リーガ・エスパニョーラ1930-1931

この項目では、1930-1931年シーズンのリーガ・エスパニョーラ (ラ・リーガ、プリメーラ・ディビシオン)について述べる。

リーガ・エスパニョーラ
シーズン 1930-1931
優勝 アスレティック・ビルバオ(2回目)
昇格 バレンシアCF
降格 CDエウロパ
試合数 90
ゴール数 384 (1試合平均4.27)
1試合平均
ゴール数
4.27
得点王 19点 スペインの旗 バタ
最大差勝利ホーム試合
アスレティック・ビルバオ 12-1 FCバルセロナ
最大差勝利アウェー試合
レアル・マドリード 0-6 アスレティック・ビルバオ
最多得点試合
アスレティック・ビルバオ 12-1 FCバルセロナ
最多連勝記録
6連勝
レアル・ソシエダ
最多連続負け無し記録
7試合
FCバルセロナ
最多連続勝ち無し記録
7試合
レアル・ウニオン
最多連敗記録
5試合
CDエウロパ

リーガ・エスパニョーラ1930-1931はスペインのプロサッカーリーグ、リーガ・エスパニョーラの3回目のシーズンである。

1930年12月7日に開幕し、1931年4月5日に閉幕した。アスレティック・ビルバオが最終節で2位・3位との当該対戦得失点差により1位を確定し、リーグを2連覇した[1]。

1930-1931年シーズンの昇降格

セグンダ・ディビシオンへ降格プリメーラ・ディビシオンへ昇格
アトレティコ・マドリード(初)
(プリメーラ・ディビシオン1929-1930最下位)[2]
デポルティーボ・アラベス(初)
(セグンダ・ディビシオン1929-1930優勝)

リーガ・エスパニョーラ1930-31年シーズンのチーム

1930-1931年シーズンの王者アスレティック・ビルバオ。後列左からムゲルサ、チッリ2世、ウルキス、ラフエンテ、ブラスコ、イスピスア、ウリベ、ウナムーノ、カステリャノス。前列左からバタ、エチェバリア、ゴロスティサ。

デポルティーボ・アラベスが昇格し、全体の半分をバスク州のクラブチームが占める顔ぶれとなった。

クラブ ホームタウン スタジアム 収容人数 監督
デポルティーボ・アラベスビトリア=ガステイスメンディソロツァ8,000不明の旗 ホセ・バオンサ
アレナス・デ・ゲチョゲチョイバイオンド18,000不明の旗
アスレティック・ビルバオビルバオサン・マメス18,000イングランドの旗 フレッド・ペントランド
FCバルセロナバルセロナラス・コルツ23,000イングランドの旗 ジェイムズ・ベラミー
RCDエスパニョールバルセロナエスタディ・デ・サリア18,000スペインの旗 パトリシオ・カイセド
CDエウロパバルセロナカンプ・ダル・ギナルドー18,000スペインの旗 ジュアン・ブルドゥイ
ラシン・サンタンデールサンタンデールエル・サルディネーロ12,000イングランドの旗 ロバート・ファース
レアル・マドリードマドリードチャマルティン16,500ハンガリーの旗 リッポ・ヘルツカ
レアル・ソシエダサン・セバスティアンアトーチャ12,000イングランドの旗 ハリー・ロウ
レアル・ウニオンイルンスタジアム・ガル12,000不明の旗

シーズンの流れ

王者アスレティック・ビルバオはスタートダッシュに失敗。昇格組のデポルティーボ・アラベスが一時首位に立ち、レアル・マドリードが好調な滑り出し。2シーズン連続で残留争いをしていたラシン・サンタンデールがファース新監督の下で終盤まで上位を争うなど、先の見えない展開が続いた。

中盤戦はハリー・ロウ新監督を迎えたレアル・ソシエダが7連勝などで首位を走っていたが、第13節終了後ついに首位に立ったビルバオが常時勝ち点2差で肉薄されながらも最終節まで首位をキープ。

そして最終節、優勝の可能性を残すソシエダとラシンが勝利する一方、ビルバオは本拠地でレアル・ウニオンに敗れてしまう。結果3チームが勝ち点22・当該対戦での勝ち点でも並んだが、当該対戦の得失点差で「+7」と大きくリードしていたビルバオが辛くも優勝と連覇を決めた。

前年度より勝ち点が8減り失点も増加した。だがチーム全体で73得点、3人の選手が二桁得点を記録するなど、力押しで競り勝った感のある2回目の優勝だった。

残留争いは、序盤こそFCバルセロナが第5節終了時に最下位になるなど多少の波乱はあったが、前年度に最終節で薄氷の残留を決めたCDエウロパが第5節から5連敗を喫し、以後最下位に定着。エウロパとレアル・ウニオン、RCDエスパニョールらの争いに絞られていった。エウロパは第11節にバルサを敵地で倒し、第16節に本拠地でエスパニョールを破るなど、残留のかかったダービーを制して意地を見せた。

だが後半戦は9位との勝ち点差が「3」に開く節が増え始め、第17節にアレナス・クルブ・デ・ゲチョに敗れた後、ついにウニオン・アラベス・エスパニョールとの勝ち点差が再度「3」に開いたため、最終節を待たずにエウロパの最下位と自動降格が決まった。

なお最終戦はホームでアラベスに1-0で勝利したが、時すでに遅かった。

結果

順位表

順 チーム 試 勝 分 敗 得 失 差 点 降格
1 アスレティック・ビルバオ (C) 18 11 0 7 73 33 +40 22[注 1]
2 ラシン・サンタンデール 18 10 2 6 49 37 +12 22[注 1]
3 レアル・ソシエダ 18 10 2 6 42 39 +3 22[注 1]
4 FCバルセロナ 18 7 7 4 40 43 −3 21
5 アレナス・クルブ・デ・ゲチョ 18 8 2 8 35 38 −3 18[注 2]
6 レアル・マドリード 18 7 4 7 24 27 −3 18[注 2]
7 レアル・ウニオン 18 6 4 8 41 45 −4 16
8 デポルティーボ・アラベス 18 5 4 9 25 39 −14 14[注 3]
9 RCDエスパニョール 18 6 2 10 32 45 −13 14[注 3]
10 CDエウロパ (R) 18 6 1 11 23 38 −15 13 自動降格
出典:
(C) 優勝; (R) 降格.
注釈:
  1. アスレティック・ビルバオは2位ラシン・サンタンデールと3位レアル・ソシエダに対し当該対戦結果がそれぞれ1勝1敗のため勝ち点4-4だが、合計得失点差が「+7」でラシンの「-3」とソシエダの「-4」より優るため順位が上回った。
  2. アレナス・クルブ・デ・ゲチョはレアル・マドリードとの当該対戦で4-1、2-1と得失点差で優るため順位が上回った。
  3. デポルティーボ・アラベスはRCDエスパニョールとの当該対戦で4-1、0-2と得失点差で優るため順位が上回った。

勝敗表

ホーム / アウェイ ALA ARE ATH BAR ESP EUR RAC RMA RSO RUN
デポルティーボ・アラベス — 3–2 1–4 1–1 4–1 2–0 2–5 2–0 1–2 3–1
アレナス・クルブ・デ・ゲチョ 1–1 — 3–2 5–0 1–0 1–0 4–2 4–1 1–3 1–2
アスレティック・ビルバオ 7–1 5–2 — 12–1 5–1 4–1 7–1 2–4 6–1 1–2
FCバルセロナ 1–1 2–0 6–3 — 6–2 0–2 1–1 3–1 5–1 5–3
RCDエスパニョール 2–0 5–0 0–4 4–4 — 4–0 4–1 1–1 1–0 4–2
CDエウロパ 1–0 1–4 2–1 2–2 3–1 — 1–2 0–3 2–1 2–1
ラシン・サンタンデール 4–0 4–1 4–1 0–1 4–0 2–1 — 3–0 2–5 4–1
レアル・マドリード 1–0 1–2 0–6 0–0 2–0 3–1 0–0 — 2–0 3–0
レアル・ソシエダ 2–2 4–1 1–0 4–1 2–1 3–1 4–7 2–1 — 3–3
レアル・ウニオン 4–1 2–2 2–3 1–1 6–1 4–3 4–3 1–1 2–4 —
出典: BDFútbol.com
色: 青 = ホームチームが勝ち; 黄 = 引き分け; 赤 = アウェーチームが勝利。

昇格チーム

バレンシアCFがセグンダ・ディビシオン1930-1931で優勝しプリメーラ・ディビシオンへ初昇格を決めた。

得点ランクと記録

順位 選手 所属 得点 出場 得点率
1 スペインの旗 バタ バスク州の旗 アスレティック・ビルバオ 27 17 1.59
2 スペインの旗 ギリェルモ・ゴロスティサ バスク州の旗 アスレティック・ビルバオ 17 18 0.94
3 スペインの旗 アンジャル・アルチャ カタルーニャ州の旗 FCバルセロナ 16 15 1.07
4 スペインの旗 サンティアゴ・ウルティスベレア バスク州の旗 レアル・ウニオン 15 17 0.88
5 スペインの旗 テレテ・ゴンサレス カンタブリア州の旗 ラシン・サンタンデール 13 11 1.88
= スペインの旗 チョリン バスク州の旗 レアル・ソシエダ 13 17 0.76
7 スペインの旗 ホセ・イララゴリ バスク州の旗 アスレティック・ビルバオ 11 16 0.69
= スペインの旗 ルイス・レゲイロ バスク州の旗 レアル・ウニオン 11 18 0.61
= スペインの旗キューバの旗 エデルミロ・ロレンソ カタルーニャ州の旗 RCDエスパニョール 11 18 0.61
10 スペインの旗 マヌエル・オリバレス バスク州の旗 デポルティーボ・アラベス 10 14 0.71
= スペインの旗 パコ・ビエンソバス バスク州の旗 レアル・ソシエダ 10 18 0.56
12 スペインの旗 シスコ・ゴエネチェア カンタブリア州の旗 ラシン・サンタンデール 9 17 0.53
14 スペインの旗 バルタサル・アルベニス バスク州の旗 デポルティーボ・アラベス 9 17 0.53
最少失点ゴールキーパー
スペインの旗 トマス・サラオナインディア:14試合27失点・平均1.929 バスク州の旗 アレナス・クルブ・デ・ゲチョ

できごと

バタは27点で得点王に輝き、1試合最多得点記録の7点はいまだ破られていない。チームも2年連続の2冠を達成した。
  • シーズン最終日から9日後の4月16日、アルフォンソ13世が国外亡命。コパ・デル・レイ1931の開幕を2日後に控えていた時のことだった。急遽、大会名は第二共和政の意に沿う「コパ・デ・エスパーニャ1931」に改名され、クラブ名に「レアル」がついているクラブも次々改名するなど、慌ただしい中で大会が開幕。アスレティック・ビルバオが優勝して2年連続の2冠を達成した。のち、後付けでこの大会は「サッカー共和国大統領杯1931(Copa del Presidente de la República de Fútbol 1931)」として記録された。
  • 「バタ」ことアグスティン・サウト・アラナが記録した1シーズン27得点は、1940-1941年シーズンに塗り替えられるまで10年間にわたり最高記録であった。
  • バタが1931年2月8日の第10節FCバルセロナ戦で記録した1試合7得点は、21年後にクバラが1試合7得点を決めるまで単独トップの記録であった[3]。

脚注

  1. “Spain 1930/31”. www.rsssf.com. 2019年1月8日閲覧。
  2. “Spain 1929/30”. www.rsssf.com. 2019年1月8日閲覧。
  3. “Bata y Kubala tienen el récord con siete goles en un partido”. アス. 2019年1月8日閲覧。

外部リンク


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