(1968年 - )
本拠
ミルウォーキー・バックスの位置(アメリカ合衆国内)
ミルウォーキー・バックス

ウィスコンシン州の旗 ウィスコンシン州 ミルウォーキー
アリーナ ファイサーブ・フォーラム
チームカラー グッドランドグリーン, クリームシティレンガ, クリーム, グレートレイクスブルー, 黒, 白[1][2][3]
         
主なスポンサー モトローラ・モビリティ[4]
オーナー ウェス・エデンズ, マーク・ラスリー[5]
社長 ピーター・フェイギン[6]
GM ジョン・ホースト
ヘッドコーチ ドック・リバース
優勝歴 2回 (1971年, 2021年)
ファイナル進出 2回(1971年, 1974年, 2021年)
ディビジョン優勝 16回(1971年, 1972年, 1973年, 1974年, 1976年, 1980年, 1981年, 1982年, 1983年, 1984年, 1985年, 1986年, 2001年, 2019年, 2020年, 2021年)
永久欠番  1   2   4   8   10   14   16   32   33 
NBAGL提携チーム ウィスコンシン・ハード
公式サイト www.nba.com/bucks
Associationのジャージ
チームカラー
Association
Iconのジャージ
チームカラー
Icon
Statementのジャージ
チームカラー
Statement
Cityのジャージ
チームカラー
City

歴史

ミルウォーキーには1950年代にNBAのチーム、ミルウォーキー・ホークス(のちのアトランタ・ホークス)が存在したが、4年間ミルウォーキーでプレーしたのちに移転した。その10年あまりにのちに、NBAはウェズリー・パバロンとマービン・フィッシュマンの立ち上げた企業にチーム創立を承認し、1968年にミルウォーキー・バックスがリーグ入りし、チーム名には公募で寄せられた中から雄鹿を意味する「バックス」が選ばれた。同じ年にフェニックス・サンズも設立されている。

アブドゥル=ジャバーの時代

1年目にはジョン・マグロクリンなどが活躍したが、新設チームだったバックスは27勝55敗と負け越しを余儀なくされた。

シーズン終了後、バックスはフェニックス・サンズとともに1位指名権獲得を巡るコイントスを行った。この賭けに勝ったバックスはその年のドラフトの目玉だったルー・アルシンダーを獲得した。2年後にカリーム・アブドゥル=ジャバーと改名するアルシンダーは1年目からチームにインパクトを与え、1969-70シーズンのバックスは56勝26敗と勝ち数を倍以上に増やした。

オスカー・ロバートソンを加えた翌シーズンはさらに躍進し、66勝16敗とリーグ最高の成績。アブドゥル=ジャバーはMVPを受賞し、バックスはプレーオフをNBAファイナルまで勝ち進んでワシントン・ブレッツを破り優勝した。新設チームが3年目で優勝するのは今もリーグ史上最短の記録である。

その後もバックスは60勝前後の高い勝率を上げ続け、アブドゥル=ジャバーは2度MVPを受賞した。1973-74シーズンには再びNBAファイナルに進出し、ボストン・セルティックスと対戦した。シリーズは最終の7戦目までもつれ込み、その内第6戦は延長2回まで続く激戦だったが、バックスは3勝4敗で優勝を逃した。

ロバートソンが引退した影響で翌1974-75シーズンは38勝44敗と失速し、シーズン終了後には出身地のニューヨークや大学を過ごしたロサンゼルスでのプレーを望んでいたというアブドゥル=ジャバーもトレードでチームを去った。

アブドゥル=ジャバー退団後

以降数年間のバックスは勝率5割を前後する中堅どころのチームとして過ごした。この1970年代後半に、チームはクイン・バックナーブライアン・ウィンターズシドニー・モンクリーフボブ・レイニアテリー・カミングスなどを獲得し、1976年からはドン・ネルソンが監督として指揮を執った。1979-1980シーズンにミッドウェストディビジョンで地区優勝を果たした翌シーズンからイースタン・カンファレンスのセントラル・ディビジョンに移り、さらに6年連続地区優勝を果たした。この間の1981年にはリーグ3位の60勝22敗にまで勝ち星を増やし、以後数シーズンに渡り地区有数のチームだったが当時の強豪チームであるボストン・セルティックスフィラデルフィア・セブンティシクサーズの陰に隠れがちだった。

1990-2003

1980年代末頃から主力選手の引退などで勝率が下がり始め、1993年には勝ち数30を切った。バックスは1993年にビン・ベイカー1994年NBAドラフトいの一番指名のグレン・ロビンソン1996年にはレイ・アレンを獲得したがチームは低迷したまま7年間プレイオフに出場できなかった。

1998年ジョージ・カール監督を迎えるとティム・トーマスサム・キャセールを加えたバックスの成績は浮上し始めた。

2001年には52勝30敗にまで復調し、プレーオフではイースタン・カンファレンス決勝まで進み、第7戦までもつれたが、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗れた。2001-02シーズン開始前にディフェンスを強化するためにアンソニー・メイスンを加入させたが、彼の加入によってチームケミストリーは逆に崩壊してしまい、一時はカンファレンス首位を走っていたが、主要メンバーの怪我やロビンソンとアレンの確執が表面化するなどあり勝率5割に落ちてプレイオフ出場を逃した。

シーズン終了後、ロビンソンはアトランタ・ホークスに、アレンは2002-03シーズン途中にシアトル・スーパーソニックスに、キャセールは同シーズン終了後にミネソタ・ティンバーウルブズにトレードに出されてカールヘッドコーチは解任された。

2003-2008

2003-04シーズン以後は2000年にチーム入りしていたマイケル・レッドがチームの中心となった。2005年のNBAドラフトで全体1番目に指名する権利を得てアンドリュー・ボーガットを指名した。その後もトレード等でチーム改革に乗り出したがチームは低迷。プレーオフに出場できた年は1回戦で敗退というシーズンが続いていた。

2009-2014

2009年のNBAドラフトにおいて、ブランドン・ジェニングスを指名。ジェニングスやボーガットを中心にチームはシーズン序盤から好調を維持。シーズン中にジョン・サーモンズをトレードで獲得。サーモンズは、怪我で欠場中のレッドの穴を埋める活躍を見せ、46勝36敗という好成績を収めた。 2013-14シーズンはオフにジェニングス、モンタ・エリスを放出しO.J.メイヨを獲得したが、補強面での裏目もあり、チーム創設から最低の15勝67敗で終えた。

2014-2016

2014年4月16日、長らくオーナーであったハーブ・コールがバックスをニューヨークに基盤を置く資産家ウェズリー・エデンスと、マーク・ラスリーに5億5千万ドルで売却することに合意した。新オーナーはチームをミルウォーキーに残し、1億ドルで新アリーナを建設すると見られている[7]。NBAによる認可は1か月後の5月16日に下りた。[8]

新オーナー陣は、リーグ最低の成績に終わったチームの立て直しに、積極的に動いた。まずは、ブルックリン・ネッツのヘッドコーチだったジェイソン・キッドを、2015年と2019年のドラフト2巡目指名権と引き換えにヘッドコーチ招聘に成功。更に2014年のNBAドラフトで、デューク大学ジャバリ・パーカーを指名するなど、体制を整えた。新生バックスは、前シーズンに15勝しか挙げられなかったチームが、11月中に10勝を記録。その後12月16日のフェニックス・サンズ戦で、バックス再建の一角を担ってきたジャバリ・パーカーが、左膝の前十字靱帯断裂の重傷を負いシーズン全休となるアクシデントに見舞われ[9]、更にラリー・サンダースがトラブルを連発し、怪我人が続出するという戦力が整わない中、ヤニス・アデトクンボクリス・ミドルトンら若手選手が奮起し、2015年2月11日のサクラメント・キングス戦に勝利し、前シーズンの倍の勝ち星(30勝目)を記録。オールスター戦後は苦しんだが、4月11日のブルックリン・ネッツ戦の勝利で、2009-10シーズン以来のシーズン40勝目を挙げ、2年振りのプレーオフ出場を決めた。シカゴ・ブルズとの対戦となった1回戦は、3連敗から2連勝で返したものの、2勝4敗で力尽きた。

グレッグ・モンローを獲得し、チーム力強化を図ったはずのバックスだったが、2015-16シーズンは開幕ダッシュに失敗。11月14日のクリーブランド・キャバリアーズ戦は、第2オーバータイムの末に108-105で8連勝中だったキャバリアーズに勝利し、更に12月11日にゴールデンステート・ウォリアーズ戦では、前シーズンのNBAチャンピオンに108-95で勝利し、開幕24連勝中だったウォリアーズの快進撃を止める大金星を挙げた[10][11]ものの、結局は波に乗れず、3月にプレーオフ不出場が決定し、33勝49敗と、シーズン当初の期待を大きく裏切る結果に終始した。

ヤニスの時代

2016-17シーズンは、クリス・ミドルトンを開幕から欠く闘いとなったが、ヤニス・アデトクンボが新エースとして急成長を遂げ、ルーキーのマルコム・ブログドンシックスマンとして奮闘。開幕から粘り強い闘いを繰り広げ、2017年1月10日のサンアントニオ・スパーズ戦では、敵地のAT&Tセンターで109-107で勝利し、2011-12シーズン以来のスパーズ戦勝利を記録したが、このスパーズ戦以降は低迷に苦しむ。しかし、2月にジャバリ・パーカーが再び左膝の負傷で戦線離脱して以降調子を取り戻し、アデトクンボは2004年マイケル・レッド以来のNBAオールスターゲーム出場メンバーに選出。チームは42勝40敗で2009-10シーズン以来の勝率5割以上でシーズンを終了した。プレーオフでは1stラウンドでトロント・ラプターズに2勝4敗で屈したが、ソン・メイカーがシーズン終盤から先発に起用されるなど、実りの多いシーズンとなった。

2017-18シーズンはシーズン序盤の2017年11月10日にグレッグ・モンローとのトレードでエリック・ブレッドソーを獲得し[12]、2018年1月22日にジェイソン・キッドがヘッドコーチから解任されるなどした[13]。結局レギュラーシーズンは44勝38敗のカンファレンス7位でプレーオフに進出した。プレーオフではカンファレンス2位のボストン・セルティックス相手に最終第7戦で敗れ1回戦敗退となった[14]

2018-19シーズンは、本拠地をファイサーブ・フォーラムに移して始まった。この年から指揮を執るマイク・ビューデンホルツァーHCは、ヤニスのインサイドでの決定力を活かすべく、シューターを多く配置する戦術を取った。ミドルトン、ブレッドソーに加え、3年目のマルコム・ブログドン、新加入のブルック・ロペスが3Pシュートを多投する新チームは予想以上に機能し、開幕7連勝の後も順調に勝利を重ねる。手応えを感じたチームはこの年に優勝を勝ち取るべく、シーズン中にもジョージ・ヒルニコラ・ミロティッチを獲得しさらに戦力を強化した。終盤に1度2連敗を喫したが、それ以外は1度も連敗することなく、この年リーグ最多勝となる60勝22敗でプレーオフに進出した。年間60勝は1980-81以来、38年ぶりの好成績である。また、この年のオールスターではヤニスがキャプテンに選ばれ、ミドルトンも初出場を飾った。

プレーオフに入っても快進撃は続き、デトロイト・ピストンズを4勝0敗で破り18年ぶりにプレーオフ1回戦を突破した。続くボストン・セルティックスとの2回戦では初戦をホームで落とすも、すぐに立て直して4連勝し4勝1敗で勝利、前年のリベンジを果たした。

十分に休養を取ったバックスは、トロント・ラプターズとの決戦に臨む。第1戦はロペスが29得点を挙げ、第2戦はエルサン・イルヤソバが活躍し、2連勝でスタートする。ロードの第3戦でも終盤に追いつくが、フリースローを多数失敗したのが響き再延長の末に敗北した。ここで流れが完全に切り替わった。勢いを失ったバックスは第4戦に大敗し、ホームの第5戦も落とす。負ければ終わりの第6戦は後半まで優位に立つも、第3クォーター終盤の15点リードを守り切れず敗れる。結果、2連勝の後に4連敗し、カンファレンスファイナル敗退となった。

2019-20シーズンも開幕から首位を独走し、2年連続でリーグ最高勝率を記録し、意気揚々とプレーオフに臨んだ。8月26日ジェイコブ・ブレークへの銃撃事件に抗議してプレーオフの試合をボイコットした[15]。その後1回戦でオーランド・マジックを4勝1敗で退けたが、準決勝でレギュラーシーズンから相性の悪かったマイアミ・ヒートに3連敗を喫してしまう。さらに第4戦でヤニスが負傷退場。この試合はミドルトンの活躍もあり延長戦の末なんとか勝利したが、ヤニスが欠場した第5戦で敗れ、去年の雪辱を期して臨んだプレーオフは早すぎる終焉を迎えた。

予想外の早期敗退でヤニスの移籍なども噂される中、フロントはヤニスを慰留すべく補強を展開。プレーオフで結果を残せなかったブレッドソーをニューオーリンズ・ペリカンズに放出し、ペリカンズからドリュー・ホリデーを獲得。FAでもボビー・ポーティスブリン・フォーブスらを獲得するなど積極的に動いた。この補強もあり、ヤニスは2020-21シーズン開幕直前に5年間に及ぶスーパーマックス契約を結び契約延長。シーズン途中にはP・J・タッカーの獲得やホリデーともマックス契約を結び、ヤニス、ミドルトン、ホリデーのビッグ3を中心に、ヤニスの全盛期に全てを懸ける形となった。このシーズンはカンファレンス3位でプレーオフに進出し、1回戦で前年敗れたヒートと再び対戦。オーバータイムまでもつれた第1戦に勝利すると以降は一方的な展開となり、4連勝で前年の雪辱を果たした。カンファレンス準決勝ではケビン・デュラントカイリー・アービングジェームズ・ハーデンのビッグ3を擁するブルックリン・ネッツと対戦。アウェイ2連敗スタートとなったがホームでの第3戦、第4戦に連勝。シリーズは第7戦までもつれ、オーバータイムの末に勝利した。カンファレンス決勝ではアトランタ・ホークスと対戦。第4戦でヤニスが膝を痛めて負傷離脱してしまう。しかし残ったメンバーが奮起し、2勝2敗からヤニスを欠きながらも第5戦、第6戦と連勝し、NBAファイナル進出を決めた。ファイナルでは初優勝を目指すフェニックス・サンズと対戦。ヤニスが復帰したが、敵地で2連敗と苦しいスタートとなった。しかしそこから3連勝し一気に王手をかけ、本拠地で迎えた第6戦ではヤニスが50得点・14リバウンド・5ブロックという圧倒的なパフォーマンスを見せ、105-98で勝利。50年ぶり2度目となる優勝を成し遂げた。

シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
ミルウォーキー・バックス
1968-692755.329
1969-705626.683ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
バックス 4, シクサーズ 1
ニックス 4, バックス 1
1970-716616.805ディビジョン準決勝勝利
カンファレンスファイナル勝利
NBAファイナル優勝
バックス 4, サンフランシスコ 1
バックス 4, レイカーズ 1
バックス 4, ボルチモア 0
1971-726319.768ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 4, ウォリアーズ 2
レイカーズ 4, バックス 2
1972-736022.732カンファレンス準決勝敗退ウォリアーズ 4, バックス 2
1973-745923.720ディビジョン準決勝勝利
カンファレンスファイナル勝利
NBAファイナル敗退
バックス 4, レイカーズ 1
バックス 4, ブルズ 0
セルティックス 4, バックス 3
1974-753844.463
1975-763844.4631回戦敗退ピストンズ 2, バックス 1
1976-773052.366
1977-784438.5371回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 2, サンズ 0
ナゲッツ 4, バックス 3
1978-793844.463
1979-804933.598カンファレンス準決勝敗退ソニックス 4, バックス 3
1980-816022.732カンファレンス準決勝敗退シクサーズ 4, バックス 3
1981-825527.671カンファレンス準決勝敗退シクサーズ 4, バックス 2
1982-835131.622ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 4, セルティックス 0
シクサーズ 4, バックス 1
1983-845032.6101回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, ホークス 2
バックス 4, ネッツ 2
セルティックス 4, バックス 1
1984-855923.7201回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, ブルズ 1
シクサーズ 4, バックス 0
1985-865725.6951回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, ネッツ 0
バックス 4, シクサーズ, 3
セルティックス 4, バックス 0
1986-875032.6101回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, シクサーズ 2
セルティックス 4, バックス 3
1987-884240.5121回戦敗退ホークス 3, バックス 2
1988-894933.5981回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, ホークス 2
ピストンズ 4, バックス 0
1989-904438.5371回戦敗退ブルズ 3, バックス 1
1990-914834.5851回戦敗退シクサーズ 3, バックス 0
1991-923151.378
1992-932854.341
1993-942062.244
1994-953448.415
1995-962557.305
1996-973349.402
1997-983646.439
1998-992822.5601回戦敗退ペイサーズ 3, バックス 0
1999-20004240.5121回戦敗退ペイサーズ 3, バックス 2
2000-015230.6341回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, マジック 1
バックス 4, シャーロット 3
シクサーズ 4, バックス 3
2001-024141.500
2002-034240.5121回戦敗退ネッツ 4, バックス 2
2003-044141.5001回戦敗退ピストンズ 4, バックス 1
2004-053052.366
2005-064042.4881回戦敗退ピストンズ 4, バックス 1
2006-072854.341
2007-082656.317
2008-093448.415
2009-104636.5611回戦敗退ホークス 4, バックス 3
2010-113547.427
2011-123135.470
2012-133844.4631回戦敗退ヒート 4, バックス 0
2013-141567.183
2014-154141.5001回戦敗退ブルズ 4, バックス 2
2015–163349.402
2016–174240.5121回戦敗退ラプターズ 4, バックス 2
2017–184438.5371回戦敗退セルティックス 4, バックス 3
2018–196022.7321回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 4,ピストンズ 0
バックス 4,セルティックス 1
ラプターズ 4, バックス 2
2019–205617.7671回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 4,マジック 1
ヒート 4, バックス 1
2020–214626.6391回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
バックス 4, ヒート 0
バックス 4, ネッツ 3
バックス 4, ホークス 2
バックス 4, サンズ 2,
2021–225131.6221回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 4,ブルズ 1
セルティックス 4, バックス 3
通算勝敗2,2822,079.523
プレイオフ145151.490優勝2回

主な選手

現役選手

ミルウォーキー・バックス ロースター
プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
P/F 34 ヤニス・アデトクンボ (Giannis Antetokounmpo) キャプテン  ギリシャ 29 (1994/12/06) 6 ft 11 in (2.11 m) 242 lb (110 kg) ギリシャ 
F 43 タナシス・アデトクンボ (Thanasis Antetokounmpo) ギリシャ 31 (1992/07/18) 6 ft 6 in (1.98 m) 219 lb (99 kg) ギリシャ 
G 5 マリーク・ビーズリー (Malik Beasley) アメリカ合衆国 27 (1996/11/26) 6 ft 4 in (1.93 m) 187 lb (85 kg) フロリダ州立大学 
G/F 3 マージョン・ボーチャンプ (MarJon Beauchamp) アメリカ合衆国 23 (2000/10/12) 6 ft 6 in (1.98 m) 198 lb (90 kg) イグナイト 
G 21 パトリック・ベバリー (Patrick Beverley) アメリカ合衆国 35 (1988/07/12) 6 ft 1 in (1.85 m) 180 lb (82 kg) アーカンソー大学 
G 24 パット・コノートン (Pat Connaughton) アメリカ合衆国 31 (1993/01/06) 6 ft 4 in (1.93 m) 209 lb (95 kg) ノートルダム大学 
F 99 ジェイ・クラウダー (Jae Crowder) アメリカ合衆国 31 (1993/01/06) 6 ft 6 in (1.98 m) 235 lb (107 kg) マーケット大学 
F 12 ダニーロ・ガリナリ (Danilo Gallinari) イタリア 35 (1988/08/08) 6 ft 10 in (2.08 m) 236 lb (107 kg) イタリア 
F 00 ジェイリン・ギャロウェイ (Jaylin Galloway)  アメリカ合衆国 21 (2002/12/21) 6 ft 7 in (2.01 m) 190 lb (86 kg) スプレイベリー高等学校 
G 20 A・J・グリーン (A. J. Green) アメリカ合衆国 24 (1999/09/27) 6 ft 4 in (1.93 m) 190 lb (86 kg) ノーザンアイオワ大学 
G 44 アンドレ・ジャクソン・ジュニア (Andre Jackson Jr.) アメリカ合衆国 22 (2001/11/13) 6 ft 6 in (1.98 m) 209 lb (95 kg) UConn 
G 0 デイミアン・リラード (Damian Lillard) アメリカ合衆国 33 (1990/07/15) 6 ft 2 in (1.88 m) 195 lb (88 kg) ウィーバー州立大学 
F 7 クリス・リビングストン (Chris Livingston) アメリカ合衆国 20 (2003/10/15) 6 ft 6 in (1.98 m) 220 lb (100 kg) ケンタッキー大学 
C 11 ブルック・ロペス (Brook Lopez) アメリカ合衆国 36 (1988/04/01) 7 ft 0 in (2.13 m) 270 lb (122 kg) スタンフォード大学 
F 22 クリス・ミドルトン (Khris Middleton) アメリカ合衆国 32 (1991/12/08) 6 ft 8 in (2.03 m) 222 lb (101 kg) テキサスA&M大学 
F/C 9 ボビー・ポーティス (Bobby Portis) アメリカ合衆国 29 (1995/02/10) 6 ft 11 in (2.11 m) 229 lb (104 kg) アーカンソー大学 
G 55 ライアン・ロリンズ (Ryan Rollins)  アメリカ合衆国 21 (2002/07/03) 6 ft 3 in (1.91 m) 180 lb (82 kg) トレド大学 
G 23 タイタイ・ワシントン (TyTy Washington Jr.)  アメリカ合衆国 22 (2001/11/15) 6 ft 3 in (1.91 m) 195 lb (88 kg) ケンタッキー大学 
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ドック・リバース(Doc Rivers)
アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 ヴィン・ベイカー (Vin Baker)
  アメリカ合衆国の旗 DJ・バッカー (DJ Bakker)
  アメリカ合衆国の旗 シドニー・ドブナー (Sidney Dobner)
  オーストラリアの旗 トレバー・グリーソンTrevor Gleeson
  コンゴ民主共和国の旗 パトリック・ムトンボ (Patrick Mutombo)
  アメリカ合衆国の旗 ジョシュ・オッペンハイマー (Josh Oppenheimer)
  アメリカ合衆国の旗 ジョー・プランティ (Joe Prunty)

記号説明


外部リンク


更新日:2024年03月11日

年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人 (75)…偉大な75人

栄誉

コーチ、その他

歴代ヘッドコーチ

チーム記録

ミルウォーキー・バックスのチーム記録

脚注

  1. "Bucks Unveil New Visual Identity". Bucks.com (Press release). NBA Media Ventures, LLC. 13 April 2015. 2015年4月14日閲覧
  2. New Logo”. Bucks.com. NBA Media Ventures, LLC (2015年4月13日). 2015年4月14日閲覧。
  3. Milwaukee Bucks Reproduction Guideline Sheet”. NBA Properties, Inc.. 2017年12月22日閲覧。
  4. "Milwaukee Bucks Name Motorola as Official Jersey Patch Partner". Bucks.com (Press release). NBA Media Ventures, LLC. 21 May 2021. 2021年5月23日閲覧
  5. “Milwaukee Bucks President and Owner Herb Kohl Introduces New Team Ownership and Announces $100 Million Gift for Arena”. NBA Media Ventures, LLC. (2014年4月16日). http://www.nba.com/bucks/milwaukee-bucks-president-and-owner-herb-kohl-introduces-new-team-ownership-and-announces-100-millio 2015年7月15日閲覧。
  6. "Peter Feigin Named Bucks Team President". Bucks.com (Press release). NBA Media Ventures, LLC. 8 October 2014. 2015年7月15日閲覧
  7. Bucks owner Kohl reaches deal to sell team”. Associated Press. (2014年4月16日). 2014年4月16日閲覧。
  8. Charles F. Gardner, Don Walker (2014年5月16日). “NBA approves sale of Milwaukee Bucks”. Milwaukee Journal Sentinel. http://www.jsonline.com/sports/bucks/nba-approves-sale-of-milwaukee-bucks-b99271028z1-259483361.html 2014年5月17日閲覧。
  9. Bucks' Parker out for season Milwaukee's rookie is sidelined by a torn ACL in his left knee---NBA.com
  10. Bucks snap weary Warriors' record streak to start season at 24 games
  11. Warriors streak ends, Bucks win 108-95
  12. Suns trading Eric Bledsoe to Bucks for Greg Monroe and a 1st rounder
  13. バックスがジェイソン・キッドHCを解任”. NBA.com (2018年1月23日). 2018年1月23日閲覧。
  14. Celtics beat Bucks 112-96 in Game 7, advance to play 76ers (英語). ESPN.com (2018年4月28日). 2018年4月30日閲覧。
  15. NBA3試合が延期に、バックスが黒人銃撃に抗議しボイコット”. AFP (2020年8月27日). 2020年9月1日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.