リッチ・ゴセージ

リチャード・マイケル・ゴセージ(Richard Michael "Goose" Gossage、1951年7月5日 - )は、元プロ野球選手(投手)。アメリカ・コロラド州コロラドスプリングス出身。右投げ右打ち。愛称は「グース」(ガチョウの意)。

リッチ・ゴセージ
Rich Gossage
2007年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 コロラド州コロラドスプリングス
生年月日 (1951-07-05) 1951年7月5日(72歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
217 lb =約98.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1970年 ドラフト9巡目
初出場 MLB / 1972年4月16日
NPB / 1990年7月4日
最終出場 MLB / 1994年8月8日
NPB / 1990年10月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
殿堂表彰者
選出年 2008年
得票率 85.82%
選出方法 BBWAA[:en]選出

1970年代後半から1980年代前半のMLBを代表するクローザー。強力な速球と強面な顔を武器に活躍した。日本の福岡ダイエーホークスにも在籍した経験がある。

来歴・人物

1970年、シカゴ・ホワイトソックスからドラフト9巡目で指名され契約し、1972年にメジャーデビュー。1975年にクローザーに定着し、62試合で9勝8敗26セーブ、防御率1.84を記録。オールスター初出場。翌1976年は先発に転向したものの9勝17敗と大きく負け越し、シーズン終了後ピッツバーグ・パイレーツに移籍。パイレーツで再びクローザーとなり、72試合で11勝9敗26セーブ、防御率1.62。シーズン終了後ニューヨーク・ヤンキースに移籍。

ヤンキースでは6年間クローザーを務め、移籍1年目の1978年にワールドシリーズ制覇。セットアッパーのロン・デービスと共にヤンキースのブルペンを担った。1980年には64試合で6勝2敗33セーブ、防御率2.27の成績で、MVPの投票ではジョージ・ブレット、レジー・ジャクソンに次ぐ3位、サイ・ヤング賞の投票でも3位に入った。

1984年からサンディエゴ・パドレス、シカゴ・カブス、サンフランシスコ・ジャイアンツと渡り歩き、1989年シーズン途中にヤンキースに復帰するが、シーズン終了後自由契約となった。

1990年、福岡ダイエーホークスの春季キャンプで入団テストを受け不合格となるも、クローザー不在のチーム状況から再び入団テストが行われ、7月2日に急遽入団(支配下選手登録は6月)。39歳目前であったものの、当時MLB歴代2位の通算307セーブという実績から期待された。しかし、初登板となった7月4日の対近鉄バファローズ戦では8回裏に第1打者のジム・トレーバーに本塁打を打たれるなど打ち込まれ、対西武ライオンズ戦ではバント攻めに遭いクイックモーションの遅さを突かれるなど、シーズンを通して苦戦。最終的に2勝3敗8セーブ防御率4.40に終わり、同年限りで解雇された。

1991年にテキサス・レンジャーズでメジャーに復帰し、中継ぎ・抑えで44試合に登板し4勝2敗1セーブ。その後オークランド・アスレチックス、シアトル・マリナーズでプレーし、1994年シーズン後に引退。1993年8月、ボールのバッグにつまずいて転倒し手首を骨折したのが引退の直接の原因といわれる。

2000年に野球殿堂入り資格取得。2006年は54票足りず落選。2007年は21票足りず落選した。同年、有資格1年目で殿堂入りを果たしたパドレス時代のチームメイトトニー・グウィンから「グース(ゴセージの愛称)が落選して失望している」と気遣われた。2008年に85.8%(466票)を獲得し念願の殿堂入りを果たした。日本プロ野球でのプレー経験者としては、ラリー・ドビーに続き史上2人目の殿堂入りとなる。

MLBを騒がせている薬物疑惑に対しては「同じ状況に置かれても、私なら薬物に手を出さないとは言わない。だが、私ならきちんとした報いを受ける」と述べている。殿堂入りも薬物使用が確実視されるマーク・マグワイアへの票が彼に流れたという側面もあった。

プレースタイル・人物

ワインドアップから繰り出すアーム式の威圧感のあるサイドスロー気味のスリークォーターフォーム・重い球質は右打者には打ちにくい。球種・直球とスライダー、フォーク、チェンジアップ。しかし、制球・スタミナに課題があった。それだけでなく投げた後に極端に体が1塁側に流れる癖がありバントなどの小技に弱く、フィールディングにも難があった。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1972 CWS 361000712--.87535280.07224434577044384.281.45
1973 204100040--.00023249.25793723336044417.431.89
1974 393000461--.40039789.19244772642145414.131.56
1975 6200009826--.529582141.2993701551303032291.841.19
1976 312915019171--.346956224.021416903913560104983.941.36
1977 PIT 72000011926--.550523133.078949621512027241.620.95
1978 NYY 630000101127--.476543134.187959821225041302.011.09
1979 3600005318--.62523458.14851940413018172.621.15
1980 6400006233--.75040199.074537311034029252.271.12
1981 3200003220--.60017346.222214114810640.770.77
1982 5600004530--.44435693.063528501021023232.230.98
1983 57000013522--.72236787.18252551900027222.271.23
1984 SD 62000010625--.625412102.17563641842234332.901.08
1985 5000005326--.62530879.06411711520021161.821.03
1986 4500005721--.41728164.26982002634236324.451.38
1987 4000005411--.55621752.04741960442018183.121.27
1988 CHC 4600004413--.50019443.25031553303223214.331.49
1989 SF 310000214--.66718243.23222730242016132.681.35
NYY 110000101--1.0005614.1140311610663.771.19
'89計 420000315--.75023858.04623041303022192.951.31
1990 ダイエー 280000238--.40019647.04351520402024234.401.23
1991 TEX 440000421--.66716740.13341613283016163.571.21
1992 OAK 300000020--.00016338.03251942260013122.841.34
1993 390000451--.44421347.24962621404024244.531.57
1994 SEA 360000301--1.00019747.14461513292023224.181.25
MLB:22年 1002371601124107310--.53775061809.11497119732904715026356706053.011.23
NPB:1年 280000238--.40019647.04351520402024234.401.23
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

表彰

記録

MLB
NPB

背番号

  • 54 (1972年 - 1994年)

関連項目

外部リンク

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